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HERE YOU ARE -----------------------------------------------
生き残ったらしい。 そう思った時、限りなく落胆した。
目が覚めて、視界の中にあったのはレノの顔だった。 上から覗き込むように見ているものだからやたらとアップで、何だか変な感じがする。 「…おい」 そう声をかけると、レノは「お」という顔になって、それからサッと顔をどかして遠くの方に叫び込む。 「おい、ツォンさん!社長、目が覚めたみたいだ!」 そのレノの言葉を聞いてツォンも近くにいるのだという事を理解したルーファウスは、ゆっくりと顔をその方向に向ける。 するとその先には確かにツォンの姿があり、そのツォンの隣にルードの姿があった。 そこから少し離れた隅のところにはイリーナの姿があり、どうやらこれはタークス勢ぞろいという事らしい。 「ルーファウス様、お目覚めですか」 そう言って一歩づつ歩み寄ってくるツォンを目にしながら無言で頷いてみせたルーファウスは、ツォンの胸の辺りを見遣って目を細めた。 ツォンの胸には、包帯が巻かれている。 それは白いシャツの下に隠れていて良くは見えないが、それでも今はタイと第一ボタンを外しているからか、肌蹴た胸の間から少しだけ見える状態だった。 ルーファウスは暫くそれを見遣っていたが、ツォンが目前にやってきてその歩を止めたと同時に視線をすっと胸から外す。 そうして、ツォンの顔を見上げた。 「おはようございます」 そう一言だけ言って僅かに笑んだその顔は、無言のルーファウスの瞳に焼きついてくる。そういえば、こんな表情をいつかも見たことがある気がする…何となくそう思ったから。 しかしそれが何時のことだったのかと深く考える間もなく、思考を途切れさせるようなレノの声が聞こえてきた。 「あ〜良かった!ホント、毎日あからさまに緊張するんだぞっと。今日は目が覚めないんじゃないかって、もうホント毎日ドキドキするよな」 ふう、と息をついてそんなことを言うレノに、イリーナも笑って頷く。ルードは相変わらず黙ったままだったが、歓迎代わりなのかどうか、ともかくサングラスをクイとあげるようにした。 それを一通り目に映したルーファウスは、ああ、そういえば、と今ある状況についてを整理し出す。 生きていた、一番最初にそう思ったのは少し前のことで、多分一ヶ月は前のことじゃなかったかと思う。最初に目覚めた時もこうして心配そうに覗き込む顔がそこにあって、けれどそれは視覚の存在を証明するものだったからルーファウスは落胆をしていたのだ。 あの膨大な光を目にした数ヶ月前、きっと自分は死ぬのだと思っていた。 その瞬間に死を意識して、これでようやく終わるのだと思っていた。 だからその予測が見事に外れて視覚などというものが存在していた時、あまりの落胆に覗き込んできた顔に向かって大層嫌そうな表情をしたのだったと思う。 しかし覗き込んできた顔は、ルーファウスの表情とは反対に、心配顔から安堵顔に変化した。 目覚めたそこはどこか知らぬ場所だったが、やけに静かな場所でこれといった喧騒も聞こえない。以前住んでいた場所からはかなり遠いのだろうということが窺える。 そこには何故かいつもタークスが勢ぞろいしていて、ルーファウスは毎度目覚める度に彼らの姿を目にしていた。何故此処に彼らがいるのかは良く分からない。ただ彼らは神羅のスーツをそのまま身に纏って過ごしているようで、見知らぬ場所だというのにその空間にいる時は神羅にいるかのような気分にさせたものである。 けれど、そんな懐かしい感覚よりは落胆の方が勝っていた。 何故、生きながらえたのだろうという――――――そんな落胆の方が。 そういう落胆を抱いていたルーファウスは、世情だとかこの状況だとか詳しい情報を耳にすることは一切希望しないままにこの一ヶ月間をベットの上で過ごしていた。そのせいか、自然と睡眠時間が膨大になる。 だからだろう、レノがそんなふうに言ったのは。 「…何時だ?」 ルーファウスがそう聞くと、目前にいたツォンが現在の時刻を口にした。 どうやら午前十一時らしい。 「今日は天気も良いようです。外に出てみますか?」 「外に?」 この一ヶ月間まるで寝たきりだというのにそんなことを言ってきたツォンは、ルーファウスの言葉に一つ頷くと、リハビリが必要でしょう、などと言った。 確かにそれは一理ある。 しかし落胆を抱えていたルーファウスにしてみれば、自分の体の回復も、外に出てこの世の状況を目にしてしまうのも、何だか気の進まないことだった。 そんなことをしてしまえば自分が生きていることをまざまざと実感してしまうだろうし、自分の失態とて痛感しなくてはならなくなる。とはいえ、彼らが自分の周りにいること自体がもう既に失態の痛感であるのは分かっていたが。 「いや、良い」 ルーファウスはそれだけを端的に答えると、すっとツォンから目を離した。 それを見てツォンは、僅かに悲しそうな表情をする。 その背後では、レノとルードが顔を見合わせており、イリーナはあからさまに落ち込んだように俯いていた。安堵の表情を浮かべる彼らにとれば、ルーファウスのそういった後ろ向きな態度は困ったものでしかないのである。 しかしそれでもルーファウスから離れずにこの場にいることには、少なからず理由があった。 「分かりました。では…また次の機会にしましょう」 ツォンは今までの表情を取り払うと笑んでそう言う。 それを耳だけで受けたルーファウスは、無言のままでそっと目を瞑った。 暫くすると、カタン、とドアの閉まる音が響き渡った。
