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STRAY PIECE ----------------------------------- < the first volume >
幸せというものは、どこから作られて、どこまで続くのだろう。 それは目に見えなくて、気付かないうちに指の先から零れ落ちてしまうから。 誰か――――――教えて。 求めれば求めるほど遠ざかっていく、そんな“幸せ”が、未来永劫続く方法を。
ねえ、誰か――――――――――――――。
いつでも膝を抱えて座っている。 それが癖のようになっていた。 年齢的には成人していなくても、社会的には既に大人と見られている以上、その癖はあまりにも幼稚だと思う。だけれどそれは幼い頃からの癖で、多分どうしようもない自分を守る為には必要ですらある癖なのだろうと思う。 ミッドガル市内、高級スイートルームの一室。 洒落たシャンデリアにまっさらなシーツ、大理石の四角いテーブルの上には多角カットのグラスが二つ置かれている。グラスの中には薄紫の液体が溜まっており、それはほとんど口を付けていない状態で放置されていた。 一晩泊まれば相当な額になるこのスイートルームで、今機能しているものはといえばベット1つである。 ダブルベットと同等の大きさのベットは良くスプリングが効いており、少しばかり動くだけで体に大きな反動が返る。そんなベットの上で、考えられうる一番大きな反動を感じているということ事は恐らく幸せなことだった。もしそれが愛の証というなれば、恐らくは――――――そう、幸せだったのだ。 今、その考えられうる一番大きな反動を感じている。 だけれどそれは、幸せとはイコールではないと分かっていた。 その理由は歴然だろう、何しろその反動は愛の証としての反動ではなかったのだから。いうなればそれは、屈折した愛の証とでもいおうか。 そこに愛は無いと分かっている。 そこに意味はないと分かっている。 それでもそんなものが、そんな屈折した愛が、必要だと感じている自分が此処にいる。 それがどれほど空しいことかは良く承知しているし、これはあくまでそれが分かった上での行為なのだからそれ以上の何かを求めようという心は無い。欲しいのはただこの場限りの屈折した愛であって、それ以外のものなどどうでも良いと思っていた。いや、むしろそれ以外のものは忘れたいとすら思っていた。 少なくとも、この場所では。
「HOTEL VERRY12階、1022号室」 ふと、そんな言葉が耳に入り、ルーファウスは声の方を振り返った。 振り返った先には、細身で赤髪の男が背を向けて座っている。背中の向こうには薄っすらと煙が立ち昇る様子が見て取れ、チョコレートのような甘い匂いが漂っていた。何という銘柄だったか忘れたが、確かどこか遠い国の煙草なんだとかいう。ミッドガルでは売っていない代物であるから、一体毎回どこでそんなものを入手するのだろうと疑問に思うのだが、ルーファウスはこの煙草の匂いが意外と好きだと思っていた。 甘ったるい、どこまででも堕ちていけそうな、匂い。 「1と2がお気に入りか?いつもこの部屋だろ」 「別に。意味なんか無い」 「へえ、偶然にしちゃすごいな。毎度此処だからいい加減覚えたけど」 くるりと振り返ってそう言った顔は、少し笑っている。それを見てルーファウスは思わず笑顔になったものだが、その次の瞬間には表情を翳らせていた。 それに気付いたらしいレノは、怒るでも呆れるでもなく普通の表情で息を吐く。それは別段ため息というわけではなかったが、何でもないと言い切るほどには軽いものではなかった。 「あのさ」 ベットの上、先ほどまでの熱が冷めないままにレノが口を開く。 「副社長、知ってる?ツォンさんって怒るとすごく怖いんだぜ、前に一度マジギレされたことあってさ。普段優しい人って怒ると怖いって言うけど、あれホントだな」 「へえ」 別段そんなことは興味がないといった具合に、ルーファウスはその話を聞き流す。実際その話題にはあまり興味がないし、そもそもこんなときにツォンの話題など聞きたくも無い。 しかしレノが出してきた話題だと思うとそれを辞めろということもできず、ただルーファウスはその話題が早く終わるようにと端的な返事だけを繰り返す。 別に――――――――ツォンのことなど、どうでも良い。 いや、どうでも良いわけではないが、今は考えたく無い。 レノが言う“偶然にしちゃすごい”1022号室では、この甘ったるい香りの中では、その話題は遠慮したいと思ってしまう。だってそんなことをしたら、折角上がった熱が冷めてしまいそうだから。 しかし、現実はそう甘くは無い。 例えばこうして熱を分かち合ったレノでさえ、甘ったるい香りをさせて夢を見させるくせに甘い言葉は与えてはくれないのだ。 「毎度言うけど、俺はいつでも辞められるから」 「……」 聞きたくない、嫌な言葉。 だけど、きっと聞かなくてはいけない言葉。 「こういうの、世間では何て言うのかな。不倫とか浮気とか言うのかもな。まあ何にせよ不義のカンケイってヤツには変わりないけど。…俺は、辞められるから」 「…何が言いたい?」 繰り返される言葉がやけに自分を突き放しているようで、何だか胸が痛くなる。 そう思うこと自体既に間違っていることくらい気付いてはいるのだが、それでもこの場でそんな言葉を聞くのは正直耐えられない。 せめてこのベットの上でくらいは、苦々しいものは捨ててしまいたいのに。 それなのに、レノの口は開いてしまう。滞りもなく。 「だから、つまり。STOPをかけるのは副社長の方って、こと」 「ストップ…」 「そう。じゃなきゃいつまでもズルズルズルズル…まあ俺は良いけど。後で困るのは副社長の方なんじゃないのか?」 「……」 確信を突かれた感じがして、その言葉は何だか嫌だと思う。 