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STRAY PIECE ----------------------------------- < the second volume >
“ねえ。どうして人はいつも、間違ったものを選んじゃうんだろうね” “何で大切なものはいつも、手に入らないんだろう”
――――――――――答えなんて既に出ている。 大切なものが”手に入らない”から、“間違ったものを選ぶ”。 せめてもの安心と存在証明の為に。
ふと目が覚めるとそこに見えたのは質素なホテルの天井で、それを把握した瞬間にツォンは言い知れない自己嫌悪と不安に襲われた。 ふいに隣を見れば、思った通りマリアがいる。 マリアは無垢という言葉が似合うような表情をして眠っており、その顔はやけに安心しきっていた。その安心しきった顔がツォンには心苦しく、また、恨めしくもある。まさかマリアを憎んでいるわけではないが、それでもそんな無防備な表情を自分に向けるのは間違いそのものでしかない。 もしこれが他の男だったならば、ただ優越を覚えるだけで済んだのだろう。 何せマリアはCLUB ROSEの一番人気だし、そうでなくても美人な女性である。支配欲をかきたてられるその身体を抱く事が出来るならば男としては陳腐ながらも勲章を得たも同じといえよう。 男である以上ツォンにもその気持ちが分からないでもなかったが、しかしそれでもそれだけに留まらなかったのは、男であるという生物学上の区分けより以前にツォンは、ツォンという名を持つ一個人だったからである。 「…馬鹿だな」 ―――――――――またこうして、過ちを犯してしまった。 酔いとセンチメンタルが手伝って、絶対に駄目だと思っていたことすら忘れてマリアを抱いてしまったそれを、過ちと言わずして何と言おうか。 豊満な胸と華奢な腰。 吸い付くような膣の温かさは確かに男性器を刺激し、ツォンを興奮させた。 がしかし、それはその場限りの興奮といっても過言ではなく、だからこそこうして最後には自己嫌悪に陥るのである。 自分が自分でなかったならばどんなに楽だったろうか。 こんなふうに自己嫌悪に陥ることもなく、恐らくは満たされた性欲のためにスッキリとすらしていただろう。男としての自尊も満たされ、それが故に後腐れも無く彼女を振り切ることすら可能だったに違いない。支配が可能だと知った女など、抱いてしまった後には意味もない。既に手中に入ったものをそれ以後も大切にするなどというのは、性欲優位である場合には煩わしいだけである。 でも――――――――――そういうふうには、片付けられない。 それはツォンがツォンであるが故に起こる悲劇で、あの出来事があったからこそ起こる悲劇でもある。もしそれが無かったらば、もう少しくらい傍若無人になれたかもしれない。 でも。 「……」 “希望なんて持ちたくもなかったのに、ツォンが持たせたんじゃない” “生きてなんていたくなかったのにツォンが生かしたんじゃない” ――――――――だから。 “それなのにどうしてそんなふうに見捨てるの?” “貴方が…貴方が私の人生に入り込んできたんじゃない!” ――――――――だから、そういうふうには、出来ない。 ツォンはふと、マリアが口にしていたある言葉を思い出した。それは、男など皆同じだという言葉で、ツォンとてそれと同じではないかという批判めいた叫びだった。 それを思い出したツォンは独り、疲れ果てたような顔で笑う。 一体自分のどこがどう他の男と同じだというのだろうか。もしも他の男と同等であるならば、そんな言葉に揺れもせずにマリアを振り切っていたはずではないか。 そう思うのは別段他の人間と同等レベルだと思われるのに嫌悪感を抱いているとか自尊心が傷ついたとかそういうわけではない。ただ、マリアはツォンの事情を知っているのだからそういうような言葉で駆け引きをするのは少々狡い手だと思うだけである。 だってそう、他の男と同じにならざるを得ない事情があったのだから。 意味が無いから振り払おうというのではなく、意味があってはならないから振り払いたかったのである。 でも、結果的にそれは出来なくて。 「見捨てようとなんて思っていないんだ…」 そう呟いたツォンは、そっとマリアのブロンドの髪に指を滑らせた。それはサラサラとしていていかにも美しい、けれど何かを思い出させる分どうにも残酷としか思えない美しさ。 その美しさを感じながらもツォンは、やはり自己嫌悪に陥らざるを得なかった。 何故ならば、呟いたその言葉は確実におかしかったから。 “見捨てようとなんて思っていないんだ” その言葉は、ルーファウスに向けるべき言葉であるはずなのに。
