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やはり顔を合わせる機会は無く、日々は過ぎていた。約束の日まではもう間もないというのに、その話一つできず、仕事は仕事で拘束されているため、それ以外の余裕がない。 それでもツォンは、どうにかして時間を作ろうとしていた。それには勿論理由があり、やはりこの間の電話のことだった。 あまりに焦っていたため、いつもの冷静な声でずばりと言ってのけてしまった。そんな対応をするつもりは無かったのに、状況がそうさせてくれなかったのだ。 あの日はルーファウスが外に出ているのを知っていたし、頃合を見て迎えに行ってみようかとも思っていたのに、そうできない事態になってしまったのである。 問題は何とか解決したとはいえ、ルーファウスのその後の態度の方がよほど気になる。気になるけれど、時間が無く、それを確かめる術が無かった。 何せ頼みの綱の電話などは繋がらないのだ。 「ツォンさん。この間の、もう完全に正常に動作してるらしい」 レノにそう言われ、ツォンは胸を撫で下ろした。 「ルーファウス様は、何も言われていなかったか?」 「ああ。平気みたいだぞ、っと」 そうか、そう答えてツォンは苦笑した。 予期せぬエラーとはよく言ったものだと思う。コンピュータ画面に正にその文字列が表示されたときは、本当に焦ったものだ。 それは、今月度のデータ全般に出たエラーだった。 何が原因か、それを追究するのに時間がかかり、それを修復するのに更に時間がかかったのはいうまでもない。けれどその日の内に、どうしてもツォンはそれを正常な状態に戻しておきたかった。結局は日付を超えてしまう結果になったわけだが、翌日の出勤までには何とかほぼ終了できたのだからまだ良かった。 絶対にそうしたいと思ったのには幾つか理由があったが、その一つにはルーファウスも絡んでいた。日で更新されるデータであるそれを、ルーファウスが毎日チェックするのは知っている。それだから、翌日になってルーファウスが困るような事態にはならないようにしたかった。 しかしそれが、返って妙な事になってしまったらしい。そのお陰でルーファウスの用件も聞けず電話を切り、やはり折り返しの連絡も無く、その後は話す機会もない。 正に予期せぬエラーであろう。 「あれ、ツォンさん。そういえば今日、定時に帰りたいとか言ってなかった?」 「ああ…もうそんな時間か」 時計をチラと見ると、どうやらそれなりの時間である。 どうしても時間を作りたい、そう思ってタークスの面々に珍しくそう口に出したのは、正に昨日のことだった。連絡すらつかないことに焦っていたのかもしれない。この時期にそれは本当に我侭だったかもしれないが、いつも過剰労働をしているツォンを知っているタークスの面々はそれを受け入れてくれた次第である。 悪いな、そう告げて身支度を整えたツォンは、少し気が重いながら部屋を後にした。
向かう先は、神羅の外ではない。 多分、今日のことを受け入れてくれたタークスの仲間は、何か外で用事があるのだろうと思っていることだろうが、その用事とは正に神羅内にあった。 副社長室までを歩く。その間、ツォンは少し考え事をしていた。 ツォンもまた、ルーファウスという人の普段の姿をそれほど知っているわけではないが、仕事上では繋がりがあり、その上での顔は十分に把握している。しかし、これは仕事ではない。やはり仕事を抜きにしたその人は、それなりに違う顔を見せるのだろう。 それの一部を垣間見たときに、だからといって何故少しでも惹かれてしまったのか…それは今でも良く分からない。今まで何とも思いやしなかったというのに。 少し――――――寂しそうだったからだろうか。 そういう普段は見られない顔を見たときに、とにかくそういう顔はさせたくないと思った。だったら自分が側にいて、いつでも頼れる存在になろうと思った。不思議なことだが、そういう絶対的な支えがあれば、どこか安心するものだ。 