Honey Style Tropical : Thursday

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 ルーファウスが誘拐された。
 その事実をよりにもよってプレジデント神羅から聞いてしまったツォン、レノ、ルードは、とにかくその事実に対して対策を練らねばならなかった。
 というか既にツォンの口からその事実は聞いていて既に対策本部設置中だったわけだから要はそれが本格的になっただけなのだが。
 因みにプレジデント神羅は竹馬の友との熱い再会がまだ終わらないらしく、お前たち取り敢えず探してくれ、という一言を残して電話を切ったものである。愕然とした口調だった割には対処が結構冷たい。さすがは社長。
「やはり警察機構にもう一度当たってみるか。あいつらは誘拐のことを知って いたからな、些細なことでも何か分かれば…」
 ちっとも当てにならないし、もう当てにするもんかとも思ったが、それでも一応ツォンはそう宣言する。
「まあ手当たり次第ってよりはマシだよな。じゃあツォンさんは副社長、で、俺とルードはイリーナ探しだ。イリーナの場合は犯人から直に電話かかってきてるし。しかも俺に」
 だからこっちは連絡待ちだな、とレノは言う。
 それに反応してルードが頷く。
「…って。私がお前たちにSOSを出したのは一体何だったんだろうな」
「悪いな、ツォンさん。だってこっちもヤバイし」
「ヤバイし…」
「まあヤバイ事は認めるが、結局私一人でルーファウス様を探すということじゃないか」
 確かに。
「イリーナが買い物などといって浮かれていなければこんなことには…!」
 ツォンは少々逆ギレをしつつも、ガタンと立ち上がる。
 それに続いてレノとルードも席を立つと、三人はようやく本格的な捜索に入ることになった。とはいえレノとルードの方は犯人の連絡待ちなので、それまではイリーナが買い物をしそうなところを取り敢えず回るということになる。
 何にせよヒントの無いツォンの方が大変なことには変わりない。…しかもオンリーワン。
「じゃ、何かあったら連絡してくれよな、ツォンさん」
「ああ、分かった」
 ツォンはそう頷くと颯爽とその場を去っていった。
 何かあったから連絡したのに結局何も無かったことになってるじゃないかこの野郎!と思ったことはさすがに口に出さなかったが。
 
 
 
 
 
