綺麗な覆い
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 ゆるゆると包帯を解く。
 その下から現れたのは幾分か白い、肌。
 それを鏡で確認して、それからそっと指でなぞってみる。
 ―――――問題はない。
「すっかり綺麗になりましたね」
 そう響いた声に、ルーファウスは小さく「ああ」と頷いた。
 しかしそれは無意識の返答であり、これといって心を込めたものなどではない。
 そもそも、ルーファウスにはそれが良いことなのかどうか良く分からなかった。今こうして幾分か白く全く問題のない肌が自分のものとして戻ってきたことが、果たして良いことなのかどうかが。
 しかし、自分の背後にいる男がそう言うからには、それはきっと良いことなのだろう。
「星痕は完全に消えた…か」
「そうですよ、ルーファウス様。彼らのお陰でこの星からあの疫病はすっかり去っていった。そして貴方も完全に元に戻られた。…本当に良かったです」
「良かった…か」
 どこか意識が飛んでいるかのようにそう繰り返したルーファウスは、鏡の中から、背後にいるツォンの顔をそっと見やった。ツォンはとても穏やかな顔をしており、今しがた口にした言葉そのものがそこに浮き彫りにされている。
 しかしその表情からふと視線を外し鏡に映る全貌に意識を切り替えた時、そこに移っていたのは「白いものの背後にある黒い影」という印象だけだった。
 黒い髪をして黒いスーツを身に纏っているツォンは、金髪に白いスーツを着ているルーファウスの背後に立つととても目立つ。まるで、白の印象の自分はその黒さに包まれてしまうかのようである。
「ルーファウス様…」
 ツォンは背後からルーファウスの身体を抱きしめると、そっと肩口に顔を沈めた。
 その様子が、鏡越しにルーファウスへと伝わる。
 そしてツォンの声は、ダイレクトに耳元で囁かれる。
「どれほどこの時を待っていたか…もう待ちくたびれてしまいました」
「……2年」
 ルーファウスがそう呟くとツォンは、そう、と言ってその年数を繰り返す。
「2年です。それほどの間、貴方を抱けなかった。…どれだけ気が狂れそうだったか、貴方も分かるでしょう?」
「…そうだな」
 確かに、そう。
 この2年間は一度として抱き合ったことはなかった。
 あのメテオ災害の日から以降、色々ありすぎてそれどころではなかったという部分もあるが、確かにこの恋人関係だけを切り抜いて考えれば所謂ご無沙汰というのに間違いはないだろう。それはツォンだけではなく、ルーファウスにとっても同じことである。
 神羅があった頃は、事ある毎に抱き合っていた。
 しかしそんな安穏とした事ができるような環境はあのメテオ災害で失われ、更にその後は、悲惨なことにルーファウスが星痕症候群という病気にかかってしまったのである。星痕症候群は治療法のない病気とされていたから、それこそ最初は死を覚悟したのだが…というよりもメテオ災害のあの時には既に死を覚悟していたのだからその時には今更という気がしないでもなかったのだが、ともかくその後に厄介な人物が現れ、また一悶着が起こるに至った。
 思えば、神羅の遺産でセフィロスの残した影響を調査し始めたのが契機だったのだろう。
 セフィロスの最期となった場所、北の大空洞にツォンとイリーナを派遣させ、ある物体を見つけ出した。それこそがあのジェノバの首だったわけだが、それを奪取した事により結局は散々な結果になってしまったものである。とはいってもそれも今は解決したのだし、既に終わった出来事といえば終わった出来事だったが。
 ともかくセフィロスの思念体というものが出現し、それへの対抗としてルーファウスはあのクラウド達にアクセスを試みた。それは穏便とはいかないまでも成功を果たし、結果的にカダージュ・ヤズー・ロッズという三体の思念体はこの世から姿を消し、更には星痕症候群の脅威すら白紙に戻したわけである。まあこの出来事は、かのクラウドにとっても良い出来事になったのではないかとは思っている、何せ彼もまた星痕症候群を患っていたのだから。
 それが終わってから、まだ一ヶ月。
 取り敢えず平和というものを取り戻したわけだが、ともかくやるべき事は山積だった。それはルーファウスの理想論に基づく行為である星への恩返しであったり、星痕症候群を患っていたが為にこの2年間手付かずだったものの整理であったりするわけだが、ルーファウスにはもう一つ、とても個人的な事柄でやらねばならぬ事があった。
 やらねばならぬ…というよりも、単なる悩み事だろうか。
 それは今しがたツォンが言った事にも通じている―――――そう、2年も抱いていないと言った、あの言葉にも。
「でも…この2年、お前は健常者だったのだからセックスの一つや二つ…誰かとしたんだろう?」
 服の隙間から指先を忍び込ませているツォンを鏡越しに見て、ルーファウスはそんなことを口にする。
 ツォンはあのメテオ災害の後にも、奇跡的にとでもいおうか何も問題を持ってはいなかった。だから全くの健常者で、そうであるなら勿論感情面でも欲求面でも健常ということになる。そう考えると、2年も何もなく過ごしていたとは思えない。
