薬瓶 ---------------------------
「愛する事」に懸命だった人は、「愛される」という事を知ってそれに夢中になった。 陶酔、そして最後には自分が懸命になることなど馬鹿馬鹿しくなる。 自分が誰かに懸命な訴えをするよりもずっと、自分が誰かに懸命な訴えをされる方が余程良いから。 そこにあるのは優越感。悦楽。 難しいことじゃない、そんなものは世の中に腐るほど溢れている。 受動体の…欲望。 ―――――そうだ、自分に媚を売る人間に悦を感じるのはさぞ楽しいことだろう。 アフターケアは?…そんなものがあるはずもない。 捨て去られた人間に、救いは無い。 かつて懸命に追いかけた人間にはもう、価値は無いのだから。 “精神安定剤” そう言って渡された薬瓶から何粒かの薬を取り出したツォンは、規定の量を超しているのも顧みずにそれを口の中に放り込んだ。 苦い。 「精神安定…不安定だとでも言うのか」 鼻で笑ってそう呟くが、それでも何となく毎日飲んでいる。 最近はどうも気分が優れないといって医務に行ったところ、医師はツォンの身体に異常が無いことを知り、そして何を判断したのかこの薬を渡したのだ。最初はさすがに怒鳴りたくなったが、医師はごく真面目な調子で話をすすめていたし、何となく薬漬けの日々も悪くないと思った。別に自分で精神が不安定だと思っているわけでもないし、何をどうこうしたいというわけでもない。ただ、その薬を飲むことで自分を追い込めるような気がしたのだ。 もっと冷酷に…そんなふうに追い込める気がして。 「……」 じっと薬瓶を見つめると、その中身はもう半分以上も減っていた。ついこの前貰ったばかりだというのに、それは異常な速さで減っているのである。 それを見てツォンは、もう一度その薬瓶に手を伸ばした。
数日前、それはまだツォンが医務に行く前の話。 眼に飛び込んできたものは、ツォンを呆然とさせた。何ていうこともない光景だったかもしれないが、それでも何かしっくり来ない。その光景とは、社長となったルーファウスと都市開発部門の統括であるリーブの談笑の場面であった。 この二人が共にいるのは別段不思議なことではない。都市開発部門は、各部門の中でもそれほど大きな動きをしている部分ではなかったが、それでもミッドガルの更なる開発に向けての話合いなどは常にされており、今や社長であるルーファウスもそれは以前から関わっていたことである。 だから不思議でも何でも無かったはずなのに…何かがしっくり来なかった。 多分それは、ルーファウスが笑っていたからだろう。 用事があって来たことを思い出したツォンが声をかけると、ルーファウスは何故か一瞬顔を強張らせた。その後すぐに表情はいつも通りに戻りツォンの用事に身を動かしはしたものの、その一瞬の強張った表情とリーブとの談笑中の笑顔は、ツォンの脳裏に深く刻まれていた。 何かがオカシイ。 そう思いながらルーファウスを見ていると、それに気付いたのか、ルーファウスは珍しくツォンに笑顔などを見せて、 「どうした?」 などと聞いてくる。 しかし、それすらツォンにとっては何かがオカシイような気がしていた。 しかしその時点では何がどうオカシイのかという決定打が見つからず、結局ツォンは「別に」などと回答しただけだった。 その詳細に気付いたのは、その場を去った直後のこと。 ツォンが去ったその場からは、まだ和やかな談笑の声が聞こえたからである。ツォンとの間にあった緊張感は、リーブとの間には無いらしいということが直ぐに分かり、その事実が更なる事実をツォンに伝えた。 ――――――――そうか、オカシイのはそれだったのだ。 ルーファウスがリーブと共にいるのは別段不思議でも何でもないが、二人でそのような和やかな雰囲気を作っているということ事、それが実は非常にオカシイことだった。何故なら彼らはそんなふうに談笑をするような場面を今までは一切見せなかった。ツォンよりも長く神羅にいるリーブなら今までそんな場面があっても良かったのに、それでも今までツォンはそんなものを見たことが無い。 