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ベットでだらりとしていたルーファウスは、先ほどまで脇にあった影が今は感じられないその事に少しだけ安堵した。 用事を頼んだのが幸いしたのだろう、ツォンは今日はもう帰宅をすると言った。 当初の予定だとこのルーファウスのロッジに一泊するということだったから、これは予定外の行動ということになる。しかしそれは、ルーファウスにとっては至極有難い行動だった。 愛している。 その言葉をツォンは、何度口にしただろうか。 かなり聞いた気がするが、途中は意識も快楽に消えてしまったから詳しくは覚えていない。ただ、こんなふうに二年ぶりに抱き合ったのだから感情的には相当それが漏れ出してもおかしくはない。 しかしそれらの愛情の言葉は、どれもルーファウスにとって苦しい言葉に違いなかった。 「星痕など…消えなければ良かったんだ」 まだ全裸のままベットに横たわっていたルーファウスは、ぼうっと天井を仰ぎながらそんなことを呟いた。 星痕が消えなければ、ツォンとは一生抱き合う事が無かっただろう。 だってツォンはあの時言ったのだ、抱く気になれない、と。 だったらば、星痕が一生消えない場合は一生その気になどなれないということだ。 もしもそうなっていたら、それはそれでまだ納得できていたかもしれない。ツォンは星痕に汚されたその身体が、肌が、嫌いなのだと、そう判断できたはずなのだから。しかし現状は星痕もなくなってしまったし、無くなってしまったら無くなってしまったでこうして抱き合うことになる。 しかし、それほど矛盾したことがあるだろうか。 ―――――いや、矛盾じゃないのかもしれない。むしろこれは明白な理由かもしれない。 「肌…か」 ルーファウスはふっと腕を持ち上げると、それをまじまじと見つめた。 目に映るのはやや白めの肌で、これといって傷もない、まあ綺麗といえる肌である。自分では綺麗だとか汚いだとかそんなふうには考えたことがないし、そもそも肌がどうのなんて男の身の上ではほぼどうでも良いことだった。 がしかし、ツォンはきっと違うのだろう。 星痕が無くなった途端に舞い戻った「愛してる」は、きっとそういう事を示しているのだろう。心で繋がっているものだとばかり思ってきたのに、本当は、心を覆っている身体が、肌が、ツォンと繋がっていたのである。 だからこそルーファウスは言ったのである、この二年間他の誰かと行為に及んだのではないか、と。それは多少嫉妬心も含めての言葉だったかもしれないが、それよりも大きかったのはツォンが自分といる本当の理由がどこにあるか知りたかったからである。 知らない誰かと身体を重ねたとして…例えそこに心が篭っていなくともそんなものは問題ではない、多分問題なのは「肌」だけなのである。 ただ…肌だけ。 翌日、ルーファウスはある場所に出向いていた。 それは事の発端となった例の北の大空洞である。 最初はツォンとイリーナを派遣したわけだが、その後は例の騒ぎが起こったために手付かずになっていた。とはいえ、今はもう既にジェノバの首は持ち去ってしまったのだから、用が無いといえば用は無いのだが、その後の事が少し気にかかっていたのだ。 ツォンには別の用事を頼んであるから、そこにはレノを同行させた。 レノは二つ返事でその同行を飲んでくれたが、いざ北の大空洞に来ると少し微妙な顔つきになったものである。それは別に北の大空洞の有様がどうのとか、そういう問題ではない。そうではなく、何かもっと別のことだった。 「ヘリの操縦なんて久しぶりでどうしようかと思ったけど、ま、何とかなるもんだ」 レノはそう言いながら、神羅製のヘリを操縦している。 神羅に勤務していた時には回ってこなかった役が今になってこうして回ってきたのは何とも皮肉な事だったが、それでもレノは何も不平を言わない。 神羅の頃は、ツォンしかその役を許されていなかった。 「…で。今更この大空洞に来るってのは、何か目論見でもあったりして?」 「いや、目論見というほどのことはない」 レノの軽快な問いに、ルーファウスは慎重な面持ちでそう答える。 