SONG FOR US

せつないうた

 

 

 

その歌は心を切なくさせる。

その歌が切ないのではなくて、多分その歌を聞いていた自分という過去が切ないのだろう。

時々町を流れるメロディーを聞きながら思う。

何故音楽というものはこんなにも思い出を連れてくるのかと。思い出を付随させるのかと。

普段は音楽を聞く機会などなかった私に、その人はこんなことを言ったものだ。

“一つの曲は、聞く人の数だけ色を持っている”

最初その意味が私には分からなかった。

しかしその意味を教えてくれたのは他でもないその人だったように思う。

確かに一つの曲には、聞く人それぞれの思いが込められている。作曲者や演奏者の思いとは別のところで、曲や歌というものは色々な色を持ってしまうのだ。

誰かが聞けば楽しい歌であるそれも、誰かにすれば切ない歌であるように。

 

 

 

午後九時から始まる会食は、大体とても豪華なものだった。

居間は30畳くらいあって、その中に様々な来賓が集まる。BGMは決まって美しい女性が奏でる歌だった。その女性はとても透き通る歌声で来賓の心を魅了したものだが、当の本人は非常に無表情であり、多分それは来賓にしてみたら足りない僅かなものだったのだろう。

彼女はいつも無表情に歌を歌うな。

そう感想を述べられても彼女は無表情だった。

しかしそんな無表情な彼女でも、パーティ主催者であるルーファウスにとっては大のお気に入りで、ルーファウスがその会食をする際に彼女がいないということはありえなかった。

初めてツォンがその会食に呼ばれた日も、彼女はその場で透明な歌を奏でていたと思う。

最初ツォンが思ったのは他の来賓と同じく「無表情だ」ということであった。

しかしツォンにとって彼女はそれ以上のものではなく、どちらかといえば食事や話に華を咲かせていた。他の来賓は彼女の外見上の魅力や透明な歌声に囚われ、完璧を求め、だから最終的に足りないそれがどうしても気になってしまうというだけである。

やがてツォンがその会食の常連と化した時、来賓の姿はすっかり消え去ってしまった。

理由は明白、ルーファウスが彼らを呼ばなくなったからである。

最後まで呼ばれたのはツォンだけになってしまい、結果それはまるでホームパティのようになってしまった。しかしあくまでその席は豪華であり、たった二人しかいないにも関わらずその場には彼女が呼ばれた。

彼女は歌った。

美しい外見で、透き通る歌声で、それでも無表情に。

その歌は、愛の歌だった。

ルーファウスはその歌に魅了され、彼女が歌う間は手を休めその方向をじっと見ていたものである。それを見ていたツォンは最初、ルーファウスは彼女のことが好きなのだろうとそう思っていた。そんなふうに見つめるのは、そういう理由あってのことだろうと。

例え誰もがこの場に呼ばれなくなっても、いつかツォンすら呼ばれなくなっても、きっとルーファウスは彼女をこの場に呼びつけ、そしてこんなふうに見つめ続けるのだろう。

そんなふうに…思っていた。

「ツォン、彼女の歌はどうだ?」

もう何度となく聞いてきたその歌を背景に、ルーファウスはそんな事をツォンに聞いてきた。

どうといわれても、綺麗で透明で素晴らしいということしか述べられない。それ以上に、例えば外見やらなにやらを誉め出したらきっとルーファウスは気分を害してしまうだろう、そう思ってツォンはその歌についてだけを述べる。

「素敵な歌声ですね。とても綺麗な曲ですし」

「そうだろうか?私はそうは思わないのだが」

「え?」

何を言っているのだろうか。

ルーファウスは彼女がお気に入りではないのだろうか。

そう疑問に思っていると、ルーファウスはこんなふうに言い出した。

「彼女の歌う歌はとても残酷だ。だから私は彼女の歌を聞いていたいと思うんだ」

「残酷…?」

どこかどのように残酷なのか、ツォンにはさっぱり分からなかった。何しろ彼女の歌う歌は愛を歌うものだったし、その透明な声からはとても残酷さなど感じられない。

歌詞に耳を傾けていてもそんなふうには思えない。

「古来、人は歌というものを作りだした。それは鼻歌程度の譜面すらないものだったが、それでも彼らは歌というものを作り出したんだ。しかしそれは歌と呼ばれるものではなかった。いわば叫び、だった」

ルーファウスは彼女に目をやりながらそう言うと、ツォンの方をチラリと見遣りながらまた話を続けた。

「それは…不条理なものへの訴え。嘆き。怒り。…叫び。心の中の声が、歌に乗った。だが人々は歌を聞いて幸せな気分になったりもするものだ。しかしそれは歌い手の心とは違った解釈であることもある。だから歌というのは残酷だ。――――意味が分かるか?」

