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Honey Style : Wednesday ------------------------------------------------------------------
その朝、雲行きはとてつもなく怪しかった。何となく雨でも降りそうな天気である。 昨日は早く家を出たツォンも、その日はさすがに普通通りに家を出た。どうせ昨日の雰囲気からしてルーファウスに会うこともなさそうだと踏んだからである。 そしてそれは、実際に会うこともなく順調に過ぎていた。 昨夜、何だかんだと悩みもしたが、それでも最終的に謝りを入れるだとかそういう事はできなかった。いつもならツォンが折れるのが普通だったが、今回ばかりは何だか違うと思う。というか、何となくそうして仲直りをして円満…という図は思い浮かべることができなかったのだ。 大体、たまには反省すればいいのだ――――――そう思ったツォンは、昨夜のうちにパスコードをしいた。それはあのマンションに最初にやってきた夜、つまり一昨日のことだが、その日にルーファウスが言っていたあのシステムである。 ドアにパスコードをしくと、マスターキーを持っているルーファウスでさえドアを開けることはできないのだ。 別に特に意味は無かったが、何となくそれは心の距離を表しているような感じだった。 とにもかくにも、どんより模様の空は、正に二人の心の中と一緒といえた。
ツォンより遥かに早く神羅についていたルーファウスは、山積み書類を床にデンと下ろした後に、デスクの上で大きな溜息をついていた。 実は、何だかんだと昨日は眠れなかったのだ。いや、もしかしたら眠ったかもしれないが、それは多分、一時間にも満たなかったはずである。そんな訳でルーファウスは非常に不機嫌だった。 そんな日は大概、部下にとっても最悪な一日となる。 名目上は秘書となっていたルーファウスの雑用係は、いつものようにルーファウスに今日の予定とやらを報告しに副社長室にやってきた。余談だが彼はルーファウスより少し若く、更には幸せの絶頂にいた。はっきりいえばその日のルーファウスとは正反対である。 彼女の手作り弁当などをハート柄の包みで持ってきていた彼は、本日の昼食の内容が彼の大好物だと知ってとてもウキウキだった。 だから彼はその日、とっても幸せな気分だった。 が、しかし。彼の上司は至極、不機嫌だった。 北極並みだった。 寒風が吹き荒れていた。 「副社長、今日の予定を申し上げます」 え〜と、と手元のスケジュール帳をパラパラやる彼を完全無視しながら、ルーファウスは何やらモノを書いていた。しかし目を通すべき書類は床におしやられている。というわけでそれはどうやら書類の類ではないらしい。 その様子に気付いた秘書は、あれ、と不思議そうな顔をする。 「副社長、何やってるんですか」 そう問われ、ルーファウスはやっと顔を上げる。それからとてつもなく不機嫌な声でこう答えた。 「似顔絵を書いてるんだ」 「……は?」 何だそれは、と秘書が首を傾げた瞬間、ルーファウスはブツブツ言いながらそれまで書いていた紙をグチャグチャに丸めて、部屋の隅のゴミ箱に放り投げた。 ―――――ストライク…! 紙は見事、ゴミ箱に入った。 「おいお前。絵は得意か?」 「え、私でありますか?そりゃもう、お任せ下さいっ!」 「そうか。じゃあお前、一つ似顔絵を書いてくれないか」 「はい、お任せ下さい!」 彼は得意満面の顔をして、胸をドン、と思い切り叩いた。叩いた後に、ゴホゴホとむせた。 …ともかく彼はルーファウスから紙と2Bの鉛筆を渡され、気合を入れる。何と言ってもこれはいいチャンスである。というのもルーファウスは大概、彼がスケジュールを読み上げても何かの報告をしても完全無視だったからだ。 という訳だからルーファウスから何かものを頼まれるという事は滅多にないことであり、この気まぐれな頼みは彼にとってはチャンスだった。 