STRAY PIECE

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< the fifth volume >

 

 

 

プレジデント神羅主催の恒例パーティが開催される。

それは、その当日。

その当日に休みを宛てていたツォンは、自宅ではなくマリアの部屋でその時間を待っていた。特別な理由があるわけではないが、強いて言えばそれはマリアの身体を気にしてというところである。

「今日は神羅の社長が主催する恒例のパーティがある。夜にはそれに参加する予定だ」

ツォンはマリアにそう告げると、尤も招待されたわけではなくSPとして自主参加するだけだが、と苦笑交じりに続けた。

そして、ついでと言わんばかりの自然な様子で、恐らく副社長を狙っている輩もそこに現れるだろう、と付け足す。

「公式的な仕事ではないが仕事の一環だ」

「そう…」

「すぐに戻る」

「…うん」

仕事を暫く休むことになったマリアは、然程着飾っているふうでもない姿をしていた。それでも元来の端正さのせいか、矢張り綺麗ではある。

しかしそんな綺麗さも、そのちょっとした話題の為に少々曇っていた。

「…ねえ。それって、副社長さんも居るんだよね…?」

「ああ、毎年恒例だからな。直接的な関連がなくとも形式的には毎年参加だ」

「……そう」

ツォンと会話をする中で、マリアはそっとルーファウスの事を思い出す。

つい一昨日の事だったろうか、あの人に会ったのは。

その人は神羅の副社長で――――――――ツォンの愛していた人。

いや、愛していた、ではなく愛している、なのだろう。ツォンは未だにその人のことが好きなのだろうから。

今夜そのパーティだとかいうものに参加するであろうツォンは、そこでルーファウスと会い、そしてその人を守備し、一体何を思うのだろうか。確か一昨日、ツォンは言っていた。上司に身を固める旨を話したのだ、と。その上司というのがルーファウスなのか別の人なのかはマリアには良く分からなかったが、どちらにしろやがてくるそのシーンを思い浮かべると自然と苦しさが込み上げる。

すぐ戻る。

ツォンはそう言ったが、そのいかにも配慮しているような…つまり一緒になることを前提としたような言葉は、何だか妙にマリアの胸をざわつかせた。

「ねえ、ツォン」

「何だ」

マリアは少し考え込むような顔をしていたのをすっと持ち上げると、ツォンを見やったこんなことを言う。

「そのパーティ、私も行けないかな」

その突拍子もない言葉に、当然ツォンは驚いた。

まさか、招待制であるそのパーティに民間人が参加できるはずがない。ツォンとて何とか潜り込む許可を得たというのに、まるで関係ない人間などもっての外である。それに、そもそもマリアがそこに来る意味合いが全く理解できない。

「何を言ってるんだ、マリア。それは無理だ、パーティは元来招待客のみが参加できることになっている。そもそも今年のパーティには例の――――」

ルーファウスを狙っている輩が来るというのに。

マリアの義兄だという、その男が。

ツォンは途中で止まってしまった言葉はそのままに、とにかく危ない、などとその話題を振り切ろうとした。がしかし、マリアは何故か妙にその話題に食い下がってくる。

確かにマリアがいれば、その兄という存在をすぐに見つけることができるだろう。それさえ分かれば後は捕まえれば良いのだし、問題は未然に防げるということになる。願ったり叶ったりだろう。

しかし、現実問題、それは無理なのだ。

ツォンはゆっくりと首を横に振ると、無理だ、と一言口にした。

「パーティはVIP客ばかりが来る。その絡みで何が起こるか分からない」

「分かってる。でも私、副社長さんに会いたいの」

マリアのその言葉に、ツォンは思わず目を見開く。

一体何故そんな事を言い出すのだろうか、訳が分からない。まさかマリアがルーファウスのことなど知るはずもないし、況してやツォンと恋人関係にあるのがその人だという事など知る術もない。もしマリアがどこかでそれを知り得たとすればそういう言葉が出るのも頷けるが、そうではない限り何故そんな言葉が出てくるのだかまるで理解できない。

