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共犯者 --------------------------------
真四角の部屋の中の隅。 少しゆとりがある程度のベットが、規則的な音を立てていた。 軋むベットの音を聞きながら、組み敷いたその人の顔を見つめる。それはとても綺麗な顔で、ずっと胸の中に留めておきたいとさえ思ってしまう。 けれどそれは多分、無理な話なのだろう。無いものねだりをするのと同じことなのだ。何にしても、愚かな考えに違いない。 「…っあ…あ!」 喘ぐ声と共にピクリと反応した手を、しっかりと押さえ込む。そうしながら、悶える顔を見つめていた。 胸の中の人を絶頂へと導くように先ほどから自分が達するのを抑えながら律動を続けているが、不思議と疲れは感じない。馬鹿らしいとも思うが、こうして上からその人を見つめていられるだけでも満足だったから。 だから、自分がどうこうというよりまず先に、その人に淵まで感じさせてやりたいと思ったのだ。疲れて眠ってしまうまで、強く、激しく。 「んっ…ああっ」 まさかこんなふうになるとは思ってもみなかったのに――――――――いや、それともこれはもしかすると、心の中にある怨念の一部なのだろうか。 「ツォ…ン、っ」 薄く開かれた目の中に、自分が写っている。それはとても冷静な顔付きで、それを見た自分自身が軽く苦笑してしまうくらいだった。 この目に映るその人は、悶え乱れる。 その人の眼に映る自分は、冷静そのもの。
それぞれに写るものは、どこか違う。
こういうことは良くあることだと思う。例えば主従の関係ではよくあることなのだと。それでもそういうものに心は無い。ただ、空しさを埋めるだけの一瞬の夢であるように、そこには何の感慨もない。それを求めてしまったら、そこで全ては終わってしまうのだ。 だから、敢えて何も考えないようにしていた。 情事の最中だろうと、口付けを交わす瞬間だろうと、何も考えない。 その人の背後にあるものも全て記憶の中から排除して、何も無かったこととして済ます。それが利口なやり方なのだ。 そんなふうに始まったのは、僅か数ヶ月前の話。 泥酔したルーファウスがぽつりと言った言葉に、何となく落ち着かなくなった。それは普通に考えれば深入りしてはいけない言葉だったのに、何故か言葉を返してしまったのが運のツキだったのだろう。 「何もかも、いつかは壊れていく」 何を突然言い出すのかと思えば、そう思っていたが、それはどうやら深刻だった。社長という地位について何もかもを手にいれたはずのルーファウスがそんな言葉を吐くのには、勿論理由があったのだ。 『神羅さえもイツ壊れていくだろう」 「何故そんなことを仰るのです」 あまりもネガティブな言葉の羅列に、ついそう聞き返してしまうと、ルーファウスは夕暮れ時の社長室の中で、背中を向けながらこう言った。 「分かるんだ。いつかは此処には何もなくなる。そういうふうにできている。それは神羅カンパニーの運命だ」 ツォンは首を傾げながら、 「ではどうして、そういう政策を打ち出すのですか。そう思うなら今までのように表面上穏便な政策をしたほうが宜しいでしょう?」 そんなふうに聞く。 つい先日ルーファウスは、プレジデント神羅とは全く別の政策を打ち出したところで、それはある意味180度違った、恐怖政治というものだった。プレジデント神羅の支配は、表面上を繕った政治だったが、ルーファウスは違う。そういったフィルタを全て取り払って、恐怖で人を支配するというものだった。 確かにそれは効率が良い。 信用を失うという以前に、それに怯えなくて良いのだ。何しろ今や神羅は、そこらの人間が集まったところで倒れるような脆い組織ではないのだから。それを十分把握した上での政策、それは恐怖政治だった。 最初その計画を聞いたときは、誰しもが嫌な顔を向けた。それでは今まで作り上げたものが全て崩れてしまうじゃないかと、誰しもが心配した。 しかし、いざその政策が始まると、それはそれ程の危険を伴うものではなかったのだ。それは少し不思議な点でもある。例えば神羅の力なら全ての村や町を壊滅に陥れることもできる。しかしそういう問題ではないのだ。だから神羅の一部の人間は、このルーファウスの言う恐怖政治の意味や意図が良く掴めずに首を傾げる。そして口にするのだ。 “一体あの人は何がしたいんだ?” 確かにそれはツォンも薄々感じていたことでもある。実際にはそれを口に出すことは勿論なく、ただ指令に従っていただけだったが、どうにも拭えない感覚と言うものがある。それが、そういう疑問だった。 ルーファウスは夕日を受けて振り返ると、ゆっくりと下からツォンを見上げた。 「恐怖政治の意味が分からないか?」 