|
幸福の金の花 ----------------------------------------------
この調子でいけば一ヶ月後くらいには花が咲くな。 そう言ったのは、嬉々としたルーファウス。 花というのが何かといえば最近噂のある“花”のことだった。 その花が話題となったのは丁度一ヶ月ほど前の事で、ルーファウスは良く語らう幹部軍団からその花の事を聞いていた。その花は何でも食用で、食べれば万病をも治すほどの威力があるらしい――――…というのは本当に噂だけであって、実際はそんなことは無かった。 では何故そんな嘘っぱちの花を誰しもが噂し、そしてルーファウスでさえ育て始めたかというと、その花の効果ではなく、その花自体に秘密があった。 そう、その花はとても素晴らしい…何がってその外見。 とはいってもそれは、何から何まで全て素晴らしいという訳では、やはり無かった。 ではこれまた何故かというと―――――…そう。 こういう噂があるわけで。 “その花は金に染まり幸福を齎す。金の花を咲かす事ができた者は幸福を得るだろう” …であるからして、その金の花を求めてルーファウスは噂の植物を育てていたのであった。 さてさて――――その金の花の咲く植物であるが、これは結構に我侭で、毎日五回は水をやらねばならない。三食+おやつ+夜食といった具合に欲張りな花なのだ。 まあそれはそれとして、その誤解の水遣りを怠ればその植物、花を咲かす前に枯れてしまうことがあるのだとか。 何でも吸収がやたらと良く、一般の植物よりも成長が早いらしい。だから通常の数倍の水を要するわけで、更に花を見たいというならそれは必須項目であった。 副社長室の小脇でそれを世話していたルーファウスは、目覚まし時計を日に五回セットし、それが鳴ると水を遣るという用意周到さでもって植物の世話をしていたものだが、その五回というのはやはり厳しかった。何しろ出張などの場合は外に出なければならないわけで、ジリリリと目覚ましが鳴ったからといって神羅に戻るというわけにもいかない。 であるからして、そういう時良くツォンは水遣りを頼まれたりしていた。 「良いか。9:00、13:00、16:00、19:00、22:00の五回だ。絶対忘れるなよ。絶っっ対!!」 「はあ…」 何でそこまで意固地になるのだろう…ツォンにはルーファウスがそこまで金の花を咲かせたい理由が判らなかった。 だって、幸福なんて言ってもルーファウスは大体のものを手に入れているのだし、これ以上といったら何があるのか思いつかないくらいである。もし純粋に金の花が見たいというならばそれも分かるが、やはり人々が執着するのはその“いわれ”の方である。 一体何をそんなに望むのだ?―――――ツォンにはいまいち分からなかった。 しかし頼まれたものは仕方なく、此処は一つちゃんと水をやらねば、と思う。 だからツォンは、ルーファウスが出張やら外回りの日にはその令に従って、日に五回の水遣りをしていた。 9:00、13:00、16:00、19:00、22:00――――――最後の22:00は実のところかなりツライ。 何しろ仕事も終わっているというのにその時間まで帰れないときている。これはいかにもツライ。しかし頼まれたのだからやはり仕方無い。 やっぱり水遣りを頼まれたその日、ツォンはそうして最後の一回を遣る為に一人副社長室に居た。レノが帰る際「まだいるのか?」と不思議そうにしていたが、「水をやる為に四時間待つんだ」なんて口にせずツォンは「ああ」と言ったものである。 そうして副社長室で一人ぽつんと待つハメになったツォンだが、これはいかにも、ヒマ。 ―――――四時間…一体何の時間だ、何の。 今頃家に帰りシャワーを浴び、何かしている頃だと思うが、その時間帯に此処にいるのは何だか悲しい。更に言えばツォンの身で副社長室に一人というのはこれもまた、ある意味危険なことだった。 別に何かを覗こうという気はないし、ルーファウスもその点はツォンを信頼しているからこういう事が実現するわけだが、周囲から見れば「けしからん」事なのである。 そういう場合お叱りの矛先は自分だな―――――そう思うツォンは溜息などを吐く。 まあそれも仕方無い、何せ頼まれているのだから。 「まったく…これのどこがそんなに…」 思わず呟き、ツォンは例の植物に目を遣る。 植物はいかにも普通の葉を持っていて、それは結構大きめである。扇状の曲線を描くその葉は全部で10枚ほどついているが、そのどれもが青々としていてとても金になるとは思えなかった。 「木」の部分にはタグのようなものが付いており、そこにはこうある。 “金の幸福” 「金の幸福、か…」 しかもその文字の下には細々と字が書かれており、“この木は金の花が咲くといういわれのある木です。