PRIVATE BEACH
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プライベートビーチの契約をしたんだ、とそうルーファウスが言ったのは、先週のことだっただろうか。 夏という季節に入ってから、それでも役職的には休みもそこそこにしか取れず、もっと季節感のあることをしたいなどと口にしていたルーファウスは、いつの間にかそんな契約をしていた。 期間限定で、公共のビーチの所有権を得るという何ともいえないシステムである。 とにかくそんな契約をしたのは夏ももう終わろうとする頃だった。
いつだったかルーファウスが漏らしていたその場所に赴いて、ツォンは静かに車のキーを抜いた。海岸べりには予想通りに一台の車が停まっている。それは見覚えのある高級車で、メタルターコイズブルーの車体でツードア、車高は少し低い。 何故かライトがついたままである。 「また…バッテリーあがるって言ってるのに…」 仕方無いというふうに笑いながらツォンは車内から降り立つと、その高級車に近付く。横から覗くと、またもや予想通りにキーは付けっぱなしの、ライトは付けっぱなしの状態で、ギアだけがパーキングになっている程度だった。 「何でこう中途半端に放って行くんだか…」 そう呟きながらドアを開けると、ツォンはしっかりとキーを抜きさる。ライトも勿論消しておいた。 それからキーロックをかけると、そのままその足で海岸下まで下っていく。 海岸は契約のせいかさすがに人気がなく、ただ静かに小さな波が押し寄せては返っていた。視界の180度は全て海と化している。 天気が良いせいか、水平線はくっきりと浮かび上がっていた。 少し歩いていくと、ビーチ用のチェアーに人影がある。ツォンはその姿に向かってひたすら進んでいった。 やや近くまでやってくると、さすがにはっきりとその姿が分かる。 すっかり薄い普段着になって軽いタオルケットのようなものをかけながら、その人物は静かに目を閉じていた。時折流れる風が、髪をサラサラと揺らす。 「ルーファウス様」 そう声をかけると、目を閉じていたルーファウスは「んん…」と声ともいえない声を出しながら顔をずらしたりする。 「ルーファウス様」 もう一度そう呼んで、ツォンは頬をペシペシと軽く叩いた。すると今度こそルーファウスは目を開けて「ん?」とツォンの姿を捉えて不思議そうに声を出す。 本当に眠っていたらしく、かなり眠気眼である。 「もう、何処に行かれたかと思えば…こんな所にお独りで」 「今日は休み…」 そう言い訳のように言うルーファウスは、何だかとてもいつもの副社長と同一人物には見えなかった。いきなり子供に戻ってしまったかのような感じすらする。 そんなルーファウスに、ツォンは「はい、どうぞ」と言いながら車のキーを手渡した。 「駄目じゃないですか、鍵くらい抜いて下さらないと。盗まれますよ」 「だって…」 「だって、じゃありません。今度からそうして下さい」 「うん」 そう答えたものの、ルーファウスはあんまり重くは捉えていないようである。まあいつもの事か、と思いながらもツォンは笑った。 今日は確かにルーファウスの数少ない休暇の内の一日だったが、ツォンがこの場に赴いたのにはちゃんと訳があった。緊急で入る内容は色々あって、今日もその一つのせいでこうして此処まで来たわけである。電話で済まそうかとも思っていたが、どうも連絡がつかなかったので仕方なく車を出した次第だった。 「お休み中申し訳ないですが、緊急で連絡が」 「何だ…」 またか、というように、いかにも嫌そうな顔をする。仕方ないことだ。 「ジュノン支社のことで…」 「知らない、そんなこと。俺の管轄外だ」 「いや、そんなこと言われましても…」 「聞きたくない」 「ルーファウス様」 「もう…」 機嫌を損ねたような表情になったルーファウスは、困った顔をしているツォンの腕を引っ張った。それから図って自分の上へと引き寄せる。 バランスを崩して正に体が重なり、ツォンは慌てて起き上がろうとするが、それを止めるようにルーファウスはまた腕を引っ張った。 「何するんですか!」 ツォンは少し怒ったふうにそう言う。 しかしルーファウスは何でもさなそうに風に揺られながら罪の無い表情を向ける。まるで罪悪感が無いものだから、ツォンも困ってしまう。 そんな中で、ルーファウスは小さく口を動かした。 「ツォン……したい」 「……え…」 ツォンは思わず耳を疑った。 