そして、 「ただ少し気にかかってな」 そう答えた。 今回の同行に関して特別な理由を聞いていなかったレノは、いざ大空洞に来てもそんな調子でしかないその理由に、どうも納得いかないというように首を傾げる。しかしそれでも、別段それを追求しようという気はないらしい。 「あん時はジェノバの首がどうのっていってツォンさんとイリーナが飛んで…まあ結果オーライとしたって、ありゃ災難だったんだぞ、っと」 「災難?」 「そうそう。だってホラ、思念体に殺されかかっただろ?」 「…ああ」 そう、確かにあの時、ツォンとイリーナは殺されかかったのだ。 そこにヴィンセントが助け舟を出したから何とかなったものの、それが無かったら恐らくは―――――――死んでいただろう。 北の大空洞に向かわせてから少し経った頃、二人との通信が突然途切れ、その後は一向に行方が知れなくなっていた。一応捜索のために人を用意したものの、カダージュ達の動向が激しくなりなかなかそちらに気が回せなくなってしまったのである。それでも細々と捜索自体は続けていたのだが、結局二人の状況を知る一番の手がかりはカダージュの差し出した社員証となってしまった。 血のついた社員証を見た時――――あの時の感覚は忘れられない。 「…イリーナは、元気か?」 突然そんな事を口にしたルーファウスは、最近彼女には会っていないが、と世間話のような調子でレノに問う。 「ああ、イリーナ?まあ元気みたいだぞ、っと。未だに主任主任って騒いでて…まあ昔よりは落ち着いたみたいだけど、あれはかなりしつこいな…っと」 「そうか」 そういえばイリーナはツォンの事が好きらしいと、そう聞いたことがある。 それは確かレノからの情報だったと思うが。 「…彼女は、誤算だった」 ふっと、ルーファウスの口からはそんな言葉が漏れた。それは本当に呟き程度で、うっかりしていれば聞き逃してしまいそうな、そんな小さな言葉である。 しかしそれをしっかりと耳に入れていたらしいレノは、その意味の分からない言葉に咄嗟と反応を返す。 がしかし、ルーファウスはその言葉に対し、レノに説明を加えるようなことは一切しなかった。ただその言葉を飲み込み、そして眼下に見える黒い影をじっと見つめる。その黒い影は何かを埋めてしまったかのように大空洞を埋め立てており、その中に眠るものを掘り起こさせぬようじっとしているように見えた。 "ツォン、北の大空洞に飛んでくれないか?" "北の?例のセフィロスの…ですか。それは構わないですが、何故?" "ジェノバの首が見つかっていない" "なるほど、畏まりました。では早速レノ達にも連絡を取って――――" "悪いが、お前だけに頼みたいんだ" 一人で、いかせるつもりだった。 だから、イリーナの登場は誤算だった。 "良くぞ無事で戻ってきてくれた。ツォン" "ええ、ヴィンセントという男には借りが出来てしまいました" 無事であったことに安堵の言葉をかけた。 お前がいてくれなくては、とさえ言った。 血まみれの社員証を見た、あの時の感覚は絶対に忘れられない。 あの―――――――――腹の底から沸き立つような安心感は。 「すっかり綺麗になりましたね」 数日前にも聞いた言葉を、ツォンは飽きもせずに口にする。 それを聞いてルーファウスは笑みを漏らし、そうだな、と返答した。 そうして緩やかに抱きしめあうと、そのまま節操も無くベットにもつれこむ。これは最早当然のことで、今更躊躇う必要性すらないものである。 愛する人と抱き合う、とても幸せなひと時。 それは心を充足させるもののはずだったが、しかしどういう訳かこんなふうに幸せにしていても心は満足できなかった。むしろどこか不満が募るかのように全く興奮をしない。 二年ぶりに抱き合ったあの日から数日しか経っていないというのに、もうこれで何度目のセックスだろうか。多分、日付の数よりは多くそんな行為をしていると思う。朝とか昼とか夜とか、あまり気にせずにそんな行為に耽っている。 しかしそれは別段、愛情が満ち溢れていて触れられずにはいられないとか、そういう理由からのものではなかった。多分その反対で、あまりに乾いているからそういうふうになってしまったのだろう。 