Honey Style Tropical : Wednesday -------------------------------------------------------- その日、ツォンにとっては休日ではなかった。 早朝スズメがちゅんちゅんと鳴いた瞬間にカッと目を覚まし、ルームサービスでトーストとフレンチサラダとトロピカルフルーツと珈琲を頂き、スーツを着込んで颯爽とホテルを後にする。内胸ポケットには危険なブツと手帳を仕込んで…。 はっきりいって普通の仕事の日と変わりがない。 がしかし、ツォンはいつになく萌え…燃えていた。ルーファウス捜索となればこれは燃えるのが当然である。 ツォンの聞き込みは以下の通り。 1.ホテルの従業員に、該当時刻に出入りした人間のことを聞く 2.道端の人に写真を示して「この人を知りませんか」と聞く 3.ジョニーに聞いてみる(おまけ) 4.ベガスに聞いてみる(おまけ) ―――――――とまあこんな具合に聞き込みをしたのは良いものの、その効果はあんまり得られなかった。何故「あんまり」かというと、肝心の情報は一切手に入らず余計な情報が得られたからである。 ホテルの従業員はマトモな人間だったのでツォンの質問にも普通の対応で返してきた。それから道端の人は「知らねえな、知らねえよ」とか「忙しいんだよこっちは!」とか言いたい放題言ってきたので情報が得られないプラス疲労が溜まったという次第。 ジョニーやベガスにも一応は聞いてみたものの、やはり情報は得られなかった。それどころか逆にパニックにさせてしまったのはやはり問題だったろう。 「ナニ!?ルーファウスガ行方不明!大変大変!ドウシマショウ!!」 「わ、わわわわわたしは犯人じゃないですよ〜!!!」 別に疑ってないですから、とツォンが言うと、ベガスは一安心したようだった。がしかし、隣にいるジョニーが黙ってはいない。何せ先の殺人事件ではジョニーがベガスを犯人だと決め付けたのだ。 「ソンナコトイッテ、ルーファウスヲドコニカクシタァァ!」 「なっ!知りませんよおおお!!」 「だからっ!話を混乱させるなあああ!!」 二人の頭部をスパコーンと叩きながら事態を収拾させたツォンは、ひとまず深呼吸して事情を1から説明し始めた。ルーファウス誘拐にこの二人が関係あるかといえばそうでもない気がするが、完璧に無関係とも言い切れない。 「警察機構は既にこの事を知っていますが全く役に立ちません。ですから私は自力でルーファウス様を見つけます。そういう訳ですから、例の殺人事件に関してはノータッチになります。ああ、例の殺人事件に関しては警察機構が動いてくれるみたいですよ」 「ほ、本当ですか、ツォンさんっ」 「ええ、まあ…」 あんまり信用できないけどなあと思いつつもそれは伏せておく。これは名誉の為ではない、絶対に巻き込まれたくないからである。 そんなものに巻き込まれていたらルーファウス捜索に手間取ってしまう。それはいかん。 と、そうツォンが思っていたその時。 「ソノ事ダケド、マタオカシナ事ガ起コッタンダヨ〜」 「は…?」 「え…?」 ジョニーの言葉に固まる二人。 そしてジョニーの口から出た言葉は…。 「"ロンドン"サンノ死体ガドコカニ消エチャッタンダヨ〜ウ!怖イネ!」 「なにっ!?」 「ええっ!私じゃないですよおお」 すかさず身の潔白を口にするベガスの横でツォンは真っ青になった。昨日ちょっとばかり遅れて送られたはずのロンドンの死体が消失したというのはただ事ではない。いくらあの警察機構がヤル気がないといったってまさか死体をどっかに捨てるなんてことはしないだろうし、こんな事は神隠しでない限りありえないはずだ。 となると―――――――――…これは陰謀? もしそうだったらルーファウスの誘拐も並々ならぬ陰謀の一環かもしれない。これは大変な事態である。 何せルーファウスはああ見えて神羅の副社長なのだ。 このツアーの人間はまるで気付いていないが、人が人であればすぐにその人の身分に気付くだろうし、それは悪用しようと思えばとことん利用できるほどのものである。 「悪いが、私は席を外す」 ツォンは急に真面目な顔つきになると、すっと二人に背を向けた。早く捜索を続けねばという気持ちが心に湧き上がり、最早此処に立ち止まっているのは無駄だと判断したからである。 そんな真面目な雰囲気のツォンの背中に、暢気なジョニーの声が響く。 「ソウイエバ今日カラ、ゴールドソーサーダヨ〜」 「ああ…」 そう、そういえばこの旅行はコスタ・デル・ソルとゴールドソーサーの旅だったのだ。旅行日程でいけば三日目の今日からゴールドソーサーに向かうことになっており、施設内ゴーストスクエアにあるホテルで1泊することになっている。三日目と四日目はまるまるゴールドソーサーを楽しめるという日程なのだ。 ツォンはジョニーを振り返ると、少し困ったように笑ってこう言った。 「あの人が一緒でなければ…何の意味もありませんから」 自作自演の失踪劇――――――いやいや違う、これは立派な誘拐である。 