しかしとにかく、マリアがパーティに参加するなどという事は無理に違いなかった。

「無理を言うな。今は自分の身体の事を考えた方が良い」

「病人じゃないのに」

マリアはツォンの配慮の言葉に、そう言いながら笑う。その笑みは先ほどとは違って曇りがない笑みだったから、ツォンも何となく混じりけの無い笑みを返す。

その場はまるで、幸せ溢れる空間のようだった。

些細な事で笑いあう、そんな小さな幸せが存在するかのようだった。

でも――――――――。

「まだ時間あるよね。何か飲み物でも淹れるよ」

マリアはそう言うと、その場からすっと立ち上がりキッチンへと向かう。

ツォンに背を向ける格好になったその瞬間、マリアの表情からは急速に笑顔が消えていった。

勿論、それはツォンの目には届いていなかったが。

 

 

 

 

 

その日の午後、ルーファウスはとにかく憂鬱だった。

色々な理由が交じり合って、仕事もやる気がでない。

問題は、目下時間が迫っているパーティのことである。しかし憂鬱の理由はそれだけではなく、全館警備の名目とはいえツォンが姿を現すだろうことや、些細なことだが例の純血種の男が来ることなど、とにかく全てが全て憂鬱だったのだ。

今朝方から何度も内線で連絡を寄越してくるプレジデント神羅は、今日の日程などの事細かな話をルーファウスに告げては、成功させなければと意気込んでいる。成功も何も、ただの趣味じゃないか。そうルーファウスは思うが、懇親会の意味合いも含んでいるそれは実際には商談を円滑にする為という目的をも有しており、そこからすればプレジデント神羅がそう意気込むのも無理は無かった。

まあどちらにしろ、ルーファウスにはあまり関係は無い。

毎年ルーファウスの担う役目はといえば、プレジデント神羅の令息、ひいては神羅カンパニー次期社長としてその存在をアピールするというものである。但しそれは、戦略的なアピールというわけではない。ただ、プレジデント神羅の顔を立てるために必要というだけの、僅かなアピールである。神羅にはご立派なご令息がいらっしゃる、だとか、神羅には未来を担う副社長が存在している、だとか、たかだかそんな程度だ。

しかし今年は、そんな微々たるアピール役にも出番が回ってきたらしい。

それはとても厄介で、そして危険な出番。

―――――――到底、笑えるわけがない。

「……」

気晴らしにもならないのに窓の外を眺めてみる。

あと数時間でやってくるであろう問題の場面が空の彼方に続いているのだと思うと、その青さも何だか恨めしい。しかし恨めしいとはいっても、実際心は微妙だった。

自分の身に危機が迫っている―――――それは承知している。

しかしそれよりも心のウェイトを占めるのは、ツォンの事だった。

どうもツォンの事ばかりが頭を巡る。

命に勝るものなど無いと言うが、今のルーファウスに関して言えばそれは当てはまらない。むしろこの憂鬱が晴れるならば命など差し出しても良いのではないかと思うくらいの気概である。

“私に出来る最後の事だから”

「…最後」

今日が終わったら――――――ツォンは本当の他人になる。

マリアと一緒になり、やがて子が産まれ、ツォンは見ず知らずの家庭を築く。考えられもしなかった事だが、それでも彼は誰かの夫となり誰かの父親になるのである。そうなったとき、自分はどんな立場になるのだろうか。惨めには違いないが、同じ神羅という会社にいる以上は顔を合わせることもあるだろうし、話をする機会もあるだろう。

そんな時に自分は、どんな立場になるのか。

ルーファウスはそんな事を思い、ゆっくりと首を横に振った。

違う、分かっている。

立場なんて分かっているのだ、最初から。

上司と部下―――――――それでしかないではないか。

今迄そうであったように、単にそれが続いていくだけ。それだけの話である。今迄どんなに恋仲であったとしてもそれは世間の目には見えはしなかった。無論レノのような事情を知る人間は例外としても、基本的に二人の間柄を知る人間などいなかったのだから、結局表面上は何も変わっていないのである。