 もう二度と来るものかと思った警察機構に再度やってきたツォンは、いつだかの怠惰な男を見ながら非常〜に嫌な顔をしていた。
 何故なら―――――――…
「…おい。殺人事件の捜査はどうしたんだ」
「はい?殺人事件?あ〜あれね!そうそう、もう困っちゃってね〜」
 困るのはコッチだと言いたい。
 あんまりにも腹立たしすぎてコッチが困る。
 が、そんなツォンの瞬間湯沸かし器的憤慨などよそに警察機構の男は、やれ忙しいとか、やれ大変だとか、机に足を乗っけて実に涼しい顔をしていた。どこがどのように忙しくて大変なのだか説明してもらいたい。
 ツォンは勝手に椅子を寄せると、それにドサリと座って男に対峙する。
 今は怒っている場合ではないのだ、ルーファウスを探さねばならないのだから。
「…とにかく!私はこんなところに再度やってきたのには訳がある!ルーファウス様の事だ」
「ルーファウス?って、あの誘拐されたアホ面の?」
「そうだ、あの誘拐されたアホ面の…って!違ああう!何を言うかこの不届き者めがっ」
 バン、と机を叩いてそう抗議したツォンに、男は面倒くさそうに顔を渋くさせる。面倒くさそうにというか、この男の場合は本当に面倒くさいと思っているのだが。
「とにかく聞け!良いか、この前私が此処に来た時お前はルーファウス様が"誘拐された"と言ったな。しかし何故それが誘拐だと分かった?普通だったら"失踪"というふうになるだろう」
 それなのに誘拐だと断定したのには何か訳があるに違いない。
 いかにこの男が面倒くさがりで宛てにならないとはいっても、何の根拠もなしにそんなことを言うはずはあるまい。
 そう踏んでそこを問うたツォンに、男は呆気なくこんな言葉を返す。
「そりゃあだって、証拠があるんだから仕方ないでしょ」
「証拠!?」
 初耳である。
「そうそう。だって確かにちゃあんと聞いたんですよ、この耳で。誘拐されるよ、ってねえ。そこまで言われちゃあこっちだってそれ信じるでしょ。ねえ?」
「ねえ、って…―――――おい、ちょっと待て」
「嫌ですよ〜」
「待てええ!!!」
 毛細血管をプチッと言わせながらツォンが再度机をバン、と叩くと、男はいっそう面倒くさそうな顔をした。まるで警察と被害者みたいである。というか立場が完全に逆転しているあたりが悲しい。
 まあそれはともかくとして、男の放ったその言葉は実に問題があった。
 何故って今この男は"誘拐されるよ"という言葉を使ったのである。誘拐されたぞ、ならまだしも"誘拐されるよ"とはどういうことか。それではまるで誘拐しますよと宣言しているみたいじゃないか。
「その"誘拐されるよ"というのは、誰かから言われたことなのか?」
「そうそう、言われたんですよ。あの金髪のアホ面が誘拐されるよ、ってね」
「おいおい!それが犯人なんじゃないのか!?」
 そんなことを知っているのは犯人くらいしかないではないか。
 だとしたらこの男は犯人に直接「これから誘拐します〜」と宣言されて、はいそうですかとそれをみすみす見過ごしたことになる。
 そんなバカな話があろうか!?いや、この男ならありうる!十分!
「貴様あああ…」
 ツォンは沸々と湧き上がる怒りに肩を震わせながら声を絞り出した。
 この男がもっとマトモに仕事さえしていればこんなことにはならなかっただろうに、市民を守る警察機構がまるで逆のことをしているとは何たることか。許すまじ、である。これがタークスだったら即刻クビだろう。勿論生首だ。落ち武者だ。
「おい!そいつはどういう奴だったんだ!吐け!」
「ひいいっ」
 胸倉をグイッと掴まれ、男はビックリして仰け反る。しかしツォンも引かなかった。何しろルーファウスの命がかかっているのだし、その発端がこの男にあるとなっては力加減すらできやしない。
 尤も、ツォンの怒りはそれだけではなかった。
 もう一つ心の隅に存在していた怒りは、目前の男へのものではなく自分へのものである。
 もしあの時自分がもっと用心していたらこんなことにはならなかったのだ。ルーファウスを置いて警察機構に出向いたあの時、何故こういう事態を想定しなかったのだろうか。勿論こんなトロピカルな土地にお忍びプライベートで来ているとなれば気も緩むし、そもそも誰も狙ったりはしないだろうという気はする。がしかし、ルーファウスはやはり神羅の副社長なのだ。
 そう考えると、気を緩めた自分の、特別何かが起こるだなんて思いもしなかった自分の、過失だとも言えるのである。
「…っ」
 ふっと、ツォンの視界にキラリとした光が入った。
 それは目前の男の胸倉をグッと掴んでいる手の、薬指に付けられたリングの光である。
 それはキラリと輝いてツォンの心に何かを落とした。
 元はといえば誰とも知らぬ人物のものだったリングだけれど、今では、ツォンとルーファウスを繋いでいる大切なリング。
「くそ…っ」
 ツォンはすっと手から力を解けていくと、最後には男の胸倉から手を離した。
 ――――――――――こんなふうに怒っても仕方ないのに。
 もう起こってしまったことに、憤りを感じてどうこう言うのは正しい対処ではない。問題は、起こってしまったことをどう収拾するかという事である。
「…もう一度言う。それを言ったのはどんな奴だった?」
 ツォンは冷静さを取り戻すと、比較的落ち着いた声でもう一度同じことを問うた。
 すると、今度は警察機構の男も少しばかり真面目になって、その答えを発する。
 がしかし、その答えとはツォンにとってあまりにも意外な答えだった。
「ツアーガイドの人ですよ」
「…なっ!?」
 それはもしやあのジョニーの事だろうか。
 いや、それしかないだろう。ツアーガイドといったら、添乗員のジョニーしかありえない。
 しかしそれは、ツォンにとって俄かには信じられない事実だった。
 いくらジョニーが少しばかりおかしいとはいっても、まさかルーファウスを誘拐するとは思えない。
「ほ…んとうにあのジョニーさんなのか?まさか…」
「ほら、あの日殺人事件があったでしょ。で、貴方と金髪の人が報告に来たでしょ。その後こっちは現場検証しなくちゃとか色々あたふたしてたんですよ。そしたらそこでね、あのツアーガイドがそう言ったんですって。金髪の人は誘拐されるよって。そんな話をしてたら仏さんを拝む時間もなくなっちゃって」
「そんな…」
 驚きを隠せないツォンの前で警察機構の男は、本当ですって、と身振り手振りを加えながら説明する。その感じからしてその話は嘘というわけではないようだ。
 とするとやはり犯人はあのジョニーなのだろうか。
 しかしジョニーは、ルーファウス誘拐に関してあんなに驚いていたではないか。勿論、犯人であれば驚くくらいはワケのない演技だろうが。
「何故だ…?ジョニーさんには動機が無い。仮にルーファウス様の立場が割れていたとしても、計画的犯行でなければこんなふうには…」
 もしかするとツアー参加者の中にルーファウスがいるということを知った時点で計画されていたことなのだろうか。
 いや、しかしまだジョニーを犯人と決め付けるには早い。
 ジョニーはあんな調子だしあんなカタコト言葉を喋っているのだから、もしかしたらそれはちょっとした言葉の間違いだったのかもしれない。もしかすると悪いジョークだったのかもしれない。
 ツォンがそんなふうに考え込んでいると、その隣で警察機構の男が珍しく困ったような声を出した。それは面倒くさいというふうなものではなく、本心から困ったというような声である。
「まあ私だって本当は分かってるんですよ、無視できない事件だって事くらい。でもですね、コッチもコッチで大変なんです。何しろあの殺人事件の被害者…そう、死体ですよ。あの人もどっかに消えちゃったんですから」
 死体はどこに行っちゃったんですかね、そう呟きながらため息を吐いた男に、ツォンは首を傾げる。そういえばそんな話も聞いたと思う。しかもそれは、ジョニーから聞いた話だったはずだ。
「消えた死体…か」
「そうですよ。あの人が"此処ですよ"って叫んでくれたら楽なんですけどね」
「死体に口なし、だからな」
 その事件はその事件で問題だが、取り敢えずはジョニーの居所を突き止めなくては、とツォンは思う。本当にジョニーかどうかは分からないが、ともかく可能性がある限りは追わねば。
「そういえばゴールドソーサーだとか言っていたな…」
 確かスケジュール的に今日からゴールドソーサーだったはずだ。しかも施設内の旅館で一泊する事になっている。
 という事はゴールドソーサーまで行かねばならないという事だろう。
 ツォンは取り敢えず警察機構の男に礼を言うと、颯爽とその場を後にした。
 
 
 
 

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