きっと何か良いことがあるに違いない。もしかしたら昇給も夢じゃない…!? そう考えた彼は、シャツの袖を肘のところまで捲し上げ、2B鉛筆をルーファウスに向けて縦にかざした。 「では副社長。暫く動かないで下さい」 「は?…言っておくが私の似顔絵じゃないぞ」 「え、違うんですか?じゃあ一体、誰の似顔絵を描くっていうんです?」 「タークスの馬鹿主任を一つ」 「へ?ツォン主任、ですか?」 何でだろう、そう思って彼は首を傾げたがルーファウスはそれについての説明は一切しなかった。どんよりとした目線が、いかにも早く描けと言っているのに気付き、彼は仕方なくツォンの似顔絵を描き始めた。 それにしても馬鹿主任の“馬鹿”の部分が強調されていたのは何故だろう。そんな疑問を抱きつつもツォンの似顔絵は描かれた。 作成時間、約1分。 ごくごく真面目な顔つきでそれを作成した彼は、う〜ん、いい出来だ、と呟きながらルーファウスにそれを提出する。 そしてルーファウスはツォンの似顔絵を目にした。 ――――――しかし。 「……何だ、これは?」 その絵をじーっと見つめつつそう言うルーファウスに、彼は嬉々として説明を始める。しかし説明の必要性もないくらい、その絵は実に簡素だった。 デカい丸(注:少しよれ気味)の中に味付け海苔が横長に二つ。豆が三つに、三角はんぺんが一つ、デカ丸の横には何本ものひじきが伸びている。 「いや〜実はこれでも昔は芸術家を目指してましてね〜」 彼はおおいに照れてそう言ったが、ルーファウスはそんな彼にサックリとこう言ってのけた。 「お前ってセンス無いな」 「ガーン…!」 「まあ良いか。おい、これをFAXしといてくれ」 「…ううっ。ど、どこにFAXするんですか…」 彼はちょっといじけてそう聞く。どうやら彼の昇給の野望は絶たれたらしい。というか、はっきりいってそんな望みは最初から無かったが。 ルーファウスは据わった目でこう一言告げた。 「タークスの所に」
どう考えても危険なツォン似顔絵がタークスの所にFAXされたのは、丁度ツォンがその場にいない時のことであった。 突然動き出したFAXにいの一番に気付いたのはルードだった。 「ん…?おい、レノ。FAXが来たぞ」 「FAX?珍しいんだぞ、っと」 カタカタと音を立てて流れ出てくる内容を、二人は手を止めてじっと見つめる。しかしそれも半分を過ぎると、爆笑に変わってしまった。 ―――――流れ出てきたのは、ツォン似顔絵。 しかも…センス0。 「うっくく…、なあ、これヤバないか。っていうかセンスないけど似てるんだぞ、っと」 「…ああ…。とくにこの額のホクロなんか実に良く似ている…」 そんな感想を述べたルードに、そんなのは単なる●だろ、とレノは突っ込む。…確かにその通りだった。 「あれ、これさ…」 完全にパラリと落ちたそれを手に取りながら、ルードは首を傾げる。送信元が副社長室になっているではないか。という事はつまりこれはルーファウスから送信されたものだということになる。 しかし一番気になったのは、お世辞にも上手いとは言えない、むしろ下手という言葉すら勿体無いその絵を描いたのがルーファウスかどうかという事だった。 「これって副社長が描いたのかな…」 「さあ…」 「…よし。返信しよう!」 そう決意したレノは突然デスクに向かうと、適当な紙を取り出して何やら書き始めた。それは実に完結に終わる。その作業をじっと見つめていたルードが最終的に「ぶっ」と噴出したのも当然の話だった。 ――――――それは、ツォン似顔絵より更にヤバい、ルーファウスの似顔絵だった。 「ん〜完璧だぞ、っと」 「…それは、さすがに危険じゃないか?」 何せその絵ときたら、絵といえるかどうかも分からなかったのだ。何かの暗号じゃないかと思うほど、へにゃへにゃである。 ルーファウスがどういう理由でツォン似顔絵を送ってきたかは分からなかったが、とにもかくにも相手は副社長である。