HOLLY TREE

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12月24日は、一緒に過ごしてくださいませんか。

そう言われたが、それがクリスマス・イヴという行事の一つという意識は無かった。ただ、普通の日と同じように会うだけ。

いつも特別に会おうという約束もなく、何となく会ったりしていたからか、そんなふうに約束をするのは何だか不思議だった。

そういえば約束のその日まではあと少しだな…そんな事を思って頭の中のカレンダーを開く。

一日、二日…数えていくと、あと一週間程度だった。

けれど年末という事もあって、今の期間はやたらと忙しい。此処最近会っていないかな、とも思う。

「遅くなったな…」

ふと時計をチラリ、と見るともう時間は午前12時を過ぎていた。お抱え運転手には、仕事が終わるはずの9時を過ぎたなら帰って良いと言ってあったし、此処がもし本社ならそれなりに足もあっただろうが、何せ此処はそこからは遠い。

こんな事なら車で来るんだったな、と思いながらルーファウスは溜息をついた。

歩くには自宅は遠い。

そんなことを考えていると、ふっとツォンが言っていた言葉を思い出した。

本当にそう思っているのかどうか分からないが、確かツォンはこんなことを言っていたのだ。

“お役に立ちたいので遠慮なくいつでもお呼び下さい。すぐ参りますので”

本当なら何かを頼むことくらい容易だったが、ツォンに対してそういう事はあまりしたことがなかった。他にも用を頼める人間はいるし、それにそんなふうに頼るのも何だか嫌な感じがしていたから。

でも―――――頼ってみても良いかな、その時何となくそう思って、ルーファウスは電話に手をかけた。

突然、迎えに来てくれないか、などと言ったら嫌な気分にさせるだろうか…そんな考えも頭を掠めたが、ツォンはああ言ってくれたし、しかもこれが初めての呼び出しである。だから今日くらいは許されるだろう。

最後まで躊躇いは残りつつも結局その番号を呼び出すと、ルーファウスは柄でもなく少し緊張などをした。

そして何度かのコール音の後に、電話は繋がる。

しかし、相手の方の声は聞こえないままだった。

「?……もしもし」

なかなかツォンの方の声が聞こえないのでルーファウスの方から呼びかけると、その後にやっと切り返しの「もしもし」という声が聞こえる。何だ、聞こえてるのかとホッとしながらも、ルーファウスは本題に入ろうとした。

「ツォン、私だ。その…悪いんだが、少し頼みが―――」

なるべく命令口調を避けようと思って柔らかい声音でそう続けたが、しかし何と言うことかその言葉はすっと遮られてしまった。

電話口の向こうの声は、少し焦っているようにも聞こえる。

『すみませんが後で掛け直して下さい。今、ちょっと…すみません』

そんな言葉が素早く出された後、無残にも通話は切られてしまった。通話時間10秒くらいの話である。あまりにも呆気無い。

「何だ…」

ツーツーと音のなるのを聞きながら、ルーファウスは佇んでいた。ツォンがあんなふうに言うから、初めて頼ってみようと思って電話をかけてみたというのに、結局こんなふうに断られてしまうものなのか。しかし最初から単に迎えに来て欲しいというだけの頼みだったことを考えると、やはりそういう時だけ頼るのは浅ましい考えだったということなのだろうか。

何にせよ、断られたことには変わりない。

「役に立ちたいなんて言ったくせに……」

ポツリ、とそう呟いてから、ルーファウスは電話をそっと閉まった。

「…」

どこかにタクシーなども走っているかもしれない。それまでは歩くしかないだろう、そう思いルーファウスは歩き始めた。

その間に考えていたのはツォンの事。

何がどうしてそういう展開になったのか良くは分からなかったが、つい3か月ほど前、ツォンとそれらしい関係になった。キスくらいはしたけれど、それ以上の関係はまだ無い程度、正に始まったばかりの関係である。