何も…そう、変わっていない。

「こんなに…変わったのに…?」

ルーファウスはもう一度首を横にふるふると動かすと、諦めを携えた表情でそっと笑った。何と馬鹿らしい現実なのだろうか、これは。そうとしか思えない。

マリアと身を固める予定であるツォンは、世間からすれば確実に変わる。つまり、マリアを選んだ未来の場合は目に見えて何かが変わるという事である。それであるのに、仮に自分を選んだ未来というのを考えると、そこには何も目に見えるような変わりがないのだ。

そうだ―――――――――結局、変わることなどない。

膝を抱えるあの幼稚な癖も結局変わらずじまいで、自分はつまりずっと同じ場所を螺旋のように歩いていただけなのかもしれない。何かが変わると惨めに信じながら。

むしろ、今日のパーティで何かしらのアクシデントが起こり自分が恐ろしい局面に出くわすとしたら、その方が何倍も目に見えて変われるのかもしれない。そう思うと何と皮肉なのだろうかと思わざるを得ない。

でも、それでも――――――――今日が終わったら。

何かは、確実に崩れてしまうのだろう。いや、実際にはもう崩れているのだろうが、今日を終えることで細くなりすぎた綱がプツリと切れ、それはもう元に戻ることがなくなるのだ。

そんな事を考えている折、トントン、とドアがノックされる。

はっとして慌てて「はい」と返答をすると、ドアの向こうから独特な歩き方をする男がやって来た。

「よっ」

「…レノ」

何ていう時に登場するのだろう、そう思ってルーファウスは苦笑してしまう。まるでHOTEL VERRYの1022号室みたいだ、とも思う。辛い心持の時に傍にいてくれる、そんな存在。尤も、レノの来訪理由は心の穴埋めなどではなく、もっと違うものだったが。

「とうとう来たな、今日」

「ああ」

端的にそう返答するルーファウスに、レノは手にしていたナイトスティックでトントンと肩を鳴らすと、

「悪党の好き勝手にはさせないから」

そう強い語調で言い放った。

自ら護衛を頼んだルーファウスにしてみれば、それは非常に心強い言葉である。しかし先ほどまでの思考からすれば、自分の身に降りかかる何がしかについて最も心に痛いのはツォンの事だろう。とはいえ、まさかそんな事は口に出来ない。何しろ相手はレノだし、護衛を頼んだのは他でもない自分なのだ。

しかし、そんなルーファウスにレノは意外なことを口にする。

「因みに。悪党ってのは副社長にとっての悪党だけじゃないから。俺にとっての悪党にも、勿論好き勝手はさせない」

「え…?」

首を傾げるようにするルーファウスに、レノは「分かるだろ?」などと言って笑った。そしてその次には、核心に迫るような言葉を吐く。

「俺の勘だと、今日ってツォンさんもパーティ会場に来るんじゃないの」

「な…」

どうしてそれを―――――――?

そう驚いたルーファウスは、そのリアクションのすぐ後にハッとして焦ったような声を出す。そうだ、レノは知らないのだ。確かにツォンは今日のパーティに参加する格好になっている。しかしレノは、それがツォンからの頼みだということを知らない。

今しがたのリアクションでレノは悟ってしまっただろう、今日のパーティにツォンも来るというのが確定事項だということに。もしレノがそのツォンの行動をルーファウスからの要請だと思っているようならば、自分はレノを信用していないことになってしまう。しかし、そういうわけじゃない。

