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恋する力 ------------------------
“恋をすると人は、強く、優しくなる” そんなふうに聞いたことがあった。けれど、それ以前に恋だとか愛だとか、そんなものには興味が無かったし、それどころかそんな事に感けている奴は馬鹿だとさえ思っていた。 恋や愛が、何をしてくれるというんだ? そんなものは金も名誉も何も作ってくれはしない。 ただ、馬鹿げた感情だ。 ただ、そんなふうにしか思ってなかった。
それなのに。
「風邪をひきますよ」 そうふとかけられた声に、ルーファウスは途端に体を跳ね上がらせた。どうやらいつの間にかオフィスでうとうとしてしまっていたらしい。 目前にはいつも通りのツォンの姿があって、その小脇には書類が束になって挟まっていた。 ルーファウスは一旦きつく目を瞑った後に、またその目を開ける。 それから、 「用事があったんだろう、何だ?」 と何もないように言う。 そんな姿を目の当たりにして、ツォンは微笑みたいのを必死に押さえながら持っていた書類をルーファウスに手渡した。 「昨日の…始末書です」 「始末書?お前が?」 思わず驚いてそんな声を出してしまう。どう考えてもツォンがそんなものを書くような事をするようには見えない。 けれどやはりそれは思い違いだったらしい。ツォンは、違いますよ、などと言いながら今度こそ笑った。 「昨日のデータ破損の件ですよ。それで、責任者がこれを」 「…ああ、何だ。その話か」 そういえばそんな話もあったか、と思う。つい昨日のことだったのにすっかり抜けていた。 昨日はデータベースの更新をしていて、その際に馬鹿な社員がそれを過って一部削除してしまったのだ。幸いバックアップはとってあったから、そう大した騒ぎにもならなかったが、結局ルーファウスは始末書を書くように、と命令したのだった。 何だかんだいって最終的に自分がチェックすることを考えると、何て面倒なことをさせたのか、とルーファウスは自分に呆れてしまう。本来ならどうでもいい事なのに。 「分かった。とにかくこれは預かる。もう帰っていいぞ」 「はい」 そんなふうに律儀に答えたツォンは、少しばかりルーファウスを見て黙した後、そのまま部屋を去っていった。 バタン、とドアが閉まった後に、ルーファウスは手にしていた始末書をデスクの上に放り投げると、自分の身をもその上に放り投げた。 ―――――何なんだろう、この感覚は。 ツォンと同じ空間にいると、何だか調子が狂う。焦ってばかりいるような気がする。それでも何とか副社長としての威厳たる態度を保ってはいたけれど、それでも何かがしっくりこなかった。 きっと、ツォンがいけないんだ。 理由は良く分からなかったけれど、そんなふうに思う。もっと別の人間ならば、こんなふうに焦ったりすることはまず無い。普通に副社長としての振る舞いができるのに。 ツォンが、いけないんだ。 もう一度確認するみたいにそう思うと、ルーファウスはそっと目を閉じた。
連休を目前に控えたその日、社内はうかれる社員達でにぎわっていた。 何といっても行楽シーズンである。嬉しくない輩はいない。 そんな中、その休みすら満喫できなそうなルーファウスは、その社内の雰囲気に飽き飽きしていた。だからルーファウスは、いないはずの「嬉しくない輩」の一人だった。 馬鹿馬鹿しい、仕事をしろ、仕事を。 そんなふうに思いながらも実は自分も仕事には飽き飽きしていた。特にこれといった趣味はないが、かといって仕事一筋といえるほど他のことに興味がないかといえばそういうわけでもない。ただ、そういうふうに楽しみにできることや、これといって打ち込める趣味というのが無かった。 だから結果的に仕事をしている。 いつもいつもそうだ。 でも、ここのところあの妙な感覚があるせいか、どうもその仕事というのも捗らなかった。 それもそう…ルーファウス曰く「ツォンのせい」。 仕事の合間にやはりツォンのことを思い出したルーファウスは、そういえばあいつはこの連休はどうするんだろう、などとふと思ったりした。タークス主任といえば神羅ではなかなかの肩書きだったが、その彼でも連休は連休としてやってくる。ルーファウスも勿論それは同じだったが、満喫できないというのは単に自分の範囲内の話であり、時間云々のことではない。 「どこか行くんだろうか、あいつでも」 何だかそんな姿は想像できなかった。優しそうな顔はしているが、やはり根は仕事に真面目で厳しいところがある。そういう姿を見ているせいか、ツォンが仕事以外のことをしているという想像がなかなかできない。 そもそも仕事場以外でツォンに会ったことなど無い。 私服など更に想像できないシロモノである。 「独身の一人暮らし…だよな」 ということは、女の一人や二人連れ込んでも問題は無い。そもそも年齢的には結婚すらしていて良いほどである。 そうして考えていくと、ツォンの私生活というのはますます想像できなかった。 「連休には女と遊びほうけるとか……いや、想像できないな」 仕事のこともすっかり忘れてそんな事を考えていたルーファウスは、そろそろ本当に自分が馬鹿らしくなってきた。 