Metronom

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同じくらいの喜び。

同じくらいの悲しみ。

同じくらいの苦しみ。

同じくらいの切なさ。

 

ああ、どうして―――――――――。

どうして、あの人は“同じくらいの”感情を持ってはくれないのだろう。

 

ああ、もしも…もしもあの人と自分が、同じくらいの感情の振り幅であるなら。

 

 

 

――――――――同じくらいの愛しさを持てたのだろうに。

 

 

 

 

“現在電話に出ることはできません…こちらミッドガル電信電話…”

「またか…」

耳に入り込んだのは、もう既に耳に馴染むくらいになってしまった電話のアナウンス。機械の声が説明してくれるのは、電話番号の契約者が電話に出られないという状況であること…つまり留守電である。

まあ、こんなことは日常茶飯事だ。

誰だって手を離せないことはあるものだし、そういう為にこのサービスは提供されているのである。そんなことはわかっているが、しかし解せないのは、この番号に電話をかけるとかなりの確率でこのガイダンスにいきあたるという点である。いくらなんだって、こうも毎回留守番電話であるはずがあるまい。

とはいえ、どんなに不満でもそうそう強く文句は言えない。

なぜなら、電話の用件はほぼどうでも良い内容だからだ。いや、本人にとっては頗る大切な内容ではあるのだが、世間的に見れば大した重要性がないというべきか。

ただ――――――声が聞きたい、と思った。

ただそれだけ。

何て贅沢な内容だろうか。

そう思ってツォンは思わず苦笑した。

携帯電話などというものがなければ、おそらくこんな贅沢なことは望まなかっただろう。しかしこうして文明が進歩し何でもかんでも可能になり、今ではこんな贅沢もできるようになった。が、何故だろうか。そんなふうに簡単に贅沢ができる分、それが叶わなかったときのストレスは増大しているように思う。

「…馬鹿げてる」

ツォンは携帯電話をパチン、と折りたたむと、さっとスーツの胸ポケットの中へと埋めた。そうして、停車させていた車に乗り込む。

チラ、と左に目を向けるとそこには広大な海が広がっており、サササアアという静かな波の音がゆっくりと耳に伝ってくる。

―――――水は嫌いだ。

ツォンはシートに背をつけながらうつらとそんな事を思った。

水は生命の源と言われており、人間が生きていくには水分は必要不可欠なものである。つまり水とはこの星の上ではあまりにも重要なものなのだろうが、しかしツォンはそれでも水が嫌いだった。

別に、幼い頃にトラウマがあるとか、そういうわけではない。

しかし、少なくとも幼い頃から海で遊ぶようなアクティブな少年ではなかったし、海で叫び声をあげるような熱い青春を送るような青年でもなかった。残念なことには、海辺で寝そべって麦酒を味わうようなアウトドアさも持ち合わせてはいない。

―――――怖いのだ、海は。

何がどう怖いとか、そういうことは分からない。

しかし水平線を見ていると、そのあまりにも広大なスケールに飲み込まれそうになる。泳げないわけではないが、しかしひとたびこの海の中に入り込んだなら、きっともう戻れないような気がするのだ。

いわば、広大すぎるところが怖いとでもいうのか。

何でも包括してしまいそうなその大きさに、恐ろしさを感じずにはおれない。だって人間の体はこんなにも小さいのに。

「“水は嫌い”…か」

―――――そういえば。

“あの人”も、水が嫌いと言っていたか。

そう、確かあの人も水が嫌いだと口にしていて、それだから「似ているな」と思ったのである。不思議なことだけれども、似ている部分を発見すると、少しばかり親近感を覚えるものだ。それはどんな些細なものでもいい。とにかく何か、キッカケになる類似性を見出して、心は近づこうとする。そうして近づいたならば、次にはそれを自分のものとして所有したいと思うようになるのだ。

浅はかかもしれない。しかし心は既にそこまで来てしまった。

だから、今こんなにも切ない気持ちになるのだろう。

「貴方も…同じくらい切ない気持ちなら良いのに」

ツォンはそう呟き、薄暗い水平線をどこまでも遠くじっと見つめた。

 

 

 

“私は、水は嫌いだ”

“奇遇ですね、実は私も水は嫌いなんです”

“そうか?―――でも私は、海は嫌いじゃない”

“水の集合体なのに、ですか?”

