V.I.P

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壁にかかったカレンダーを眺めながら、ツォンは沈黙していた。

カレンダーには仕事上の重要事項が書き込まれており、会議だとか任務だとかの詳細が欄外に記されている。

色気も何もない、無機質な予定を記す紙。

そんな味気ないカレンダーを眺めながらもツォンは、そこに記されていたものとは全く別のことを考えていた。

カレンダーは12枚綴りの内の最後の1枚を残しただけとなっており、それは年末であることを示していた。書き記された任務の予定は中旬までで止まっており、下旬からは空白になっている。つまり、年末からは任務が一時ストップするということだ。

魔晄炉に関する機動要員以外は、冬の休みというものが割り当てられている期間。

ツォンの属するタークスは微妙な立場であるためにその休みが完全に確保されるわけではないことが通例であったが、しかし今年は不思議なことにルーファウスからこんなことを言われていた。

“休みを取ると良い”

そう言われたときは、思わず耳を疑ったものである。

もしも自分のような立場の人間が休みなどをとったらば、臨時の異変などにどう対応するというのだろうか。幾ら魔晄炉の動作監視や機動の要員が常駐するとはいえ、彼らが不意打ちの肉弾戦などにもまた対応できるとは限らない。むしろ、対応できないと見たほうが懸命である。

一体ルーファウスは何を考えているのだろうか。

ツォンはそんなことを思ったものだが、それは仕事上の思考であって、プライベートの観点からすればもっと別のことを思っていた。しかし不思議なことに、プライベートに関してもまた、ある部分では仕事上のものと同じ疑問を持たざるを得ない状態であった。

それが何かといえば…そう、“一体ルーファウスは何を考えているのか”、という事である。

「休み、か…」

そう呟いたツォンは、カレンダーから視線を外すと、座り慣れた椅子に深く腰を降ろす。そうして今度はデスクに肘を付くと、片手で額を覆った。手の影になった中でそっと目を閉じると、ふと去年のことを思い起こす。

去年末、ツォンには休みなど与えられなかった。

しかし、それに対して不平不満などは無かったし、返って名誉なことだというふうに思っていた。同じタークスの仲間も休み返上で出勤という形を取っていたが、それでもそれは非常勤というような意味合いであったためか、気持ち的には休みと同じだったようだ。それが証拠にレノなどは、出勤はするものの問題が無いと判断すれば即退勤などというふうに素早い行動を取っており、問題が起こったらすぐに駆けつけるから、などと言って後から後へと予定を入れていたものだ。

実際問題は何も無く、どうやら半休み的なその期間をレノ達は存分に堪能できたらしい。

がしかし、ツォンだけはそういうわけにはいかなかった。

立場上の問題もあったが、とにかく常に一人は社内にいた方が良いという理由で、代表して主任であるツォンだけは基本的な出勤を取っていたのである。

基本的に大体の社員は休みを取っているわけだから、その時期の社内というのは退屈極まりない空間だった。その上、これという仕事が無い。だから更に時間が長く感じる。

しかしそんな退屈な時間であってもツォンがそこにいることに意味を感じていたのは、立場に対してや愛社精神に近いものに対してだけでなく、他にも理由があった。

それが、ルーファウス。

この時期、ルーファウスはツォンと同じく普通に出勤をしていた。

プレジデント神羅の方針からすれば特別それをするようにというふうにはなっていないようだったが、それでもルーファウスは常に神羅におり、大して無いはずの仕事を見直したりして過ごしていた。

当初ツォンはそんなルーファウスに対して、何故そこまで頑張るのだろうかと疑問を持っていたものである。しかしそうしてルーファウスが大してありもしない仕事をわざわざ見直したりしてまで神羅に来ていたのは、どうやらツォンが理由だったのだ。

“滅多にないチャンスじゃないか”

そう言われてツォンは初めてそれに気付いたものである。

確かにそうだ。この年末時期は社内に殆ど人がいない。そこにツォンが出勤し、ルーファウスが出勤する。そうなるとその場は、完璧といえないまでも二人きりに近い空間になる。

慣れ親しんだその場で、二人きり。

“この時期だったら、ゆっくり会えるだろう?”

