【ゴンドラNO.08】
 ゴンドラNO.08にはイリーナが乗っていた。
 イリーナはゴンドラの窓からゴールドソーサーの景色を眺めており、独りきりのゴンドラの中で鼻歌なぞを歌っている。
「うふふ、誤解で本当に良かったあ〜!」
 にんまり笑うイリーナの脳内にあったのはある男の姿で、その男は黒いスーツを身にまとっていた。この男はイリーナがお熱を上げている同部署の主任だが、まさかこの主任が今同じようにゴンドラに乗車しているとは夢にも思っていない。
 しかしイリーナはあくまで幸せだった。
 だって何しろ誤解が晴れたのだ。
 何の誤解かといえば、主任ツォンに妻がいるとかいう誤解である。
「あ〜あ、主任も一緒にゴンドラに乗ってればなあ〜」
 乗ってるけど違う箱の中だよ、とは誰も教えてくれない。
 というわけだから、夢見る乙女イリーナはあくまでそれを夢見続ける。
 それは、甘い甘い乙女の夢だった。
 
 
【ゴンドラNO.15】
 ゴンドラNO.15にはレノとルードが乗っていた。
 彼らはあくまで仕事中の身だったが、プレジデント神羅から特例を受け、今このゴンドラに乗っている。本当はイリーナも一緒にという話だったのだが、イリーナが独りで乗りたいと主張したものだから仕方なく男二人で乗り込んだ次第である。
 このゴンドラには活気がなかった。
 というか、二人とも疲れ果てていた。
 肉体労働で疲れるならまだしも聞き知った事実に疲れるとはどういったことかと思わざるを得ない。考えていたことと事実にギャップがある場合、なまじ考えていたことが深刻だっただけにその気苦労たるや並ではないと知ったある意味では目出度い日である。
 レノはぐったりと背中をつけてため息を吐いた。
「まさかこんなことだったとはな、っと」
「確かに驚いたな…」
「結局今回の事件って社長が発端だろ?まあ過去の浮気云々はともかくとしても、だ。妙なこと発案するからこんなことになったんだぞ、っと」
「全くその通りだ…」
 全権一意、疑いの余地無し。
 というわけで今回の件は全面的にプレジデント神羅が悪いということに決定。
 目出度し目出度し!
 ――――――――――ってわけにいくかあああ!!
 この疲労度DXをどうしてくれる!?
 失いかけた信頼(多分)をどうしてくれる!?
 そう叫びたいレノ(とルード)だったが、いささか疲れていたものだから口に出すことは出来なかった。非常に残念である。
 …にしても。
「だけどさ、ちょっと意外だったな…っと」
「意外?」
 腕を頭の後ろで組みながらぼそっと呟いたレノは、首を傾げ聞き返してきたルードに「そう」と頷く。
 今回の任務はプレジデント神羅の護衛だった、そのためにコスタデルソルにやってきた。それはあくまでプレジデント神羅がコスタデルソルにやってくる"用事"があったから発生したものだが、その"用事"の内容の詳細についてはレノやルードも良くは知らなかった。
 ただ知らされていたのは、竹馬の友と会う、というそれだけで。
「竹馬の友=大切な人、ってわけだろ?普通大切な人っていったらもっと違うの想像するんだぞっと」
「…ああ、それか。確かに想像とは違ったな」
 任務最終日にしてやっと知った、プレジデント神羅の"大切な人"。
 それは"竹馬の友"と呼ぶその人だったわけである。
 大切な人だなんて紛らわしい言い方をするものだからこんな事態になったわけだし、その竹馬の友を驚かそうとなんてするからこんなことになったわけで…やっぱりこれはプレジデント神羅が悪いということになる。尤も、本人はちょっぴりお茶目のつもりでやったんだろうが、ちっともお茶目じゃない事態が勃発したという次第。
「それにしても要人っていうのはオカしな人が多いんだな、きっと。あの竹馬の友も何だかオカしな人だったし」
 レノがそう感想を述べると、ルードは黙って同意の頷きを返した。
 レノとルードが見た、プレジデントの"竹馬の友"というのは、どうも何かが変だったのである。
「アレ絶対二重人格だよな。普段はダメダメなのに仕事だとピシッとなるタイプっていうか…」
「…おいレノ、盗聴器があるかもしれないぞ」
「えっ!」
 そう言われて慌てて口を塞いだレノだったが、少ししてそれをそうっと外した。そうして、ニヤッと笑う。
「まあ今回は何があってもお咎めナシだぞっと。何てったって、社長上機嫌だし!」
 確かに、上機嫌の人間は怒りっこない。
 特に、大切な人間と談笑している間なぞには。
 
