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Honey Style : Thursday ------------------------------------------------------------------
その日、ぶっちゃけてルーファウスは壊れた。 昨晩は結局ずっとツォン宅(仮)前にいて、これまた一睡もしていない。気になってというか、もう既に諦めムードが漂っていて、そんな中で眠れるはずもなかったわけである。 きっと呆れたんだ。 きっともう嫌われたんだ。 ごめんと言う隙もくれないなんて。 最初はそう思って、驚くべき事に涙すら出そうになった。しかしそれも、寒い早朝頃になると段々と変化してきたのだ。 身体は寒い。 心も寒い。 どこもかしこも寒い。 「嗚呼、雨が降ってる…ピチョン…ピツォン…ツォン…はあ〜…はははは〜」 ……その言葉もめちゃくちゃ寒い。
そう、その日は雨であった。 壊れたルーファウスは朝から秘書の男の前で空ろに笑い、飲んでいた珈琲を書類にボットリと落とし、更にはその書類を紙飛行機にして飛ばした。 「あははは〜」 因みに目の下にはクマがうっすらできている。 その只ならぬ雰囲気に、秘書は至極心配になって言ったものである。 「あの…生きてます??」 それは実に尤もな言葉だった。肺呼吸くらいはしてるのだろうが、魂は抜けてそうである。秘書としては、昨日の練習の成果が無かったのだろうかということが非常に気になっていた。昨日はあれほど生き生きしていたというのに、これは一体どういうことか。 エルニーニョ現象ですか、と突っ込みたかったのは言うまでもなく。 とにもかくにも秘書は決意をしたのだった。 ルーファウスを救うべく頬をペンペン叩くだとかそういう事ではない。かくも有名なあの言葉を肝に銘じたのである。 ――――――触らぬ神に祟りナシ。…以上。
そんなルーファウスとは対象的ではあったが、それでもあまり良い雰囲気でなかったのがタークス諸君の部屋であった。 まずこの日、レノにとっては大きな仕事があった。例の男、ジャガーをソルジャー候補として神羅に正式入社させるという手続きである。 因みにレノはその日、とてつもなく不機嫌だった。 昨晩、ツォンとイリーナが去った後、レノはルードと飲みまくった。ひたすら飲んだ。水のようにアルコールを胃に流し込んだ。それでもかなり酒には強い二人である。さほど今日の気分に弊害という弊害はない。これは評価すべき点である。 しかし、問題は気分ではなく、機嫌なのだ。そう、これが問題であろう…。
珍しく規定時刻を少しまわってから出勤してきたツォンは、その部屋に入るなりレノのレーザー並みの視線を受けた。かなりチクチクとしている。 それに対してツォンは眉をしかめると、それでもそれに対しては何も言わずに自分のデスクに向かった。 「……今日は珍しく遅いんですねっ、主任っっ」 わざとらしくそう言ったレノは、その言葉にツォンが振り向いた瞬間にプイッとそっぽを向いた。勿論これもわざとである。 その態度にツォンは溜息を一つつくと、 「どうしてそんなに不機嫌なんだ」 そう問いかける。 「さあね!誰のせいですかね!」 「…誰って…私とでも言いたいのか」 「あ〜はいはい!そりゃそうですよね、主任は、っと!こっちがどんな気でいたかも知らないんだから!」 「は?」 「あ〜やだやだ、不潔!最低!」 「…はあ??」 とにかく暴言を吐きまくるレノだったが、当のツォンはその意味がさっぱり分からなかった。しかし、とにもかくにも自分に向かって言っているのは確かなようである。 とはいっても、理由も分からない。 仕方なくツォンは、今日のうちに済ませなくては成らないことをレノと打ち合わせしようと、その話を切り出した。……かった。 が。 「な、何やってるんだ!」 ふっと振り返った先のレノとルードは、どういうわけか突如のように何かを食べ始めていたのである。いまさっき、3秒ほど前まではそこには何も無かったというのに、である。 何という早業! しかも彼らが食べ始めた物体はどうやら――――――――ジャガイモだった。 勤務中にモノを食べるな、という事よりもまずその早業とアンバランスさに、ツォンは唖然としていた。もしそれがホカホカ弁当だったり、握り飯だったらまだ良かった。百歩譲ってツマミ的ビーフジャーキーでも良しとしよう。 しかし、だ。それはいかにも、そのまま新鮮ジャガイモであり、原型そのままでホクホクとこの場で頂くというのは、はて、これまたいかがなものであろうか。 「おい、ルード。