「…ええ、一応は」

言いたい意味は分かるが、納得は出来かねる。

しかし本心を告げぬままツォンはそれだけ言うと、すっと彼女の方を見遣った。

すると彼女は、とても自然にツォンの方に目を向けた。

しかしそうする彼女の顔はやはり――――――――無表情だった。

ルーファウスはその後食事に手をつけて暫し黙していたが、ツォンはその間ルーファウスの言った言葉の意味を考え直していた。

歌は残酷だ、そうその人は言う。

確かに歌い手の気持ちが完全に伝わるわけではないし、その曲を聴いてどう感じようがそれは人それぞれである。結局、意図した通りの感覚が伝わらないということが残酷だとルーファウスは言うのだ。しかしそれは仕方無いことで、感覚などというものは十人十色である。

“不条理なものへの訴え。嘆き。怒り。…叫び”

―――――――――――不条理なもの。

「……」

ルーファウスは一体、彼女の歌を聴きながらどんなことを考えているのだろうか。そうは思わないと先ほど言っていたが、それはつまりツォンの言葉への否定と考えられる。

つまりルーファウスにとって彼女の奏でる曲は“素敵な歌声”でもないし“綺麗な曲”でもないということだろう。更に言えば“残酷”であり、だからこそ聞いていたいという。

ルーファウスは彼女の歌を聴きながら、残酷さを思う。

しかしだからといって、ルーファウスが具体的にどう思っているかなどツォンには分からなかった。

ただ思ったのは、そう思うルーファウスにこそ“歌い手の感覚が伝わらない”というのが当てはまるのではないか、ということだった。

だってこの曲は愛の歌なのだ。

それを残酷と捉えたルーファウスの方がどうかしているとしか思えない。

「一つの曲は、聞く人の数だけ色を持っている」

彼女の歌が一旦止まった時、ルーファウスはそんなことを言ってツォンを見つめた。

それから、

「お前は何を考えた、あの歌を聞いて?」

そんなこと聞いてくる。

だからツォンは正直にこう答えた。

「この歌の中で、貴方が何を考えているのか……それを考えていました」

 

 

 

それから数ヶ月、その会食が開かれることはなかった。

あの会話をしたのが、最後だった。

ルーファウスの様子は特に変わりが無く、ツォンも別に何も感じなかった。

しかし――――――――それでも何かは変わっていたのだ。

それはある日呼び出されたツォンの前で、ルーファウスが言った一言から初めて発覚したものである。それを聞いてすぐに何かが変わったと気づいたのは、多分ツォンだったからだろう。他の人間だったら多分、気づきはしなかったはずだ。

呼び出されたそこで、仕事以外の話が出た時…ツォンは何となく何か違うものを感じ始めていた。そしてそれが明確になったのはこの言葉である。

「ツォン、今日は二人きりで食事でもしないか。ジャズの流れる良い店を見つけたんだ」

「そう…ですか。ええ、分かりました。では行きましょうか」

何だか変だ、訳も変わらずツォンはそう感じる。

多分それは、ジャズという言葉だったのだと思う。この数ヶ月、確かに会食は行われなかった。しかしあの会食に最後の最後まで呼ばれたツォンには、ルーファウスがあの場を気に入っていることくらい分かっている。そういう意味では、あんなに思いを入れていた会食をやめて店に足を運ぶなどというのも何だか変な気がする。

「ルーファウス様と食事など、あの会食以来ですね」

そう声に出して言ってみると、ルーファウスは、

「ああ…まあ。でもあのころのことは忘れてくれ」

そんなふうに言って真面目な顔をした。

本当ならもう触れずにおくのが一番だと思うが、しかしそこでツォンは敢えてこう切り出す。

「あの女性とは…まだ連絡を取っていらっしゃるんですか」

少し込み入ったことを聞くようですが、などと言葉を添えてそう聞いてみると、ルーファウスは途端に嫌な顔をした。

ツォンとしては、ルーファウスはきっとあの女性が好きなのだろうという気持ちがあったから、それはちょっとした気がかりでもあったのだ。あのような会食の場が無くなった以上、ツォンには彼女の所在など分からない。元々はルーファウスが手配した女性なのだろうし、例え一人の会食を愉しんでいたとしてもその 場にいなければ分からないことである。

「彼女は元気ですか?」

そう追い討ちをかけるべく聞くと、

「さあ、知らないな。彼女の歌を聞いたのは、お前と一緒だったあの夜以降、一度しかない。それも随分と昔の話だ」

ルーファウスはそんなふうに回答した。

それでもその言葉から分かったのは、あの会食の後に一度だけは彼女と会っていたということである。いや、彼女の“残酷”な歌を聴いていただけかもしれないが。

しかしとにかく彼女の存在は、今やルーファウスの中では消失してしまったも同然らしい。

「そうですか」

ただそれだけを回答したツォンは、そっとルーファウスの顔を見つめていた。

その顔は憂いに満ちるでもなく、ただ―――――――――“無表情”だった。

 

 

 

 

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