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「普通通り仕事に励んでいます。最近はまたルードと良く飲みに行っているようですね。今日も行きつけのバーに行くだとかで」 「…そうか」 マリアの時と同じようにそう頷いたルーファウスを見て、ツォンは少し躊躇いながらも口を開く。それはツォンにとって今まで不透明だった部分であり、また結果についても未だ不透明である部分だった。 「こんな事をお聞きするのも難ですが…最近、レノとは会われないのですか」 どういうふうに定めて良いか分からないといったような曖昧な顔つきをしたツォンは、そう聞いておきながらも、もし嫌なら答えて下さらなくても良いのですが、などという言葉を付け加える。 が、ルーファウスは別段隠すこともなく最近レノとどのような状態にあるかを語った。但し、今までの関係についてはさすがにすらすらと口をつくまでには至らなかったが。 「いや、普通に顔を合わせてる。レノはたまに私に会いに来るし、私もたまには電話をする。――――でも、その…」 「はい」 「…その、以前のような関係では…ないんだ」 ルーファウスはそこまで言うとすっと俯き、そしてまたツォンの方をチラと見遣った。そして、気づいていたんだろう?、と問いかける。 ツォンがマリアと関係していた時分、ルーファウスもレノと関係を持っていた。ツォンとマリアの関係は明るみに出ているものだったが、ルーファウスとレノとの関係は明るみに出てはいない関係である。ただ、それでも、レノがツォンに対抗心を燃やしていたことや情報提供をしたことを踏まえると、ツォンはそれを知っていたのではないかという気がしないでもない。直接的に聞いたことはないものの、ルーファウスの中でそれはほぼ確信に近いものだった。 そしてその確信めいたものは、今、ツォンの肯定によって確定する。 ツォンは、何となくは、と静かに口にした。 「ある日を境にレノの様子がおかしくなり、何となく…そんな気はしていました。しかしそれに気づいたとしても、私が貴方に何かを言うのは間違いでしかなかったでしょう。…ですから」 「そう…かもしれないな」 そもそも連絡など取り合っていなかったのだ、言えるはずがない。 それにお互い対峙することを恐れていたのだから、精神的にもそれは不可能なことだったのだ。あの時には。 けれど今になってみれば、それはこうして言葉に言えるほどの出来事になっている。それはとても不思議な感覚だった。 「正直に言うと、今でもたまに敵対心を燃やされますよ。レノは私の事を許せないでしょうからそれは仕方ないことかもしれませんが…。彼は以前、貴方のことが好きだときっぱりと宣言しました。ですから…」 「違うんだ、ツォン。もうその回答は終わってるんだ」 「え?」 その聞きなれない言葉に、ツォンは弾かれたようにルーファウスを見遣る。 視線の先のルーファウスは長いグラスにそっと指を伸ばし、それをゆっくりと口に近づける。そうしてグラスの中身を口に含んで飲み込んだその後に、 「正直な気持ちを話した。嘘は吐かないと…約束したから」 そんなふうに口にした。 “怖いことなんて何も無いし、あるとすればそりゃ自分を裏切り続けることだ” “これから先は怖いことなんて無いようにしよう。嘘なんて言いっこナシだ” そう言っていたレノ…彼にとって回答を求めることは嘘の無いことだったから、だからルーファウスも嘘は言わなかったのである。 嘘の存在に気づきながらもそれを覆い隠してきたけれど、それでは何もならないと分かった。嘘を吐き続ければ、こうして色々な人が傷ついてしまうと知ったから。自分だけでなく、大切な人達も。 それに気づいたのはマリアも同じことだった。 “これで良いとか、これで満足できるとか、そんなの嘘なんだよね” 「―――“あの日”、私はお前に来て欲しかった。本当の父親という存在を教えられ、直せない癖が悪化するばかりだと思って…お前に来て欲しいと思ってた」 「…すみませんでした」 あの日、というのが例の日のことなのだと察知して、ツォンはそう謝る。それはパーティの日にも口にした事実だったが、こうして落ち着いて二人で話すのにはやはりまだ傷が痛むような内容で。 そんなツォンに、ルーファウスはゆるゆると首を横に振る。 「でも私はずっと知らなかったんだ、ツォンがどういう気持ちだったのかを。もっとちゃんと話せていたら…変わっていたのかな。今はそう思うんだ」 「そう…かもしれません」 「でも、こうも思うんだ。こういうふうにならなかったら、多分今もまだ、こうして話すことが出来なかったんじゃないかって…」 殻を破る勇気は、いつでも無かった。 膝を抱えるばかりで、そんなふうには出来なかった。 それを直してみせますとそう言ったツォンもまた、その殻を作りこんでしまったようなものなのだから、殻と殻がどんなに対峙してみたところでその中身は見えることがなかったのだろう。 