そう言うルーファウスは何の感情も見せない表情をしていて、ツォンはどう答えて良いか正直戸惑ってしまう。理解の範疇であると回答すれば、それはそれで嘘になるだろう。しかし此処で正直に理解できない旨を告げても、それも正しいとは思えない。 ルーファウスが何か特定の回答を求めているのならそれに従おうとも思っていたが、それはその表情からは読み取れるものではない。 「貴方が何を思ってそう言ったのかは分かりません」 結果的にそんな言葉を選ぶと、ツォンはじっとルーファウスを見つめた。それを一瞥して、ルーファウスはふっと笑う。そうだろうな、という言葉と共に。 「所詮、誰にも分かりはしない。私が今此処にいる理由も、今の条件があるからこそ私がああいった政策を打ち出したという事も…な」 「…どういう意味ですか」 「分からないなら良い。…用はこれで終わりだ。帰れ」 ひどく中途半端な会話だが、それでもそう言われてしまった以上は社長室に留まるわけにはいかない。元来此処は社長と名のつく人間しか立ち入りが許されない場所である。 仕方なく踵を返したツォンは、最後に「失礼します」と告げてその部屋を去った。たったそれだけだったので、その後のルーファウスが何を思っていたかなど知るはずがない。それについてその後話す機会もなかった。というよりか、その話題には触れることがなかった。それに深入りするのは違うと、ツォンは感じていたからである。 しかし今になって、それは深く繋がっていたのだということにツォンは気付いていた。あの時何故、わざわざそういう話をしたのか、その詳細を言わなかったのか、それがつまりは今に繋がっているのだ。 不可解ともいえる、出来上がった関係に。
ベットの中で、呼吸を整える。 つい今しがたまで胸の中で喘いでいたルーファウスは、もうすっかり元の顔に戻って冷静そうな様子である。それを横目で見遣りながらツォンは、そっと息をついた。 どんなに快楽の淵に落としても、その後にあるのは冷静な表情でしかない。最中は何かしらの感情に溺れそうになるのに、終わってみればその感情も仕舞い込むしかない。まさか最後まで溺れることはないが、それでも時々戻れなくなりそうになるのは仕方無いことだ。 そんなふうに感情をしまいこむのは、大概その冷静な表情を見たときである。 ああ、この人は何も思いはしないのだ――――――――そう思うと。 「…寒いな」 そう言って毛布の中に蹲るルーファウスを、ツォンは何も言わずに見つめる。ルーファウスがそうしたことで、同じベットの中で少しだけ距離が縮まり、ツォンは静かにその熱を感じていた。 チラ、と視線が注がれ、それがすぐに反らされる。それから少ししてルーファウスは、あくまで感情を抑えた声でこう呟く。 「今のこの状況を…お前は大切だとも感じないのだろうか」 そう言われ、ツォンは「いいえ」と答えた。それは嘘ではない。感情の有無とは別に、大切であるか無いかと問われれば、大切でないとは言い切れない。どんなにそこに意味がなくとも、一瞬でも溺れそうになるのはきっと、そういう想いがどこか燻っているからだろうと思うから。 しかし、ルーファウスはそれを一笑すると、 「嘘だな」 そんな言葉を返した。 「やがてこの状況も壊れていく。今こうしていても、な」 「―――――何故。何故そんなことを言うのですか」 何故だか、その言葉には腹が立つ気がした。何を根拠にそういうのかツォンにはさっぱり分からない。誰しも人の心の内など分かりはしないではないか、とも思う。少しでも溺れそうになっている事実を、ルーファウスは知らないのだ。だからそんなことを言うのだ。勿論それはツォンの口から語られることはなかったので、実際にルーファウスに伝わるようなことはない。だが、普通なら何となく伝わるものであろう。 「ツォン、私はお前に知って欲しいんだ。恐怖政治の意味を」 「意味…」 意味が何であるかという事よりも、何故それに自分が選ばれたかという事の方が、ツォンにとっては不思議なことだった。 真四角の部屋の隅のベットの中―――――――その中での会話にしては、あまりにも色気も味気もない。けれどそれは数ヶ月ぶりに再開した話でもあり、やはり心にしこりを残す会話であった。 やがてツォンから視線を外したルーファウスは、天井をみつめながらこんな事を呟く。 「誰かにもこの気持ちが分かるものだろうか…」 その言葉は宙に舞い、やがて消えていく。その響きの中でツォンはそっとルーファウスの横顔を見つめていた。 その時はまだその意味や意義や全てを知ることはなかったが、それはやがて明確になっていく。勿論ルーファウスの口からそれがはっきりと語られたわけではなかったが、二人の関係の消失と共に、それはツォンなりの回答としてしっかりと根付いていった。
“何もかも、いつかは壊れていく”
