Happy Table

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隣家の食卓はいつも明るく賑やかな様子だった。

隣家まではそこそこの距離があるのに、それでもそこが笑顔に溢れていることや幸せに満ちていることが良く分かる。

一度、気になって窓の外からのぞいたことすらある。

その時そこはあまりにも明るくて幸せそうで、とてもとても眩しかった。

 

“…良いな”

 

最初に思ったのはそれだった。

そしてその次に思ったのは、自分には絶対にそんな食卓は訪れないだろうということである。そんなことを思ったその日、自宅の家政婦が大慌てで迎えにきた。

 

“何をしていらっしゃるんです!”

“さあ帰りますよ!”

 

嫌だと叫んでみたけれど、結局力ずくで帰された。

しかしよくよく考えてみれば、そこにいたからといって何がどうなるわけでもない。自分がその暖かな食卓の一員になるわけではないのである。

けれど、それでも、帰った後の空しさは言い知れなかった。

 

“さあ坊ちゃま。お食事をどうぞ”

 

だだっぴろい部屋の、大きく細長いテーブル。

白いレースが綺麗にかけられていて、汚れ一つなくて、とても清潔で――――。

 

“…いただきます”

 

でも、その食卓は一人だった。

独りだった。

 

 

 

 

「今日の食事は不味いな」

ルーファウスは今まで手にしていたフォークをかたり、とテーブルに置くと、紙ナプキンで口元を拭い、それぎり食事には手を触れなかった。

これはいつものことで、ルーファウスはその食事が不味いとすぐにこのようにボイコットをする。不味いものなら食べない方がマトモだと思っているのだ。

しかし、それを脇で聞いていた部下は大慌てである。

ルーファウスには分からないようにひっそりとコックを呼びつけると、とにかくもっといい食事を持ってこいと言いつける。そうしてその極上の料理がやってくるまでは、当然自分は食事に手をつけない。いや、つけられないといった方が正しいか。

しかしそんな部下の配慮も水の泡、ルーファウスは一旦食事を止めたらそこからは絶対に手をつけないのだった。これは単に性格の問題なのだろうが、しかし部下にとっては非常にシビアな問題である。何せこれで自分は朝食を食べ逃してしまうのだから。勿論どこかで食べなおす時間もない。

「おい、食事はもう良いから。仕事の話を続けよう」

「はい…」

そう言われた部下は、しょんぼりとしながらそう返す。

当然ながらルーファウスは自分がどんな酷なことを口にしているのかなどまるで気づいていないという次第。だからこそ始末が悪い。

そんなわけで、ルーファウスと昼食をともにする部下というのは、実に運が悪い部下というふうに囁かれていたものである。

まあ、食事が美味しかったのなら問題はないのかもしれないが。

 

 

 

ある日のこと。

そういう日常の中で、ルーファウスのそのペースを乱す者がとうとう現れた。

いつもと同じように、仕事の話をしながらの食事。

ただ一つ違うのは、食事の相手がタークス主任のツォンだということ。

ツォンとはまあまあの付き合いであるルーファウスだが、しかしこうして食事をともにすることはなかった。というのも、ツォンは大体いつも簡潔に仕事の話を済ませてしまうから、昼休みに雪崩れ込むとか仕事自体が長引くとか、そういうことがあまり無かったのである。

それだから、この昼食はある意味レアだっただろう。

何しろあのツォンが仕事を長引かせたというのだから。

とはいえ、ルーファウスは特にそれを気にしてはいない。まあそんなこともあるかと、そんな具合である。

ともかくそんなレアな昼食の日、ルーファウスは近場のレストランへとツォンを誘った。いつもどこで食事をしているかと聞いてみたがまちまちだというので、じゃあどこでも良いかということになったのである。

その日出向いたそのレストランは、ルーファウスも初めて足を踏み入れるレストランだった。つまり、どういう食事が出てくるかなどまるで分からない。要するに食事が途中でストップする可能性もかなり高いということである。

こういう噂は、この界隈の飲食店ではかなり有名だった。

当然、このレストランの店主もルーファウスの来店を知り挨拶に顔を出したりするわけである。いつもだったら店の中で指示を出す立場の店主も、このときばかりはペコペコ頭を下げざるを得ない。

「本日はようこそおいでくださいました」

「ああ、どうも」

普通の客とはまるで違うその丁重な対応さえも、ルーファウスは片手を挙げて挨拶するだけで済ましてしまう。少しくらい愛嬌があっても良いものだろうに、まるでそういうものがない。こういうところも噂になっているらしく、店主はひやひやした表情をしながらもぺこりと頭を下げ続けている。

「凄いですね」

強面の店主の横をすり抜けてから、ルーファウスの背後にぴったりとついていたツォンがそう言った。

ルーファウスと初めて昼食をするツォンにしてみれば、この異様な対応は妙に新鮮なものである。まあパーティなどの集まりに参加する場合などには護衛につくこともあるツォンだから、こういう対応が世の中に存在するということは当然既知なのだ。が、まさか近所のレストランで昼食をとるというそれだけでこの対応というのは、さすがにたまげたと言わざるを得ない。

