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本日快晴なり ----------------------------------------------
“本日快晴なり” ルーファウスの部屋にはそんな掛け軸が飾ってあるが、これは彼の趣味では無かった。というかむしろルーファウスはこの掛け軸が嫌いだった。 何でも某国から輸入した世にも貴重な掛け軸だとか言うのだが、はっきり言ってその字ときたら汚くて読めもしない。っていうか象形文字かお前は、と突っ込みたい。 それでもその字がそういう内容であることをルーファウスが知っているのは、父プレジデント神羅からそう聞かされていたからである。 そう―――――――これ、プレジデント神羅の趣味である。 だからハッキリ言ってルーファウスの部屋にあること自体が摩訶不思議なのだった。 ――――が。 悲しいことにその父親は、これを外そうとすると怒るわけで、ルーファウスは渋々それを壁にかけていた。 しかし―――――――…一体これに何の意味が…? はて、はっきりさっぱりこれっきりという位に疑問である。 が、たまに部屋の掃除などをしようとするとソレがいかにも邪魔であり、しかもルーファウスの部屋にはさっぱり似合わないものであるから違和感すらある。 洋風に部屋の中にポツンと―――――――掛け軸。 「どうしたもんか…」 ふう、そう溜息をついたとき丁度、ピンポーン、という音が響いた。 思わずルーファウスは、はっ、とする。 インターフォンの音だったからだ。 本日、父親は出張でどこぞに飛んでいる。帰宅は明後日だとかいうので、今日と明日はこの家に独りきりであるルーファウスは、これはチャンスといわんばかりに休みを工作し、ツォンと会う約束をしていた。 という訳だから、そのインターフォンはツォンの来訪を告げるものだったのである。 時刻午後15:00。 この時間から家で過ごすなどほぼ在り得ない話だったが今日は違う。今日は何でもアリ、なのだ。 本当は一泊二日くらいで何処かに飛んでしまう計画もあったが、それではあまりにも問題があった。社長、副社長共に不在というのはいかにもヤバイ。だから、せめてもの二人の時間という訳で――――この家。
ルーファウスはツォンを家に迎え入れると早速というように自分の部屋に招いた。 が、そこが更に問題であった。 何がといえば――――――そう、掛け軸である。 いかにも“浮いている”掛け軸をツォンの目に晒すわけで、だから一応そこではフォローを入れておく。 「親父の趣味なんだ、これ」 ルーファウスは掛け軸を指差してそう言う。ツォンも疑問に思っていたのかその言葉を聞いて相当納得しているようだった。なるほど、確かに、と。 「しかしこれは――――何と書いてあるのですか?」 その象形文字状態の文字を見てツォンはそう首を傾げる。 「――――――“本日快晴なり”、だって」 「ほ、ほう…」 渋いですね、などと言いながらツォンはコクコク頷いた。ルーファウスも「だろう?」などと言って頷く。 二人の視線は一気に掛け軸に集中。 “本日快晴なり” ――――――――外は確かに快晴で、今日の天気にはピッタリだった。
さて、二人きりの時間を楽しむといっても、さすがに大人な二人である。なになにをして遊ぶ、だとかそういう問題ではない。夜であればワインの一つでも開けようかとなるものの、さすがに昼からそれは躊躇われた。ということでまず二人の場合、この時間から会うにあたり、何をしようかという話から始めなければならない。外に行くのであれば選択肢はあるものの、此処にいる限りではそれも無い訳で範囲は非常に狭まった。 「これといっては何も無いんだけど…何か無いかな?」 「そうですね。外ならまだしも……あ、そういえば」 「ん?」 「この前ルーファウス様が言っていたものを…では、見せて頂くというのは?」 この前?、そうルーファウスは首を傾げたものだが、暫くして「ああ」と頷いた。 そう、そういえばそんな話をした。 というのも過去などを話していた時分、「では今度アルバムでも見せようか」などと言ったのだ。きっとツォンはそれを思い出したのだろう。 まあ大したものでもないし――――――そう思い、ルーファウスはそのアルバムの束を探しにその場を立ち上がった。 アルバムなどというものは普段使用しないから大概、奥底に仕舞われている。