だからそう言ったというのに、いざ初めてそれらしき電話がかかってきた時には、それが出来なかったわけである。いつでも頼ってくれても構わないというような言葉を隅に入れてはルーファウスに言葉を放ってきたというのに、もしそれをルーファウスがツォンの思う通りに受け止めていてくれたならば、あの日の態度はひどく落ち込ませたことになってしまう。 もしそんな状況だったら、どう言えば良いのだろうか。 謝りの言葉を入れたとしても結果は変えられないし、それどころか落胆されていたとしたら。多分もう、信じてはもらえないのではないだろうか。 そんなことを考えて、ツォンは唇を結ぶ。 「駄目だな…」 何をそんなに弱気になっているのかと思うと、自分でも可笑しくなる。けれど、そういう事を恐れている自分がいるのはきっと……それくらい、大切である証拠だった。 たった数ヶ月しか経っていないのに、いつの間にか大きくなっている。 割り切れないほど。 とにかく今日は――――――あの日できなかったことを、代わりにもならないが実行してみようと思っていた。そうして、少しでも話して…それだけでも良い。 まずはその時間が必要だろうと思うから。
そうしてツォンは、いつの間にか副社長室の前に辿り着いた。 そこまで来て少し躊躇いながらも手を伸ばす。ノックを二回ほどして、それからが問題である。解決か、崩壊か。それとも何も起こっていないなら、それが一番良い。 都合良いといえばそれまでだが、何も無かったように、いつもと同じように話しかけてくれたら。 そうして一呼吸置いた後にツォンがとうとうノックをしようとしたとき。 ふと、ドアが自然に開いた。 「……ツォン?」 ドアの向こうに見えたのは、もうすっかり帰り支度を済ませたルーファウスの姿だった。ルーファウスはそうした格好でドアを開け、その先にいたツォンに驚いた顔をする。 勿論、ツォンもまた驚いた顔をしていた。 「ど…うした、こんなところまで来て」 暫くして、後ろ手でドアを閉めその前に立ったルーファウスが、何とか笑いながらそう言う。しかしそれはどうも作り笑いのようだった。 ツォンは何と言っていいか戸惑いながらも、 「ああ…その、この間のことでお話が」 そう言う。ルーファウスはその言葉に顔を歪ませると、それでも作り笑いを浮かべながらツォンに切り替えした。 「気にしないでくれ。あれには、別に理由なんて無い」 「しかし…私は」 「悪いが、もう今日は帰るつもりなんだ。…すまないな」 それ以上を言わせない勢いでそう言うと、ルーファウスはその場から立ち去ろうとする。しかしそれをそのまま見届けるわけにもいかず、ツォンは咄嗟にルーファウスの腕を取ろうと手を伸ばした。 「宜しければお送りします」 その言葉が放たれたのは、その動作と同時だった。 しかし―――――結局、そのツォンの手はルーファウスの腕に届かないままで中途半端な位置で止まることとなってしまった。 何故ならそのツォンの言動と同時に、声が聞こえたからである。 それは、廊下の向こうからやってきた――――――リーブのものだった。 「ルーファウス様。車の用意ができましたが」 何も知らないリーブは、特有の優しい声でそうルーファウスに告げた。それはその場にとって非常に不味い言葉でもあったが、リーブにしてみれば別段問題の無い、正に親切心から出た言葉である。 「……分かった」 ルーファウスは顔をツォンに向けたままリーブにそう返すと、ツォンから目をすっと離す。そして振り切るように歩き出した。 その際に一瞬だけツォンを見て、バツが悪そうな顔をして、また逸らしたりする。はっきり言って、そのタイミングの悪さには良い言葉さえ思いつかなかった。ルーファウスの心にはそれなりに罪悪感めいたものがあったが、それでも例の日の思いがそれを拒否している。 だから――――――その場でツォンに何か言い訳をすることもできず、そうしなければならないという心も働かなかった。 そのまま何も言わずに去るルーファウスの姿は、段々と小さくなっていく。 ツォンはそれを、見ることができなかった。 ただドアに向かった状態で、それでもやっと中途半端な手だけをそっと下ろす。 「……」 その時ツォンの心の中にあったのは、後悔や怒りなどではなかった。 ただ単純に辛いという思い。それだけが、全身を占めていた。