ギャグで送ってきたならそれでも構わないのだろうが、理由が分からないとなると危険としか言いようがない。 しかしそんな不安そうな言葉を吐くルードに、レノはあっけらかんとしてこう言った。 「大丈夫だって。ほら、こうすれば…っと」 そう言いながらも、その絵(かどうか疑わしい物体)の下にちょこんと名前を書く。 “by ツォン” 「…これで、もしもの時でもお咎め一切ナシ!」 というか自分達に問題は一切無いという事である。もし雷が鳴っても、それは一方的にツォンに行く。ルードは知りもしなかったが、レノはツォンとルーファウスの仲を知っていたので、もしそうなっても問題は何も無いと思ったわけである。 まあ、いわば、ちょっとしたお茶目という程度だ。 「じゃ、コレ送ろうっと」 そうしてその、本人曰く“ルーファウス似顔絵”は、まんまとルーファウスのいる副社長室まで送信されたのだった。 そんなちょっとした暇潰しが終わると、レノはすっきりしたような顔で、本日のプレイベート時間についての話を始めた。 実は昨日、レノはルードと熱く飲む手筈だった。それはジャガーという名のジャガイモ職人の青年をソルジャー候補として連れてきたところ、見事ツォンに認められたからであった。とはいってもまだ仮の状態である。 それはそれとしても、とりあえずは一つ仕事を終えたということと、駄目だし主任ツォンに認知されたことの祝いとしてレノは絶対的に飲もうと思っていたわけで、しかし残念ながら昨日はそれが遂行できなかったのだ。 これには実は深い理由があった。 それも、最近タークス見習いという状態でタークスの仕事を手伝っているイリーナが関係してくる。彼女はまだ本格的にタークスとして認められたわけではない。が、一緒に仕事をしているのは確かな話だった。 昨日、レノがルードとどこで飲むかという事について話し合っていたところ、一つ仕事を終えたイリーナが戻ってきて、その話に参入したのである。 『え〜先輩達、良いなあ。私も一緒に連れて行ってくださいよ』 イリーナがそう言うので、それならそれでも良いかという話になった。しかし此処で問題が勃発したのである。 そう―――――イリーナの目的は他にあったのである。 『だったら、皆で飲みましょうよ!ツォン主任も一緒に!』 …その語尾にはハートマークが付いていた。確実に。…絶対確実に。 そんな訳で、まあたまにはそれでも良いかとなった次第である。しかし昨日はもう既にツォンとは別行動をしていた後だったし、だから皆でとはいっても翌日にしようという事になったのだ。 ――――で、今である。 「イリーナは主任と二人きり希望らしいんだけど、これはさすがにヤバイよな」 レノは腕を組んで、う〜ん、と唸っている。これは昨日イリーナから聞いた希望だったが、どうせ四人で行ってもレノとルードはしんみり二人語りになるんだろうという事で、だったらツォンと二人にしてくれ、というかくも壮大な野望であった。 ルードは珈琲をずず、とやりながら、 「何が悪いんだ?」 と、さも不思議そうな顔をする。確かにルードからすればそれはそれで目出度い話じゃないかという具合である。何せツォンときたら普段は女の影すら見せない。だったらこれはいい話じゃないかと思う。イリーナはツォンが好きで、ツォンだって嫌いではないだろう。 だったらそれでも良いじゃないか、と。 しかし事情を知っているレノからすれば、それはちょっとばかり悩みの種だった。 「いや、そのさ…。もしかしたら主任も好きな人くらいいるかもしれないわけだろ。となるとそれは迷惑なんだぞ、っと」 「…まあ確かに…。でも主任の好きなタイプって一体…」 ルードは色んな女性像を想像して首を傾げた。 その隣でレノは、ルーファウスの姿を思い起こして溜息をついた。 ……まさか自分らの上司とは、口が裂けても言えそうも無い。 少し黙した後、二人は同時に溜息を付いたのだった。
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