そう笑ったルーファウスが、何だか嬉しかった。

立場と仕事という口実の裏で、実のところ自分に会いに出勤しているのだと分かった時、ツォンもこの年末の出勤には大きな意味があるような気がして、何だか嬉しかったのである。

その二人きりに近い空間は、本当に幸せそのものだった。

問題がないからこそ出来ることだったが、ルーファウスは大体の時間をツォンと同じ部屋で過ごしていて、他愛無い話から、少し恥ずかしい言葉まで何でも伝え合った。そういった時間はまるで光のように早く過ぎていき、しかしそれでも、外界の忙しない様子とはまるで違う緩やかな何かを感じさせる空間だった。

何も問題は無い。

心配など何も無い。

――――――――――――そう思っていたのに。

「休みなど取ったら…」

休みなど取ったら、会えないのに。

それを分かっていてルーファウスは言ったのだろうか、あんなことを。

もしそうであればそれは、ルーファウスの意志とも取れる。つまり、会おうという意志は無い、ということ。

その言葉を聞いた時、瞬時にその可能性を考えたツォンだったが、しかしその時もすぐには言葉が口をついてくれなかった。多分、驚きの方が勝っていたのだろう。

しかし思えば、どこにも確証などなかった。

ルーファウスがずっと側にいてくれる確証など、どこにも。

そう考え直した時、どうして今迄自分はそれを当然だと思っていたのだろうと反対に疑問に陥ったものである。その疑問は今この瞬間でさえ続いており、更には悪化している。悪化したその末には、後悔と反省とおかしさが込み上げた。後悔は吐き出せなかった言葉の為に、反省はそれを飲み込んだまま過ごしてしまった時間の為に、そしておかしさは、あまりにも傲慢すぎた自分の為に。

カレンダーに刻まれた31個の数字の中の1つを見詰めていたツォンは、暫くそうした後に、すっと視線を外した。

今年は、もう残り少ない。

 

 

 

冬至が過ぎても暖冬だからといってさっぱり寒さも感じない冬。

寒くないからといって街行く人は未だ軽装でいたが、それでもある日を境に嘘のように寒さが増し、街は一気に冬の様相を呈した。

中旬に差し掛かるとそろそろプレゼントを抱える姿も見受けられるようになり、そういえばそんな行事もあったか、などと思う。頭の中はすっかり年末のことだったからか、それ以前にあるクリスマスなどはさっぱり記憶の彼方に追いやられていた。

例の年末の休み希望のことで未だに悩みを抱えていたツォンは、隣のデスクで何やら楽しそうにしているレノに気付き首を傾げる。

「何だ、そんなに浮かれた顔をして」

そう言うツォンにレノは、

「あれ。やっぱそう見えるのかなっと」

などと、これもまた楽しそうにしながら返答したりする。

そう見えるのかなも何も、どこからどう見てもそうとしか見えない。

年末といえば多忙な中にも何か開放感がある時期でもあるから、まあそんな理由なのだろうかと思っていたツォンだったが、聞けばその理由はどうやら例の行事にあったらしい。つまりクリスマスである。

「実はさ、ツォンさん。折角のデートがキャンセルになったんだぞっと。まあそれはそれなりにショックだったんだけど、その代わりコレが手に入ってさ」

「?」

そう言いながらレノがヒラヒラさせた小さなカードに、ツォンは目を凝らした。その小さなカードには『VIP』などと書かれており、その下に小さな字でレノのフルネームが書かれている。

「何だ?」

「行きつけの店の、VIPカード」

「?…行きつけなのに今更VIP認定なのか?」

行きつけの時点でVIPも同然だろうなどと首を傾げたツォンにレノは、違う違う、などと首を横に振る。それから説明などを始めた。

「実はクリスマスに年代モノを開けるって話でさ、それをご相伴に預かれることが認定された証なんだぞっと。でもこれ、24日しか有効じゃないカードだから」

「ああ、なるほど」

相変わらず酒か、などと思いもしたが、レノらしいかとも思う。

もしデートの予定がキャンセルにならなければその年代モノを味わうことはできなかったわけで、そういう意味からすれば悪くも無い24日ということになるだろう。デートと酒のどちらにどれだけの比重があるかなどツォンには分からなかったが、それでも酒好きのレノのこと、それは悪いクリスマスではないはずである。

