狼と赤ずきん
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「今回のヤマはデカいんだぞ、っと」 そう言いながら、“ヤマ”もとい“ターゲット”を目にしながらレノは嬉しそうに呟いた。 「“ヤマ”って…どこぞの公僕か、お前は」 「ま、細かいこと言わない言わない。一度言ってみたかったんだ、この台詞!」 そう言いながらレノは得意げな顔つきになってナイトスティックで肩をトントン、と叩く。 「そういう主任こそ、腕、鈍ってないだろうな?」 「殺されたいか、レノ…」 「勘弁なんだぞ、っと」 そんな会話を密かにやりとりしながらも二人の目線はしっかりとターゲットを捉えていた。密談の内容は良くは聞こえない。けれど、神羅に関係することだろうというのは容易に予想がつく。 「…まあスナイパーとしての腕は、さすがにルードには敵わんかもしれんが」 そう言いながらツォンはふっと笑う。それを見ながら、レノもニヤリとした。 本当ならそこで「だったらルードと来れば良かった」と突っ込みたい所だったが、そういう状況でもないし、それ以上にそれが謙遜だと分かっていた。確かに単独ならばルードには敵わないだろうが、総合するとさすがに主任と名のつくツォンに適いやしないのだ。 「さ…て。―――――――いくか」 そう言いながらツォンは狙いを定めた。 本来なら一発で仕留める為に心臓を狙うのだが、今回は両足を撃てという命令が出ている。一番の動力となる足を…しかも両方を、狙う。 「…動くなよ…」 そう呟きながらツォンは体勢を整える。肉眼ではかなり遠い。 「大丈夫だぞ、っと。外したら俺がフォローする」 「馬鹿、外すか」 そのやりとりを合図に、銃声は響き渡った。 連続、4発。
神羅本社に戻った時には夕刻になっていた。 何だかんだといいながらもターゲットの二人は両足の端を掠った程度でこの場に連れてこられた。 それはレノ曰く「外れた」らしいが、ツォン曰く「外してやった」らしい。とにかく命を奪うほどのものでもなく、そんなに大怪我という訳でもなかった。そこから先の調査その他は、また別組がやってくれることになっている。 そんな訳だったから、その仕事が終わった後には、そのまま退社しても良いという手筈になっていた。 とにかく、レノの方は帰る気満々だった。 「主任、俺、帰って良いかな?」 「ああ、構わない」 「ってか、主任もたまには俺と一緒にアフター5を楽しまないかな?」 「はあ?」 何だそのアフター5というのは、とブツブツ言いながらもツォンは腕にはめていた時計に目を落とす。 時間は丁度、午後5:00だった……。 確かに今日は残っていてもさして仕事は無いな、などと思い返す。とはいえ、レノの言うアフター5というのは勿論……あれだろう。あれしかない。 「…飲むつもりか」 「それ以外無いし」 「…だな」 というか一体レノが自分と何を話したいのかはさらさら疑問だった。 『飲み=語り』は最早当然の流れであるが、まさか仕事の話をしたいわけではないだろう。レノのことだからまた女の話か、などと考えると俄かに胃痛がしたツォンだった。 「まあ、良いか。分かった、行こう」 「お、良い反応なんだぞ、っと」 ニヤリと笑ったレノは、じゃあ、などと言ってどこかに向かい出す。方向としてはエレベーターの方向で、どうやら上に昇ろうというらしい。しかし上にはオフィス郡と幹部クラスの部屋があるだけである。 一体どこに行くつもりだろう、そんな事を考えながらツォンは首を傾げた。 その目的が判明したのは、どこぞやのバーに着いてからだった。
