|
箱庭 ------------------------------------------------------
イライラする。ただ、イライラする。
事の始まりはプレジデント新羅だった。 ルーファウスは以前からこの父親の支配態勢に疑問を持っており、片腕になったと同時にそれを切り崩せないものかと思案してきた。 だがそれは意外と難解で、ルーファウスは度々過度のジレンマを感じてはひどい荒れを見せていた。それは隠しても隠し切れない。 今や私物化されたタークスがそれを心配するようなくらいなのだから、そのひどさも伺えるというものである。 しかし最近はそれに加えて更なるストレスがルーファウスを襲っていた。 自分が主導権を握っているはずのタークス―――その主任の、ツォン。 彼が急激に親身になったのが、その原因だった。というより、その理由の方が大きかったかもしれない。 命令はルーファウスの指揮下であるはずなのに、ツォンは新羅全体に対して忠実すぎたのだ。だからその態度の変容についても、父親が一枚噛んでいるという事にルーファウスはとうに気付いていた。 そもそもプレジデント新羅は息子の冷酷かつ反逆的態度に少し手をやいており、それはルーファウス自身も感じていた事である。 だから―――--ツォンを介して改めさせよう、そう父親が思ってる事もお見通しだった。 イライラする。 献身的な態度、そして偽りの優しさ。 以前ならば「はい」という一つ返事しかしなかった部下の、嗜めるような態度。
―――--イライラする。
「今日の会議は中止との事です」 そう几帳面に伝えるツォンの声に、ルーファウスは苛立ちながら反論した。 「そんな話は聞いていない。大体今日の会議は重要なんだ、知ってるだろう?」 「はい。しかしプレジデント新羅直々の判断ですから」 その言葉に敏感に反応してしまう。またか、と思う。 もうこれで何度目だろうか。 重役会議では副社長という事実上ナンバー二の存在は必須であるはずなのに、いつからかルーファウスは蚊帳の外にされていた。理由は単純な事で、ルーファウスの意見によって社長としての意志が通らなくなる恐れや会議が混乱する可能性があるからである。 そんな事が何回か続き、それでも決定項は実行されてきた。 つまりは、別の場所できちんと会議に準する話し合いは行なわれているのである。 「どうせまた高級料亭か何かで極秘に片を付ける気なんだろう。隠したって無駄だ」 ルーファウスはため息混じりにそう言い捨てると、チラリとツォンを見た。 特別感情が見えるわけでも無い顔が、そこにある。 それから時計を見やった。 針は午後二時を差している。 会議の予定は午後三時からで、本来ならばもうそろそろ資料書類の一式が届けられる頃だった。勿論それらの姿は、無い。 「ツォン、予定通りに会議は行なう。その旨を伝えてくれ」 なるべく冷静にそう言いながら仕事に戻ろうとするルーファウスに、ツォンは機械的に返答した。 「それはできません」 「―――--誰にものを言ってるのか分かっているのか」 怒りがどっと溢れたが、敢えてそんなふうに言うと、ツォンはただ謝罪の言葉を呟いた。がしかしそれに感情が込められているかどうかは定かではない。 神羅の犬が……! そう言い放つのにも同じ反応を返す。 ルーファウスにはツォンが理解できなかった。父親の意見を第一にするその一方で、やはり自分にも同じように付き従う、そんなツォンが。 「ルーファウス様。どうか生き急がないで下さい」 静かに放たれる言葉は、更に理解しがたいものだった。
取り敢えず納得の言葉などかけてツォンを退出させたルーファウスは、その一時間後に、会議が開かれる予定の場に赴いた。 もしツォンの伝言が本当ならば此処はもぬけの殻のはずである。ツォンを信じる信じないに関わらず、それは確認すべき事柄だった。その結果によって変わるものが不信感や嫌悪感や憤慨であったとしても、である。 午後三時―――--。 その部屋の前でルーファウスが目にし、耳にした事は、結局は裏切りでしかなかった。 裏切りでしか……。