何となく胃がムカムカする。 これが胃もたれだとかそういう理由からのものだったらばまだ良かったのだろうが、残念ながらそれは違うとレノは分かっていた。きっとそれはストレス性胃炎に近いもので、体そのものがどうのというよりも心理的な要因が胃に直撃しているのである。 そのムカムカが発症したのは、ある日の仕事の打ち合わせの時だった。 いつものようにきっちりと整えられたストレートの黒髪を見たとき、いかにも理路整然として無駄のない言葉遣いを聞いたとき、冷静そのもので問題など何も無いとでも言いたげなその表情を見たとき、レノの胃はキリキリと軋み出したのである。 指令はいつものように携帯で投げる。 午前中は司令室からの無線で指示するが午後は私も現場に赴く。 だからその後は私の携帯から指示を―――――――…、 そんな言葉の羅列を繰り出すツォンは、レノにとってどう足掻こうとも反転しない名実共の上司である。だからこそその人から送られる指示は絶対だし、悔しいことには仕事が完璧なものだから見習うべき相手でもあった。 がしかし、どうしてだろうか。 何故だかレノは、そのツォンの指示に従いたくない心持になっていた。それがこのように仕事であっても、どうしても払拭できない反骨精神が燻って仕方が無い。 そのせいなのだかレノの顔つきは険しく、自分でも気付いてはいなかったが、どうやらツォンをじっと睨みつけていたらしい。それに気付いたのはツォンの方だった。 「どうした、レノ?」 「は?」 「は?、じゃない。妙に険しい表情をしているが何かあったのか。それともこの指示に不服でもあるのか。だったらそう言ってくれ」 「あー…いや、別に」 指摘され、特に慌てるでもなくそう切り替えしたレノは、冷め遣らない反発心をどうにか隠すべくツォンから顔を逸らす。こんな“いかにもな態度”は自分には似つかわしくないと思うが、どうもその日は制御不可能だった。 そんなレノの態度を不審に思いつつもツォンは説明を続けそれを終了させると、では散ってくれ、と最終的な合図を出す。 それを受けてレノは、心の中で毒づいた。言われなくても“散って”やるよ、と。 こんな居心地悪い場所など真っ平御免だ。
今回の任務は独りづつ配置されていたが、レノは指示された場所には向かわずルードと行動を共にしていた。ルードは任務放棄して自分に付いてくるレノに何度か「戻れ」と言ったが、レノが一向に戻ろうとはせず付いてくるものだからもう何を言っても無駄だろうと口を閉ざしている。 しかし、暫くしてレノがふと口を開いた。 「なあ、相棒」 「…何だ」 「俺ってさー、どんな奴?」 その言葉を耳にした瞬間、ルードはぱったりと足を止めた。そのおかげでルードの真後ろを走っていたレノは派手にルードの背中にぶつかり、レノは「あっててて!」と声を上げる。 「――――レノ、熱でもあるのか?」 「あるかよ、熱なんか。今日も元気に平熱36度1分だっての」 「じゃあ、一体どうしたんだ。いきなり」 ちょっとばかり世間とはズレているとは思うが、しかしだからといっていきなりその言葉はおかしいだろう。そうルードは言う。 その、ちょっとばかり世間とはズレているとは思うが、の部分に大いに文句を垂れたレノは、大きなため息を付きながら髪をかきあげる。その日のレノは髪を纏めてはおらず、だから何となくいつもとは別人のように見える。 「いや。何かさ、熱くなるのって俺らしくなくない?」 「そうか?」 ルードは首を傾げる。そして、 「お前は昔から意外と熱い男だったぞ」 そう言った。 その言葉にレノは呆然として、思わず「どんなところが?」などと聞く。レノの中で自分という人間はポーカーフェイスが得意で常に傍観者という人間に過ぎなかったが、ルードからすればそれは違うらしい。自分のことは自分が一番良く分かっていると思っていたが、意外と見えない面があるというのはこういう事なのか。 ルードはゆっくりと歩みを始めながら、長年の友に言葉を投げる。 「お前という奴は一見クールそうに見える…多分大方はそう見られているんじゃないか?深みにはハマらない、好奇心があるだけで無関心、他人の干渉は受けない…そういうふうにな」 「おーおー、良く観察してること」 感心してレノがそう言うのに、ルードは「でも」と反意の言葉を続けた。 「それは単に“そういうふうに見せている”だけだ。“そういうふうにコントロールしている”だけだ。