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STRAY PIECE ----------------------------------- < the third volume >
自分を捨てられたら、どんなに楽だろう。 自分ではない存在になってしまいたい。 そうすれば、こんな苦しみからは解放される。 この苦しみを味わわなくて済むのなら、他のどんな苦しみだって耐えられる。 それなのに――――――――どうして自分は自分でい続けなければならないのだろう。
消えて無くなってしまいたい。
雨の夜、HOTEL FIRST305号室で我武者羅に抱き合った。 雨の匂い、甘ったるい煙草の匂い。 このまま時が止まってしまえば良いのに、時間は止まってはくれずに無情な秒針を刻んでいく。やがて雨が上がり、ベットの暖かさが消え、憂鬱な太陽が顔を出す。 ああ、あの太陽――――――まるで人々の笑顔みたいに輝く、太陽。 「…夜は良いな」 「何で?」 雨の上がった翌日、憎憎しいほどの天気の良さが日光の木漏れ日と共に部屋へとやってくる。目など開けたくもないのに、目を覚ませといわんばかりだ。 ルーファウスは日光を避けるようにしてベットの中で縮こまると、レノの胸あたりに頭をもたれる。 そして、呟いた。 「壊れた心を曝け出しても…暗くて見えないから」
乗馬はいかがですか、と言われてから既に数日が経っていた。 そろそろその“付き合い”に乗じなければ不味い頃だろうと思いながら、ルーファウスはデスクの上にあった卓上カレンダーを見やる。コンパクトなそのカレンダーは洒落たフォントで数字が書かれており、カレンダーとしての機能よりもインテリアとしての機能の方が随分と勝っているように思える。確か、父親の主催パーティでのつまらない贈答品の一部だったように思う。 「パーティか…」 そういえば、と、ルーファウスはある事を思い出した。 処理済の書類をすっかり仕舞いこんだ後だからデスクの上はすっきりと片付いており、物が考えるには丁度よい。何しろデスクの上に仕事があると、どうしてもそれが頭を掠めてしまうから。 「そういえばそろそろあの下らないパーティの時期だな」 ルーファウスが口にする“パーティ”とは、卓上カレンダーを手にした例のパーティの事で、これはプレジデント神羅主催の毎年恒例のパーティだった。 一体どういった名目でのパーティなのだかルーファウスも未だに理解できないのだが、とにかく重鎮が集まっては無駄話に花を咲かせるという、ルーファウスにとってはおよそ下らないパーティである。父親曰く、そのパーティは親睦会なのだとかいう。一体そんなに親睦を深めてこれ以上何を得ようというのだろうか、やはり理解できない。 しかしこの下らないパーティは、ルーファウスにとって強制参加の行事だった。 主催の息子である以上それは当然なのだろうが、実際その場に赴いてもルーファウスは特にこれという話をしないし、だからはっきり言えば父親の言う目的も果たしていないに等しい。 父親はそれを知っていたが、いつも見てみぬ振りをしていた。何も言われないから、ルーファウスも何も言わない。 まるで無言で理解し合った大人のようだが、その実それは本当に無関心そのものであるだけだった。尤も、会場の誰一人としてそこに注視する者などいなかったが。 「……」 ――――――――――憂鬱だ。 しかし例の乗馬については、そのパーティを理由に断ることも可能かもしれないと思った。あの男は例のパーティに招待されているし、どうせ会うならば1度で済ませてしまいたい。 「…5時か」 ルーファウスはチラリと壁掛け時計を見やると、確認するようにそう呟く。 パーティの事などを思い出したら、同時にもっと嫌なことまで思い出してしまった。するとどうにも気分が落ち着かなくなり、急激にあのクラウンカフェに行きたくなったのである。今から抜ければ、少しはゆっくりと出来るだろう。 “誇りを誇れる”あの場所に行けば、応急処置は出来る。少なくとも、このデスクでぼんやりとしているよりかは、ずっと。 そう思ってルーファウスが行動を起こしたのは、実にその5分後のことだった。 すぐさま帰り支度を済ませると、颯爽と部屋を出る。 まさかこんな早い時間に帰宅など通常であれば考えられなかったが、それを体裁で守る余裕など今は無い。念の為事情を部下に告げておくと、ルーファウスはそのまま神羅を後にした。 クラウンカフェまでの距離は結構にあるが、お抱えの運転手に頼めば造作も無い距離である。いつもであれば事前に連絡を取るのだが今日は突発的に車を出してくれと言ったものだから、お抱えの運転手もさすがに何かあったのですかと聞いてきたものだ。が、それには曖昧に返答をしておくだけで、ルーファウスは車内に乗り込むとそのまま黙ってクラウンカフェまでの道のりを過ごした。 車で走って1時間。 良い時間であるからまあまあマトモなところだろうか。 閑静な場所に佇んでいるクラウンカフェはいかにもといった様相を呈しており、ルーファウスの望む誇りを得るには充分であったが、連れがいないとあっては気持ちとして少々沈むのも仕方の無いことだった。 お抱えの運転手にまた後で連絡する旨を伝えたルーファウスは、閑静な佇まいのクラウンカフェへと足を運ぶ。赤茶のレンガ作りになっているその建物は、店内が丸見えになるくらいに全面ガラス張りで、ガラスの上面にはケミカルレースのカーテンが垂れ下がっている。店内には正しくシャンデリアなどがかけられており、各テーブルの脇には中世を思わせる燭台などが綺麗に並んでいた。洒落た丸いテーブルには金糸入りのシルククロスが広がっており、店内中央に背の高い観葉植物が聳え立っている。 認証を受けて店に入ると、ルーファウスは窓辺の席に腰をかけた。惜しみなく曝け出された店内は、同時にその窓から外の風景をも連れてくる。厭でも視界に入り込んでくる窓の外の風景は、あまりにも綺麗で、だけれど綺麗すぎて、なんとなく切なくなった。 「失礼致します。本日はどのようなものをお召し上がりに?」 「ああ…何かお勧めがあるならそれで良い」 やってきたウェイターに目をやったルーファウスは、ウェイターが小脇に抱えているメニューを見ようともせずにそんな言葉をかける。まあ、大体こういう店にはシェフのお勧めやらがあって、そういうのはメニューに載っていないという事が多い。どうせ何が出てきても味は上等なのだし、後は好み云々の問題である。 「畏まりました」 ウェイターは恭しく頭を下げると、そのままその場を去っていった。 それを確認して再度窓の外に目をやったルーファウスだったが、どうやら今日はいつもと違って少々忙しいらしい、またもやウェイターがやってきて話なぞを振ってくる。 店内にルーファウスのみしか客がいないせいだろうか、こんな事は初めてだとルーファウスは思う。 しかも、今しがたオーダーを取りに来たウェイターとは別の人間である。 「失礼とは存じますが、ルーファウス神羅様でいらっしゃいますね」 「?ああ、そうだが。…入店認証で確認済みではないのか?」 「はい、仰る通りで。しかしながら私は貴方様に初めてお目にかかりましたもので、つい…ご無礼をお許しください」 「別に構わない」 一体何なんだろうか、ルーファウスは訝しげに思いながらウェイターを見やる。 ウェイターはまだ年端も行かない…とはいってもルーファウスよりは年上であろうが、二十前半としか見えないほどの若さだった。いつもクラウンカフェに来ると初老の執事のような男が出てくるものだから、こういう若い男は何となく印象的である。 白いブラウス、黒のベストにスラックス、そして蝶ネクタイ。まあ有り勝ちとはいえ、クラシックな格好である。クラウンカフェはいつもそうだ。 「ルーファウス神羅様はまだお若いのに敏腕、聡明とお伺いしております。いえ、私も神羅カンパニーのお力あってこそ生活できるというものです。