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Honey Style :
Saturday -----------------------------------------------
神羅の土曜日――――――。 悲しいかな、そこはしっかり出勤。
完全すっきりとまではいかなかったものの、その日、何だか久々に穏やかな気分でツォンは神羅に出社した。 昨晩はルーファウスと、長々真相を話し合ったりしたツォンである。結局悩みに悩んだ例の取引先の男の件は、知るかそんなもの、という一言に落ち着いた。そこについては事実がいまいちハッキリしないため、いまいち嫌な気分が残っているのは言うまでも無く。 しかしルーファウスはその事に関してかなり落ち込んでいたので、それは少しばかりツォンを喜ばせた。…正にささやかな幸せ。 そんな訳でツォンはどちらかというと機嫌が良かったのである。
タークスな部屋に入り「おはよう」などと声をかけたツォンは、いつものように席につき、それから隣のレノをチラリ、と見遣った。 レノは何だか落ち着かないといったふうな態度だったが、そのツォンの視線によって更に落ち着かない様子になった。 「…どうした?」 そう声をかけたツォンに、レノは落胆した顔で一言。 「…い、いや」 レノの頭の中には、昨日発覚してしまった大勘違いがグルグルしていた。すっかりその気で、ルーファウスにもツォンにも何だかんだ言ってしまったレノとしては、さてこれをどうしたものか、と気が気ではなかった。 そう…イリーナの言葉を聞いて以来、レノの中ではこんな想像が回っていたのである。
『ツォン…お前が浮気なんて…私はもう生きていけない!』 『嗚呼、ルーファウス様!違うのです、それは間違いなのです!』 『今更そんな言い訳など聞くものか!もう良い…私は死ぬんだーっ!!』 『る、ルーファウス様ああああーっ!!!』
――――――――背景は勿論、夕日である。 「まさか死に追い詰めてしまうとは……」 レノはそう呟いて溜息を吐いた。誰が死んだんだ、誰が、と突っ込む者もいない。 しかし幸運にも隣のツォンがこんな言葉を吐いた。 「お前、ルーファウス様に妙なことを吹き込んだらしいな」 いつの間にか手にしていたコーヒーをズズズ…と啜っていたツォンに、レノは、はっとしてこう聞いた。 「え!副社長は生きてるかな、っと」 「…は?当然だろう、何言ってるんだ。…とにかく。……大変だったんだぞ、誤解を解くのは」 「はあ…良かった」 ルーファウスが無事息をしているだけでホッとしたレノは、ツォンのその後の言葉など聞いていなかった。しかしツォンはといえば、やはり少し仲直りできたことが嬉しかったようで、微妙に照れながら言葉を続けている。 「しかし、あれだな。こういうのは一般的な恋愛に付き物な喧嘩とでもいうか…しかしまさか私達がそんな事でこんな事になろうとは思わなかったが、やはり良い経験だった気もしないでもないな。というかまさかあれほどにルーファウス様が私の事を…ふ、何を言ってるんだ、私は。朝っぱらからのろけじみた言葉を吐いてしまうとは…いや、しかし…」 「ふわ〜あ」 ……安心しきったレノは、隣で大欠伸をしていた。
その頃、副社長室でも大欠伸をする人がいた。 「ふわぁ…」 先ほどからそんな調子であるルーファウスに、その場にいた秘書は大きな溜息をついた。秘書としてはスケジュールを伝えに来たわけなのだが、悲しいかな、この上司、それを聞いていないのである。 一通り伝えて、最後に「以上です。宜しいでしょうか」なんて言うと、「全然無理」とか訳の分からない言葉が返ってくる。 結果、この秘書はずっとこの副社長室で同じ言葉をかれこれ20回以上繰り返していた。というかもう既に朗読じゃないかと思った次第である。 「あの〜副社長。こう言ってはなんですけど、もう30回は同じ事をですね…」 「悪いが寝不足なんだ」 「え。あ、でもですね、それとこれとは、あまり…というか全然関係無いかと…」 「それにしても低血圧って困るよなあ…」 会話は噛み合ってなかった。 秘書としては早いところこの副社長室を出て、仕事をし、彼の最愛の恋人の作った手作り弁当にありつきたかったが、やはりこの副社長はそうはさせてくれなかった。 しかも突然こんな話を仕出す。 「ところで、お前。例えばだな、同じ場所に向かうっていうのに起こしてくれないっていうのは、これ、どういうことなんだと思う?」 「えっ!」 秘書は憂鬱だったのが一変に吹き飛ぶほど驚いた。それは当然である。どうもここ最近、恋愛でお悩みの様子だったルーファウスを彼は知っていたが、その相手までは知らなかった。そして、彼は知っていたのだ。昨日、珍しくルーファウスが遅刻などをした事実を。 彼は思った。 ――――――しゃ、社内恋愛!? しかしながら彼は一般的な男だったので、その相手を想像するにも限界があった。彼の頭の中に巡ったのは、いつも「きゃははは」とか笑っている人だったりしたが、それは大きな、非常に大きな間違いだった。 「やはりそういう時は、あれか。少し嫌味なのか?それとも…」 「も、もう少し寝かせてあげようという気持ちでもあったんではないでしょうか」 真っ当な言葉を返しつつも、秘書の彼の頭の中では、きゃははは、という声が旋回していた。他人ごとながら心臓バクバクである。 副社長の秘密の花園に入ってしまうとは―――――! しかしルーファウスはそんな彼の心など知らずに、そうか、などと返した後になかなか爽やかに笑った。 それから、こともあろうにルーファウスはこんな事まで言った。 「それからお前にアドバイスしてもらったアレだけどな。あれ…まだ言えてないけど、実はちゃんと言いたいとは思ってるんだ」 ――――――“きゃははは”に…!? あれだけ親身になってアドバイスした彼ではあったが、きゃはははが出てきた瞬間に、いや、それは止めた方が…と思ってしまう。しかしそれは敢えて言わずに、彼はこう言った。 「人間、根気ですよね、副社長!!」 「は?…ああ、そう…かな?」 「頑張って下さいっ!!!」 「あ、ああ」 何だか良く分からないながら、秘書はルーファウスの手をガッツリ握ると、目をうるうるさせた後に疾風の如く副社長室を去っていったのだった。 その後、ルーファウスは一人首を傾げたが、彼もまた少しばかり機嫌が良かったので細かいことは気にしなかった。何せルーファウスの心は平和だったのだから。 と、その時。 ふと電話が鳴り、ルーファウスはやや穏やかな声でそれに出る。しかしその電話の相手はどうやら例の男のようだった。 『ああ、もしもし。お世話になっております。私…』 「ああ、お前か。丁度いい所に。ちょっと聞きたいことがあるんだ」 電話の向こうの彼としては、何としても商談を成功させたかったわけで、こうして何度叩かれても起き上がる雑草の如く、はたまた起き上がりコブシの如く電話をしているわけだったが、やはりこれも問題があった。 「この前の夜の事だが…」 『あ…はあ、あれは。はい、何と言うかその…』 「ここだけの話、実際にその、私とお前は…」 『な、何を仰るんです。私は何もしてないですよっ』 「何?何もしてない?それ、本当だろうな?」 『本当ですよ!何だかすっかり誤解され…』 ガチャ 「あ〜良かった!」 すっかりルーファウスはご満悦だったので、そう分かった瞬間に切った電話の向こうで、その男が号泣してるなどとは知る由も無かった。というか、そんなものは知ったことじゃなかった。 …そんな訳で男の商談はやはり日の目を見ることは無いのである。哀れ…。
そんな平和な神羅の土曜であったが、やはり悲劇は起こるわけである。 それは例えば、ああ一週間もすっかり終わったかなあなどと伸びをしたくなる午後にやってくるのだ。 そう、それはこんな所に。 「ツォンさあああああああんっ!!!!!」 ドドドドド、と廊下を走り、バシュ、とドアを開けた後、そんな叫び声を上げたのはレノだった。 「ああ〜何だ!うるさい声を上げるな!」 心穏やかな中で、今日の帰宅後の想像などをして一人で照れていたツォンは、その声を聞いた途端に毛細血管を1本ほどプッツン、といわせた。 しかしレノは必死だった。 「ツォ、ツォンさん…ジャ、ジャガーが…」 珍しく息などを切らせているレノに、ツォンは眉を顰める。一体ジャガーがどうしたというのだろうか。 ジャガーといえばレノの手続きですっかりソルジャー候補になったらしいが、何か不備でもあったのだろうか。そうとなれば、責任はツォンにやってくるわけで、それはやはり放ってはおけなかった。 「どうしたんだ?」 「何かアイツ…暴れてるんだぞ、っと…」 「何だと?」 そう言って思わずツォンが立ち上がったときである。 廊下で物凄い音がする。しかもそれは段々と近付いてきていた。 それはどうやら足音だったが、それと同時にこんな声が響いてくる。 「うわああああ!!!!」 「酷いですううう!!ジャガイモ食べ残すなんてええええ!!!!!!」 ―――――――な、何だって!? そうツォンが思ったのも束の間、その足音と声は、一気にツォンとレノの元まで突進してきたのだった。 そして――――――――その部屋は散々な結果に陥る。 勿論、ツォンの毛細血管は5、6本プッツリと切れたのだった。