それを取り出すのは少々難ではあったが、取り合えずルーファウスはそれをこなすと、懐かしき神羅家のアルバムを持ってツォンの所へと戻っていった。 戻ってみると、ツォンはそのままの体勢でその場にいる。律儀だなあなどと思いながらルーファウスは、まずそのアルバムを置き、それからお茶などをというものを出す。 ―――――――――これで準備は整ったという具合。 「楽しみです」 現物を前にそんな事をツォンが言う。 ルーファウスも久しく見ていないシロモノであるから、確かにそうだな、などとその言葉にルーファウスも同意した。 アルバムはかなりしっかりしていて、生い立ち編ともなればタオル地カバーなどで変形A4版ときている。それをサッと広げると――――まず最初にこうある。 “ルーファウス誕生” 「ううむ…お決まり文句だな」 唸ってしまうル−ファウスを他所に、ツォンはさっと手を伸ばしてページを捲った。 捲ったその先には――――…一枚の写真。 まあ“ルーファウス誕生”の次ページの写真とくれば大体どういうものかも察しがつこう。つまり、アレである。 一家の家族像――――――ルーファウスを中心として。 (※赤ん坊ルーファウスであることはいわずもがな) 「くっ…私、目頭が熱くなって参りました」 眉間の辺りを押さえながらそんなことを言い出したツォンに、ルーファウスはサクッと突っ込みを入れる。 「――――――――オヤジめ」 「なっ!失敬な!」 私は貴方がこの世に生まれてきたことに感動と感謝をしているだけなのに、と、さもクサイ台詞を言おうとしたツォンだったが、ルーファウスの言葉が先にその空間を切った。 「だって今お前、我が娘の子供でも見たかのような感じだったぞ」 「うっ…」 ――――――――ちょっと否定できない…。 「まあ良いや」 「良いんなら突っ込まんで下さい」 そういったツォンの言葉は最早ルーファウスの耳には届いていなかったらしい。さっさと次のページを捲ると、あーだこーだと言っている。ツォンはいじけるしかなかったものの、とにかく次の写真などにはしっかりと目を写していた。 そうしていくつかパラパラと捲っていくと、どうやら今いるこの部屋で撮られたらしい写真が出てきた。部屋の作り的にルーファウスがそれを発見したのは言うまでも無いが、しかし、もう一つそれを裏付ける確実なものが写っていたのである。 ツォンが見ても分かるくらいハッキリとした…。 そう、それは。 「…“本日快晴なり”」 ――――――――――掛け軸であった。 ルーファウスが毛嫌いしているこの掛け軸は、どうやらとんと昔からあるらしい。そんなことはルーファウス自身も忘れていた。 どうか、どうやらこんな頃からあって、こんな頃から見つめていたらしい。 「もしかしてこの掛け軸は…貴方がお生まれになった記念に買われたのでは…」 「へ?」 「いや…結構社長はゲンを担がれたりするの、好きでしょう?何か意外と…」 そう言い淀んでツォンがルーファウスをチラッと見遣る。そして、ルーファウスと目が合って…クスッと小さく笑った。 「…なんだよっ」 ―――――――何だ、今の“クスッ”はっ!? そう思ってルーファウスが膨れると、ツォンは「いえいえ」などと言ってカラッと晴れた笑顔になる。 「嫌な感じっ!」 「そんな事は無いでしょう?」 ふっと、腕が取られる。 「うわっ」 バランスを崩してルーファウスの身体はツォンの胸の方へ倒れ込んだ。アルバムを前にピッタリと抱きしめられて、ルーファウスは返す言葉を失くしたまま「変な感じだな」なんて思う。 アルバムの中の自分は、母親や父親に抱きしめられて、何だか健やかそうにしている。今ではそれはもう信じられない光景だけれど、写真はいかんともしがたい証拠だ。 そして今―――――――。 自分はツォンに、抱きしめられている。 それはとても暖かくて、安心する。そのどちらの笑顔の背景にも、この掛け軸。 “本日快晴なり”。 ツォンの鼓動を聞きながら、ルーファウスは考えていた。 ああ―――――…何となく、幸せってこういう事なんだろうなあ、なんて事を。 頭上からツォンの声が降り注いで、気持ちよさで思わず目を閉じていたルーファウスは、ふっと目を開けた。 「多分、私が思うに…ですが」 「ん…?」 あの掛け軸のことです、そう言ってツォンは言葉を続ける。 「社長は貴方がいるからあの掛け軸を取りたくないんでしょうね」 「え?」 確かにあの父親、この掛け軸を取るのには猛反対していて、移動すら嫌がる始末である。