「…しよう?」 「な…に、言ってるんですか」 自分で鼓動が早くなるのが手に取るように分かる。何となく物欲しそうな顔はしてるものの、そんなふうな言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。 というか、ツォンにとっては普通に勤務時間内の状態だから、何だか妙な感じすらする。 それに、そんなふうにストレートな言葉で誘われるなんて―――。 「今此処で…すぐに」 そんなふうに呟くみたいな声で言われて、ツォンは動けなくなってしまった。合った視線が外せない。いつもとは違った、全く甘えたような目つきがツォンを縛っている。 それでも何とか、残った良心だか誠意だかで言葉を返す。 「駄目…です。こんな、所で」 「何で?どうせ誰も来ない」 そう言いながらルーファウスはツォンの手をとり、それを誘導するように自分の足へと持っていった。自分の意思じゃなしにルーファウスの肌の感触が手から伝わり、ツォンは何だかどうして良いか分からなくなる。単なる薄着だと思われた格好は、大き目のシャツ一枚を羽織っただけで、その下はまったくの全裸だったらしい。 とにかくそうこうしている内に、その手は上に這い登り、太腿の内側までを撫でるに至った。 そこまできてさすがのツォンも、誘導の手から離れ、己の意思で手を動かし始める。始めはさすがに躊躇いがちに、それから徐々にポイントを絞って。 自然に目を閉じるルーファウスを見つめながら、ツォンはその薄く息を吐く唇に自分のを重ねた。 夏の終わりの海には、小さな波が立つ。 その僅かな音を耳にしながら、二人は誰もいない浜辺で重なり合った。
夕方になり、そろそろ空も暗くなり始めた頃、ルーファウスがふと言った言葉で、ツォンは車を走らせた。 何をいきなり言い出すのかと思えば、花火を見たいという。もうそんな時期も終わりましたよ、というのを「見たい」の一点張りで通すものだから、ツォンはまた困ってしまった。 とにかく打ち上げはできないという結果になって、個人で楽しむような小さな花火を買い出しにいく。大体がパック化されて売られているその花火の中でも、ルーファウスが何故か選んだのは線香花火だった。 そんなふうには見えないのに、とツォンは首を傾げるしかなかった。 買ってきた花火を浜辺で広げると、どこかの子供のようにルーファウスはそれに火をつけだした。まだそんなに暗いわけではないから、綺麗とは言っても効果は小さい気もする。 「お前にも一本」 そう言って、ルーファウスは線香花火の一本をツォンに手渡した。 「私もですか?」 「ああ」 そう言ってルーファウス自身もそれを手にする。本当に気が長い花火だと思いながらツォンは渡されるままにそれをパチパチやり始めた。 とても自分には似合わないなと思いながらツォンはその火花を見つめる。その隣でルーファウスはただ一点を見つめていた。 「何で線香花火なんですか?」 他にも種類はあるのにと続けてルーファウスに聞いてみたツォンに、こんな言葉が返ってきた。そう答えるルーファウスは至って真面目な顔をしていたが、やはりいつもと違って子供じみた雰囲気を纏っている。 「線香花火は長いだろ?」 「まあ、そうですね」 何せ気が長い花火である。 「長く一緒にいられる気がするから」 「……」 ツォンは言葉を返せないままに相手を見つめる。その先には、僅かに笑みを漏らすルーファウスがいた。 線香花火は火花を散らした後に、小さな火の塊を作ってからポトリ、と下にそれを落とし、そしてやっと一本が終わる。その一本を終わらせた後に、 「まだまだ、ある」 と次の一本を取り出してルーファウスはまた火をつけた。 それは延々と続き、本当だったらすぐに嫌気がさすものの、ツォンはその時はそんな気分にはならなかった。プライベートビーチのせいだろうか。とにかく先ほどのルーファウスの言葉も頭を巡っていたし、勤務時間内だというのに今ではもう既に仕事の意識は無かった。そういった話題を出すのも、何だか違う気がする。 「…夏らしいことができて、良かったですね」 何だか言う言葉も見つからなくて、ツォンはそんなことを呟いた。確かこのビーチの契約の理由は“季節感のあることをしたい”からだったはずである。 「そうだな」 明日からはまた建物の中で何だかんだと仕事をするのだろうから、それを考えると今は随分と自由な気がして、ルーファウスは火花を見つめながらそう返した。 