開け放ったドアのその音に、部屋中の誰もが振り返った。 それは最初は驚きの顔だったが、一瞬にして怯えと焦りの顔に変わる。それを見ながらルーファウスは目を細めた。 やはりそういう事だったのか、と。 今日行なわれる会議の内容は、姿を眩ましたセフィロスに対する対応が主であり、その裏には魔晄をより膨大且つ確実に摂取する目的が隠されていた。 つまりそれは神羅カンパニーの現在の主要項目であり、会社中核の方針を決定付ける重要な会議だったのである。 その場に、副社長である自分が呼ばれなかったという事実は、もはや許される事では無かった。 「私の席は何処だ?」 静かに放たれる言葉が部屋に反響する。丁度真向いに腰を据えていた父親が、それに困ったふうな顔をした。 「ルーファウス……」 「言い訳など聞きたくない。早く続きを……時間の無駄だ」 近くに置かれてあった資料書類一式を手にすると、有無を言わさぬ様子でルーファウスはそう言い放つ。しかし誰しもが微動だにしなかった。 「ふん、私がいると進められないという事か?」 馬鹿馬鹿しい。思わず笑みがもれた。 そんなふうに自分を恐れる連中が神羅を握っているのかと思うと反吐が出る。だから支配が緩い。だからいつまでも完璧にならない。 「では私の方から進めさせて貰う」 「ルーファウス」 「今期の神羅の―――--」 「ルーファウス!」 プレジデント神羅の強い声でルーファウスの言葉は途切れた。場は静まり返り、緊張感が張り詰める。 それは親子の対立のように見えたが、どちらかといえば立場的、また思想的な対立が主であり、それこそがこの緊張を生んでいた。が、その根底にあるものに気付いている者は少なく、殆どの者は表面上身内絡みの対立に見えるその状況に顔をしかめる。 「―――--出すぎた真似はするな」 低く呟かれた言葉に、ルーファウスの顔が歪んだ。 出すぎた、それを決める基準が誰だというのか。 反論しかけようとするルーファウスに、プレジデント神羅は妙なジェスチャーをする。それは、合図だった。 「うっ…!」 突然鈍い痛みが全身に走る。 何が起こったかという事より先にルーファウスの目の端に黒く揺れる髪が映り、その事実にだけ唇を噛み締めた。
あの瞬間に見えたのは紛れもなくツォンだった。 特に何でもないといったふうな顔つきで自分に一撃を加え、陥れたのは。 やはり所詮は自分の敵なのだ。部下であれど、中途半端な地位である自分にとっては意志が違えば敵になる。 信用などできるものか―――--あんな人間を。 「ルーファウス様、お目ざめですか」 ふと声が聞こえて、ルーファウスはゆっくりと顔を傾けた。その姿を確認すると、呆れたふうにこう返す。 「……さぞ満足だろうな。これで私の失脚も目に見えたろう」 「そんな事は。私はただ……」 「親父の命令通りにしたまでとでも言うのか。ふん、大した部下だ」 実際に怒りもあったが、少し自棄になっている部分があるのも分かる。本当に文句を言うべき相手はツォンでは無いと分かってはいたが、それでも止められなかった。 無性に苛立ちを感じる。 ツォンは横たわるルーファウスの隣で静かに立ちつくしていた。何も感じさせないその顔は、ルーファウスの言葉に反応しているのかどうかすらわからない。 「反論する価値も無いか」 嫌な笑いなど浮かべながらそんな事を言う。別段だからどうだという事も無いし、切り返して欲しい訳でも無い。 しかしそこでツォンは少し悲しそうな顔をした。 「何故そんなふうに言うのです」 「何がだ」 「―――--だから、何故そんなふうに自分を孤立させようとするのですか」 言いなおされた言葉に、ルーファウスはわざと驚いてみせた。 