何故って立派に誘拐犯がいるのだからこれはやっぱり誘拐なのだ。 但しこの誘拐が普通の誘拐と違っていたのは、誘拐された側がテキパキと指示していたというところである。どこの世界にそんな馬鹿がいるんだと疑いたくもなるだろうが、残念なことにそういう輩が此処にいた。正に今目の前に。 「良いぞイリーナ。その調子でドアの前にダンボールを積み重ねるんだ。縦に3つ、横に3つだ。え、中身?そんなの別に何でも良いぞ、単なる時間稼ぎに使うだけだからな」 「も〜副社長、人使い荒いですよ〜」 イリーナは文句を言いながらもルーファウスの指示に従い、誘拐"現場"の作成をしていた。これはルーファウスの発案で人里離れた(?)ほったて小屋を舞台にすることに決まり、丁度良い具合にあったダンボールでもってドアを塞ぐところから始まっている。予定では今後、小屋にトラップをしかけ、ルーファウスを縄でグルグルにすることになっていた。 ルーファウスの計画では昨日の時点でここまで出来ているはずだったのだが、ついついイリーナと世間話をしていたら時間が過ぎてしまったのである。にしても魔が差して普通にレストランに入って食事までしてしまったのはさすがに不覚だった。思わずカード払いにしたルーファウスだが、いつの間にかイリーナに食事を奢っていたという事実にはさっぱり気付いていない。さすがは天下の副社長である。ゴールドを通り越してブラックだ。 「にしても副社長、昨日の話の続きがすっごく気になります」 「昨日の話?」 「も〜とぼけちゃって!教えて下さいよ〜彼女との馴れ初めっ」 彼女なんかいたかな?と思わず首を傾げたルーファウスだったが、数秒してそれがツォンの事だと気付く。そういえば昨日うっかりレストランでキャビアとズワイガニのパスタを食していたとき、これまたうっかりツォンとの馴れ初めなどを話してしまったのである。 その間中イリーナが「きゃあ」とか「素敵っ」とかモジモジしていたのは言うまでもなく。 「で、で!どうなんですかっ、最初にデートに誘ったのは副社長の方なんでしたよねっ」 「まあな」 「確か夜景の見える公園で肩を並べて語り合ったとか…ああ〜もう素敵っ!」 ツォンとルーファウスが始めて二人きりで出かけたのは、ルーファウスの愛犬ダークネイションが行方不明になったときのことだった。お前なんかどうせ暇なんだから今から一緒に探せというルーファウスのむごい一言で深夜に借り出されたツォンは、全く探そうとしていないルーファウスを横にせっせと捜索したものである。しかしなかなかダークネイションは見つからず、その内ルーファウスがもう飽きただとか言い出したものだから結果的に二人は肩を突き出して怒鳴りあうことになった。 …これが"夜景の見える公園で肩を並べて語り合った"エピソードである。 「でもお相手の方もラッキーですよね!だって副社長と知り合えるなんて滅多なことじゃありえないですよ」 「そうか?まあ偶然といえば偶然というか…」 確かにツォンが神羅に入社したのは偶然としか言いようがない。 「偶然!そうそう、それですよ!その偶然の出会いこそ運命の赤い糸ですって!」 「赤い糸かあ。それも良いな」 「でしょ〜!私もそう思ってるんですよ!絶対赤い糸ってありますよ!」 「目に見えないけどな」 ルーファウスがそう言うと、そこがまた良いんだとか何だとかイリーナははしゃぎだした。ルーファウスとしては目に見えるように小指あたりにグルグル巻きにしておいてくれたら良いのになあと思うのだが、どうやらイリーナは違うらしい。 しかしイリーナの言う運命の赤い糸というのは、何だかちょっと良いなとルーファウスは思う。だって、目に見えなくとも繋がっているならば、どんなに離れていても最後には絶対にお互いのところにたどり着くから。 そう思うと、この自作自演の失踪劇…ではなく立派な誘拐にも思わず力が入るというものだ。ちゃんと運命の赤い糸で繋がっていたら絶対にツォンは此処に来ることになるのだから。 ルンルン気分で鼻歌などを歌いながらもダンボールを重ねているイリーナの背後で、ルーファウスはそっと自分の左手を見つめた。その薬指には、ツォンがくれたリングが光っている。 そのリングは超有名店の限定ペアリングなのだが、これについてはちょっとしたエピソードがあった。 某日ツォンとデパートに赴いた際ルーファウスは、丁度やっていたこの超有名店の限定ペアリング販売の列に並ぶことになったのである。何故かといえば、その列に並ぼうとしていたイリーナとばったり出くわしたからだ。まあそのおかげで色々と問題が起こったのだが、その問題の大方をルーファウスは理解していない。知らぬが仏とは正にこの事だろう。 まあともかくそんな事実があり、その後偶然にもツォンからこの限定ペアリングを貰うことになったルーファウスは、そのリングを大層大切にしていたものである。 ただし、これはイリーナには絶対に秘密。 