だから、今こうして話が出来ることは―――――――…つまり。 「私は、レノに答えを出した。レノはそれを了解してくれた。マリアにも本音を話した。彼女のありがとうという言葉がどういう意味か…それは分からないが、私はそれを言葉どおりに受け止めたいと思う。―――――最後は…ツォン、お前だ」 お前にももう嘘は吐かない、正直な気持ちを話す、そう言ってルーファウスはツォンを見据える。 その視線があまりにも真っ直ぐで、ツォンは目を逸らさないまでも躊躇ってしまう。 すれ違った間にお互い後ろ暗いものを抱えてしまったはずなのに、それは同じだったろうに、それでもルーファウスはあの頃とは違っているようにツォンの目には映る。 膝を抱えていたあの頃のルーファウスは…目前にはもう、いなかった。 手を解いて、 顔を上げて、 「ずっとずっと思ってきた。あの日、裏切られたんだと思って、それからずっと…お前のことを許せないと、そう思ってきたんだ。自分自身のことも厭だった。いつも誰かを疑って、プライドだけで保ってきたような自分には意味が無いと……でも」 殻から抜け出して、 真っ直ぐに、 「でもあのパーティで、そんな私は“生かされた”。そこに意味があるなら、私はそれを無駄にしてはいけないんだと思う。だから言うんだ」 立ち上がる。 「私は―――――ツォンが好きだ」 一際景色の綺麗なその席で、ルーファウスはそれを答えとしてツォンに向ける。 嘘から解放されて残ったそのただ一言を伝える為には、どうしてもこの懐かしい店が良いとルーファウスは思っていた。だから今日という日にこの店を選んだのである。嫌な思い出だけが残る店にはならぬように。 例え今日この場で告げる言葉が、未来を変える力を持たなかったとしても、それはそれで良いと思う。大切なのは、自分の心に嘘を吐かないことなのだから。 そんなルーファウスの言葉を受けて、ツォンは暫く黙り込んでいた。 が、少ししてからこんな言葉を漏らす。 「“事を成し遂げれば、どんな酒も極上”…」 ぽつりと呟かれたその言葉に、ルーファウスが首を傾げる。それを見たツォンは、複雑な表情ながら笑みを浮かべると、レノに言われた言葉です、と口にした。 レノ自身はその言葉を「相棒の受け売り」だとか称していたから、それはきっとルードの言葉なのだろうとツォンは思っている。 レノから突然そう言われたときは何のことだか分からなかったが、ふとこの場で思い出してみると、なるほどうまいことを言うものだと少なからず感心してしまう。 確かにツォンにとってみれば、こんなふうにルーファウスとこの店に来ることなど二度とないと思っていたのだから、この細長いグラスを手にしているのも極上なのに違いない。 「…貴方は、私を許してくれるのでしょうか」 そう言ったツォンに、ルーファウスは首を振りながら答える。 許すとか許さないとか、そういう事じゃないんだ、と。 「私はただ、本当のことを言いたいと思ったんだ。過去には、確かに許せないと思っていた。でも今思う本当のことは、さっき言った言葉だから」 「私は…その、何と言えば良いか……」 もう膝を抱えることをしていないルーファウスを前に、ツォンは戸惑いながらそう返した。ルーファウスにとって嘘のない言葉がそれだというならば、ツォンにとって嘘の無い言葉も全く同じである。しかしすぐさまそれを返してしまうにはあまりにも都合が良すぎる気がして、何となく戸惑ってしまう。 好きだという一言がこれほどまでに重いものだとは、思ってもみなかった。 過去、レノに向けてルーファウスへの想いを口にした時とてこれほどには思わなかったのに、何だか妙なものだと思う。 ――――――でも。 今言わなければ、また無駄な嘘を作り出してしまうのかもしれない。それだけはいけないのだと思う。 ツォンは一度目を閉じると、それをゆっくりと開き、ルーファウスを見遣った。 視界の端には一際綺麗な景色があり、 今日という日は雨など降っていなくて、 此処はHOTEL VERRYの1022号室でもなくて、 直してあげますといった癖は既に見えなくて、 それだけれど――――――――でも。 「私もずっと…同じ気持ちでいました」 でも、すぐ傍には大切な人がいるから。
“たくさん傷つけてしまってごめんなさい。 謝っても足りないけれど、そう心から思ってるの。 でも私、あなたに出会えて良かったとも思ってる。 手紙、ありがとう。大切にするわ。 本当に、ありがとう”
指の間から零れ落ちて迷子になった幸せの欠片。 それを、今、拾い上げる。 どれだけその欠片達を繋ぎ合わせていけば良いのか、そんな事は知らない。
でも
知らないからこそ、探し続けることが出来る。 ずっと、ずっと、大切なものと共に。
STRAY PIECE / END
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