守護法

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何となく触れ合った。

そんな曖昧なところから始まったものでも、それは恐らく酷く大切なもので、だからこそそれが無くなるのは想像するだけでも嫌だった。

でも、思えばそれすらただの守護法だったのだろうか。

ほんの少しの寂しさから逃れる為の、あまりにも大きな守護法。

 

 

 

「今日は用事があって」

そう言われて約束が無くなる様な日は、決まって不安になった。

大体そういう不安というのは、もしかしてそれほど好きじゃないんだろうか、とか、本当はどうでも良いと思われてるんだろうか、とか、そんな類のいわば自己過小評価だった。

ルーファウスにとって目下恋人関係であるツォンという部下は、大体の場合はそんなふうに思わせないだけの行動をしてくる。だから大体の場合はそんな不安になど陥らないのだが、たまに約束が無くなってしまうような日にはルーファウスは途端にそんな不安に襲われた。

それは悪循環のようなものである。

もし仮にそういう不安が頻繁に起こったとしたら、それは辛いなりにも「またか」という事になる。けれどそれが稀に起こるものだから、妙な不安に取り付かれるのだ。

それは多分、優しさとか甘さに慣れ切ってしまった証拠だろう。

「用事か…どんな用事なんだ?」

例によって約束が無くなってしまったその日、ルーファウスは神羅の長い廊下の途中で、目前のツォンを見遣りながらそんなことを聞いた。

夕暮れ時の廊下は、淡い光が差している。

その中でこんな事を聞くのは何だか勘ぐるようで嫌な気分もしたが、それでも不安を払拭するためには仕方無い。といってこの答えが、他の誰かと会うから、という理由だったらそれはそれで落ち込むことになるのだろうが。まあこれはいわば嫉妬なのだろう。

ツォンは、目前のルーファウスの気持ちを悟ってか、少し笑って、

「野暮用ですよ。少し寄ろうと思っている店があって」

そんなふうに言った。

それを聞いたルーファウスは、何だ店か、そう思ってどこかホッとする。しかし一瞬のその安堵が何だか急に恥ずかしくなって、そうか、じゃあまたな、などと言葉を切り返した。

それは時間にして2、3秒といったところだったが、多分ツォンは気付いてしまっただろう。もし誰かと会うような用事だったらルーファウスがどんな表情をするか、に。

しかしそれを深く考えるのも何だか嫌で、ルーファウスはそのまま頑張って笑顔を作るとその場を去っていった。

 

ツォンとの約束が何も無くなったルーファウスは、自分もたまには独りでどこかに寄ってみようかと久し振りに寄り道などをした。

ミッドガルに点在する店は様々だったが、独りで寄る店ともなれば限られてくる。別段ショッピングを楽しもうという気持ちはないから、バーのような場所でなければどこでも良い。そう思って当ても無くフラフラと歩いていると、ふと小さな看板がルーファウスの目に留まった。

「?」

その看板には、こう書かれている。

DICT”

……何だ?

そう思ってその看板に吸い寄せられるようにして足を進めると、その看板の脇から何かがニュッと現れた。それはあまりにも唐突だったから、ルーファウスは思わず声を上げそうになったものである。

しかしそれを寸でのところで押さえたルーファウスは、その唐突に出てきた物体をまじまじと眺めると、先程まで驚いていた割には今度は自分から口を開いた。

そこにいたのは、正真正銘の人間である。

「…此処はどういう店だ?」

要点だけそう聞いたルーファウスに返ってきたのは、筋肉付きの良い体をした大男の、笑みを帯びた言葉だった。

「お兄さん、お目が高いですよ。此処はね、秘密のクラブなんです」

「秘密のクラブ?」

クラブ――――――というのはどういう意味のクラブなのだろうか。

そう思って思わず眉を顰めたルーファウスだったが、目前の男が言うには女の匂いのする場所ではないという。ということは、所謂続的な場所ではないということらしい。

しかしだったらどういう意味で秘密なのかというのが疑問である。

「お兄さん。此処は少々値が張ります。しかし様々な遊びが実現できる夢のような場所ですよ。もしも懐に余裕があるなら、是非……」

「懐にって…」

余裕が無いわけでは勿論無い。

ということはこの男の言う様々な遊びというのが実現できるということなのだろうが、それにしてもいかにも怪しげである。値が張るというのだから相当な設備か何かがあるのだろうが、それが秘密となれば何だか危険な匂いがしないでもない。もしこれが俗的な意味でのクラブなのならばまだ頷けようものだが、そうじゃないというのだから更に訳が分からない。

結局ルーファウスは、その男に「別に良い」と告げると、そのままそこを通り過ぎていった。内容の一端すら分からないなんて何だかおかしいし、無闇に足を突っ込んでトラブルにでもなったら大問題である。

そうしてルーファウスは、結局近場の店をフラフラとして帰っていった。

 

家に帰るとそこは独りで、ルーファウスは適当にテレビなどをつけてみたもののそれに注視することはなかった。

ただ、音のある空間の中でゆっくりと腰を据える。

咽喉を潤す為に一杯の紅茶などを注いだが、それも何だか進んでいない。

その間ルーファウスが何をしていたかといえば、テレビの雑音の中、紅茶を手にしながらもそれを飲まず、ただツォンのことを考えていた。

ツォンは今頃、もう帰宅したのだろうか―――――何だかそんなことを考える。

もし会っていたら、きっと今はまだ二人でいただろうけれど、残念ながら今日はこんなふうに独りである。それでもツォンはまだ帰宅したかどうかも分からないし、例えそれが気になっても確認するだなんて事はできるはずもない。