 そんな考えを含んだその言葉に、ツォンは直ぐさま否定の意を返す。
「まさか。貴方を差し置いて、一体私が誰とそんな事をするというのです?例え気が狂れそうでも、貴方以外の人間となど…私には考えられない」
「そうかな?」
「そうですよ。疑っているのですか、私を?」
 別に、そう返してルーファウスはツォンの指を止めた。
 そうしてツォンの動きを一旦ストップさせると、まどろっこしい展開などは無用というように自ら服を脱ぎ去る。ふわりと脱ぎ捨てられた服は床に落ち、無下に足で払われる。
 そうしてすっかり全裸になったルーファウスは、くるりと身を回転させると、鏡を背にしてツォンの真正面に向いた。
 曝け出された肌は幾分か白く、そこにはもう既に星痕の影はない。
「―――ベットに行きましょうか」
 舐めるようにその身体を見ていたツォンは、やがてルーファウスの腕を取ると、そんなふうに囁いてルーファウスをベットに誘導する。
 それに逆らう気など毛頭ないルーファウスは、されるがままにベットに向かい、そうしてそこで仰向けになった。そこに、すぐさまツォンが重なってくる。
 ベットの沈むこの感覚は、何だか久々なような気がした。
 ただ独りで眠るベットではなく、こうして誰かと重なる為に沈むベットの感覚は。
 それは本当に2年ぶりのことで、確かにツォンも待っていたのだろうけれど、ルーファウスとて当然待っていた事だった。
「んっ…っ」
 ベットに上がった瞬間に、耐え切れないとでも言うような熱いキスをする。
 柔らかい唇を重ねて、その間を割って舌を絡ませあう。唾液が溜まるのも気にせず、ただひたすらにお互いを貪り合うのは妙に気持ちが良い。
 そうしてキスをしている間部分的にくっ付いていた肌は妙に暖かく感じられ、それは少しだけルーファウスを安心させた。この2年、星痕症候群という病気を患っていたせいでどこか殺がれ気味だった気持ちが返ってきたような、そんな感じがしたからである。
 そう考えると、ベットに上がる直前にツォンが全裸になった事は正解だったと思う。勿体つけて脱がしたりするのも興奮するが、こうして全裸で触れ合う時がやはり一番安心できる。
「2年というのは長いですね、ルーファウス様。あまりに久々で…キスだけで興奮する」
「ん…」
 そう言われて、ルーファウスはそっと手を動かした。
 ツォンの下半身に手を伸ばし足の付け根を探り出すと、そこには既に勃起したものがあり、ルーファウスはそれを優しく指で愛撫したりする。ゆるりと先端に触れてみると、そこは既に湿りを見せていた。
「貴方も、同じですね」
 ルーファウスがそうしていると、ツォンもまた同じことをルーファウスに加えてくる。
 但しツォンの方は優しい愛撫に留まらずそのままそこを扱き始めたものだから、ルーファウスは結局ツォンの性器を愛撫する事に集中できなくなってしまった。
 あまりにも、感じすぎる。
「んっ、ん…あっ、あぁ」
 久々だからなのか、それは妙に強い刺激のように感じられた。実際には普通の動きでしかないのに、身体は敏感にそれを脳に伝えてくる。
 しかしそれは別段嫌なものではない、むしろ歓迎できるものである。
 だからルーファウスは、ただでさえ過敏であるのを更に鋭く感じられるようにツォンの与えてくる刺激に意識を集中した。その為に無意識に掴んだシーツは、白いなだらかな面に大きな皴を作っている。
 しかし、そうして集中している内に脳裏に何か不穏なものが過ぎった。
 集中しているはずなのに……それなのに。
「ルーファウス様…愛しています」
「あ、あ…っ、ツォ……ンっ」
 喘ぐ中で、微かに聞こえてくる愛の囁き。
 それはとても嬉しいはずなのに、脳裏に過ぎった何か不穏なものの為にどこか霞がかっていく。2年ぶりのセックスでこんなにも感じているのに、何故こんな事が起こるのか…本来ならその身体を貪って貪って滅茶苦茶になるくらいに感じていたいのに。
 しかしそうした矛盾の理由は、もう既にルーファウスには分かっていた。
 それは、このセックスに愛情があることや愛の囁きが存在するからこそ起こるもので、つまりはツォンがいるからこそ起こる矛盾だったのである。
 ツォンは、言っていた。
 この2年、気が狂れそうだったと。
 単純なことかもしれないが、それでも愛する人に触れられないことはあまりに大きなストレスである。それはルーファウスとて同じように感じていたことだし、それに関してはツォンのその言葉に当然同感はできるだろう。
 がしかし、問題は何故それが2年だったか、という部分である。
 ルーファウスが星痕症候群を患っていた期間とイコールだから、2年。その考え方は理解できる。がしかし解せないのは、ツォンがその2年間のブランクを了承したことである。
 ツォンがこの2年間を気が狂れそうだったと表現した通り、それはルーファウスにとっても気が狂れそうな期間だった。しかもルーファウスの場合は病気を患っていたのだし、その点を考慮するとなるとそれはツォンのそれよりも更に深刻だという事になるだろう。
