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一日の業務が円滑に終わったその後のこと。 ルーファウスは嬉々として帰り支度を済ませると、一直線にツォンのところへと足を運んだ。 この日、何故ルーファウスがこれほど嬉々としていたかといえばその理由はとても単純だった。実のところ明日は、二人揃って休みという珍しい日であり、その予定が分かった瞬間にルーファウスはツォンにある約束を取り付けていたのである。 それというのは――――――ツォン宅一泊の旅。 …だから何だというくらいに普通のことのようだが、これはルーファウスにとって初めての経験である。ツォン宅には何度か訪れたことがあるし、別にこれといって目新しいことなど無かったが、翌日までずっと一緒にいられるというのは珍しいことであった。 だからルーファウスにとって、この日は待ちに待った日だったのである。 「ツォン、仕事は終わったのか?」 やっとのこと目的地にまで着いてツォンの姿を見つけたルーファウスは、早速というようにその確認を取った。 何しろ仕事が終わらないことには始まらない。 実のところ、ルーファウスは今朝からずっと「仕事の調子はどうだ」とかそんなことばかりをこまめに聞いていて、これはツォンにとっては最早耳タコの次元であった。朝も早くから仕事の調子はどうだと聞かれても、今正に書類を広げたところなのにそんな質問に答えられるわけがない。その上午後などは、3時ほどになったらもう既に「仕事は終わりそうか」などと言ってくる始末。 まあそれがルーファウスの気持ちの表れだと考えれば、喜ばしいことには違いないが。 「すみません、ルーファウス様。それが少し立て込んでまして…」 ツォンは、目前にまでやってきたルーファウスに向かって苦笑しながらそう言うと、手にしていた書類の束を提示した。その束はざっと200枚くらいの束である。 それを見たルーファウスは途端に表情を翳らせると、いつになったら終わるのかということを口にした。それもそのはず、ルーファウスなどはすっかり帰り支度を済ませているのだし、その上その荷物の中にはしっかりお泊りセットまで入っているのだ。 これでは折角の気分も一気に下降してしまう。 それを表情から見てとったツォンは、ふいにポケットに手を入れると、その中からチャリンと音をさせてある物体を取り出した。そうして、それをルーファウスに差し出す。 「すみません。先に行っていて下さいますか」 「…って、これ。…お前の家の鍵?」 ルーファウスの眼の中に映っているのは、紛れもなく鍵である。 ツォンはそれを更にルーファウスの方に差し出し、更にそれを手に握らせると、 「なるべく早く終わらせて帰りますので」 そう言って笑った。 ツォンがそんなふうに言うので断ることもできなくなったルーファウスは、ほぼ強制的に握らされた鍵に目を落としながらも、ちょっとだけ考え込む。 本当は一緒に行きたかったけれど―――――でも、こういうのも悪くないかもしれない。 だってそれは、信頼されてる証拠みたいだ。 これがもし反対の立場だったら、きっと自分はそんなふうにはしないだろうとルーファウスは思う。自分のいない間に他人を家に上がらせるなんて考えられないし、それが例えツォンでもそんなふうにしないだろう。まあツォンの場合はそれを推しても拒否をしそうだけれど。 ともかく何だか自分はツォンにとって許されている存在なのかもしれないなどと思ったルーファウスは、少し機嫌が良くなり、その鍵を握り締めた。 そして、にっこりと笑う。 「ああ。じゃあ先に行ってるな」 「はい、すみません」 結果的に快諾をしたルーファウスを見てホッとしたツォンは、では私は仕事に戻ります、と言ってルーファウスに背を向けた。 一方ご機嫌になっていたルーファウスは、そんなツォンに笑顔で挨拶をすると、早速というように神羅を後にしたのだった。
ツォンの自宅までを滞りなく辿ったルーファウスは、その家のドアの前までやってくると、預かった鍵を使ってその室内へと足を運んだ。 その家の中はこざっぱりとして、どこか落ち着いている。何度か目にしているけれどその度にツォンらしいななどと思って、ルーファウスは思わず笑んでしまう。 ルーファウスが昔住んでいた家などは意味の分からない置物だとかが無意味に置かれていたものだけれど、此処はそれとは正反対で、最低限生活に必要なものしかおかれていないといった感じ。リビングに相当するそのスペースの隅に置かれたパソコンだけが、僅かそれを裏切っているか否かといったところだろう。 「ツォンの奴、なかなか良いの使ってるな」 荷物と上着を適当に置いたルーファウスは、パソコン辺りをじろじろと物色し始める。物色など、ツォンがいる状態でも全くもって問題ないくらい堂々とできるルーファウスだったが、それでもやはり、そこにいるのといないのとでは感覚が違う。 