しかし少しでもそれが気になったり確認でもしたくなるのはきっと、よほど不安だからだろう。ツォンは先程、店に寄るからとそう言っていたのだ。だからそれは人と合うことではないし、それならば嫉妬などする必要も無い。

しかし、何故だろうか。

何だかそんなことにすら嫉妬らしきものを感じる。

それが物だろうと店だろうと事象だろうと、ともかく何であろうと「自分はそれほど好かれていないんじゃないか」とか「本当はどうでも良いんじゃないか」という気分になってくる。自分のことをさして好きじゃないから、本当は同でも良いと思っているから、その他のことをするのではないかと…何だかそんなふうに思ってしまう。

「…重症だ」

思わず溜息を付いたルーファウスは、やっとのことで紅茶を一口飲むと、もう一度大きな溜息をついてから目を瞑った。

いつの間にこんなに弱くなってしまったのだろうか。

ツォンは二人きりになると、いつもルーファウスを安堵させるが如くにそれらしい言葉を口にする。それはとても疑いようもないほどの真面目な言葉で、いかにツォンが自分を想ってくれているかがわかる。但しそれは年端もゆかない人間のそれとは違って、常に共にいたり、常に触れていたり、常に何かを与えてくるようなそんなものではなかった。

愛情の確認というものをするとき、それはやはり直接的なものであるほうが判り易い。そうなると、どちらかといえばツォンの愛情表現とは異なるような直接的なものこそが簡単だということになる。

いつも側にいたり、いつも触れていたり、いつも何かを与えていたり…そういう方が簡単に確認できるから。

しかしツォンはそういった人間ではなく、たまに口にする言葉やたまに触れる肌が一際強くそれを表現するといった人間だった。それはそれでルーファウスを満足させたものだが、それでもこうして日頃の小さな出来事一つ一つに関してはいまいち満足させてくれない。というよりも、不安になってしまうのだ。

多分それは、ルーファウスの欲しているものと、ツォンの与えているものの差なのだと思う。若しくは、愛情に対しての欲求の差なのかもしれない。

多分ツォンは、それほど顕著に何らかのことをせずとも安心ができ、その範疇で幸せを感じることができるのだろう。しかしルーファウスはそういうふうにはいかなかった。多分根底ではツォンと同じふうに考えている部分もあるのに、それがたった少しの衝動で崩れそうになる。それは不安というやつだ。

―――――――それでも、好きでいてくれていることは分かっているけれど…。

「分かってる、分かってるんだ…」

それなのに、何故こんなに不安になってしまうんだろう。

そんなふうに思いながら、夜は深度を増していく。

 

 

 

翌朝、出社した際にある人物と出逢ったルーファウスは、たまな事だと思いその人物に話しかけたりした。

その人物とは、ツォンと共にタークスとして動いているレノである。

レノは神羅のエントランスの前で佇んでおり、出社時刻だというのにまだ建物の中には入ろうともしていない。その様子が気になったこともあったろうか、話しかけたのは。

「お早う。どうしたんだ、こんなところで」

そう声をかけると、レノはチラとルーファウスを見て小さく頭を垂れながら「おはようございます」と割りと丁寧な調子で返す。

それから、どうして建物の中に入らずにいるかというその答えを口にした。

「人を待ってるんです。そのおかげで遅刻しそうなんですけど」

「だったらタイムスキャンをしてから中で待てば良いじゃないか」

尤もなことを言ったルーファウスに、レノは「いやあ…」なんて言って頭をポリポリかいたりすると、それはできない、というような事を言う。何がどうしてそうできないのか良く分からないルーファウスは、それに勿論のこと首を傾げたわけだが、レノの答えを聞くや否やそんなふうには出来なくなってしまった。

「ツォンさんに此処で待つように言われてるんで、多分ソレは無理です」

「ツォン…?」

一瞬ドキリとする。

一体ツォンが何でそんなことを言ったのだろうか、それも気になるところだが、何となくそれとは全く違うものでルーファウスは鼓動を早めていた。

何だろう、この感覚は。

「…昨日俺の武器がちょっとイカれたんで。ツォンさんがソレ、修理に出してくれたんです。で、それを此処で渡すからって言われてるんですけどね」

「昨日…か」

「ま、そんな感じです」

―――――――――昨日…ということは、野暮用というのはそれの事だったのか。

店に寄るからというのは間違いじゃなかったようだが、どうやらそれはレノの為らしい。上司としては相当な心遣いだろうからそれは誉めるべきなのだろうが、何だかルーファウスはそんなふうには思えなかった。多分それは我がままだろうが、それでも何だかモヤモヤして仕方無い。

「あ」

とその時、レノが声を上げた。

何だろうと思ってレノの顔を見てみると、そこには少し晴れたような表情がある。その表情は、待ち人が来たことを如実に伝えていた。

レノの視線の先にいたのは、紛れも無くツォンである。

ルーファウスはレノと一緒になってツォンの方を振り返っていたが、何だかその表情はあまり芳しくはなかった。視線の先にいるツォンはレノの武器らしい物体を抱えており、それを手にしながらコチラに歩いてくる。そのツォンは最初レノに気付いて少し笑んでいたが、レノの隣にいるのがルーファウスだと知った瞬間に少しだけその笑みを消した。

しかしそれもすぐにまた笑顔に戻ると、

「おはようございます、ルーファウス様」

と挨拶が飛んでくる。

だからルーファウスはそれに同じ調子で返すと、ぎこちないながらも笑みを作る。

 

 

 

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