ルーファウスを残しドアの外に出遣った四人は、お互いに顔を見合わせながら無言のままでいた。しかしそれは直ぐにレノの言葉で打ち切られる。 「一ヶ月経ってもあんな調子じゃどうかな、下手すれば足が腐る」 ふざけたわけでもなく真面目にそう言ったレノにルードが牽制を加えたが、レノの真正面に立っていたツォンはその言葉に特に嫌な態度は見せない。むしろレノの言うとおりだというように溜息などをつくと、参ったな、などと呟いた。 あの日から、もう一ヶ月が経った。 その間こうして毎日ルーファウスの様子を目にしているが、意識があり話ができてもいまいち生命力を見出せない。会話とてそれほど長くできるわけでもなく、ルーファウスの言葉はいつも端的である。勿論以前から端的な部分はあったがそれとこれとは違うだろう、何せ状況が違いすぎているのだ。 「社長、もう頑張りたくないのかもしれませんね」 ふとそんな事を言ったイリーナに、三人が同時に顔を向ける。しかしイリーナは俯いており、そんな三人の表情など見ていなかった。 「だって社長は、私達とは失ったものの大きさが違います。そう思うと…」 「…そうだな」 イリーナから目を離したツォンは、そう同意してドアの方を見遣る。 ドアの向こうのルーファウスは、確かに自分たちとは違う大きさのものを失った。ルーファウスでない限りはその大きさがどれだけのものだかは実際の感覚としては掴みきれないし、そこで簡単に頑張れといったとしてもそれは他人だから吐ける無責任でしかない。 それは、重々承知していた。 しかしルーファウスを救出し此処まで連れてきたのは間違った選択ではないとも思う。今のルーファウスを見ていれば生きることにさして執着など無いのは分かるが、それでもみすみす見捨てるわけにはいかないし、何しろ生きていて欲しかった。それは神羅に従事する者として社長である人を助けるということとはまた別個に、一人の人間として生きて欲しかったのである。 あの状況下では、誰しもが立場を捨てただろう。 もうそんなことを言っている余裕は無かった。 自分が助かりたいと思う心と、誰か一人でも助けねばという心が混濁していた。正に緊急時の結束というやつだろうか。 しかし実際ルーファウスを救出した人物はもうこの世におらず、多分その人物は神羅の社員として社長であるルーファウスを助けたのだろう。その人物は、生き残った誰もが名前など覚えていないような一般の社員だった。 そういった命と引き換えに救出された命がルーファウスで、それは多分に感謝しなければならないことである。しかしルーファウスはその事を今でも知らない。まあそれも当然だろうか、何しろ誰もそれをルーファウスに伝えていなかったのだから。 その事実は口にしないように―――――タークスの面々にそう言ったのは、ツォン。 何故かという理由は伏せたままでそれを告げたツォンは、我侭ついでにもう一つと、こんなことも言った。 毎日でなくともルーファウスのところに来て欲しい、と。 そしてその時にはこのスーツで来て欲しい、と。 ツォンはそんな事を、部下である彼らに頭を垂れて願い出た。 今迄ツォンから指令を受ける立場であったレノやルードやイリーナは、ツォンにそんなふうに頭を下げられたことで相当驚いていたが、しかしそこまでしての頼み事を断るようなことはできないとそれを了承したものである。 だから彼らは、こうしてルーファウスの元にやってくる。 タークスのスーツを身に纏い、此処にやってくる。 あれから一ヶ月、生活の為にもそれぞれが新しい道に進まざるをえない状況にはなっていたが、それでも彼らは此処にやってきていた。それは最初ツォンの願い出だったからというのが大きかったが、それでもこうして一ヶ月も経てば段々と違うものも相まってくる。 受動態ではなく、能動態になる。 会いに来て欲しいと言われたからでなく、会いたいから来る。 それはタークスとして社長に出来ることというよりも、一人の人間としてルーファウスという人に出来ることといった感じで、何時の間にか何を言わずとも誰しもがルーファウスのことを考えるようになっていた。どうしたらルーファウスはもっと前を見てくれるのだろう、と。 そんな状況にツォンは、感謝せざるを得なかった。 いや、感謝とは違うかもしれない。何せ今は皆が皆、それぞれの意志で此処にやってきているのだから。 「…しかし、それは受け入れるしかない」 ツォンはそう言うと、すっと皆の方を見遣った。 イリーナは俯かせていた顔を上げてツォンを見ており、レノやルードはそんなツォンにすっと頷く。確かに、起こってしまったものは覆すわけにはいかないのだから。 「…じゃ、俺はこれで」 数分ほど沈黙があった後、一番先にそう言って手を上げたのはレノだった。 レノは皆に背を向けて歩き始めると、少しした後に振り返って「また明日来る」などと言う。そんなレノの背に続いて歩き出したのがルードで、ルードも無言で頷いたりした。どうやらレノの言った「また明日来る」の代わりの頷きらしい。 二人を見てイリーナも一歩踏み出すと、 「主任、私もまた明日来ます。明日こそ、社長が笑ってくれると良いですね」 そんなことを言う。 それを聞いてツォンは静かに頷いたものだが、心の中では別のことを考えていた。 笑顔なんて、マトモに見たことがあったろうか―――――、と。
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