“ああ。だって海は…”

 

―――――“ある人を、思い出すから”。

確かにあの人はそう言った。

 

 

 

 

 

最近、昼夜逆転している気がする。

―――――いや、違う。

そうじゃなくて睡眠時間が極端に減っているのか。

ルーファウスはその事実に行き当たり、思わず深い溜息をついた。

いつからか深夜に仕事に手をつけることが普通になってしまったルーファウスは、そのまま夜明けを向かえ、午前中をやりすごし、ごくごく短い午睡を取り、それからまだ午後の業務に取り掛かるという不規則極まりない毎日を過ごすようになっていたものである。

身体的には良くないと分かっているのだが、何分深夜というのは静かだし集中がしやすいものだ。それだから集中しているとすぐに太陽が昇ってしまい、日中になってしまう。社員が忙しなく雨動いている時間に休むというのはどうにも問題だが、逆にそれだけの人間が動いているならば問題が起こっても誰かしらが対応できる。ルーファウスクラスが対応しなくては解決できない問題などそうそうない世の中である、それくらいが丁度いい。

「午後一時…か」

ルーファウスは眠気で落ちてきた瞼をくいん、と擦ると、大きな息をついて立ち上がった。

秘書に連絡を一本入れ、副社長室内に設置した仮眠室へと向かう。

朝食を食べた以来何も腹に入れていないから、空腹感もかなりあったのだが、それよりも今は睡魔の方が強い。

ベット代わりの大降りソファにどっさりと体を放ると、ルーファウスは最後の余力でもって携帯電話を取り出した。そうして、深夜帯の留守番電話をチェックする。今までずっと起きていたのだからそんなことをする必要性もないように思うが、深夜帯は集中したいということもあって留守電にしてあるからこういう作業が必要になってくるわけである。

――――――まあ、深夜に電話をかけてくる輩などいないだろうが…。

そう思いながら確認をすると。

『…留守番電話、一件です…』

「?」

一件。

一体誰がどんな用件でかけてきたのだろうか。

そう怪訝な顔をして耳をそばだてていると、電話の向こうから不思議な音が聞こえてきた。

『ピー……ザアア………ザアア………』

「こ、れは…」

この音はどこかで聞いたことがある。

そう、これは――――――――――――――海、だ。

海の、波の音である。とても静かな波の音。

しかしそれ以外の音は聞こえてこず、留守番電話はずっと波の音だけをルーファウスに伝えてくる。

「……」

海。

そのキーワードから、ルーファウスはその留守電の主が誰であるのかを理解した。

こんなまどろっこしい方法をとるだなんて、いささか彼らしくない。

がしかし、彼でなければ恐らくこのような馬鹿げた留守電は残さなかっただろう。

だって、この波の音はそれそのものがメッセージなのだ。

「……馬鹿か。肩書き持ちのくせに」

ルーファウスはそう毒づくと、少々乱暴に携帯電話を閉じ、それを近くのガラステーブルの上に置いた。そうして、早々と目を閉じる。

早く眠ってしまおう。

少ない睡眠時間なのだから、効率よく摂らなければ。

そう思ったが、どうやらなかなか眠りにつけない。

眠れるように何かを思い浮かべたり、逆に何も考えないようにしてみたりしたが、やはりどうも寝付けなかった。どうやら先ほどの留守電のことが、心のどこかに引っかかっているらしい。

「…くそ」

ルーファウスは舌打ちをすると、先ほど手放した携帯電話を再び手に取り、かのタークス主任の番号を引き出した。番号は早急に抽出され、通話ボタンを押しさえすればすぐにもリクエストができる状態である。

が、少し躊躇った。

だって、何を言うつもりなのか分からなかったから。

お前の留守電が気になって眠れなくなったじゃないか、と?

そう捲くし立てればそれで満足なのだろうか、自分は。

そう考えるとそういうわけではない気がする。

それよりもむしろ、あの留守電が気になり、そのせいでツォンのことが気になっているというのが本当のところだろう。そうだ、これは睡眠を邪魔されたというよりも、意識を邪魔されたといったほうが正しい。何もなかったところに、急にツォンの存在が降りたったのだ。そうして彼は、ルーファウスの心をざわつかせている。

せめて―――――声でも聞けたら。

何となく、安心するかもしれない。

「そう…だよな。少し話して…そうしたらすぐに切れば良い」

ソファに横たわったままルーファウスは確認するようにそう呟くと、手にしていた携帯電話を操りツォンに連絡をいれた。

トュルルルル…、と音が響く。

1コール。

2コール。

3コール。

―――――――そして。

 

 

 

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