まったくもって迷惑だったが、それに意味でもあるというのだろうか。 そうルーファウスが疑問に思っていると、ツォンはこんなことを言い始めた。 「私が同じ立場だったら…社長と同じ立場だったらということですよ。…きっとこの掛け軸を外したくないと思いますよ」 そんな訳の分からぬことをつらつらと口にするツォンに驚き、それから呆れたルーファウスは、 「一応“何故だ?”と聞いておこうか」 などと言う。しかし大体の所は察しが付いていた。どうせ親馬鹿みたいな内容なんだろう。 そしてツォンの言葉は確かにその予想通りで、ちょっぴりルーファウスを機嫌悪くさせた。がしかし、それだけではなかった。 「貴方が生まれた日に幸せを感じ、そしてそれは今も同じであるということ。―――貴方がいてくれる事が幸せそのものなのですよ」 此処までは親馬鹿の範囲である。 しかしまあ考えてみればそれは、親でなくとも在り難い言葉であるし、誰しも感じる事が可能なものだ。例えば友人であっても恋人であっても、ペットであってもそう感じることはあるだろう。 アルバムをチラッと見て、ツォンは微笑む。 「私はね、ルーファウス様。貴方が生まれてきた事に、感謝しています」 「……何て恥ずかしい奴」 あんまりにツォンが真面目にそんな事を言うものだから、ルーファウスは内心ユデダコ状態に照れていたのをグッと堪え、そんな憎まれ口を叩いた。 しかしさすがはツォン、そんな事はとっくにお見通しといった感じである。そして、ツォンは更にこんなふうに言う。 「私は神羅である貴方が好きなわけではない。あくまで貴方という個人を見ている―――だから。だから私は、貴方を生んだ親御さんに感謝をしようとは…残念ながら思えません」 「ああ」 確かにそれはそうだ。とはいえ、世間では良くそんな台詞を聞いたりするものだが。 「だから私は、この世に生まれてきた貴方自身に感謝しようと思うのです」 そして出会えたことに、こうして側にいることに、そう続けてツォンはルーファウスの頬に手を寄せた。 真っ直ぐにこちらを見据えてくるツォンを見遣り、それからチラリとアルバムを見遣ったルーファウスは。ツォンの方に顔を戻してからゆっくりと目を閉じる。 アルバムの中の自分は抱きしめられていて――――――――でもそれはどうやら、今も変化ないようである。 今はあの頃とは違う手に抱きしめられていて、そしてそれはもう子供と大人という次元を脱している。あの頃と違うことが一つあるとすればそれは一つだろう。決定的な一つ。 「俺も、そう思う―――――」 そう言ってルーファウスはツォンの背中に手を回した。ギュッと抱きしめられた手に力をもっと込める。それはツォンに届き、やがてツォンの手も緩やかにルーファウスの身を包んだ。 ―――――――決定的に違うのは……。
今は、抱きしめることだって出来るということ。 抱きしめられるだけでなく。
アルバムを見ていたはずの二人はいつの間にか、作り出した甘いムードの中に溶けていった。何をしようなどと話していたときが何だか馬鹿馬鹿しい。だってそうだろう。何をせずともこうして二人でいられるということが、何より二人を充たしていたのだから。 甘いムードの中で、掛け軸はやっぱり二人を見つめていた。 掛け軸には一言。 “本日快晴なり”
その後ルーファウスはその掛け軸があまり嫌いではなくなった。ツォンがあんなことを言ったせいか何だか愛着まで感じるようになり、更には 「実は親父って案外良い奴かも」 なんて考えるようになっていた。 時々手入れなんてしてしまう始末である。 ――――――――が。 が、しかし。 それはある日、呆気なく崩れたのだった。
ある日珍しく父親と会話する機会に恵まれたルーファウスは、共に機嫌が良かったこともあり、ついこんなことを聞いた。 あの掛け軸は俺が生まれた時からあるんだな、と。 確かにそうだとプレジデントは笑い、フォッフォッなどと笑う。そこまでは良かった。そこで終われば良かった。 だが。 「貰い物で捨てられんし、ワシの部屋に飾るのは嫌だったからお前に押し付けたんじゃ〜」 「…………」
バキッ
――――――――世の中、総てが総て綺麗とは限らない。 知らぬが仏。 上手い言葉もあるもんだとルーファウスは深く納得した次第。 だけど……。 ルーファウスがその掛け軸を外すことは無かった。
本日――――――――快晴なり。
END
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