そして悲劇はこんな所にもやってきたりする。 それはさすがに騒々しい足音は伴わなかったが、それにしても怒鳴り声は伴っていた。 副社長室で仕事をしつつも、今日の帰宅後について少し想像などして幸せな気分に浸っていたルーファウスは、ぶつぶつと独り言などを発している。 勿論想像は幸せな方向が良いが、さすがにそれだけというわけにはいかない。というのも、ここ最近の事件(らしきもの)に関してまだ大元の問題が残っているからである。 アルバム―――――まずこれが問題で、これを返さなければならない。 けれどこれは昨夜のツォンのカンジからしても、怒っているという訳でもないし、例の言葉と共にちゃんと返すのが良いだろうと思う。 そんな事を考えているうちにふっと思い出したのが昨夜のことだったが、良く考えてみると昨晩ツォン宅に行ったのはもっと別の理由だったはずである。 そう、それは……。 「そういえば結局は、どうすれば幸せな気分なんだ、ツォンは?」 はて、これを聞きにいったはずでは―――――? しかしすっかり別の話をして、しかも疲れて帰ってしまったわけで。何だか結局それは分からず終いに終わっていたのだった。 「これはしっかり聞いておかないとな、うん」 そんな事を呟いて勝手に頷いたルーファウスは、それでもやはり少しは幸せな気分だった。 しかし、此処で悲劇勃発。 トゥルルルル… またもやかかってきた電話に出たルーファウスは、電話の向こうの相手に首を傾げた。そう、それはどうやら良く知る人物だったのである。 『ルーファウス、私だ』 「ああ。何だよ、オヤジ」 そう、その相手とは神羅の社長にしてルーファウスの父親、プレジデント神羅だったのだ。 何だ、親父か――――そうルーファウスは軽く思っていたものだが、ところがそれはそんなに軽い電話ではなかった。 『お前、昨日何で電話に出なかったんだ』 そういえば昨日は父親から妙に多い着信があった。しかしルーファウスとしてはそれどころではなかったわけで。 「え。ああ…いや、気付かなくて。それにかけなおすのも面倒…」 『ル〜ファウスっっ!!!』 「な、何だよっ」 『お前のせいで私がど〜れだけ苦労したか分かってるのかあっ!?』 「え?」 『“え?”なんて可愛い声出しても許さないぞ!』 突然そんなふうに怒ったような声を出した父親に、ルーファウスは困惑した。一体何がどうどのようにどれくらい許せないというのか、どうにもこうにもさっぱり分からなかった。 「ちょ、ちょっと待てよ!俺が何したっていうんだ!」 そんな訳で抗議。 『うぬぬ…それすら理解できてないとはっ。お前、一昨日のことを覚えてないのか!?』 「一昨日…?」 一昨日といえば、ルーファウスが地球を離れ、宇宙人になりかけていた例の日のことである。そして、レノから偽(又の名を勘違い)情報を聞いた日でもある。 …忘れもしない日であることは確かだった。 「忘れるわけがないだろ、あんな屈辱的な日を!大体あの情報が元で…あ。そうだ、レノの給料を…」 『何をぶつぶつ言っとるんだ!お前、重要な機密書類を紙飛行機にして飛ばしただろ!』 「――――――あ。」 そう、それは正に重要な書類だったのである。 しかも一般社員なんかが目を通してはいけない書類だったのだ。 しかしそれをカミヒコーキにして飛ばしたルーファウスは、それを飛ばした後にレノの元に行って例の話を聞いたので、その後のカミヒコーキ基、重要書類がどうなったのかを知らなかった。 それは正に悲劇。 『ルーファウス!来週はみっっちり働いてもらうぞっ!!!』 「そ、そんなあああっ!」 ―――――――さらば、来週よ。 何だかまた宇宙が近付いたような気がしたルーファウスだった。
ツォンとルーファウスがお隣さん同士になって6日目。 その日、何故だか初めて二人は一緒に帰宅などをした。本来ならこれは幸せいっぱいな気分でするべきものだったが、どうやらこの日はそういう訳にはいかなかった。 何故なら。 「はあ…」 「はあ…」 お互い、溜息なんかをついていた。 ツォンとしては、正に今さっき、例のジャガーを結局クビ扱いにしたのが原因であり、ルーファウスとしては気が重い来週が原因だった。 何とも上手くいかない世の中である。 ふと、チラリ、とツォンを見遣ったルーファウスは生気を失った顔で笑った。 「知ってるか、ツォン。溜息つくと幸せが逃げるらしいぞ」 それに対してツォンが一言。 「ルーファウス様こそ」 ……結局、溜息ばかりが後をつく二人だった。 しかし、折角の週末で、しかも期間限定のこの“お隣さん”ももうそろそろ解除されようという土曜である。何と言ってももうこんな日は戻らないだろう。そんな日にこんな溜息交じりでは、何だか勿体無いのは確実だった。 折角、一緒にいるというのに、である。 ミッドガルの景色にふと目をやったルーファウスは、少し考えた末にツォンに向かってこんな提案をした。それは本当に些細なものだった。 「なあ、ちょっと店に寄ろう」 「店ですか。何か買われるんですか?」 「うん」 今や夜景となった世界を見ながら、ルーファウスはただそう返事をした。
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