それが証拠にお前は本気になると酒を断つだろう?」 そう問われ、レノは迂闊にも「そういえばそうだ」と口にする。 そういえば、稀に何かにのめりこむと酒を断つ癖があるように思う。酒は脳を麻痺させて思考を脆くさせるから、何事かにのめりこむときには向いていない嗜好品である。 それにしても、この相棒は良く分かっていると思う。 コントロールという言葉を耳にしたとき、レノはその言い分がいかに正しいかを悟ってしまったものだ。何しろセックスのときでさえレノはコントロールというものをしていたし、そこからすれば平生からそれをしていてもおかしくはないだろう。それは制御心という誰しもが持っているものとは別個の、計算された制御のことである。 「心理的に知っているんだろう、お前は。熱が入ったら手が付けられなくなる自分の事をな。だからいつもコントロールしている…そうならないように」 「へえ、さすが。分析家だな、ルードは。タークスにしとくには勿体無い」 レノが感心しながらもおどけてそう言うと、ルードは僅かに足を速めながらもぽつりとこう言った。それはレノの心に深く響く。 「…熱が入ったらこの仕事はやりにくい。だから俺は気持ちを殺す。…お前だって、この仕事のためにそういうふうに自分を作っていったんだろう?」 ――――――――なるほど、そういう考え方もあったか。 レノはますます相棒に感心したが、しかしそのまま感心し続けるにはその言葉は少々痛かった。何しろその言葉は的を得ている。加えて、その指摘の内容は神羅という組織があったからこそ起こったことだ。 神羅があったからこそ…そんなふうに自分を変えていく必要があった。 仮に神羅に属していなければそんなふうに都合の良い自分を演じる必要性もなかったろうし、それこそ素のまま“熱い人間”でいられたのだろう。 だけれど、神羅があったからこそ――――――あの人にも、出会えた。 あの人に出会わなければ、あの人と抱き合うことが無ければ、“意外と熱い自分”と“表面上の自分”のギャップになど苦悩する事も皆無だったろうに。 「ルード、ありがとうな」 レノはそんなふうに礼を述べると、じゃあ俺戻るから、とルードがどんなに催促しても了承しなかったような事を口にする。それを耳にしたルードは口元だけでそっと笑うと、レノはどうやら“本気になったらしい”と心密かに思った。だってそう、レノという男は本気になったら言う事を聞かない。いつもであればダルそうにしながらも「はいはい」と令には背かない人間なのに、それにわざわざ反発するということは“そういう事”なのだろう。 レノが去った後、ルードは歩みを走りに変えながらぽつりと呟いた。 「…面倒なことにならないと良いけどな」 本気になれば、レノでなくとも人間の大方が本領発揮をする。結果が明るいものであっても暗いものであってもそれは問題ではない、本領発揮とは自身の持てる力の限りを尽くすことや自身の信ずる正当性を貫くことと同義だ。しかしそれは正道という意味での正しさとイコールとは限らない。 道を外すことだってある。人間だから。 それでもそれを信じて進むことを欲する。自分は自分だから。 「――――――――俺も…な」 ルードは指定されたポイントに辿り着くと、無線機能を備えた神羅製の携帯電話を手にとり司令塔であるツォンに連絡をつけた。そうして耳から流れ込んでくる情報に見えない頷きを返すと、間もなく通りかかるというターゲットに向けて準備を進める。 ターゲットは、ルードにとって恨みも何もない一般人。 恐らくターゲット自身は理不尽な死を迎えることになるのだし、ルードにとってもこれからかける制裁はいかにも理不尽だった。意味もなく人を手にかける、これでは愉快犯と同じ人道に外れる行為である。それが正しいかと問われれば答えは確実に否定的なものになるだろう。 それでも、信じて進む。 それが…―――――、 「…本領発揮だな」 ルードは、やがて見えてきたターゲットに確実な狙いを定めた。
安全装置を外し、引き金を引く。 その引き金を引けば、もう後戻りは出来ない。
パアアアン―――――――――――!
瞬間、何かが破裂する。
血が流れていた。 ヒクヒクと最後の抵抗をするかのように痙攣するターゲットは、いかにも哀れなふうである。今にも死に行くというのにその瞳は綺麗な色をしており、助けを求めているというよりも最後の風景を目一杯に焼き付けているように感じられた。
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