「どうせもう休みも無いようなもんだから、今日だけ…かな」 「そうですね」 「…今日、ツォンはきっと此処に来るんだろうと思ってたんだ」 「え?」 単に偶然に来ただけだったので、ツォンは不思議そうな顔をする。ルーファウスはそんなツォンを見ながら、だって、と続けた。 「ツォンが来れば良いなと思ってたから」 「……」 そんなふうに耳に入る言葉に、ツォンはやはり何も言えなくなってしまった。 線香花火はそれと同時に火の塊をすっと落とし、ほんの少しだけ辺りが暗く戻る。そうしてまた次の一本を取り出そうとするルーファウスの手は、もう残りが無い事に気付いて止まってしまった。 そうしてルーファウスは仕方無いといったふうにツォンを見る。 「終わっちゃったな」 ツォンも頷いて、そうですね、と返しながら僅かに口端を上げた。 空はもう結構に暗くなっていて、海も何だか黒いように見えた。風はさっきより冷たくなっていて、それでも気持ちいい。 そろそろ帰り時かなと思いながらツォンは時計をチラッと見た。時刻はもう既に八時で、すっかり仕事の時間も終わりである。 何だかんだとルーファウスに付き合っていたら、ほぼさぼったような状況になってしまった。それはそれで問題だなと思いつつも、直属の上司がそう仕向けたのだし何とも言えない気もする。 その上司とやらは、今日は何だかその人とは思えない言動ばかりをしていて、ツォンはそれを振り返りながら立ち上がった。 「もう帰りましょう、遅いですから」 そう言ったツォンを見上げて、まだ浜辺でしゃがみこんでいたルーファウスは「まだ早いだろう」と反論した。 早いとは言えないけれど、確かにルーファウスにとっては休暇だし帰宅を強制するわけにはいかない。 そう思い、 「では私は先に帰りますね」 とだけ言ってツォンは帰り支度をし始めた。まずは神羅に戻らなくてはならないし、それを考えるとそろそろ行かねばならないと思う。 けれど、そうする自分をじっと眺めているルーファウスがどうにも気になって仕方無い。 そもそも、今日は何だかいつもと違った。突然時間が逆戻りしたみたいに、子供のように降るまうルーファウスは、ツォンからしてみればとても困ったものでもあったし、新鮮なような気もした。 それに何より今日は、素直に求められすぎている。 ふと、裾が掴まれて、ツォンは動きを止めた。 「ツォン」 「はい?」 まだしゃがみこんだままのルーファウスの視線は相変わらず真っ直ぐにツォンに注がれている。 「帰るなよ」 その言葉を聞きながらツォンは、やはりと思う。何となくそんなふうに言われるような気がしていたのだ。もしかしたらそう言われたかったのかもしれない。 引き止めて欲しい、と。 ルーファウスは立ち上がると、ツォンの身に擦り寄って、そっと抱きついた。それからもう一度同じ言葉を繰り返す。 「帰るなよ。一緒にいよう、ツォン」 「……」 「嫌か?」 「……いえ」 結局そんなふうに返すしかなくなって、ツォンは帰り支度を中途半端にしたままの状態で立ち尽くした。 そんなツォンに、ルーファウスはただ笑う。 「良かった」 そんなふうに呟きながら。 ツォンはその状況に首を傾げるしかなくなってしまう。どうして今日はこんなにいつもと違うのだろう。いくら休暇中とはいえ、そんなふうに変わってしまうものだろうか。とにかく言動の一つ一つに戸惑ってしまう自分がいて、ツォンとしてはこのままルーファウスといればいるほど、感覚がおかしくなりそうな気がした。 目前のその人が、とても――――――小さく見えて。 「ルーファウス様」 そう言いながらツォンは、自分にはりついているルーファウスを緩やかに引き離す。 「今日は…何だかいつもと違うのですね」 「そうか?」 「そうですよ」 「嫌か?」 合わせられる目に、ツォンはただ一言だけ、こんなふうに答えた。 「いいえ」
夏の終わりの海風はもう結構に冷たくて、それでも気持ちいい。 そんなふうにその休日は過ぎていった。何ていう事も無い一日で、仕事のことなどはどこかにいってしまったかのような一日。 立場も何も忘れ、浜辺に二人きりで、唯一の夏を感じていた。
翌日にはもう、ルーファウスは普段通りの言動に戻っていた。 ルーファウスがプライベートビーチを使用したのは、ツォンと過ごしたその一日だけであった。
END
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