「何故?何故かというのか?それはこっちの台詞だ。私は私の意志を貫いているだけの事で、間違ってるのは周りの奴らだ―――例えばそう…お前もな」 「自信がおありなのですね」 ツォンの静かな声に、それはそうだ、と答える。 自信があるとか無いとかいう前に、ルーファウスは自分が正しいと信じていた。というより、プレジデント神羅の支配態勢など理解できないといった方が正しいかもしれない。 支配とは上に立つべき者の特権であり義務である。 そういう立場上、まず率先されるべき事はいかにして服従させるかという事なはずだ。服従は共存とは違う。位置が同じであるはずがないのに、今のままではボーダーラインすら曖昧になってしまう可能性がある。 それはルーファウスの考える支配では無かった。 「私には貴方が理解できない」 やはり静かな声でそんな言葉が届く。 「できなくて良い。しなくても良い」 そう言い放つルーファウスにツォンはやはり悲しそうな顔を向ける。それが苛立ちを助長させた。それは常々募っていたものだが、この時ばかりは耐えきれなかった。 それはルーファウスにとっては偽善の顔だったから―――理解しようとする振りをしていつでも第三者であり続ける、偽善の顔。 「何のつもりでそんな顔を向けるんだ!」 少し声が荒かったかもしれないが、それは仕方ない。 「悲しくて悪いですか?」 それに同調するようにツォンの口調も幾分強くなる。 「何故悲しいなどと言えるんだ。お前は私ではないし、悲しむ必要性などドコにも無い。そもそも悲しいなどという感情が理解できないな」 「そうですね。貴方が言ったように、理解などしなくて良いですよ」 その切り返しに、ルーファウスの顔が歪む。 嫌味のつもりか―――そう思って腹を立てるものの、自分が言った言葉なだけに拒否も出来ない。 ルーファウスがどんなに独裁的で利己主義であっても、年の離れたこの側近には勝てない部分があった。それは年の功とかではなく、大部分が性格的なもので、何かを欠落させ一端だけを突出させているルーファウスには到底理解の及ばないものである。 「……だったら。もう私の元になどいなくて良い。消えてくれ」 結局出した答えはそんなものだった。しかしそれにツォンは食いさがる。 「ルーファウス様、どうか逃げないで現実を見据えて下さい」 「何だお前は……じゃあ、じゃあ私にどうしろと言うんだ!」 叫んだ声が部屋にこだまする。 ツォンの言葉が分からない、理解できない。 そんな荒れた様子のルーファウスに、逆撫でるような優しい声が響く。 「―――私は貴方を理解したい。貴方の傍にいて、貴方をお守りしたい。……それだけです」 「……何だって?」 真摯な視線と言葉を一笑にふすと、ルーファウスは右手を握り込んだ。 近くにあった銅の文鎮をおもむろに手にすると、それを思い切り投げ付ける。 ガシャン、と音がして、書棚の硝子が砕け散る。 その破片は遠くツォンの頬を掠め、その肌からは赤い血が一筋流れた。 「お前に私の気持ちなど分かるか!一生、分かるはずなど無い!」 耳をつんざくばかりの勢いでルーファウスの声が響いた。 それは怒りと勢いと、そして蔑みを伴って―――--。 「……」 しかしそれに返る言葉はない。 ただ、沈黙の中で視線が交わる。 ルーファウスの中に苛立ちは無かった。ただ、それに変わる怒りがあったが、妙に心は平静だった。 やがて外からバタバタと数人の足音が聞こえ始める。 きっと硝子の割れる音を聞き付けてやってきたのだろう。テロリスト問題が持ち上がっている昨今である、慌てるのも無理はない。 それは二人に現実感をもたらし、社員が部屋に辿り着く前にルーファウスにそれを言わせた。 「……私を理解したいなら忠誠を誓え。親父でなく私に、な」 無表情に告げられた言葉に、ツォンは何も返さなかった。 しかしそれは肯定の意でしかなかった。
|