それはイリーナがリングをゲットできなかったという理由からだけじゃなく、かつてイリーナがツォンを好きだったという理由をも含めてである。かつて、というか、それも最近といえば最近の話なので今ももしかしたらイリーナの頭の中にはツォンがうようよしているのかもしれない。 「そういえば副社長」 「うわっ」 突如話しかけられて声を上げたルーファウスは、とりあえず左手を背後に隠して「何だ?」と言葉を続ける。どっからどう見ても不審だというのにイリーナは全く気付いていない。さすがである。 「副社長って確か出張中でしたよね?出張ってもしかしてコスタ・デル・ソルへの出張だったんですか?」 「あ〜…まあ、そうかな?」 自分の事なのに何故か疑問符のルーファウス。 そういえば休みを取る口実は確かに出張だった。本人もすっかり忘れていたが。 「良いですね〜コスタ・デル・ソルへの出張!まあ私も今回は仕事でコスタ・デル・ソルに来たんですけどちょっと退屈だったんですよね」 「…あ。そういえば何でお前、コスタ・デル・ソルにいるんだ?」 今更だが、ルーファウスはやっとそれをイリーナに尋ねた。昨日遭遇した瞬間には何故かと思ったものだが、すぐに誘拐のお誘いをしてしまったものだからすっかりそれを聞くのを忘れていたのである。 まあイリーナの格好がタークス配給スーツであるところを見れば仕事であることは一発で理解できるところだが、こんなトロピカルな土地での任務とはこれ如何に? そう首を傾げるルーファウスに、イリーナは笑って問題発言をした。 「実は社長の護衛任務で来てるんです」 「社長!!!!???」 それはもしやプレジデントとかいうフザケタ名前をした奴のことではあるまいか。 「でも社長ったら途中で"ワシは竹馬の友と約束があるから"とか言ってどこかに行っちゃったんですよね。で、私とレノ先輩とルード先輩はその間待機になって…ああ〜もう護衛になってないんですよ〜!」 「まずい…まずいぞ…」 「だからついショッピングに明け暮れてたら待ち合わせ場所が分からなくなって…」 「バレたらまたみっちり仕事が…」 「でも副社長と偶然会えてよかったですよ!仕事は仕事じゃなくなっちゃうし、こっちの方が全然…」 「ああ〜どうしてこう面倒な事に…!」 二人の会話は全然噛み合っていなかった。 とはいえお互い言いたいことを口にしているのでさしたる問題は無い。聞いていなくとも問題ない、という意味で問題ないわけである。 がしかし、イリーナの口にした事実はルーファウスにとって大問題だった。このトロピカルな地にあのプレジデントとかいうフザケタ奴がいるということは、うっかりしたら出会ってしまう可能性もあるということである。その時点で、何でこんなところにいるんだと喧々囂々になることウケアイだろう。その上その出会い方が誘拐劇だったりしたらどうだろうか。何でこんなところにいるんだ、に加えて、うっかり誘拐されてお前は何をやっとるんだ、が加わってしまう。イコール、後日ドッサリ仕事(残業込)である。 「おい、イリーナ。オヤ…社長はどうしてまたコスタ・デル・ソルなんかに来たんだ?私が出張中だというのにまさか自分も出張じゃないだろう?」 こっそりその辺りを聞くと、イリーナの口からはフザケタ回答があった。 「出張とは言ってませんでしたよ。プライベートだとか言って…竹馬の友に会いにきたんじゃないですかね?」 「タークス引きつれて竹馬の友と涙の再会!?」 そんなフザケタ話があろうか!? かつてダークネイションが失踪したときに強制的にツォンを駆り出した自分のことは棚の上に放ってルーファウスはそう憤慨する。何が憤慨って、どうしてわざわざこの時期なんだ!という部分だ。そういうのは時期をズラしてやれ!と言いたい。 「仕方ないな…。よし、イリーナ!作戦を練り直すぞ!」 「え??どうしてですか?」 「どうしてもこうしても無い。とにかく練り直しだ!」 折角イリーナが積み上げたダンボールも空しく、ルーファウスは作戦を1から練り直すと言い出した。当初この誘拐には"ツォンに見つけ出してもらう"という理由だけが存在していたが(+殺人事件解決を阻止された腹いせ)こうなってしまっては状況が変わってしまう。目指すは"ツォンに見つけ出してもらう+プレジデントには見つからないようにする"である。 うっかり「ルーファウス」の名前がプレジデントの耳に入ってはマズイ。 うっかりツォンがタークスと遭遇して今回の誘拐についてなんかを話してしまったらこれもまたマズイ。 「よし…作戦変更だ!」 ルーファウスは腕を組んでそう意気込みを口にすると、早速のように頭をフル回転させる。 と、その時。 「――――――その必要は無いですよ…」 ふっと、どこからかそんな声が聞こえた。 「きゃあああ!」 「誰だ…!?」 その声に反応してルーファウスはザッと周囲を見渡したものだが、そうした時にはもう既に遅かったらしい。 悲鳴を上げたイリーナと同時に、ルーファウスは意識を失った。 |