そもそもツォンにとってリーブは、会議などの重要な席でしかなかなか言葉を交わすことの無い人物だった。一方ルーファウスは直属の上司であるし、ちょくちょく顔を合わせている。それだからルーファウスとリーブが共にいるというなら、リーブと顔を合わせる機会がもっとあっても良かったはずなのだ。 という事はつまり…それが最近になって増えてきたという、事。 それに辿り着いた時ツォンは、何となく自分の頬が緩むのを感じていた。 別段それは嬉しさとかそういうものではなくて…多分、その反対である。その事実があまりにも可笑しくて馬鹿馬鹿しくて、そして苛立たしいことだったから。
数日前、仕事中にレノが言っていた言葉を思い出す。 脱いでいた上着を羽織ながら、くわえタバコのレノが言った言葉だ。 何ともなしにただの世間話の一つとしてその話題をふったレノに対し、デスクに向かっていたツォンは、その言葉の一部始終に顔を歪めた。 『そういえば社長が言ってたぞ。この前の報告書は今日中に、ってな』 それは知っていたから、さして問題ではない言葉である。だからそれには適当に返事をしておく。 しかし、その次の言葉。 『社長、その後リーブさんと食事に行くって行ってたけど…まあ提出までには戻ってくるだろうな』 リーブ―――――ああ、あの人と。 きっとまた硬い仕事の話なのだろう、リーブも苦労人だ、そんなふうに思っていた。 しかしそう思った瞬間にレノはこんなことを言い出したのである。 『しかし何だろうね、最近。社長の昼メシはリーブさんとになったわけ?』 『?』 『だって前までさ、何だかんだいってウチらのトコ来ては主任と行ってたりしたのにな。ここ最近、ずっとあの二人のツーショットだって』 此処最近、ずっと…? まさかそんなはずがないだろう。ツォンの中には確信があった。 ルーファウスがリーブとプライベートを共に過ごすなどということが無いこと、それをツォンははっきり分かっていたのだ。その理由は様々あるが、その中でも一番の理由は、ルーファウスの感情に起因していた。 まとわりつく嫌な空気のようだ――――そうツォンが思っていた、ルーファウスの感情。 仕事の話だからと言われれば断ることもできずに食事を共にする。例えその内容が仕事ではなく、更にただの食事でもなく、挙句の果てには熱っぽい視線を投げかけられる結果になろうと、それは上司への礼儀だった。 何かを求められても困るだけ。 何故かといえば、求められて返すだけの感情は、ツォンの中には存在していなかったから。 そんなふうに訳の分からない…ツォンのとってはおよそ分かりたくもない妙な昼食の時間はずっと続いており、それはツォンにとって迷惑の範疇のものだったとはいえ、その時ばかりは確信という答えを出す格好の理由となった。 あの熱っぽい視線を浴びるほど飛ばし続けていたルーファウスが、そんなことをするはずがない。するとすればそれは、仕事が絡んでいるからだ。 プライベートとなればあの人は必ず自分をターゲットにするのだ、当然の話である。 そこまで答えを出してツォンは。 『ご愁傷様』 そんなふうに呟いて、タバコに火をつけた。
―――――そういえばあの頃からレノは言っていたのだ、ルーファウスとリーブの事を。 しかしそれは、その時にはまだ否定できるものだった。 が、今はどうだろうか。 今自分の眼でそれを見て、自分の肌でその空気を感じて、だったらそれはもう否定できない事実ではないだろうか。 とはいっても、別段それが悪いというわけではない。誰が誰と心を通わすかなどということはツォンにとってはどうでも良いことだったし、野次馬をしたいわけでもない。今まで熱っぽい視線を散々寄越していたのは何だったのかと責める気もしない。返ってその方が良いくらいだろう。もうあの時間を過ごさなくても良いのだし、職権乱用の距離ある妙な束縛を受けることもない。 晴れ晴れする――――。 「……」 晴れ晴れ…する、筈なのに。
何故か――――――とてつもなくイライラした。
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