ルーファウスにとって、それまでのツォンは特別な存在などではなかった。しかし普通に接する分には好意もあり、その頃少しは誰かを受け入れる隙はあった。

少し堅くて、丁寧で、仕事は完璧で、特に非も無い男。けれど、それまでの付き合いがそれほど深いわけではなかったので、それだけの男だとしか思っていなかった。ふと心に踏み込まれた時の、優しさを知るまでは。

かといって、頻繁に会うことも無い。仕事の帰りにほんの少し一緒に話したりするくらいのものである。ただツォンはそういった隙にさえ、こう言っていた。

力になりたいから、だから頼って欲しいと。

そんな事を面と向かって言われても困ったふうに笑うことしかできなかったが、やはり少し嬉しかった。勿論、言葉に出すことはしなかったけれど。

―――――――――そんな嬉しさなど、きっとツォンは知らないに違いない。

たった三ヶ月程度の関係など、きっと脆いのだ。少し心がグラ付いたのも間違いだったろうか。

「……」

ふっと付いた息が、白い。

それを見て、先ほどのツォンの言葉を思い返す。掛け直して下さい、今ちょっと……確かそんなことを言っていた。何が“ちょっと”なのだろうか。

掛け直して下さい―――――――――誰がかけなおすものか。

だって緊張などしながら、初めて電話したのに。ちょっとくらいの期待も、何だか冷めてしまったというものだ。

何だかちょっとしたモヤモヤと、残念な気持ちが混ざり合って良く自分の心が分からなかった。とにかく、これは少しくらいショックなのかもしれない。でもそれを深くは追求したくなかった。

 

そんなふうに考えながらポツポツ歩いていると、その数分後、背後から何か強い光を感じてルーファウスは振り返った。

眩しいな、そう思い目を細める。

どうやらそれは車のライトらしいが、とにかく眩しくて何が何だか分からない。ただ、その車が自分に近付いているのは確かだった。

「?」

顔を引っ込めて、細くなった視界で凝視してみる。すると、その内にその車はルーファウスの真横でスルリ、と停車などをした。

一体何だ?

それは本当に真横で、いかにも普通の白ボディの自家用車である。見覚えは無い。

サイドのガラスがすい、と開いていくのを見ながら、ルーファウスは少し鼓動が早くなる気がした。

もしかして、ツォンが来てくれたのだろうか―――――?

居場所一つ知らないのに、何故かそんなふうに思ってドキリとする。けれどそれはやはり単なる期待に過ぎず、それはそうだな、とルーファウスに苦笑をさせた。一体何をそんなに期待などしていたのだろうか、少しおかしかったのだろう。

車内に見えたのは、リーブだった。

「ルーファウス様、お帰りの途中ですか?」

落ち着いた声でそんなふうに言われて、ルーファウスは今までの期待を一切消した顔で「ああ」と答える。

リーブは優しそうな笑顔を見せると、

「宜しかったらお送りしましょうか」

そう声をかけてきた。もう日付も変わっているというのに、どうやら今まで仕事をしていたらしい。リーブもまた、そういう真面目な男であり、ルーファウスはそれを良く知っていた。何せ自分より以前から神羅にいた人間である。

そのリーブの姿があまりにも優しくて、期待通りで、何だかルーファウスは悲しいような気分になった。そういう期待をかけた人は此処にはいないけれど、その代わりに他の誰かは期待通りの行動を起こしてくれたりする。

皮肉だな、そう思う。

「悪いな」

そう言って車に乗り込んだルーファウスは、バックミラーに写るリーブの顔を見つめた。ああ、リーブだな、そう改めて思うと、

「こんな時間まで、ご苦労だったな」

そんな言葉を放つ。それはあくまで副社長としての言葉である。

それに対してリーブは、いえ、と短く返事をすると、続けてこう言う。

「ルーファウス様こそ、こんなお時間まで…。それにしても歩いてお帰りになるつもりだたのですか?」

「ああ…まあ」

簡潔にお抱え運転手のことなどを含めて事情を話すと、そうだったのですか、とリーブは納得するように頷いた。勿論、ツォンのことは口に出してはいない。それはあくまで個人的なものである。

