聖なる時の詩
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腹の底からわき上がる、死の瞬間の後に、それはやってくる。 常を生きている時は感じない何かが、こうして死の淵に立てば、わきあがってくる。 それはとても重要なことで、そして必要なことだった。 普通の目では見えない、絶対的な死の寸前の目でしか。 人はこうして、最後の時を後悔して死んで行くのかもしれない。 ツォンは、今まで見えなかったその大切なものを見て、苦い笑みを浮かべる。 最初から判っていたなら、もっと優しくしていたものを。 判らなかったから、優しくすることが出来なかった。 常識と身分が邪魔をして、どうしても気持ちを見分けることが出来なかった。 あの時だって…。 二度の定期健診の時に、ツォンは仕事でそれを断念した。 タークスの主任という席についてどのくらいいなるだろうか。仕事は多岐に渡り、忙しく、滅多なことでは休みすら取れない状況だった。 「休んだらどうだ?」 言われた声に、ツォンは首を振った。 その時ですら、仕事が山積で休むことなど不可能だったからだ。 「一緒に旅行に行こうと約束していただろう?」 約束ですら、守れない程に忙しい。 社長の代替わりと、その為の弊害。 社内には世襲に不満の者すらいて、その反対勢力を押さえるのに、タークスの半分は出払っていた。 通常業務すら滞る中、新社長からの古代種探索命令も出ていて、常ならば主任席に陣取って指示を与えるだけ良いはずのツォンまで調査に乗り出さなくてならなかった。 休めるはずがない。 「お言葉はありがたいのですが・・・」 たった一つ、守りたかった約束ではあったのだが・・・。 その時の彼の顔を、ツォンは明確に覚えている。 どこか残念そうな、でも最初から諦めていたような・・・。切なさと小さな絶望を合わせると、ああいう顔になるかもしれない。 主任の任に付く前までは、一緒に遊びにも行っていた。長期休暇は常に同じ時期に取り、自由を満喫するように旅行に出かけた。 楽しかったあの時は、この先永遠に、繰り返すことは出来ない。 例え生きていたとしても・・・。 痛む腹の傷を押さえて、ツォンは眉をひそめる。 もし数時間前の自分が、今のこの状況を予期出来ていたとしたら、きっと電話をかけただろう。 いや、今ですら出来るかもしれない。 ツォンは胸の内ポケットから小さな電話を取り出すと、絶対に消せなかった短縮ナンバーを押した。 血に濡れる手で電話を握り、耳にやっと押し当てる。 腕の力が、血の流れと共に抜けていく。 命の灯火が、それと共に薄れていく。 コールが鳴り響く音の向こうで、今彼が何をしているのか・・・。 ツォンは微笑みを浮かべる。 きっと、今も誰かを怒鳴りつけているのだろう。 腕が落ち、電話が地に転がる。 『ツォン!』 電話の向こう、聞きなれた、愛しい者の声が、遠く響く。 「死してなお・・・」 『返事をしろ、ツォン!』 「翼となり…あなたを・・・」 『ツォン!』 力尽きようという手が、電話の側面を撫でる。 「お守りします……」 『ツォン!』 電話の向こうの声と、生の声が重なって聞こえる。 直ぐ近くに来ている愛しき者。 ツォンはその気高き姿を瞼の裏に描き、目を閉じた。 遠目で見ても、彼が息絶えているのが判った。 手は地に落ちた電話を包み、おびただしい血が彼を送る献花のように辺りを囲っていた。 呆然とその姿を見詰めたルーファウスは、最後に己の声を聞いたであろう彼の、その最後の声を聞けない自分を悔やんだ。 傍に居ればよかった。 無理にセフィロスの後を追わせたりなどしたから。 未来が最初から判るなら、こんな命令は下さなかった。 「私は・・・」 後悔は波のように押し寄せたけれど、時間を戻すことは出来ない。 この日、彼らは互いにたった一つ残った最後の一つを失った。 ツォンは未来の時間を。 ルーファウスは己の中に存在していたはずの、唯一の心を。 |
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