暗い店内。 そして流れる緩やかな曲。 周りはアフター5を楽しむ男女で埋め尽くされている。誰しもが顔を緩めて楽しんでいた。 そんな中、ツォンだけが溜息をついていたのは言うまでもない。 カウンター席についたツォンとレノ――――そこまでは良い。良いだろう。 が。 「……何故、ルーファウス様がいるんですか…」 呆れたふうにそんな声を出すツォンに、レノがニヤニヤしながら答えた。 「主任、たまには良いじゃないか。上司と!どうよ、これ?」 「…最悪だ」 席順は丁度、レノ・ルーファウス・ツォンというふうに、上司を囲む状態だった。そのツォンの言葉はレノに向けて放たれた言葉らしいが、それでもその間にちょこんと座っていたルーファウスにもしっかり聞こえるわけである。 「おい、ツォン。今すごく失礼なことを言ったな、お前」 「いいえ、別に」 あくまでそう言い切るツォンにルーファウスは滅茶苦茶不機嫌そうな顔をする。それからレノの方を見て、無言で「どうにかしろ」と催促をした。が、レノは可笑しそうに笑っているだけで、どうにかするつもりは無いらしい。 「大体ルーファウス様はまだ仕事がおありなんでしょう?我々は良いとしても、駄目じゃないですか。こんなところについてきては」 「うるさい奴だな。レノに呼ばれたんだ、私はっ」 「はあ?」 何だそれは、というようにツォンはレノを見る。レノはといえば、それに対しては否定もせずに妖しげな笑いを浮かべている。 一体何なんだ、そうツォンが思ったのも無理はない。 別にルーファウスがいたからどうのという訳ではなかったが、レノと飲む心構えだけしか持ち合わせていなかったので、急遽そこに上司たる人間がいるとなるとまた問題は別になる。とはいえ、上司は上司でも、自分よりかは相当に歳若いルーファウスの事、別に何がどう緊張するということもない。 ただ、ちょっとだけ問題はあった。 「問題が発生してるんだぞ、っと。主任」 その言葉にギクッとしてツォンがレノを見る。 「ルー様の悩みを解放してあげようと思って俺はこうして頑張ってるわけだ」 中央に座っていたルーファウスはあからさまに嫌そうな顔をして、レノを睨み付けた。それから小声で「お前な!」と講義したがレノは何でも無さそうに余裕の顔を浮かべる。 それから…。 「もう此処は一発、ドカンとぶっちゃけて欲しいんだぞ、っと」 「ば、馬鹿、レノっ!止めろ、お前っ」 そう慌てて止めに入るルーファウスをレノは片手で制しながら、視線の先のツォンを見てこう続けた。 レノの目は結構マジだった。…大マジだった。 「ルー様はずばり悩んでるんだぞ、っと。しかも原因は主任!」 ずばり言ってのけたその言葉に、当のツォンはまたもやギクリとする。その反応を見ながらレノが片手で口を押さえた。どうやら笑いたいのを堪えているらしい。 「レノ…お前な…っ」 何故か赤くなるルーファウスに、まあまあ、と胡散臭く手などを広げると、さっきの続きと言わんばかりにレノは語りだした。 勿論、ツォンが原因のルーファウスの悩みとやらである。 「主任、あれは雨の日の事だったよな。で、俺達タークスは社長の警備という名目で引っ張り出されて、まあろくに危険も無さそうなどっかのお偉いさんの家に行った訳だ。問題はここからなんだぞ、っと。そこでどーいうワケか俺達まで酒をかっくらった。まあ俺にとっちゃ嬉しい話だったけど。…で、主任。主任はかーなーりー酔ってた!」 「うっ…」 それを言われると痛い。 確かにその日は、その屋敷の主人の計らいで、SPなんてどうでも良いから飲め、などと言われてついつい飲んでしまった。いつもならツォンは固く遠慮する方だったが、その日は違ったのだ。 理由は、酒を勧めたのがその主人だけでなく、プレジデント神羅でもあったからである。そこで飲まなければ、それはそれで問題がある。俺の酒が飲めないのかとか何とか言い始める事間違いない。 そんな訳でツォンも結局その酒を飲むことになったわけだが、その種類が不味かった。レノとルードは酒に詳しく、並べられたボトルから嬉々として好きな酒を選んでいたが、ツォンはただ渡されたものを飲んだだけだったのだ。しかしそのグラスに入っていたのは、アルコール度数がバカ高い酒をブレンドさせたカクテルで、それはもうストレートのテキーラ状態だったのはいうまでもない。 が、もっと悪いことにツォンは酒に強かった。 そこで倒れればそれはそれで済んだものの中途半端に意識があったものだから余計な展開になってしまったわけである。 