ツォンのいないツォンの自宅は、何だか不思議な感じがする。 だから、何だか探りたくなる。 「どれどれ…」 ルーファウスは何かを思いついたようにパソコンの電源をつけると、ウィイインと立ち上がるOSの音を聞きながらにんまりとした。何かを企んでいることは確実である。 それから少しして完全にパソコンが立ち上がると、ルーファウスはササッとそれを動作させ、ちゃっかりとメーラーを立ち上げたりする。ここまでくれば何をやるかは一目瞭然、携帯チェックならぬPCチェックである。 がしかし、残念ながらルーファウスが面白くなるようなものはどこにも存在していなかった。 アドレス帳に入っているのは皆ルーファウスの知っている名前だし、ということは勿論それは全部神羅の関係者である。その上今までの受信メールも全てそれらで埋まっているし、百歩譲って面白いというなれば、それはどこかの広告メールくらいだ。…勿論それはゴミバコに格納されていたが。 「何だ、何も出てこないな。つまんない奴」 衝撃的なものが出てきたら出てきたで憤慨するに決まっているくせにそんな言葉を漏らしたルーファウスは、つまらないからといって電源を落とそうとする。しかしそこで、そういえばアドレス帳に自分のものがなかったな、などということを思い出して、勝手にそこに登録を入れておいたりした。これは当然、PCも携帯も両方である、抜かりはない。 そんな調子で物色をしていたルーファウスは、一通りツォンの自宅を捜索した後、最後に寝室へと足を伸ばした。 その寝室というのは正にその名に相応しく、寝るためだけにあるといった具合である。 少しは装飾があっても良いのにと思ってしまうくらい簡素で、ベットなどは何故かパイプ式だから更に簡素に見える。 それを見て息をついたルーファウスは、まさか此処には面白そうなものはないな、などとある意味で落胆をすると、そっとそのベットに腰をかけた。それからドサリと背後に倒れこむと、仰向けになって天井を見遣る。 ――――――――はっきり言って、この家はつまらない。 何だかそんなことを思う。 しかしこの家は、ツォンが帰ってくると途端につまらなくなくなる。ツォンがそこにいれば、この家はただ簡素というわけではなくなる。 それは単純にその人がそこにいないことが寂しいというわけではなくて、その人がそこにいることで彩るものがあるということなのだろう。だからルーファウスが此処に住んでいたらばいかにも簡素すぎるというの に、ツォンが此処に住んでいるといえばいかにもピッタリな気がする。 こういった空間はきっと、主がいてこそ初めて本来の味を出すのだろう。 「…考えたり、するかな…」 その瞳の中に天井を映し出していたルーファウスは、まだ帰ってくる気配のないツォンの事を思いながらそんなことを呟いた。 体に当るこの感触、それは勿論ベットの柔らかい感触だったが、いつもこの感触の中で眠りについているだろうツォンは、こんなふうに天井を映し出しながら自分のことを考えたりするのだろうか。それとも全く考えたりしないだろうか。 ―――――少しは考えてくれていたら良いなと、そう思うけれど。 しかしそんなツォンの事を考えると一番最初に出てくるのが仕事をしている姿で、そこから考えるととても想像がつかない。あんな真面目なツォンが、まさかこのベットの中で自分の事を考えるなんて。 …そう思うと、夜毎ツォンの事が頭を過ぎる自分などはどうなんだろうかと思う。 それらは本当に些細なことで、もう寝てるかどうかとか、そんな事である。しかしそんな些細なことだからこそ、それが過ぎってしまう自分は少し情けない気がしてしまう。 「…考えすぎか」 仰向けにしていた体をゴロンと横たわらせたルーファウスは、そのままうつ伏せになってベットに顔を埋めた。 そして、何ともなしに目を瞑ってみる。 ―――――――と。 「…あ」 ふっと、鼻にかかる匂い。 それに気がついてルーファウスは声を上げた。 何だかこの匂いはどこかで嗅いだ事がある。そんなことを思って考えてみると、どうやらそれはツォンといる時に感じる匂いであることを思い出した。とはいってもツォンは何らかのフレグランスをつけているという感じはしない。となればこれは、ツォン自身の匂いとでも言うのだろうか。 「…ツォンの匂い、か」 目を閉じたままそう呟いたルーファウスは、それを感じる中でシーツをギュッと掴んだ。 何だかこういうのは、変な気分がする。 まるでその人が近くにいるみたいな――――――そんな感じが、する。 その上それはどうしようもない気分にさせて、良く分からないままにルーファウスはギュッと握ったシーツを抱き寄せた。 ツォンはまだ、帰ってくる気配がない。 ―――――――早く帰ってくれば良いのに。 「ツォン…」 顔を埋めたシーツの中。 その中でルーファウスは、とても小さく、そう口を動かした。
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