そこのタラコ取ってくれ」 「……ああ……」 ルードは、大きなダンボールの中から丁寧に包まれた箱を取り出すと、その中からタラコを取り出しレノのジャガイモの上にベロン、と置いた。 それをほぐしつつ、レノは上手そうにホクホクのジャガイモを食べる。ルードもそれを見習い自分のジャガイモの上にタラコを乗っけた。 そんな光景をポカンと見つめていたツォンは、暫く何も言えずに放心状態でいたが、そのフリーズ状態3分が過ぎた後に、思い出したようにこう言った。 「な、何だそれはっ!」 そうしてから初めてレノは、ツォンをチラッと見てこう呟く。 「…ジャガイモ。」 「そんなことは言われなくても見れば分かるだろうがーっ!」 「だって今、ツォンさん言ったんだぞ、っと。何だ、って」 「あのな〜っ!」 「あ、そうだ。ツォンさん。これ」 レノは思いついたようにそう言うと、先ほどルードがタラコ箱を取り出したダンボールからジャガイモをいくつか取り出した。そうしてそれをツォンに手渡す。 まさかこれを一緒に食べろということだろうか、そう思って蒼褪めたツォンだったが、レノの意図は違っていた。 それを手渡した後に、レノはかなり据わった目でツォンを見て、それについてをこう説明する。 「これ、ジャガーの家で収穫したジャガイモ。産地直送なんだぞ、っと。…それ、副社長にも差し入れしといてよ、ツォンさん」 「…ルーファウス様に……?」 そう言われてツォンは少しギクリとした。何故突然、ルーファウスが出てくるというのだ。 だって何しろルーファウスとは今――――――…そう心の中で思ったが、さすがにそれを口には出せなかった。 しかしそうしてルーファウスのことを考えた瞬間にツォンははっとした。それは先ほど言ったレノの言葉である。 確か…不潔、最低、だとか言われた気がする。ということは、もしやそれは…。 そんなところまで思い当たって、ツォンは咄嗟に口を開いた。 「レノ、ちょっと待て!お前…」 「は〜いはい!問答無用!いってらっしゃい!!」 「あ、ちょ…!」 あれよという間に強引にレノに背中を押され、ツォンは部屋から閉め出しをくらってしまった。言いたいことの一つも言わせてはくれないらしい。 目前でピシャリと閉まったそのドアを見つめ、ツォンは溜息をつくしかなかった。とはいえ、手には大量のジャガイモ。 ……残念ながら絵にはならなかった。
とてつもなく気が重い。それはもう今日の雨と同じくらい重かった。慣れた足取りとはいえ、副社長室までの道のりがやたらと長く感じる。 手にジャガイモを抱えつつ神羅の廊下を歩いていたツォンは、そうしながらもルーファウスのことを思い返していた。 昨日は結局、家に戻れなかった。まさかプライドの高いルーファウスが、あの喧嘩らしきものに対して何かアクションを起こしたとも思えなかったが、それでも家にいなかったという事実は何だか後ろめたい気がする。 きっとルーファウスは今頃、毛細血管の一つや二つプチッと小気味良い音なんか鳴らしながらユデダコ状態になっているのだろう。 自分の顔なんか見ようものなら、どんな事になるか分かったもんじゃない。 もしかしたら全社員減給になるかもしれない……嗚呼、そんなことになろうものなら、どうやって頭を下げればよいのやら。菓子の折り詰めは大量発注すべきか、そんなことまで浮かんでくる始末である。 確かに昨日は―――――気が動転していた、そう思う。 ルーファウスとこんな状態だというのに、あの場で感じた欲求に嘘は付けなかった。 きっと……それを知ったらルーファウスは怒るだろうけど。 「はあ…」 何にしても気が重いことには変わりない。辿り着かなければ良いなと思ったりもしたが、そんなわけには勿論いかず、悲しい事に身体は勝手に副社長室までを歩いていた。 だから気付いたときに、そこが副社長室の前であっても不思議ではないのである。 いつの間にやら、ツォンの前にはドアがあった。 それは雷地獄への扉に違いない。というかそれ以外に考えられない。 しかし良く考えれば、ルーファウスも少しは反省すれば良いと思ってはいたし、此処で自分が下手に出たら、それはそれでまた堂々巡りではないかとも思う。 という事は。 「よし…!」 ツォンは意を決してそのドアを開けた。 という事はつまり、例え雷が落ちようとも誰が屈するか!……という事であり、それならそれで受けて立とうじゃないかという半開き直りの心意気でツォンはそれに望んだわけである。 ところが、それはどうやら意気込みだけで終わったようだった。 「ルーファウス様…?」 何故なら、その部屋の主人の姿は、その部屋のどこにも無かった。 ツォンの腕からはジャガイモが一つ、コロン、と落ちた。
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