何でそこまで色々考えなくてはならないのだろうか。 そもそもツォンが連休に誰と何をしようがどうでも良いことではないか。自分には関係ないし、そんなふうに連休がどうのと考えること自体どうでも良いことなのに。 「…ツォンのせいだ」 どう考えてもそれしかない。ツォンがいるからこんなふうに考えこむことになるのだ。こんなことを考えなければすっきりと仕事も捗るというのに。 しかしいざそれを忘れて仕事を再開しようとしても、何故かやはり駄目だった。 どうしても……考えてしまう。 最悪だ、そう思って溜息などを付くと、少し休憩でもするかとルーファウスは席を立った。 が、そんなタイムリーな時にどういうわけかドアがノックされる。 トントン、と小気味良い音が響いて、立ち上がったばかりのルーファウスは結局そのまま席に腰を下ろすこととなった。 入れ、そんなふうに気持ちを切り替えて威厳を保った声を響かせる。 「失礼します」 少し経った後、そうして部屋に入ってきた人物にルーファウスは心音を早まらせた。 何故ならそれは、ツォンだったから。 ツォンはやはり小脇に書類を抱えてルーファウスの前に進み出ると、一礼などをしてから用件を話し始めた。 「お忙しいところ失礼します。先日のデータ破損の件で削除されたデータの、リストが出力されました。基本的には問題はありませんが、参考までにと」 そう言って書類を渡され、ルーファウスはそれを受け取った。 その件に関してはもう問題がないのが分かっているから、特に目を通そうとは思わない。だからそれはすぐに机に伏せると、 「ああ、悪いな」 そんなふうに言って用件とやらを終わらせる。というより、早々に終わらせたかった。 ツォンと同じ空間にいると、どうしても調子が狂う。それは今も同じことで、やはりどうしても鼓動が早まってしまう。このままだといつ破裂するか知れないし、何しろ落ち着かない。 だからルーファウスとしては、早くツォンがこの用件を終わらせて退出してくれることを願っていた。 しかし。 「連休は、晴れるそうですね」 何を思ったのかツォンは、突然のようにそんな話を始めた。 よりによってお前が世間話などするな、そう心で毒づきながらルーファウスは適当に終わらせようと曖昧な返事を返す。 顔を見ているとこの鼓動が読まれそうな気がして嫌なので、敢えて目は反らしておく。 「ルーファウス様はもうご予定がおありなのですか?」 「さあ…。…いや、仕事だ。仕事」 ああ、やはりお忙しいのですね、などと言いながらツォンはまだその場を離れようとしない。チラと顔を見てみると、その顔は妙に優しげに見えた。 それが何となく嫌で、ルーファウスは直ぐにプイと顔を背ける。 「コスタ・デル・ソルはリザーブでいっぱいだそうですよ」 「そうか、それは良かった」 「ゴールドサーソーはゴールドチケットが飛ぶように売れているのだとか」 「そうか、それは商売繁盛だ」 「今年の連休は良い天気でどこも賑わいそうですね」 「だろうな」 この長々と続く世間話に、ルーファウスは内心イライラしていた。もうどうでも良いから早くツォンに帰って欲しい。思うことといったらそれだけで、ツォンが繰り出す話題のそれぞれへの返答は段々と短くなっていく。 「ああ」だとか「そうだな」だとかそんな言葉だけが返答として返るようになった頃、ツォンはやっとその世間話を打ち切るが如く、こんな事を口にした。 「私も楽しみです」 その最後の言葉にだけ、ルーファウスは返答をしなかった。というより、言葉に詰まってしまったというのが正しい。 楽しみ――――確かに世間的には誰でも楽しみだろう。 けれど楽しみだというからには何処かに行くだとか何かをするだとかという「予定」があるという事になる。それを思うと、先ほど仕事合間に考えていた例の想像が頭を駆け巡った。 ではこれで、そう言って念願の退出をしようとするツォンの後姿を見ながら、ついルーファウスは口をすべらせてしまった。 言った後、ルーファウスが後悔したのは言うまでもない話である。 「お前は、誰かと予定があるのか」 その言葉を受けて立ち止まったツォンは、ふと振り返って微笑むと、 「ええ」 そう答えて、そのまま去っていったのだった。 ――――――――――聞かなければ、良かった。 何となく落胆みたいなものを感じて、ルーファウスはやはり一人、デスクの上にもたれかかった。 あのツォンでも、連休となれば誰かと出かけたりするものなのか。 楽しみだといったツォンの隣に、連休中は誰かがいる。その誰かに向かってツォンはあんなふうに笑って、楽しさを分かち合うのだろう。 詳しい姿はやはり想像できないけれど、それを考えると何だか胸の辺りが苦しい気がした。 隣にいるだろう女と、どんな話をするんだろうか。それも想像できない。 一体、どんなふうに…きっと仕事とはもっと別の顔をするんだろう。そうとなれば自分は見ることすらできないが。 「…最悪だ」 ルーファウスはそう呟き、そしていつものように目を閉じた。
しかしそんな連休前の賑わいの中、奇跡的なことが起こった。
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