その確率は数億分の一と言われるほどで、類稀なる金の花を目にしようと現在では多くの人々がこの木を愛でています。金の花が咲きますと、この木は幸福を齎すと言われており、それは多くの方に喜びを齎すと伝えられています” と、――――――こうあった。 「多くの方?世界平和か?まさかな…」 ツォンはぶつぶつ言いながらそれを読み終えると、ふう、と息を吐きながらまじまじとその木を見遣った。 いかにも何でもない、何の変哲も無い、木。 けれどこの木にはそれらのいわれがあり、そして何よりもまずそのいわれの為に人々を魅了する力がある。何の変哲も無いその木にも、人を惹きつける力があるのだ。 そうしてツォンが一番どうかと思うのが、他でもなく、ルーファウスがそれに取り付かれているという事実だった。 「やれやれ…」 ルーファウスといえば、もうずっとこの木にかかりきりであった。 ツォンと共にいる時でさえその気が金の花を咲かせると良いなだとか、そうなるかどうか、そういう事を口にしたり、はたまたそれらを考えてぼうっとしていたりする。 ツォンがどんなに頑張ってムードを作ろうともそれは崩れる事無く、正にツォンの一人相撲といった感じ。…本当に虚しい。 それどころかルーファウスはツォンに水遣りを頼んでしまう始末である。…報われない。 そんな事もあってツォンは、その木に対して相当疑問を抱えていた。それは「一体何をこれ以上望むのか」ということだけではなく、「それほど大事なのか?」という疑問である。自分との時間を凌ぐほど大 事なその木――――…はっきり言ってツォンは、多少の嫉妬心を抱かずにはいられない状態だった。 葉を一つ、ツン、とつついてみる。 「良いなお前は…ルーファウス様のご寵愛を受けてて…」 そして、溜息。 「私などはもう用済みも同然だ…いっそお前になりたい…」 ―――――そんな事を言っても、葉に変身出来るハズもなく。 「ルーファウス様は一体どんなこおをお望みなんだろうな…これ以上のものなんて――――」 まあ私には手伝うことのできない幸せと言う事なんだろうな、そんなふうに呟き続けたツォンは、もう一度溜息をつくと、ふっと仕方無さそうに笑った。 何となく、おかしくなってしまう。 葉と会話している自分や、木に嫉妬している自分。 同じ生命ある生き物でも感情をこうして言葉に変換できないその木にとっては、こんな状況すら馬鹿馬鹿しい物かもしれない。 もしこの気に言葉を発する能力があったとしたら―――――何を言うだろうか。 こんな自分を見て。 「…馬鹿だな、こんな事」 そう考えている自分も、何だかツォンには可笑しかった。
数日後、すくすくと育った木を嬉しそうに眺めていたルーファウスは、その木に、こともあろうかキスなどをすると、行って来ます、などとその人にあるまじき慎ましい言葉をかけた。 業務が終わった後、ツォンと食事の約束があったルーファウスは、彼の愛しの木に暫しのお別れの挨拶をしたのである。 ツォンとの食事というのは、実は恒例行事だった。 二人は週に一回は食事を共にする事にしていて、それは会えない時間の多さを埋める合わせる大切な行事でもある。大体それは金曜日の午後21:00以降の話で、本当なら毎日その時を楽しみに過ごしているのが当然であったが、しかし最近のルーファウスは少し違っていた。 あの木と離れるのが寂しい―――――――そう思ってしまうのである。 ツォンとは知り合った仲であってこれ以上突き詰める物も無い。 しかしあの木は違う。 未知の可能性を秘めていて、まだまだ知らぬ事が多い。 そう思うと、ルーファウスの思考はどうしても木に行ってしまい、ツォンとの食事などはキャンセルしても良いのではないかという気にすらなってくる。 それでもまあ仕方無い、そう思ってルーファウスはツォンとの食事に出向いたわけだが、そういった思考が根底にある限りは、やはりその場を心から歓迎するというのは難しかった。 つまり――――――上の空、という事になる。 行きつけのレストランで、いつものメニューをすんなり頼み、まず最初に出てきた珈琲を啜る…この時点で、意識せずとも出来てしまう事柄ばかりである。で、その後はツォンとの話などをするわけだが、肝心の気持ちが木の方に行ってしまっているので、はっきりいってその会話というのは聞くも無残なものだった。 「ルーファウス様、先日の出張は…」 「あー…」 「ルーファウス様、そういえばこの前…」 「あー…」 「ルーファウス様、例の件で…」 「あー…」 ―――――――最早ルーファウスは「あー…」しか答えていない状態だった。この言葉は実に便利で、上手い応答の言葉のように聞こえるが、その実それは単に話を聞いていないだけだったのだ。 だからルーファウスとツォンの会話はかみ合っていない。 