「ツォンから…そう、進言されたんだ。別にレノを信用してないわけじゃない。そうじゃなくて、ただ…」

「分かってるよ」

レノはラフに手を上げると、別に困らせる為の質問じゃないと、そんなことを口にする。そう言われてルーファウスは思わずホッとしたものだが、そうした瞬間に何か罪悪感めいたものを覚えた。一体何に安堵するというのだろうか。

「俺がしくじってヒントあげちゃったから。ま、言ってみりゃ自業自得ってヤツ。タークス主任にしか出来ないコト頼んだら、結果おあずけで逃走されちゃってさ。酷いだろ、ツォンさん」

「どういう事だ?」

「つまりさ、タークスの情報網がありゃ、ある程度あちらさんの特定が出来るんじゃないかって思ってたわけだ」

レノは、ツォンに掛け合ったがそのまま情報は得られなかったと言った。しかもその掛け合いの際に、パーティの護衛任務をすることになっている旨も伝えたのだという。要するにレノは自身の情報をツォンに明け渡すことになり、引き換えとして得ようとしていた情報は結果的に一切得ることができなかったというわけである。

バカだよなあ、とレノは自分に向けて呆れ笑いを浮かべた。

「多分、あの主任は何かしら情報を掴んでるんだと思う。それに引き換え俺は情報ゼロ。これってスゴイ不利だよな。でも、俺は悪党に好き勝手はさせないつもりだから」

「あ――悪党、って…」

レノにとっての悪党というのは、ツォンの事だったのか。

それにやっと気付き、ルーファウスは途端にどうして良いか分からないというような表情になる。レノはあのパーティ会場でルーファウスを守ると共に、ツォンに対抗しようとしているのだ。本当ならば目的は同じであろうはずが、それを何としても一人でこなそうとしているのである。

―――――――“目的は同じ”…?

そういえば、とルーファウスは思う。

先日ツォンが突如としてパーティ会場への出入りを願い出てきた時、ツォンは既にレノが護衛任務を受けている旨を了解していた。それは今のレノの言葉によれば、レノ自身がツォンへその事実報告をしたからである。あの時分には何も思わなかったものだが、なるほどそういう事だったのか、と今更ながら思う。

そしてレノは、タークスの情報網を使用したい旨をツォンに掛け合った。但しそれはあくまでデータベースの閲覧に関するものであるから例の脅迫の事実とは別個である。

という事は、ツォンは脅迫の事実を知らぬままに何かを掴んだという事か。

尤も、それは分からないでもない。

何しろ毎年恒例であるそのパーティには、今迄護衛などはついていなかった。それであるのに今回だけ、しかも正当なルートではなく直接レノにそれを依頼したとなれば…しかもそのレノがタークスの情報網に入りたいなどと言うとすれば、それはやはり何か絡んでいると推測するのが普通だろう。ツォンはきっと気付いたのだ。パーティで何かがあるのだという事に。

“私に出来る最後の事だから”というあれは――――これの事だったのか。

単に護衛をしようというわけではなく、タークス主任としてのプライドでもなく。

「そう…だったのか…」

知らなかった、そんな事。

自分の知らぬところで二人がそんなふうに……。

「レノ。ツォンとは、その…それ以外の話は…」

「心配しなくて良いよ」

レノはそう言うと、

「俺はツォンさんの気持ちを知ってるし、ツォンさんも俺の気持ちを知ってるから」

そんな事を口にした。

途端、ルーファウスはバッと口を押さえ込む。

見開いた目が、何か恐ろしいものを見るかのようにレノに向けられる。その目を有した表情は歪んでおり、まるで平静とは無縁であるかのようだ。

“知ってる”?

“知ってる”って、何を?

隠し続けてきたことが、知らない内に二人の間を線で繋いでいるというこの恐怖。ある意味では、自身では知りもしなかった例の出生の秘密を見ず知らずの他人が知りえていたというあの時の心地悪さと、これは似ている。しかし隠していたという事実がある限りは、心地悪さだけでは収まらない。だってこれは、裏切り行為が明るみに出たことに違いないのだから。

  

 

 

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