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『…ただいま電話に出ることができません…』 「…馬鹿か」 ルーファウスは留守番電話へと移行する前に、早々にその通話をぷつり、と切断した。まさか、ツォンのしたように波の音を残すわけにもいかない。まあこの場合は、海がないからルーファウスの寝息を延々録音することになるのだろうが。 「はあ…」 ルーファウスは携帯電話を放って目を閉じると、今しがた自分がとった行動のいかに無意味なものだったかを考えた。一体自分は何を期待していたのか。声でも聞けたら…なんて、恋をしている女でもあるまいに。 「……本当に、いつでもバットタイミングだな」 そう、思えばいつもそうだった。 ルーファウスは閉じた瞼の奥でそっと今までツォンとの間に起こったことを思い返す。それらの思い出の中で、うまい具合にタイミングの合ったものは殆ど無い。 ここで言うタイミングというのは時間やスケジュール的なタイミングのことではない。そういったものならば別段ルーファウスの指示で何とかなるのだが、問題はメンタル部分でのタイミングである。 会いたいとか、楽しいとか、そんなふうに感情の動くタイミング。 それは悉く合わない。 ――――――きっと、本当は相性が合わない同士なんだろう。 ルーファウスはひっそりとそう思っていた。 世の中にはきっと、メンタルタイミングがばちっと合う恋人同士もあるに違いない。そういう恋人同士は、与えてほしい時に与えらてもらうことができるし、与えたいときに与えてあげることができる。だからストレスが起こらない。つまりは幸せを継続させることができるということである。 じゃあ、逆の場合は? ルーファウスとツォンの場合、会いたいと思うタイミングもずれているし、何とか時間を合わせて食事に行ったとしても、そうしている間に考えていることは別々のことである場合が多い。それはお互い口に出さずとも分かっているし、分かっているからこそ長々と時間を共有しないのである。がしかし、時間を長く共有しないということはそれだけ情報を引き出す時間が少ないということであり、結果的に相手のことを知る機会が減ってしまう。だからいつまでも、相手のことにどこか懐疑的で仕方が無い。そういう心にはいつの間にか隙間ができるのだ。寂しい、切ない、そういう気持ちが。 でも――――――じゃあ嫌いになれるか? そう問われれば、ルーファウスはNOと断言できる。 それは恐らくツォンもそうであろう。あんな留守電を残すくらいなのだから。 「お前も…同じくらい切ない気持ちなら良いのに」 今この瞬間に、お前も寂しい気持ちでいてくれたら良いのに。 ルーファウスはそう思いながら、深い深い眠りへと落ちていった。
“海の深い深いところまで行くとね、心が一つになれるの” “どうして?” “浅いところは波で流されてしまうから。だから一つになれないの” “うん” “深い深いところで繋がれば流されない。…ね?” “うん” “だから…だからルーファウス、お願いだから―――――…”
――――――やめて! ――――――やめて!! ――――――誰か、誰か助けて…!!!
覚えてる。 あの時の悲しそうな顔。 信じていたすべてに裏切られたふうな絶望的な顔。
だから、知ってるんだ。分かってるんだ。 深く深く、とても深いところで、心を一つにすることなんて出来ない。 そんなの無理だって、分かってる。 求めても、求めても、得られない。
だって―――――――そう。 拒否した自分には、幸せなど与えられるはずがないのだから。
もうすぐで通常の退勤時間だという頃になって、それは突然ツォンの耳に入ってきた。 運が良いというのか悪いというのか、ともかくそれはイレギュラーな状況で耳にしたもので、いつもだったら足を運ばないスペースに足を運んだ際にどこかの誰かがぽろりと零した言葉に過ぎなかった。 “副社長が病院に運ばれたらしいってな” “ああ、またか” その世間話程度の言い草に、ツォンは驚きを隠せなかったものである。 ああ、またか。確かに一人はそう言った。 しかしツォンにとってそれは初耳で、いまだかつてルーファウスが病院に運ばれたなどという話は一度も聞いたことがなかったのである。 一体何があったのか。 ルーファウスは無事なのだろうか。 そう心がざわついたが、通常の退勤時間が差し迫っているときでもあったし、それに際してツォンは部下への指示を出さねばならなかったから、早急にその場を離れなければならない状態だった。 