 その深刻である状況というのは、当然、人を衰弱させる。
 特にあの病気は当初治療法がないとされていたのだからそこには当然不安や心細さなどが発生し、ルーファウスはその期間、それを表面には出さずとも心中ではそれなりにそれらの不安と戦っていたのだ。
 しかしどれほど表面で平静を保っていても、ふとした瞬間に衰弱した心はSOSを出すものである。特にそれが愛する人と二人きりとなれば当然のことだろう。
 この2年の間、ルーファウスは一度だけ――――――そのSOSをツォンの前で出した事があった。
 今日か明日にも、死ぬかもしれない。
 そんな不安を背に生きていたルーファウスにとってそれは"いつ死んでもおかしくない"という意味合いをも含めたSOSで、だからこそそのSOSには答えが絶対に必要だった。何しろSOSにかかっているのは単なる不安などではない、命をも含めた多大なる不安なのだから。
 しかし、そうしてルーファウスが出したSOSにツォンが返した答えは至極簡単なものでしかなかった。その上それは、簡単ながら深くルーファウスを抉る結果にもなったのである。
 SOSは単純だった。
 星痕の沈着した身体を持っていたルーファウスは、その病気の所為ですっかり人肌の温もりを忘却している状態で、それはたった指の一本すら恋しい、そんな状態だったのである。そんな中でルーファウスが繰り出したSOSは正に単純な、人肌というものだった。
 "抱いて…欲しいんだ"
 たった一言そう言った時、その言葉を口にした自分があまりにも馬鹿らしかった事を覚えている。抱いて欲しいだなんて、今までの人生で一度として口にした事がない。何しろすいう事情に事欠いた事は無かったし、そもそもそんな文句を口にするなど寂しい人間のする事だと思っていたからだ。
 がしかし、それほど嫌っていたその言葉を遂に口に出してしまった事は、ルーファウスにある一つの気付きを与えたものである。
 気づいたのは――――――自分は今…寂しいのだ、という事。
 星痕症候群になってこの方、哀れみを浮かべられるのが常だった。その上、まるで感染症か何かのように半径数mには大方の人間が近づいてこないという事態まで起こっている。元々それほど人に近づいて欲しいとは思わない質だったが、それでもその時はあまりにも顕著なその現象が妙に寂しいものなのだと気づいた。
 だから、愛する人にそれを告げたかったのである。
 この寂しさから救って欲しいと。
 そういった気持ちを込めて発せられたルーファウスのSOSは、しかし呆気ない返答と共に地に沈むに至った。ルーファウスの切なる想いを乗せたSOSに返されたのは、どこか困ったような、そしてどこか煙たがるような、そんな表情と共に響いたたった一つの言葉。
 "抱く気になれません"
 その言葉を放った時、ツォンはルーファウスの身体の星痕を凝視していた。そうして、それからもう一度同じ言葉を繰り返したのである。抱く気になれないのです、と。
 ――――――抱く気になれない、という事。
 それがどういう事か、ルーファウスは良く分かっていた。これがもし、病気を患っているのだから身体に負担はかけられない、というような意味合いだったらばルーファウスとてあるいは歓迎できただろう。
 しかしツォンの言ったそれは、そういう意味合いではなかったのである。
 ツォンが何故抱く気になれないのか…その理由は、ルーファウスの肌にこそあった。平たく言えば、星痕の沈着したそんな肌は抱きたくない、という事なのである。
 それに気づいた時、ルーファウスは当然愕然とした。何しろこの病気は感染症ではないのだし、近付いたところでツォンに被害などはない。性交渉をしたところでそれは同じことである。
 それを十分に知っていたはずなのに、ツォンはルーファウスの言葉を拒否したのだ。
 今迄では絶対に言えなかった寂しさというものを、遂に口に出したその時にさえ、拒否を。
 それは――――――気持ちを拒否されたも同然の事だ。
 いざという時に、その愛情は役に立たない。
 こんな、すっかり綺麗に戻った肌を前に「愛している」と囁かれても、それはまるで表面に見える肌に言われた言葉のようにしか感じられない。それよりも、あの沈着した肌を前にして「愛している」と抱いてくれたなら、どれほどその愛情に感謝したことだろうか。
 ――――――――――それなのに。
「っあ、あ、ああっ…!」
 思い起こされた矛盾を胸に、ルーファウスはきつく目を瞑った。
 考えたくは無い、あんな事。思い出したくは無い、あんな惨い愛情。
 だけれどそれは、瞑った目の中でしっかりと思い出されてしまい、ますますルーファウスに声を上げさせる。それは喘ぎに混じっているからまるで感じているだけのように思われるが、実のところ苦悩の悲鳴でもあった。
 がしかし、ツォンはそれに気づいてなどいない。
 多分、気づきはしないんだろう―――――――これからもずっと。
 
 
 
 

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