あまりに短い期間の中で、あまりに多い情事。 その中でルーファウスは、すっかり興奮というものを冷ましていった。勿論行為が深くなればそれなりに興奮はするのだが、それはあくまで身体の本能としての興奮であって、気持ちからくる興奮ではない。要するに、心が興奮をしないのだ。 がしかし、ツォンはそれに気づいてなどいない。 多分、気づきはしないんだろう―――――――このままでは。 「…ツォン」 「はい?」 ふっと名前を呼ぶと、ツォンは手を止めてルーファウスを見やった。 すっかり肌の方に行っていた目線がそうして自分の顔に戻ってくると、ルーファウスは何だか無性に悲しい気分になる。 「なあ、ツォン。私が今何を考えているか…分かるか?」 「ルーファウス様が考えている事ですか?」 「そうだ」 ルーファウスはツォンの瞳をじっと見やると、黒い瞳の奥に映った自分の肌を憎憎しく思いながらもツォンの返答を待つ。 しかしツォンの口からは歯切れの悪い、言葉にならない音のようなものしか出てこず、結局ルーファウスは自分の口を開くに至った。 「私はな、今お前のことを考えていた」 ゆっくりとそう言ったルーファウスは、ツォンの髪に触れ、まるで愛情表現のようにその髪を撫でる。そうして一頻り髪を撫でた後に、そっとツォンの頬に指を伸ばした。 「お前に出会えて良かったと――――そう思っていたんだ」 「ルーファウス様…」 それは私も同じことです、そう続いたツォンの声がルーファウスの耳に入る。 ツォンの声音は実に優しく、このベットの上では最上級の言葉であるようにさえ思えたものだが、ルーファウスにはその言葉がどうしても霞がかったもののようにしか感じられなかった。まるでフィルタを通した言葉みたいに聞こえるのである。 そのフィルタ越しの言葉は、緩やかな愛撫と共に続いていった。 「私の心は神羅にいた頃からずっと変わらない。感謝しているのです、神羅と、そして貴方に」 「そうか…」 ツォンはそう言いながらもルーファウスの胸の突起を愛撫し、滑らかな肌に口付けをしていく。その生暖かい感触はそれなりに快感を齎したものだが、しかし逆に言えば"それだけ"だった。 そう…それだけだ。 愛情溢れる行為のように思っていた一つのセックスでさえ、今ではもう、快感が得られるというそれだけの行為に摩り替わってしまったのである。 何故ならば、心はこんなにも届いていない。ツォンの心に繋がっているのは自分の心ではなく、自分の肌であることは、もう既に明白なことなのだから。 「すっかり綺麗になった…」 耳を掠める、何度目かのその言葉。 まるで心を切り離すかのようなその言葉は、ルーファウスの口角を少しだけ歪めさせる。しかしその様子にツォンは全く気づいてなどいなかった。何しろツォンの目の中にあるのは、もう既に肌だけなのだ。 だから―――――――――教えてやらねば、ならない。 肌のみを瞳に映しているその人に、その肌の内部には心が存在しているのだと。そして、その内部に存在していたはずの心は今や乾いてしまったのだと。 しかし内部にあるものは目に見えるものではない、何せ肌が隠してしまっているのだから。 そう、だからこそ…その内部を教える為には、肌が邪魔なのだ。 「……私は、神羅にいた頃から変わった」 ルーファウスは本当に聞き取れぬほどの小さな声でそう告げると、更に小さな声で、馬鹿だった、と零した。それらの言葉は、日中のレノのように聞き取られることはなかったらしく、ツォンは全く気づいていない。 その様子を見て、ルーファウスは思わず苦笑した。 ああ――――――この男は、気づかない。 この呟きにも、北の大空洞に埋められてしまった何かも、あの日一人で任務に就くように頼んだ理由さえも。 だから、教えてあげなくては。 「ツォン、お前に頼みがあるんだ」 今度はしっかりと聞き取れるほどの声量でそう言うと、ツォンは、ええ何でしょうか、と愛撫を続けながら返答した。そして、貴方の望むことなら何なりと、と付け加える。 それを聞いたルーファウスは、笑顔になって、ツォンを見つめ、こう言った。 「この肌を全部、火で焼いてしまいたいんだ」 END |