未来の景色
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考えていた。 全く同じ大きさのエネルギーを分かち合える人間がこの世にいるだろうか。 それは例えば、同じ大きさの悲しみを。 それは例えば、同じ大きさの喜びを。 それは例えば、同じ大きさの虚無を――――。
それを、分かち合える人間が、いるのだろうか?
「寒いですか?」 そう聞かれて、ルーファウスははっと我に返った。 それは車の中だった。そういえばツォンが車を出そうと言った事で、それに乗り込んだのだったか。それをやっと思い出して、ルーファウスは「いや」とだけ返した。 冬のミッドガルでは車内も相当温度が下がる。そう問われた事でやっとその寒さを思い出し、実際に寒さを感じたものの否定した手前、今更訂正はできなかった。 しかしそんなルーファウスの様子を窺っていたツォンは、答えとは裏腹に暖房を入れる。車特有の嫌な匂いが鼻をつき、ルーファウスは眉をしかめた。 「風邪でもひかれたら困りますから」 そんなフォローめいた言葉を吐きながらも、丁寧なツォンの運転は続いている。サイドミラーに目をやったが、後続車はいないようだった。当然かもしれない、もう時刻も遅いのだから。 「考え事ですか?」 「ああ、まあな」 「あまり根を詰め過ぎるのは感心しませんね」 「…知った事か」 そんな他愛無いやりとりをしながら、ルーファウスの視線はサイドのウィンドウの向こうを彷徨っていた。 夜を輝かせるミッドガルのネオンが目に眩しい。 いつからだったろうか、この地域がこんなふうになったのは。それは今ではもう考えられもしないほど、遠い昔だったようにも思う。その頃の記憶はあまり無いし、必要でも無かった。それでもたまに思う事がある。この世界に神羅が無かったら、此処はどんな場所になっていたのだろうか、と。 支配を強くする一方の神羅。そのトップクラスにいる自分がそんな事を考えていると知ったらば、民衆は馬鹿にするだろうか。今隣にいるツォンも、馬鹿な事を、と笑うかもしれない。 確かにそれは、馬鹿げた考えだった。 「明日のご予定は幹部会でしたか。此処最近はタイムスケジュールが込み合ってますが」 ふと明日の予定などを口にしたツォンに、その事実を思い出してルーファウスは溜息をついた。 「仕方無い。ジュノン基地の整備もまだ完全じゃないしな。ハイデッカーだけではどうのと言ってリーブまで連れ出す事になりそうだ。…何にしても手間がかかる」 「そうですね」 ちゃんと聞いているのかいないのか、定かではない曖昧な様子でツォンの返事は返される。それはいつもの事で、妙に干渉してくる時もあれば、関心のなさそうな時もある。ツォンとの付き合いもそろそろ長くなってきており、その辺の事は大体分かってきていた。 つまりは結局、ルーファウスと同じように物を考えているわけではないという事だ。それは立場の違いであったり、性格の違いであったりしたが、別段悪いものではない。 ただ思うのは、所詮他人なのだという事だった。 「冬が深くなったら、魔晄炉のチェックも厳しくなる」 「ええ、お任せを」 「…ああ」 積雪で電気系統が弱くなると、必ずと言って良いほど破損が起こる。その為、冬だけは通常点検以外にタークスの力も借りていた。それはもう恒例行事といえる。 しかし、そんな事はどうでもいい事だった。 徐々に温まっていく車内で、ルーファウスは紡ぐ言葉を無くす。仕事に関連性の無い会話はなるべくしないのが暗黙の了解だったからだ。そもそも、それ以外の事を誰かと分かち合おうとなど思わなかった。それが、自分の立場であり、それ以外を誰も自分に求めなかったからかもしれない。 目に映る景色が動き、それは段々とルーファウスの自宅までの見慣れた景色に変わっていく。 それを追う中で、おもむろにツォンが口を開いた。 「…先ほど、何を考えてらっしゃったのですか」 思いもよらない言葉に、ルーファウスは思わず運転席のツォンを見る。ツォンは前方を向いたままで、ただ運転をしていた。目を合わせることも無くそのまま窓の外に視線を戻すと、ルーファウスはその景色を追いながらこう零す。 「お前が笑うような事だ」 その言葉に、ツォンは「そうですか」とだけ言っただけで、それ以上何も追求しなかった。だったら何故そんな事を聞くんだ、そう毒づいてみるものの、ルーファウスも自分からそれ以上の事を話そうとは思わなかった。 話してみた所で、どうせ分かりはしない。 所詮は他人なのだから。