ともかく仕事を早く切り上げよう。 そう思い神羅社内を急ぐツォンの隣を、ルーファウスの秘書である人物がさっと横切っていく。その時のツォンはまだ気づいていなかったが、その時その秘書は随分と焦っており、今一瞬が勝負であるというふうな形相だった。つまり、その時こそ問題解決に人員が必要なピークだったのである。ツォンが自分の仕事を終え駆けつけたときには、既に協力の必要性は失われていた。 正に、バットタイミング。 “主任、副社長のことは何も心配せずとも結構です” そうキッパリと言われて、たじろぎながらもそうか、と答えた。 しかし、どういった理由で病院に運ばれ、今どういった状態かを尋ねたとき、やはり同じ冷静な口調でこういわれたときにはさすがにムッとしてしまったものである。 “残念ですが、主任にそれを知る権利はありませんから” 権利? 権利だったらある。 だって自分はルーファウスの恋人なのだ。それをどうして権利が無いなどということになるのか。 そう憤ったが、まさかそのものずばりを説明するわけにはいかないし、そんなことをしてしまえば自分どころかルーファウスの面子をつぶしてしまうことになる。それはいかにも不味い。 結局ツォンは、その場ではおずおずと引き下がることしかできなかった。 本当だったら、一番に心配をし、一番に駆けつけたいのに。 そして、一番に頼られたいのに―――――――――。 そんな歯がゆい思いをしながらも、ツォンは何件かの病院を車で回った。大きな病院はそれほどないし、VIP待遇を可能としているところもそうそうない。それを考えればどの病院に入院したかは分かりそうなものなのだが、VIPだからこそそうそう教えてくれるはずもなく、結局ツォンの徒労は無駄に終わってしまった。 ――――――――――ルーファウスはどんな状態なのか。 ただそれだけでも良いから誰か教えてほしい。 しかしそれは叶わない。 きっとこの世で一番にそれを知りたいのは自分であるはずなのに、どうしてこんなことになってしまうのだろうか。そう思うとツォンは、折角手に入れた主任という肩書きもどうでも良いような気がした。 タークス主任の肩書きは伊達ではないが、肩書きとはそもそもプライドや社会的地位の確立の為にあるものである。では、何故プライドを守ることや社会的地位の確立が必要なのか。それは、誰かに信用してもらうため、そして大切なものを守るためである。仮に金銭面を重視するとしても、結局それも最終的には大切なものを得るためということに繋がる。無論、その場合、大切なものは人でなくとも良い。大切な何か、大切な場所、大切な時間。ともかく大切な何かの為にこれらのものを必要とし、証明とするのである。 「どうやら私の肩書きは無駄らしいです、ルーファウス様」 ツォンは自嘲気味にそう言うと、海岸線を車で飛ばした。 ミッドガルという土地は内陸部にあるが、神羅の優秀な技術で作られた道路をそのままゆくと、すぐにも海岸線に出ることができる。 こんな寂しい夜には、せめて楽しいBGMを。 そう思ってCDをセットしたが、残念ながら持ち合わせていたCDはどれも切ない曲ばかりで、結局ツォンはそれを聴くことにしたものである。 夜の海に、切ない曲。 こんな泣けるシチュエーションなどあるだろうか?―――否、あるはずがない。 ツォンは運転しながらサイドガラスをウイン、と下ろすと、途端に入り込んできた潮風に思わず目を細めた。夜の風は気持ちが良い。しかし何故だろう、肌に纏わりつくこの風はやはりどこか切なくて心をギュッと締め付ける。 「…」 ツォンは程よいところで車を停車すると、少し考えた後にルーファウスへ電話をかけた。 相手は病人であり、今は病室の中。 いかにも場の空気の読めない、大人気ない行動。 そうは分かっているが、こうせずにはいられない。そう思った。 ―――――――どうか、貴方に届きますように。 電話の向こうからはいつも通り留守電のガイダンスが流れ、ツォンはそれを聞き流し、ピーという発信音の後にじっと黙り込んだ。勿論、先ほどまでの切ないBGMもストップしている。 だから、そう、聞こえるのは―――――波の音だけ。 ザアアアア……ザアアアア……。 ただひたすらに、波の音。 ザアアアア……ザアアアア……。 ―――――――どうか、貴方にもこの波が届きますように。
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