Menschlich

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それは、ある曇りのち雨の日の出来事。

ツォンは、最近ルーファウスとの間に何も問題がないことでとても幸せな日々を送っていた。

喧嘩もないし、これといって無理難題を言われることもない。

それどころか時たま満点ムードで時間を過ごすこともあったりしたので、これはとても平和な日々だったのである。

しかし、ある曇りのち雨の日、そんな平和極まりない日々の中に一つの黒点が現れた。

それは、あんまりに平和なときを過ごしていたツォンの脳天に、ドゴーン、と大きな雷を落としたのだった。

 

 

 

平和が一転、自己戦争状態。

そんな中でツォンは、ひたすら苛々感を連れていた。

仕事をやっていても苛々するからついつい周囲に当ってしまう。その上、注意力散漫になっているものだから書類も指揮もミスの連発―――――これはいかにもツォンらしくない。

しかし、らしくない、などと自分で思っていてもそれを止めることは簡単なことじゃない。

何故って、苛々が消えないからである。

ではその苛々を消せば良いという気もするが、それは更に難題であって、その苛々の原因こそどうしても消えないものなのだ。

だからツォンは、こんな苛々は早く消えてしまえば良いのにと願いつつもそれを叶えることができず、やはり苛々を募らせて、らしくない行動に拍車をかけていくのだった。

消えない苛々の原因―――――それは既に分かっている。

思えばそれは三日前の出来事で、その日ツォンは足取りも軽くルーファウスとドライブを楽しんでいた。

昼から存分に会えるチャンスだったから、ドライブをしながらも次はどこへ行こうかなんてことに心を躍らせていたツォンだったが、その途中で恐ろしい出来事に遭遇したのである。

それは、ルーファウスの一言から始まった。

「なあ、ツォン。悪いけどウチまでつけてくれないか?」

「え?ご自宅ですか?」

まさかもう帰宅したいということだろうか、そう思ったツォンは驚いてそう切り替えしたものである。何しろまだ会って間もないのだから、もう帰りたいなどと言われたらショックで一年は立ち直れないことは確実だろう。

しかしそれでもルーファウスが自宅にというので、ツォンは妙な焦燥感を持ちつつもその人の自宅へと直行した。

自宅に着くと、ルーファウスはツォンを車に待たせたままにパタパタと中へと入っていく。

一体何なのだろうか、もしかしたら何か忘れ物でもしたのだろうか。

それともそう見せかけてやはりもう帰りたいということなのか。

そんなめくるめく想像を蠢かせながらルーファウスの帰りを待っていたツォンは、暫くした後に姿を現したルーファウスに心底ホッとしたものだが、それと同時に最大級の衝撃を受けた。

何故なら、ルーファウスの自宅から出てきたのはルーファウスだけではなかったから。

そう…ルーファウスの隣には―――――“誰か”がいたのである。

その“誰か”は、ツォンの見覚えのある顔などしていなかった。

ツォンとは対照的な少々ワイルドな雰囲気。

鍛えられたガタイの良さ、セフィロスにも劣らない長身、顔はどうしてなかなか男前。

だれたシャツを胸まで肌蹴させ、ヴィンテージ雰囲気ぷんぷんのデニムなどをはき、少し長めの髪をかき上げたりしている。

―――――――――評価、10点中10点…!!

いかにもモテそうである。

そのいかにもモテそうな男前がルーファウスの隣を陣取っているのを見た瞬間、当然ながらツォンは唖然とした。仮にそれがルーファウスの知人だとしても、同じ家の中から登場というのはどうなのだろうか。そう思わざるを得ない。

しかしそんな唖然としているツォンに、やってきたルーファウスは説明の一つも加えずに、ただ「コイツも同乗していいか?」なんて言った。

――――――――絶対、嫌です!!