 
【ゴンドラNO.26】
 ゴンドラNO.26にはツォンとルーファウスが乗っていた。
 二人は横並びに座りながら、甘いひとときを過ごすべく手などを握り合っていたが、その会話といえばまだ甘いところにまでは到達していなかった。何故って、まずは謎解きがあるからである。それは、先ほどツォンが言いかけた言葉の続きだった。
「あの人は、つまり―――――――社長のご友人なんじゃないでしょうか」
「あいつが?親父の?」
 小首を傾げて聞き返したルーファウスに、ツォンは静かに頷く。
 一見プレジデント神羅なぞとは無縁そうに見えるが、それでもゴールドソーサーに顔パスで入れる辺りや、初日のベガス殺人事件…まあこれはあくまでスタントだったわけだが、その偽者事件の犯人にされた辺りを考えると、そういうふうにしか捉えられない。
 プレジデント神羅がロンドンをスタントに雇ったのも、そもそもは竹馬の友を驚かせたいという目的があったからである。そのスタントがあの場で起こったことを考えると、やはりそれが正しいように思う。
「じゃあ…親父の竹馬の友っていうのは、ベガスの事だったのか」
「多分そうだと思いますよ。大切な人というのはそれだったんですね」
「なるほどな」
 ルーファウスは感心すると共に呆れた笑いを浮かべると、
「だからってあんな派手に迎えなくたって良いのにな。そのおかげでこっちにとばっちりが来たんだからな」
 そんなふうに愚痴る。
 でも、今日こうして二人きりでゴールドソーサーのゴンドラに乗れたことは、それらの事があったからかもしれない。まあ仮に何もなかったとしても、ルーファウスならば絶対に強制的にゴンドラに乗り込んだだろうが。
「でも、竹馬の友というのも良いかもしれませんね」
「そうか?どこが?」
 不思議そうにそう言うルーファウスに、ツォンはさらりと答える。
「切っても切れなそうなところが、ですよ」
 それは腐れ縁の間違いだろう?と言うルーファウスの意見は実に正しい。切っても切れないのは腐れ縁と切れないチーズだけと相場は決まってる。
 がしかしツォンは、それをやんわりと否定した。否定というか、自分の言った言葉へのフォローというべきか。
 その言葉は、ルーファウスの手を握る指に力を込めながら放たれる。
「少し会えないだけで不安になったりするよりも、ずっと会えなくても繋がっていると思えるような…そういうところが羨ましいと思うんですよ。私には、できないですから」
 好きな人の傍にいる。
 それなのに不安だったりすることは少しばかり心苦しいことだ。
 もし竹馬の友のように、ずっとずっと離れていても絶対にお互いを信じあえるなら、それほど良いことはないだろう。勿論、今こうして繋いでいる手を信頼しているけれど、それでもどこか不安になりそうになるのはどうしてなんだろうか。
 動かないゴールドソーサーの景色の中このゴンドラだけが揺れているように、まるで自分だけが空回りしているような気分になったりする。
 とても歯痒い気持ち。
「ツォン」
「はい?」
 ふと呼ばれて、ツォンはルーファウスの方を振り向く。するとルーファウスは、いつも通りのあっけらかんとした表情をしてこんなことを言った。
「じゃあ、俺たちは竹馬の友にもなろう」
「…は?」
 何じゃそりゃ。
「だーかーらー!竹馬の友にもなるんだ。恋人でもあるけど、竹馬の友でもある。これで問題ないだろ?」
「いや、あの、っていうかそういう問題ともちょっと違…」
「そもそも俺たちは上司と部下でもあるんだぞ。そこにちょっと上乗せするくらいの話じゃないか。簡単だぞ」
 簡単も何もそもそも意味合いが違うんですけど、と言いたい。
 というか、竹馬の友と恋人はどこをどう頑張ってもイコールにはならんだろう。まあ大切な人には代わりないだろうけども。
 ちょっとばっかりシリアスになったのはやはり間違いだったかと肩をがっくしと落としたツォンだったが、次に出たルーファウスの言葉に思わず笑ってしまったものである。何しろルーファウスときたら突拍子もないことを言うのだ。
「竹馬の友と恋人は併用しちゃダメなんて法律で決まってないぞ。ということは可能だってことだろう?まあ俺だったら上司と恋人と竹馬の友くらい軽くこなしてみせるけどな。難だったら戦友とか親友とかも追加してやるぞ」
 謹んでご遠慮申し上げます。
 胃を追加注文するハメになりますので。
 ツォンは心の中でそう拒否すると、
「とりあえず私の好みとしては恋人で充分です」
 そう答えたのだった。
 
 
 
 
 トロピカルツアーはまるで走馬灯のように…って別に死んだわけじゃないが、とにかく物凄い猛スピードで過ぎていった。
 まあ大方ろくでもない事件が占めていたわけだが、それでもそれが二人の中のトロピカルツアーの思い出である。
 ルーファウスが用意していったカメラは結局大したものを写してはおらず、帰って画像を見てみるとその殆どがロンドンの姿だったとか…嗚呼、あはれ!
 しかしながら残ったものは当然ある。
 それはルーファウス特製の旅行のしおりだった。
 見返してみると弱気な言葉の連続だったりして思わず苦笑したツォンだったが、それはあくまでツォンの方だけであり、ルーファウスの方は意外と気丈な様子だった。というか本人そのままだった。というわけだから、ルーファウスが覗き見をしようとした際にツォンは思いっきりそれを隠した次第である。ちょっと悲しい…。
 まあそんなわけで、二人きり(かどうかは甚だ疑問だが)の旅行は無事幕を閉じたのだった。
 まあ問題はまだまだ残っているわけだが…。
「ツォン。思ったんだけどな、結局アルバムが埋まってないんだ」
「…その心は?」
「早速次に行くところを決めるぞ〜!!」
「ああ〜やっぱり!」
 -――――――どうやら、思い出作りはまだまだ続きそうである…。
 ちゃんちゃん!
 
 

 HoneyStyleTropical/END

 
 
 
 

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