というか成立していない。 そういう状況を理解しつつも尚、根気良く会話を発生させようと頑張っていたツォンだったが、しかしそんなツォンでもさすがに限界というものがあった。 何を言っても上の空。 何をやっても上の空。 ―――――――いい加減、キツイ。 そうなってくると、果たして二人でいる意味があるのかどうかすら疑問が浮かぶ。ルーファウスが上の空である理由は大方ツォンには理解できていたし、その理由に関してルーファウスが非常に熱を上げていることも知っている。 心ここに非ずの状態が発生することなどハッキリ言えば目に見えていたツォンは、こうなることは分かっていたけれど、と溜息などを吐き、最後には…。 「――――――」 自ら頑張ることを止めた。 つまり、会話をストップさせたのである。 そうなってみて沈黙の空間が訪れると、今までの会話のようなものが全てツォンによるものだと言う事がハッキリした感じがした。 ルーファウスは相変わらず遠い世界に想いを馳せているし、ツォンはだんまり―――この状態、いかにも危険だった。 しかし、その沈黙を破るべく口を開いたのは意外にもルーファウスの方で、それは一瞬だけ…本当に一瞬だけツォンに光を齎したものである。 しかし。 ――――――その光はやはり、一瞬にして消えるのだった…。 「あの木、金の花を咲かせるのかな…」 「―――――…」 またか、そう思ってツォンは心底呆れてしまう。 もうその言葉は何度も聞いてきたし、その結果などは時間が経たねば見えないものだ。 「そうなると良いなあ…」 「…はあ…」 「水遣りは完璧だし。それに―――…あ、ツォン。お前、私が外に出ている時、水遣り忘れなかっただろうな?」 「…忘れてませんよ」 少しムッとしてツォンがそう言うと、ルーファウスは心底ホッとしたように笑顔を作った。それすらツォンにとっては悲しい。 今の今までそういう気持ちを外に出した事の無かったツォンは、此処にきてようやく今迄押し込めてきた、どことなく意識しないようにしていたその気持ちが表面に現れてきていることを感じた。多分それは、いつもだったら抑えられる感情だったのだろうが、こういう二人きりの場に来てまでもルーファウスが同じ言葉しか口にしないその事実が、押さえられるはずのものさえ変化させたのだろう。 キッカケは、疑われるまでに落ちてしまったことだったかもしれない。そして、最終的なポイントとなった言葉は、ルーファウスのこんな台詞だった。 「―――――あの木が金の花を咲かせないと…幸せは来ないしなあ…」 ――――プツッ。 その時、ツォンの中で何かがはじけた。それは脳の中の毛細血管1、2本だったかもしれないが、とにかくそれが弾けた事でツォンは、ツォンらしからぬ行為に出ることとなる。 それは既に引っ込みのつかない類のものだった。 「ええ…そうですか、そうでしょうね。貴方がそう言うなら、私にも考えがありますっ」 唐突にそう切り出したツォンに、勿論ルーファウスは大層驚いた。ルーファウスにしてみれば心の中を占めていて離れないその花の事を単に口にしただけであったし、そういう観点からするとそのツォンの唐突な言葉は“ありえないこと”である。 何を突然ムキになっているんだ―――――? 驚くと同時にそんな疑問を抱えたルーファウスは、首を傾げながらツォンを見遣る。それはいかにも訳が分からずきょとんとしている顔で、既に怒りを彷彿させる表情を見せていたツォンとは対照的だった。 「貴方は今、幸せではないんですね?」 ふっとそう聞かれ、ルーファウスは少々考えてからこう答える。 「幸せじゃないというか…とにかく幸せに成る為には花を咲かせないと」 あくまで幸せ=花であるルーファウスは、躊躇いも無くそんな言葉を放つ。勿論それは素直な感情の上にあった言葉であって、ツォンの立場を汲んでだとかそういう配慮は欠いたものだった。 だからそれは当然、ツォンの怒りを買う。 もしそれが嫌味であるならまだ耐えられたかもしれない。しかし無意識にそう口に出されてしまうともう救い様がないのだ。だってそれは、意識の中に“現状=ツォンといる状態=幸せ”という図式がまったく無いと言う事なのだから。 プツッ。 毛細血管は、派手に5〜6本キレたらしい―――――ツォンはもう既に怒り以外の感情など掻き消していた。 バタン…! 急にそう立ち上がったツォンは、店内であるにも関わらずテーブルの上をガツンと手で叩くと、真正面に座っていたルーファウスに向かってこう叫んだ。 それは店内に響くほどの声量で、正に注目の的となる。 しかしそんなふうに周囲の眼を気にする余裕など、どうやらその時のツォンには無かったらしい。 その声は、響いた。 高らかに。
「別れましょう!今此処で!」
|