…と言いたかったが、よもやそれは言えまい。

何せ相手はルーファウスである、そんな彼の要望に応えられないなどという事態は絶対に避けたい。

そんなちょっとしたプライドの為ににっこり笑って「良いですよ」と承諾したツォンは、それでも心の中でブツクサと否定の言葉を連ねていた。こんなものは小さな嫉妬心だと分かってはいるが、それでもそれを払拭することはできない。もしも相手がこんなに男前でなければ、あるいは嫉妬心なんて生まれなかったかもしれないが、それでも相手は一般的に見て魅力的といえるだけの要素を兼ね揃えているのだ。

何となく、嫌な感じがする。

「ところで、そちら様は?」

ツォンは心中で繰り広げている愚痴の山をすっかり隠したような笑顔を見せると、何でもないかのような口調でそう聞く。

何しろまずはそこが肝心である。この人物が何者なのか、それこそが。

そしてその肝心な事実についてルーファウスは、やはり先ほどと同じように少し困ったふうな顔をして、実は、と説明を始めた。

「実はな、昨日オヤジの珍品コレクションを見ていたんだ。世界有数の珍品とかいうやつで、結構数があるんだけど……それで、その中に木の実みたいな物があったんだな」

その木の実のような物体は、特別ルーファウスにとって興味深い物品というわけではなかったが、それでも世界有数の珍品だということで感心しながら眺めていたルーファウスである。

がしかし、そんなふうに木の実もどきを眺めていたルーファウスの隣に、ある物体がスッと近付いてきてきた。

そしてそのある物体は、事もあろうにその世界有数珍品である木の実もどきを食べてしまったのである。もぐもぐ、ごくり、とやっていたので食べたのは間違いない。

「…そういう訳で、その木の実を食べてしまったわけだ。そうしたら何か変なことになったというか…」

困ったな、なんて言いながらそこまでを語ったルーファウスは、腕組をしながらも眉間に皺を寄せている。

しかしツォンにとってみれば、そのルーファウスの説明は何だか意味不明で、一体その木の実を食べてしまったからどうなのか、という部分がいまいち分からない。それに、その木の実と目の前の男前の関連性もいまいち見出だせない気がする。

そもそもその木の実を食べたのは誰なのか?

まさかルーファウスではないだろう。

「あの…食べたというのは、一体誰の事ですか?」

取りあえずそこを聞こうと思って、ツォンはそんなふうに質問をしてみた。

すると、ルーファウスの口からはサックリとこんな答えが返ってくる。

「うん、ダークネイション」

「――――――え。」

「いや、だから。ダークネイションが食べちゃったんだよな、その木の実。慌てて吐きださせようと思ったけど時既に遅し、だ。それで、こんな姿になった」

「――――――はあ!?」

何だそれは。

まさかそんな馬鹿な話があるのだろうか。

ルーファウスの話を簡潔に言うと、要は「木の実を食べてダークネイションがこんな姿になった」ということだ。

ということはつまり、目の前にいる見知らぬ男前はダークネイションということになる。

しかし――――まさかそんな事が信じられようか!?

あのダークネイションが人間化!?

まさかそんな馬鹿な!?

ツォンは心の中で仕切りと「そんなはずはない」だとか「何かの間違い」だとか「科学的な根拠がない」だとか「そんなのはズルイ」だとか手当たり次第に否定を繰り返していたものだが、それでも眼前にいる人物がそんなツォンの否定をそれこそ否定していた。

目前の男前…ダークネイションは、ちっとも笑わずにツォンを見遣っている。

その隣で、ルーファウスは困ったようにこう言った。

「私もどうして良いか分からないんだ。だから…悪いけど暫くの間は三人で行動したいんだ」

――――――――それは、正に平和が黒点に変わった瞬間だった。

そんな悪夢のような日から、三日。

少しは事態の変化があったかと思いきやそういう訳ではない。

ダークネイションが犬に戻れる方法があればそれが最良なのだろうが、残念ながらその方法は未だ見つかっていないのである。そんなわけだからダークネイションは相変わらずルーファウスとツォンと共に行動しているという具合。

しかしそれだけならまだツォンも辛抱が出来たに違いない。

問題なのは、人間版ダークネイションがルーファウスにべったりだということだ。

考えてみれば当然かもしれないが、ダークネイションはルーファウスの愛犬でもある。飼い主と愛犬との間はそれこそ愛情で結ばれていて然るべきで、そこからすれば人間版ダークネイションがルーファウスにべったりなのは頷けないでもない。

しかしどうだろうか。

人間版ダークネイションときたら、仕事の間もルーファウスにべっとり、食事の時にもルーファウスにべっとり、それだけならまだしも夜までルーファウスにべっとりなのだ。更には、シャワーを一緒に浴びて同じベットの中で寝るだとか言うものだから、ツォンは思わず貧血になってよろめいた次第である。

嗚呼―――――そんな事があって良いのか!?