「着きましたよ」 そう言われ、何も会話もないままだった息苦しい車内から身体を降ろすと、温かみも何も無い自宅の前まで足を進める。 この家と会社との往復には、あまり意味は無かった。良く社員達が残業を嫌がって「家に帰りたい」と嘆いたりしているのを知っていたが、ルーファウスにはその感覚が良く理解できない。帰宅してもそこには自分独りで、考える事といったら神羅の事でしかない。だからどこにいても同じだった。 それでもいつも「お送りしましょう」というツォンの言葉でこの自宅に帰ってくる。その間に車内から見えるミッドガルには嫌気がさしていたし、本当にそれはどうでも良い事のような気がしていた。 「すまないな」 社交辞令程度にそんな言葉を返すと、ルーファウスは踵を返す。しかしそれはすぐにツォンの呼び止めの言葉で崩れた。 自分の名を呼ぶツォンに、何だ、と短く答える。 目前のツォンは礼儀正しく立っていて、それは何だか自分の立場を嫌というほど思い知らされるようで気分が悪い。 「ルーファウス様。先ほどの話ですが」 「ああ、何だ。そんな事か。どうでも良い事だ、気にするな」 「いえ、内容ではありません」 そう言うツォンに、ルーファウスは眉をしかめた。内容でないというなら何だというのだ。 そう疑問に思う矢先、ツォンはまるで不可解な言葉を続けた。 「何故、私が笑うなどと思うのですか」 「何だと?」 ですから、とツォンは丁寧に言い直したりする。 「それはつまり、馬鹿らしいと笑うだろうと、そういう意味なのでしょう?…何故です?私はそんなふうに貴方の目に映っているのですか」 何だかそれは責めるふうにも聞こえる言葉だった。別段ツォンに限った事ではなかったのだが、そう言われると返答に困る。そもそもツォンの感じからしても、そう食い下がる感じには見えないのに、どうしてそんな事を言い出すのかさっぱり分からなかった。 「別に…そんなに深い意味は無い」 「深い意味は無い?」 「そうだ。お前だってそうだろう?私は単なる上司であって、それ以上でもそれ以下でもない。仕事上だけの繋がりだ。そういう存在に、何かを…求める方が変だ」 そうは思わないか、と同意を求める言葉まで付けたというのに、ツォンはまだ首を縦には振らなかった。そんなに気に食わない回答だったのだろうか。ルーファウスにとっては真実そのものだったというのに。 自宅前で立ち尽くしたままの二人の間に、妙な空気が蔓延していた。それを切ったのは、ツォンだった。 「…その枷を作っているのは、ルーファウス様自身じゃないのですか?」 逸らされない視線が、圧力を感じさせる。 枷、それが一線を置くことを指すというならば、そんなものは仕方ない事ではないのか。そうそう曝け出せる人間なんて何処にいるというのか。 「何が言いたいんだ、ツォン?」 いい加減、馬鹿らしいとも思えてきて、単刀直入にそう聞く。良く考えたら最初からそう聞けば早かったかもしれない。 そんな、やや投げやりなルーファウスにツォンは静かに言った。 「時には誰かに頼れば良いのです。誰かを信じれば良いのです」 「誰かを。できるはずが無いだろう、そんな事。馬鹿馬鹿しい」 思わず苦笑などしてそう言うが、ツォンは笑いもせずに真面目な表情を向け続ける。 「貴方にそう言わせるものは何ですか。神羅ですか、ミッドガルですか、地位ですか?それとも過去ですか?」 捲くし立てるようにそう言われ、ルーファウスは口を噤んだ。そんなふうに言う権利が、この目の前の男にあるとは思えない。単なる部下、それも優秀な。それは神羅にとって今や無くてはならない存在のような気もしたが、ルーファウスという人間個人としてもまた同じなどという事は一切ない。 それは個人的干渉を、神羅に持ち込まないルーファウスだからこその考えだった。 しかし、そう思うようになったのはいつからだったろうか。今ではもう覚えていない。 「知るか、そんなもの。どうだって良い。大体そんなものは必要ない」 忠実に働く人間がいればそれで良い。神羅にとって脅威ならば排除すればそれで良い。人間など所詮はその程度の駒に過ぎない。それは自分も同じ事で、自分もまた神羅という組織の中の駒の一部だった。 そう言い放ち、今度こそ踵を返す。もういい加減この会話にも区切りをつけよう…そう思いながらツォンに背中を向けた。 「ルーファウス様」 またそう声がして、でも今度は振り返らなかった。 ―――――が、それは強制的に引かれた腕で、結局同じ形をとった。 ぐい、と身体が力任せに引き込まれる。 そして、次の瞬間には固いような柔らかいような感覚に包まれた。 「何がそんなに貴方を寂しくさせるのですか」 ツォンの腕に抱かれながら、ルーファウスは抵抗もせずにその言葉を反芻する。何が自分を寂しくさせるのか―――。 ―――――――私は、寂しいのか? ルーファウスには良く分からなかった。 ただ、誰も信用はできないし、そういったように頼った所で他人に過ぎない人間に、何も分かりはしないと思う。だからそれはツォンとて同じ事だろう。寂しいと思ったことは無かったが、そういうふうに言えるならばそれを言わせるのは、神羅でも地位でも過去でも無かった。 ルーファウスはツォンの首筋辺りでこう呟く。 「……未来だ」
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