「大したことじゃない。いつものことだ。どこにいってもこんな対応だぞ?」

「どこでもですか?さすがですね」

「いや、別に」

特に自分がそうして欲しいと頼んだわけでもないから、ルーファウスとしてはどちらでもいいという感じである。というより、少々邪魔だと思うのが正直なところだろう。しかしさすがにそれは言えない。

「とにかく注文を済ませてしまおう。仕事の話はそれからだ」

「はい」

ルーファウスとツォンは、取り敢えず適当に注文を頼むことにした。

何でも良いと思っていたツォンは、手短にと思い一番手前に出されていたデイリーランチを頼む。そしてルーファウスは、少しメニューを眺めた末に単品の肉料理を頼んだ。

オーダーを受けた店員はまるでロボットのようにカクカクの動きをしながらもさっと厨房へと消えていく。どうやら余程焦っているらしい。

「…よし。じゃあ仕事の話でもするか」

オーダーを頼んで一安心したルーファウスは、早速というようにテーブルの上に書類を広げる。クリアファイルから出された書類はそこそこの厚みがあり、その話の内容がそこそこのものであるということが分かる。

ルーファウスの正面の席に腰を下ろしていたツォンは、クリアグラスに入った水を一口口に含むと、おや、と声を上げた。

その動作に気づいたルーファウスが、どうした?、と問いかける。

「いえ。ここの小冷にはレモンが入っているようでしたから。こういうところに気遣いがあるのは良いものですね」

「そうか?別にどうでもいいと思うが」

たかだか水だろう。

そう言うルーファウスに、ツォンはにこりと笑ってこう返す。

「ええ。確かにそうなのですが、目に見えぬところにも気持ちがこもっているのは良いことだと思いませんか」

「さあ。私は特にそんなふうに思ったことはない」

「そうですか。それでしたら、ルーファウス様も一口お飲みになったら宜しいですよ」

気持ち悪いほどの笑顔でそんなふうに言われたものだから、ルーファウスはしぶしぶ水を口に運んだ。

飲んでみたが、やはり水は水でしかない。レモンが入っていようがなかろうが、水がレモンに変化するわけではないのだからやはり同じである。

別に、大した感慨は無いな。

そう思いながら、ルーファウスは広げてある書類に目を落とした。そうして、早速ツォンに仕事の話を切り出そうと口をあける。

が。

「この件なんだが―――――」

「なるほど。このレストランは良い木材を使っている。これは確か銘木といわれている…」

「おいツォン!お前、聞いているのか?」

「はい?」

どうかしましたか、とでも言いたげな表情のツォンに向かって、ルーファウスは不機嫌そうに「仕事の話をしたいんだが?」と言葉を投げる。

ツォンは、これは失礼しました、と口で謝ったものの、その表情はとてもそんなふうに反省しているようには見えなかった。

―――――――この男、馬鹿にしているのか?

ルーファウスがそんなふうに思ったのも仕方ない。

何しろツォンの態度は他の部下のものとはまるで違い、ルーファウスの話を聞こうという意思がまるで感じられないのだから。ともすればそれは、ルーファウスをからかっているふうにすら見える。

「…もう一度言うが。この仕事の件だが、実は――――」

「ああ、すみません。その話は後にして下さいませんか?」

「なに…」

「どうやら料理が来たようなので」

ツォンの視線の先を辿ると、そこには確かに料理を運ぶ店員の姿があった。彼は着実にこちらに向かってきている。どうやらツォンの言ったことは確実であるらしい。

「ったく…」

ルーファウスはいかにも不機嫌そうに舌打ちをすると、広げてあった書類を一旦クリアファイルの中に納めた。そうして、料理がテーブルの上へやってくるのを待つ。

「お待たせいたしました」

店員の生真面目そうな声が響くと同時に、オーダーした料理がテーブルの上にそっと置かれた。ツォンの頼んだデイリーランチも、ルーファウスの頼んだ肉料理も、出来立てほやほやで実に美味そうに見える。それぞれの料理の匂いがふんわりと空気に乗り鼻先を刺激していく。これが食欲を実によく刺激してくれる。

「これは美味しそうですね」

ツォンは今までと同じ調子でそう言うと、それでは冷めないうちに頂きましょう、とルーファウスに笑いかけた。今までのことがあるせいかどうにもその微笑が憎らしく感じたルーファウスだったが、確かに目の前の食事は実に美味そうで、これを差し置いて仕事の話をするのはナンセンスのような気がした。

取り敢えず食べようということになり、それぞれが食事に手を付ける。

幼い頃から仕込まれてきたルーファウスの食事の作法は実に綺麗な所作を周囲に見せていたが、対するツォンのそれもなかなかのものだった。どういう出身かはルーファウスもよく知らなかったが、それでも普段の身のこなしのスマートさを考えればなんとなく納得できる気はする。

―――――――随分と美味そうに食べる奴だ。

ルーファウスはそんなことを思いながら正面のツォンを見ていた。

そうする間自分も食事をしていたわけだが、他のことを考えていたせいかいまいち料理の美味しさに対する感動というものを感じなかったものである。

だから、ツォンのこう問われたとき思わずビックリした。

 

 

 

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