それに、予定があることには変わりない。

「ツォンさん、クリスマスの予定は?」

すっかりご機嫌のレノは、その延長線上でにんまり笑いながらそんなことをツォンに言った。その様子からして、いかにも何かを期待しているといった感じである。レノにしてみればツォンが過ごすクリスマスなど予測もできないのだろう、だからこそその返答が気にかかるに違いない。

しかしツォンはそんなレノの期待を裏切るように一言だけこう言った。

「仕事だ」

その答えがあまりにも呆気なかったからかレノは一瞬固まったが、しかしすぐに「ふうん」などと言うと、手にしていたVIPカードをまた眺め出した。どうやらツォンへの興味より手にしたVIPカードの方が随分と心を占める割合が大きいらしい。

その後レノは、何やら電話などをしながらその部屋を後にした。

結局その場に独りきりになったツォンは、途中だった書類をそのままに、デスクに両肘をついて考え込んだりする。その考え事とは先ほどのレノとの会話であり、また、クリスマスという行事のことであった。

どうやらレノは楽しいクリスマスを迎えられるようである。

レノの飲み仲間といえば大体はルードだから、あのVIPカードは多分ルードの元にも届いているのだろう。となると、デートはキャンセルになったものの、仲間との楽しいクリスマスといった具合だ。クリスマスなどといったら世間的にはすっかり恋人の行事のように思われている感があるが、なるほどそうして好きなものに囲まれればそれなりに楽しい日としてのクリスマスが出来上がるようだ。

「クリスマスか…」

そういえば、去年はどんなふうに過ごしたのだったろうか。そんな事を考えながらツォンはそっと目を閉じる。

年末はルーファウスと神羅社屋で過ごしていたわけだが、そういえばクリスマスの記憶はさっぱり無い。それでもその時期にはもう既にルーファウスとの関係は出来上がっていたのだから何かはしたのじゃないかと思うが、それでもハッキリとは思い出せなかった。

―――――誘ってみようか。

ふと、そんなことを思う。

何をしようというわけではないが、たまには世間に則って過ごしてみたって良いだろうと思う。本当ならばそのように行事をまっとうするようなことは好きではなかったし、クリスマスなどはこれといって特別などとは思ってもいない。しかし今は、例の悩みもあったせいか、つい自然と思考がルーファウスに結びついてしまう。

「しかし…断られたら?」

ふとそんな疑問が沸いて、ツォンは思わず溜息をついた。

何しろルーファウスは、休みを取ったらどうかとまで言っているのだ。そう考えると、断られる可能性は低いとは言い切れないような気がした。

クリスマスなど何でもないことなのに、それでもその日に断られてしまったらばやはりショックに違いない。そう思うと、むしろ最初から誘わない方が無難ではないか、などという気分にもなってくる。しかしもし逆に、この日に会うことをOKされたらば、それはそれで年末に関しての悩みが少しは解消されるような気もする。

そんな事に悩み出したツォンは、散々それについて悩んだ挙句、最後には何だか疲れてしまった。

そうして疲れ息を吐いて、ぴったりと椅子の背もたれにもたれかかると、何だか今度はおかしくなってくる。

何でこんなことに悩んだりしているのだろうか。

結果など誘ってみなければ分からないことだし、年末のことにしても聞いてみなければルーファウスがどう思ってそう言ったのかなど分からないというのに。

それなのにこんなふうに想像だけで悩んだり落胆したりするのは、やはりそれだけルーファウスへの気持ちがある証拠なのだろう。

嫌われてしまうのは、恐い。

もう何とも思っていないと言われるのは、恐い。

自分の側からその人が離れていってしまうのは、恐い。

けれど、もっと恐いのは―――――――曖昧なまま、全てが消えてしまうこと。

「……」

ゆっくりと目を開けたツォンは、すっと壁のカレンダーに視線を投げると、残された数字の数を確認する。

25日以降は空白のままであるそのカレンダーは、物言わず静かにそこに鎮座していた。

空白を埋める最後のチャンス、それは24日しか、ない。

 

 

 

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