確かにストップをかけるのはルーファウスにしかできないことで、それはこの関係にSTARTという文字を刻み付けた者の義務とさえいるかもしれない。 でも―――――――――果たして辞められるのだろうか。 正直ルーファウスにはそれが疑問だった。自分のことであるのにまるで他人のことにように第三者的にものを言うのはおかしなことだったろうが、それでも本音はそこにある。 果たしてこの関係に終止符を打つことが出来るのか。 レノとの不義の関係、甘ったるい煙草の煙が立ち込める、どこまでも自分を貶めてくれるこの空間。 「副社長ってけっこー依存症?」 「え?」 ふと降り注いだ言葉に、ルーファウスは思考をストップさせてレノを見やる。 そうした瞬間、レノは不意打ちのようにキスをしてきた。 それはあまりにも憎らしいキス。 どうせ愛してもいないくせに、どうせいつでも辞められるくせに。 「“愛されたい依存症”、だろ?」 「…だとしたら?」 だとしたら何だというんだ。 それが悪いとでも言うのか。 世の中にはこうして愛の無いセックスをする人間など溢れているし、熱の無い携帯電話を手放せない人間だって溢れているし、要は皆同じことじゃないか。誰だって愛されたくて仕方ないその心の隙間を埋めるためにこうしてどうしようもない手段を選ぶのじゃないのか。 そう反論したい気持ちが疼いたものの、ルーファウスはそれを口に出すことはしなかった。仮にそうして反論したとしても、それは陳腐な言い訳にしか聞こえないと分かっていたからである。 そんなルーファウスに、レノは最後の言葉をかけた。 最後というのは別に重々しい意味ではない、単にレノがこの部屋を後にしようとしていることが分かったから、それは“今日この空間での最後の言葉”だろうと思っただけである。 「別に悪くはないけど。俺、1022号室なら幾らでも愛あげられるし」 「薄っぺらな愛を、な」 苦笑してルーファウスがそう言うと、すっかり服を着込んだレノはあっけらかんとしてこう言った。 「濃いよ、俺の愛は」
キッカケは何だっただろうか。 確かそう、辛気臭い葬式がキッカケだったはずだ。 一年前の蒸し暑い夏のある日、ルーファウスに来た一つの通達は、ある人物の葬式の日程を告げていた。 『XXX XXXXX 享年45歳』 小さな書簡の中にその文字を見つけたルーファウスは、聞きなれないその名前に思わず首を傾げたものである。一体これは誰だろうか。見知らぬ人間だ。 見知らぬ人間の葬式に行く義理などないし、そもそもナンセンスに違いない。これが少しでも知っている人間なら、まあ餞に線香の一つでもと思えたかもしれないが、ルーファウスはその人物にさっぱり心当たりがなかったのである。 何かの間違いじゃないのか。 そう思って宛名を確かめてみるが、それは確かに自分の名前になっている。 おかしい、そう思って差出人を見てみると、そこにはやはり聞きなれない人物の名が書かれていた。 差出人も逝去した人物も心当たりがないとくれば、いよいよその書簡対する不信感は強くなる。もしかしたら悪戯かもしれないが、それにしたってこのような意味の無い悪戯をするなんて悪趣味だとしか言いようがない。見ず知らずの人間の逝去の知らせを受けていちいち胸を痛めるほどルーファウスは暇ではなかったし、そもそもそういう質の人間でもなかった。 がしかし、そう思っていたルーファウスの心は僅か数時間で破れてしまったものである。 それは、会社から帰宅した神羅邸で発覚したことであった。 神羅邸でルーファウスを待ち受けていたのは珍しく早く帰宅していたプレジデント神羅で、彼は帰宅したばかりのルーファウスに息をつく暇も与えずにある重要な告白話をしたものである。告白話というと妙な感じがするが、しかし確かにそれは告白に違いない。 その告白とは、プレジデント神羅が14年間もの間隠し続けてきた、酷く重要な真実だった。 “まあ座れ、ルーファウス” そう言われ、ルーファウスは訝しみながらも近場のソファに腰を下ろす。 そうして父親を見やると、父親はいつになく“父親”の顔をしていた。そう、神羅の社長としてではなく“父親”としての、顔。 それを確認した瞬間、何となく怖くなった。 何が怖いのかは分からない、ただ、心がざわめくのを感じたのである。 そのざわめきは―――――――――――今でも、忘れられない。 まるで気が遠のいていくような、そんな、ざわめき。
“ルーファウス…実はな―――――――――”
やめてくれ… そんな言葉は聞きたくない… 今更、そんな陳腐な言い訳は聞きたくない…
そう…陳腐な言い訳など――――――――――要らない。
「要らないの、これ。美味しいのに」 「え…?」 突然そんな言葉を受けて、ツォンははっと我に返った。 どうやら何時の間にか考え事をしてしまっていたらしく、人前だというのに上の空になっていたらしい。 ツォンは自分自身に呆れながらも取り繕いの笑顔を顔に浮かべると、 「いや、貰おう」 そう言った。 CLUB ROSEという店はミッドガルでも隠れた名所といわれるくらいのバーで、あの酒飲みのレノやルードでさえ未だにこの店の存在は知らないというほどの場所である。 そんな隠れた名所を発見できたのは、まあ幸運といえば幸運なのだろうが、ツォンとしては少し心に痛いものがあった。 CLUB ROSEはショットバーの類ではなく、いわばキャバレークラブの類である。 そう考えるとどこが隠れた名所なのかと思わざるを得なくなる気もするが、綺麗な女性がいるという部分を抜かせばやはり隠れた名所に違いないというくらいに酒が揃っている。地酒の種類は勿論、マスターオリジナルのカクテルなどは別格といって良いだろう。 普通であれば絶対に寄り付かない類であるこの店にツォンのような真面目な男が通うようになったのは、ある一つの“事件”が契機だった。
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