リーブは、今日たまたま別のルートを通ったのだという。それだから、本社とは離れたこの辺りにいたのである。それは本当に偶然でしかなく、だからこそありがたい事実であった。本来ならリーブが帰宅する際もこんな道は通らないのだから。

そんなことを笑いなどを交えて話していると、ふとリーブはこんなことを言い出した。

「もしお帰りが遅くなるようなら、連絡して下さればお送りしますよ」

「……そうか?」

「ええ。まさかこんな寒い夜にルーファウス様を長々と歩かせるわけには行きませんからね」

その言葉には、どちからというと、そうなるくらいなら呼びなさい、というような意味が混じっていた。

「暮れに入ってから私も帰りはこんなものですからね、同じふうに帰るなら一人より二人の方が良いですよ」

「そう…かもな」

リーブは親切心からそう言っていた。それはルーファウスにも良く伝わる。リーブは嘘などつくような男ではないから、きっと頼れば期待以上のものを返すのだろうと思う。

けれど、その言葉にルーファウスは素直に「じゃあ頼もう」などというような言葉はかけられなかった。

その言葉の示す内容は、ツォンが言ったこととも重なっているから。

ツォンはそれだけでなく色んな意味を含めてそう言ったのだから、リーブの言う限定された意味とは少し違う。しかし今此処でリーブを頼ったら、それは少しツォンに後ろめたい気もした。お抱え運転手の男に頼むならまだしも、リーブなのだ。彼はそういう立場の人間ではないし、過去に色々と懇意にしていたことはあったとはいえ、今は同じ神羅の中の重要な人間の一人に過ぎないのだ。

とはいえ、それは別にルーファウスの立場からすれば、ツォンにとやかく言われる筋合いのないことではあった。仕事の関連なのだから、そういえばきっとそれだけで済んでしまうのだから。

ツォンは、少しでも怒ったりするのだろうか。

ちっとも想像がつかない。というより、想像ができるほど、記憶の中に様々な顔がないといったほうが正しいだろうか。ほんの少しの表情しか知らないツォンに比べれば、リーブなどは付き合いが長い 分、何かを言ったときに返る反応がある程度は想像できる。

相手を良く知らないというのは、何故か切ない。

「そういえば、もうすぐクリスマスですね」

ふとリーブがそう言い、ルーファウスは慌てて、そうだな、と返した。

「今年あたりは、さすがに予定がおありなんでしょう?」

ふふ、と笑ってそんなことを言う。言いたいことが分かって、ルーファウスは少し怒ったように声を出す。

「あるか、そんなもの」

「またまた、そんな事を言って。その様子だと図星みたいですね。でも良い事ですよ、そうして仕事ばかりしていると、チャンスを失いますからね」

「リーブ、それは…」

そういえばリーブはまだ独身だった気がする。とすると、その言葉は少し自分の経験が含まれているのだろうか。

何だか続きの言葉を失ってしまう。仕事は神羅とイコールの関係だし、それを言われるとルーファウスのほうが苦しい気がする。

「単に、一般論ですよ」

ルーファウスの様子に気付いたのか、リーブはそんな言葉を口にした。それは本当に言葉通りの意味だと思わせるほど、安心感のある口調だった。

「年に一度のものですから……ゆっくり一緒に過ごされるのが一番ですよ」

誰とも知らない相手の事を含めてリーブはそんなことを言うが、ルーファウスとしては何だか気が晴れなかった。そもそもその相手というのがリーブの想像するような人ではないし、一緒に過ごそうと言われたとはいえ、何だか気が重い。

先ほどの考えが、何故か重くのしかかる。今の方が、随分と楽なのも確かなことだ。

「……きっと、私のことなんて何とも思っていないんだ」

だからか、ついそんな言葉が口をついた。

「?…それは、もしかして…」

「何でもない。忘れてくれ」

リーブの言葉を遮って強くそう言うと、ルーファウスは小さく溜息をついて、俯いた。それから少しして、静かにリーブに向かってこう告げる。

「…帰り。これからも頼んで良いか?」

その言葉に、リーブは快諾をしたのだった。

 

 

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