否、絶対良くない。

何故ってダークネイションは愛犬なのだ。アヤツの忠誠心たるや並みのものではない。となればダークネイションがルーファウスにしつこく付き纏うのはその忠誠心の為とも言えそうだが、それにしたって今のダークネイションは人間なのである。

人間として並々ならぬ忠誠心でご主人様を見た場合、それはいかにも問題が勃発する。

何しろ愛犬の犬の部分に人という字を代入すると…摩訶不思議、愛人になってしまうのだ…!!

「…はあ」

そのようなわけで、あんまりにも厚い忠誠心でもってルーファウスのべったりであるダークネイションに、ツォンはほとほと苛々を募らせていた。

きっと今頃ダークネイションは、ルーファウスの執務室でその厚い忠誠心を存分に発揮していることだろう。聞いた話によれば、まるで恋人か何かみたいに妖しい雰囲気を醸し出しているとのことだ。

…やっていられない。

「…犬に嫉妬か…」

ツォンは何時の間にか止まっていた手をそのままに、頬杖などを付きながらもそんなふうに零す。

今迄どんな人間がルーファウスの側にいようとさして嫉妬心など起きなかったというのに、今回は何故だか噴火しそうなほどの勢いである。それはきっとルーファウスの態度にも問題があるのだろうが、まさかルーファウス相手に「ダークネイションとあんまりべたべたしないで下さい!」だなんて言えない。

何しろルーファウスにとっては、犬であろうと人間であろうと、ダークネイションはダークネイションなのだから。

「…はあ」

ツォンが二度目にそう溜息を漏らした時、ふとデスクの上の電話が鳴った。

トゥルルル…

そう小気味良い音をさせて鳴り出した電話は、どうやらルーファウスからの電話であったらしい。

『もしもし、ツォンか』

「あっ…はい!そうです、私です!」

慌ててそんなふうに答えると、電話口の向こうのルーファウスはホッとしたような息をついて、その後少し小声になった。

『悪い…折り入って頼みがあるんだけど…』

「折り入って、ですか?」

そんな畏まって頼まれることなど、あんまり想像できない。

しかしルーファウスがそこまでして頼んでくることなのだから相当なことなのだろうというのは想像できる。無論、それほどのことを断るつもりはサラサラ無い。

そんなわけでツォンは内容も聞かないうちからその用件を承諾すると、そうしてから始めて用件は何かということを尋ねた。

そしてツォンは、心底からそれを尋ねたことについて後悔するハメになったのである。

何しろその用件というのは……

『仕事は何とかするから、夜までダークネイションと一緒にいてくれないか?』

「は……い?」

―――――――最悪だったのだから。

 

 

 

あの憎きダークネイションと夜まで時間を共にする…それはツォンにとって並々ならぬ試練であった。

取りあえずルーファウスからダークネイションを預かった(?)ツォンは、彼を引き連れて神羅を後にした。それはルーファウスがこんなことをツォンに頼んだ理由が理由だからである。

ルーファウスは言っていた。

“どうも気が散って仕事が進まないんだ”

なるほど、それは尤もだろう。

しかしそれを言った時のルーファウスがあんまり困ったふうな声を出していなかったことからすれば、それは別に邪険にしているというわけではないということだ。それはそれで飼い主なのだから当然なのだろうが、ツォンにとっては何だか少し嫌な感じである。

ダークネイションと一緒にいたくないわけじゃないけれど、仕事ができないから渋々…つまりそういうことなのだから。

そんなわけでやはり苛々感を募らせていたツォンだったが、これはルーファウスからの頼みだし、ダ−クネイションはルーファウスの愛犬だからと、なるべく苛々を表面に出さないように頑張っていた。

――――――が。

「なあ、お前さ。ルーファウスの恋人だろ?」

ツォンの頑張りは、ある店に入った瞬間にダークネイションの口から放たれたその一言でサクッと崩れ去った。

お前と呼ばれたことも衝撃だが、ルーファウスを呼び捨てにするとは何事か。

あんまりにも衝撃と憤りが一辺にやってきたものだから一瞬ツォンは石化したものだが、残念ながらそこに金の針は無い。だからツォンは自力でそれを回復させ、何とか肺呼吸までにこぎつけた。

そして。

 

 

 

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