「そこにルー様登場ってなワケだ。ルー様は社長を迎えに来た訳だけど、あまりの泥酔ぶりにビックリ。でもルー様は、多分主任だけは大丈夫だろうと思ってたわけだ。主任は一見何でも無さそうな顔してるし」 だが、実際かなりツォンは酔っていた。たった一杯、されど一杯である。 「そんな主任に近付いたルー様は、赤ずきんちゃんになっちゃったんだぞ、っと」 「何だその“赤ずきんちゃん”ってのはっ!」 抗議したのはルーファウスの方だった。しかしそれは本当に言いえて妙といった感じで、自分で言ってレノは感心していた。 「赤ずきんちゃんは狼に食べられそうになっちゃったんだぞ、っと」 そう言いながら、レノはツォンの方を見遣った。さて、弁解をどうぞ、と言わんばかりの顔つきで、ツォンの方はどう返して良いものか悩んでしまう。 そう…それは正に事件だった。 レノの言葉を借りるなら、正に“赤ずきんちゃん事件”だろう。 しかし違う部分も勿論あり、 “赤ずきんちゃん” は実際は未遂で終わったわけだが、“赤ずきんちゃん事件”の方は未遂で済まなかった。…これは非常に問題である。 ツォンはルーファウスの顔が見れないまま、何とか視線をレノに釘付けにさせて、 「それは…事件だ」 と言い放った。 「ほーう、事件?…だってさ、ルー様」 「事件、か……」 少しばかり暗い顔つきになるルーファウスに、ツォンは焦りつつもそ知らぬ顔をする。 「ルー様、狼は単に溜まってたみたいです」 「おいおいおいおい!」 ツォンは思わずそう突っ込んだが、その言葉に反応したルーファウスの眼が自分に向けられているのを感じ、思わず黙ってしまった。 ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう…そんなふうにかなり重い溜息を漏らして、グラスの酒をグイ、とツォンは飲み干す。 あれは正に事件で、確かにかなり危険で、事実的に困ったものだった。どこがどうだったら、まだ良かったのだろうか。 プレジデント神羅を迎えに来たルーファウスは、ツォンだけは正常だろうと踏んで近付いた。その時のツォンはかなり酔っていて、多少は目も据わっていたかも知れないが、やはり一見して普通だった。ルーファウスの呼びかけに対しても「はい」といつも通りの几帳面な答えしか返ってこなかったので、それはそれでルーファウスはホッとしたはずである。 結局ルーファウスはそれぞれを車で送ったりなどしながら、最後にツォンと二人になった。 本当ならツォンに運転させようと考えていたが、「免許が見当たりません」などと言うものだから仕方なくルーファウスが皆を送った次第である。とにもかくにもそうして最終的に二人きりになり、ルーファウスはツォンも送ることになった。 ツォンの自宅前で車をつけ、じゃあ気をつけろよ、などと言ったまでは良かっただろう。 その時のルーファウスの距離がいけなかった。…とてつもなく問題だった。 正に至近距離で、しかもかなりプライベートな雰囲気。プライベート=ちょっとお子様、というのはすぐに分かることであって、それは中性的な顔つきだったルーファウスに災害をもたらした。 ツォンの心はこうだった。 “こう見ると結構にお可愛いらしい…”―――以下略。 しかし意識がしっかりとルーファウスを把握したのはそこだけで、その後はかなり思考も混乱していた。 がっつりと掴んだルーファウスの腕をそのままに、強引に車外に引きずりだすと、そのままテイクアウトした…ようだった。(推定) そして赤ずきんちゃんは狼にパクリと……である。ああ、無情。ラ=ミゼラブル。 「ああ…何でこんなことに…」 そう呟いたツォンに、ルーファウスは「こっちの台詞だ!」と言い返してやった。 「悪いが、ちょっと席を外させてくれ…」 かなり落ち込んだ様子で立ち上がったツォンは、よろよろとしながら店の隅の方へと姿を消していった。因みにそのよろよろは、酔ったせいではなかった…。
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