そう言った意味が、何となく今なら分かる気がする。 それは大切だったものが崩れ去る予感。消え去る予感。 とてもとても小さなものが、大きく膨れ上がって、そしてそれが消失すること。 それが今、目の前にあるような気が――――――――する。
そう思うようになったのは、ルーファウスが振り向かなくなったから。
この胸の中からルーファウスが消えてしまったから。
だから、ひどく強くそれを感じた。
一言で表現すればそれは簡単な言葉だろう。
そう―――――――それは……
“失うのだろうか”という恐怖。 “保ちたい”と思う願い。 “全てが終わる”という空しさ。 織り交ざったそれらの感情が、あの日のルーファウスの言葉への答えを示していた。それはいつしかツォンの心の中で渦巻き、そして増殖していった。 思えばそれは、罠だったのだろう。ルーファウスが、自分の発した言葉通りに望んだ、罠。 ―――――――お前に知っていて欲しいんだ、その言葉通りの。
何て残酷なのだろうか……ただ、そう思う。 これは多分、犠牲。
ルーファウスとの関係が切れて、ツォンはたまにその人の姿をそっと覗くことがあった。確かに最初は何の感慨もない関係だったが、やはりあの瞬間に感じた感情に嘘をつくことはできず、それは尾を引いて今のツォンの中に眠っている。 それが、見つめる行為に反映されてしまう。 それは最早、どうしようもない行動だった。 仕事の合間にそっと見つめてしまう。護衛をといわれれば、その人だけに敏感になってしまう。 しかし元々はそうではなかった。ツォンは仕事に関して忠実であり、そういったふうに贔屓めいた差を出すことは一切無かったのだ。それが仕事として当然だとも思っていた。 それなのに、今ではそれが一転してしまっている。 気付けば、その人を見つめているのだ。 それはツォンにとっても心苦しいことだった。そういう行動をとることで心のペースは勿論のこと、仕事のペースも乱れてしまう。そして何より思うのは、そうして段々と関係を無かったことにしようとするルーファウスに対して、恐怖心や空しさを感じるのが辛いということだった。 少し前まで肉体関係までをも持った仲であるのに、その影がすっかり無くなるのは何だか妙な感じがする。何度も抱いたあの肢体を、この身体が覚えている。あの瞬間の顔を覚えている。それを見て、その人に溺れそうになった自分を覚えている。 だからだろうか――――――――悲しいというような感覚に陥るのだ。 意味がない関係だと表面上では理解していても、心や身体のどこかでそれを拒否している。もう一度、と望む心がどこかにあるのだ。つまりはそう…。 いつの間にか――――――欲していたのだろう。 ルーファウスという人が、自分のものであるかのような感覚に陥っていたのだ。しかしそれは勿論ありえないことである。それは抱き合った後にルーファウスがすぐに冷静さを取り戻したように、本当の感情があっての関係ではなかったからだ。 しかし、この痛みは何だ? 答えは一つではないだろうか? いつの間にか心は欲していた。本当の感情が、心の裏のどこか小さなところで芽を出していたのではないだろうか。そうとしか思えない。 そう思うと、冷静な顔を見つめながら心が痛んだ。もうルーファウスはそういう関係を望みはしないだろうし、それを自分から口に出すわけにはいかない。そもそも本気になってはいけなかったのだから、そんな事ができるはずもないのだ。 しかしそう胸が痛むようになってから、深刻に悩むことは「どうしてそういう関係にもってきたのか」ということだった。ルーファウスにとっては意味のないあの関係は、何故出来上がったのか…そういうことである。そもそも最初にそれを望んだのはルーファウスだった。 何故――――――? しかし思い出すのはルーファウスの言葉だけである。それは、恐怖政治の話をしたときのあの言葉。 お前に知って欲しいんだ、その言葉が関係の成立に於いての理由であるのは何となく気付いてはいたが、果たしてその後に残ったものに望んだ結果は得られたのだろうか。残るものは、悶々とした心だけだというのに。 しかしそう思ってから、ゆっくりと首を横に振る。 そうだ、そうじゃないのだ。 ルーファウスが望んだのは、あの関係じゃなく、あの関係が成立した後にこうして崩れることだった。つまり、今の状況なのだ。こうしてツォンが囚われていくことこそが、ルーファウスの言う言葉の意味だったのだろう。 それが分かってからは、心のどこかでは楽な気がした。一つの不透明な何かは透明になったからである。しかし、そうしてクリアになった後に残されたこの心が一体何を望むのか、そのことの方が今は重要だった。 今、望んでいるのは――――――――……
恐怖を、与えられるなら。
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