実の所を申しますと、前々から是非貴方様にお近づきになれればと心ひそかに思いを馳せておりまして――――」 「……」 一体何なんだ、この男は。 いよいよ不信感が募ってくる。 ルーファウスと同じ金髪を綺麗に真ん中で分けていたウェイターは、長身の為か腰を少々曲げて話しており、言葉を発するたびに肩まで伸びた髪がサラリと揺れる。顔立ちも妙に端正で、まあ世の中でいう美青年には当てはまるだろうという外見である。 別段それは申し分ないのだが、しかし何だかそれが妙に不信感を募らせるのだ。言葉の内容もそれと同等である。 「ですから今日の私は幸運としか申し様がありません。―――――貴方様にとっても今日は幸運という事になりましょう」 「…どういう意味だ?」 男の放った言葉に、ルーファウスは不機嫌そうな顔をしてそう問う。まさかこの出会いがルーファウスにとっても幸運だとでも言うつもりだろうか。馬鹿げている。 そう思ったが、どうやら男の放った幸運という言葉は、もっと重要な意味があるらしかった。 男は、破れんばかりの笑顔を振りまきながら恐ろしい事を口にする。その顔にそぐわない…いや、もしかすると見事にマッチした様子で。 「――――――私は、貴方様がこの世に生を受けたその“秘密”を存じております」 「!」 その言葉を受けた瞬間、ルーファウスの表情は凍りついた。 目を見開き、依然満面の笑みである端正な顔を見やる。 「それに…どうやら男色家でいらっしゃる事も」 「な…にを馬鹿な。私はそんなものでは…」 「如何でしょう、幸いにも私は貴方様に最適な場所を存じております。宜しければそちらを御紹介いたしますよ。尤も、私がお相手差し上げても宜しいですが」 「ふざけるな!」 ガタン! そう音をさせて立ち上がったルーファウスは、そのままの勢いで罵倒を浴びせようと息を大きく吸い込んだ。 がしかし、その次の瞬間には男に口を塞がれ、更には両手を絡め取られる。 まずい!、そう思ったときには既に男は変貌していた。 「騒ぐなよ。こっちはアンタのネタ掴んでんだ、自分と赤髪の男の身が可愛いなら取引しようぜ?」 「!?」 赤髪――――――レノのことだろうか。 という事は過去どこかで尾られていたということになる。それであれば男色家などと口にしたのも頷ける話だ。これは計画的な恐喝なのである。 「数日後にアンタの親父主催のパーティがあるな。そこで取引だ。アンタにとってもアンタの親父にとっても体裁を見繕わなきゃならない場所だ、派手なパフォーマンスなんか出来ないだろ?なに、簡単な話だ。アンタの個人資産だけで充分だぜ」 ニヤリと笑った男は早口でそう言うと、じゃあまた会おう、と言い残し、ルーファウスから手を離すと同時にドアから走り去っていった。 「な…」 あまり突然の出来事に、ルーファウスは暫く動けなかったものである。まるで一瞬の出来事、だけれど重要度は極めて高い。あれは恐喝、つまり犯罪行為である。 暫く空白だった頭がようやく働き始めた頃、ようやく中からウェイターが姿を現した。ウェイターは先ほどの出来事に気付いていないのか、上品なケーキと紅茶を手に優雅に歩いてくる。そのウェイターと目が合って、ルーファウスはやっとのことで椅子に腰を落ち着けた。 「大変お待たせいたしました」 ウェイターがそう言って、テーブルにケーキと紅茶を静かに置く。 その動作を目に映しながらも呆然としていたルーファウスは、それではごゆっくり、と言い残して去ろうとしたウェイターの背中に慌てて声をかけた。 「待ってくれ!此処に…金髪の若い男のウェイターは?」 「いいえ、おりませんが」 「…そうか」 ―――――――――何者なんだ、あの男は。 ウェイターなはずはないと思いながら放った問いには、当然思ったとおりの回答がやってくる。しかしそれでもそれを聞いたのは、心のどこかで今先ほどのあれが嘘であれと願っていた証拠だった。
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