12月24日は、一緒に過ごしてくださいませんか。 それは、クリスマス・イヴという日の約束。
世間は寒さに包まれていたが、その中には小さな温もりが点在していた。 いつもと同じ、変わらない日。けれど、誰かにとっては大切な日。 その日、神羅の中庭に大きな木が出現した。 モミの木とまではいかなかったものの、その大木にはクリスマスらしい飾りがいくつも付けられ、それらしい雰囲気が漂っている。仕事中も窓の外にそれは見え、大勢の神羅社員に微笑を与える。 「また派手にやったもんだな、っと」 帰り支度を済ませたレノは、最後に窓の外のその木を眺め、そんな事を呟いた。 木にはライトが付けられていて、もう11時を回ろうというのに外は明かるい感じがする。 「確か去年はデカいサンタがいたよな…」 「そういえばそうだったな」 ツォンは答えながら苦笑した。去年は同じ位置に、同じくらいの高さのサンタクロースが立っていた。その高さといったら、神羅ビル6階分くらいあって、サンタといってもかなり不気味だったのを覚えている。 しかし今年は静かにクリスマスツリーになったらしい。 このクリスマスツリーやら巨大サンタやらというのは、別に神羅の意思で置かれるわけでは無かった。都市開発部門下にある文化関係の人間が、独断でこうしたことをしているのである。クリスマスに限らず、何かの行事になると必ず何かしらのアクションを起こす。 それは今まで、プレジデント神羅にもルーファウスにも、直属上司のリーブにもお咎めをくらったことが無く、どちらかというと支持されていた。言葉に出さずとも、そういうものを見て何となく心がホッとするような、そういう部分で誰も文句など言おうと思わなかったのである。 「じゃ、ツォンさん。俺はこれで」 「ああ」 ルードに続き、レノは軽く手を上げて去っていった。 それを見届けてから、ツォンは窓の外に視線を戻す。つい2.3時間前まではそのツリーのある中庭には人が大勢いた。ただツリーを眺めている者もいれば、そこで待ち合わせをしていた者もいて、そんな人々はそれぞれに楽しそうにその場所を去っていった。 そこには、今も少しだけ人がいる。中庭のベンチに腰をかけている者が殆どだから、何となく息をついて休んでいるだけなのだろう。今日がいくらクリスマス・イヴだとはいっても、普通の日に変わりない。 明日だって同じ事だ。 長い長い月日の中の、ちょっとした楽しみ。それだけのものである。 それでも誰かにとってそれが大切であるように、ツォンにとっても今年は大切なものだった。例年ならこんなふうに何かを思うこともないし、クリスマスをそれらしく過ごそうなどとは思わなかったろうが、 数ヶ月の気持ちがそれを変えていた。 しかし―――――その人は来ないかもしれない。 待ち合わせの場所など思いつきで言っただけだったし、覚えていないかもしれない。 そんな思いが、ツォンの心を占めている。男としても、人間としても、初めてこの日に誰かを誘ったけれど。 「今日も…終わりか」 24日に一緒に過ごそうと言ってみたものの、もう時刻は11時を回っているので、その約束の日は終わってしまう。あと30分やそこらの話である。 とにかくツォンは帰る支度を済ませ、その部屋を去った。
中庭のクリスマスツリー。 その前に立って、ツォンは目を伏せていた。 たまに通りかかる人間が、お疲れ様です、などと言って挨拶をして去っていく。それに笑いかけて、お疲れ様、などと言う。そうして何人かが去っていったが、それでもじっと待っていた。 来ないかもしれない。 それでも届けたい気持ちがあるから、待ち続ける。 12月24日という日が終わりを告げても。
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