GIVE and TAKE

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この世の全ては利益と欲で出来ている。

貴方がそう悟ったのは、もうずっと昔のことだったのでしょう。

だけどその悟りが無ければどれだけ良かっただろうか。

貴方がそんな世の中の醜い本質などに囚われることのないくらいに、常に優しい手が側にあれば――――――――どれほど、良かっただろうか…。

 

 

 

「ギブ&テイク」

貴方はそう言って笑っていた。

「こういう関係は全てそのルールに則っているものだ。なあ、ツォン。そう思うだろう?」

「…そうですね」

私はただそう返していた。本当はいつでも“そうじゃない”と反論したかった。見返りの無いプレゼントを贈ることも可能なのだと、教えてあげたかった。

だけど貴方は。

風に髪を靡かせながら―――――笑って、いた。

「馬鹿馬鹿しいな…この世界は全てそういうもので構成されているんだ。利益、そして欲。一生そういうものに縛られて、私達は生きていくんだな」

「……」

答えることなど、最早できなかった。

ただ頭の中に浮かんだのは、貴方が言っていた会社の話だけ。

その話は本当に経営に直結する話で、何故私のような人間にその話をするのか、私自身も少し不思議に思ったほどだったが、それでもそれを口にしてくれたのは嬉しかった。ただし、その内容は悲しかったが。

“昔、親父に聞いたことがあるんだ”

貴方はそう言っていた。

プレジデント神羅は、一代でこの神羅カンパニーを巨大企業へと発展させた、その頃で言えば青年実業家だった。そして彼は成功の道を歩み、それから息子にその存続を期待したのだ。

“昔この会社は軍事関連の企業だった。それが何故今こうして魔晄産業の企業になったのか。…答えは簡単だった”

そうでしょう、答えは簡単だ。

答えは一つ。

それが、より大きな“利益”を生むと知って、それが欲しいという“欲”を感じたから。…たったそれだけの話だ。その欲求一つで会社は大きく変わり、そして順調に利益を伸ばした。つまるところそれが“成功”というやつだろう。だからプレジデント神羅の選択は正しいというのが一般論。それが上に立つ者の、物の考え方というものだ。

“それを正しいものだとして私は育ったんだ。だから私にはそれしかない。何かをするにも、それは見返りを必要とする。自分にとって利益があることでなければ、意味など無い”

―――――貴方の言葉を、覚えている。

利益がなければ意味など無いと、確かに貴方は言っていた。そう、言っていた。

そして貴方は、会社とは切り離された二人の時間の中でさえそのルールを壊そうとはしなかった。それは当然だろう。何せ貴方という人は、それが正しいとして育てられ、それが正しいとして生きてきたわけだから。

だから私は、貴方がベットの中で言った言葉がどんなに理不尽なものだったとしてもさして驚きはしなかった。ただ、少し悲しかっただけで。

あれは確か、二度目に身体を重ねた日のことだった。

初めての夜は何も言葉がなくて、それがまるで純粋な愛情に包まれての行為だったかのように感じられたものだが、二度目のその夜、それが嘘だったということを私はようやく悟った。その二度目の夜の貴方の言葉こそが、貴方の根底にあるものなのだと、悟ったのだ。

 

「ツォン、これでお前の欲求は叶えられた。そうだろう?」

その不可思議な物言いに、私は少し躊躇ったものの、結局は肯定してしまっていた。

肯定した私を見て貴方はふっと笑うと、体勢を崩しながら「じゃあ」などと言葉を続ける。

「じゃあ私の欲求はどうだ。…残念ながら叶えられてない。いいか、ツォン。こういう関係はギブ&テイクだ。つまりお前一人が希望通りというわけにはいかない。貰った変わりに、お前は私に何かを返さなくてはならないというわけだな」

「返す…とは、一体何を」

言いたいことは分かる。分かるが、それはあまりにも理屈的な物言いだった。

普通そういうベットの上での出来事は少なからず愛情が宿るものだと思っていたが、どうやら貴方の場合は違っていて。

貴方はシーツを払いのけてから足を組むと、裸体のまま葉巻に手を伸ばした。そしてそれに火を点し、煙をふかす。

「そうだな。じゃあ……お前の、命」

「…え?」

訳が分からなくて思わず目を見開くと、貴方はさもおかしそうに笑い出した。

「そんなに驚くな。難しいことじゃないはずだ、お前ならば…な」

「しかし。命とは…一体」

まさかこの場で自害しろとでも言うのか。

そう思ったがさすがにそれは違っていたらしい。

それどころか多分、貴方の言葉はもっと重々しかった…そう、とても。

「命を賭けて誓うんだな、私に。―――全てを捧げる、と」

 

私はその夜から、貴方に対する“ギブ”だけの為に生きていたような気がする。貴方が望む“テイク”にひたすら応えるだけ。それがどんなことであろうとも、それが二人の間を繋ぐルールだった。

貴方の求める“テイク”は時として無茶だった。それでも私はそれにしっかりとした“ギブ”を。たった一夜のセックスに対して、それらはあまりにも大きな見返りだと思われたが、多分それすら私にとっては“与える愛情”だったように思う。とはいえ、貴方はきっとそんなふうには思ってなかったろう。

私は貴方を愛しているから、貴方が欲しいと望むものに応えたいと思っていたが、貴方にとってそれは、単なる見返りに過ぎなかったはずだ。だから、自然発生するような温もりは一切無かった。

ほんの一つのキスすら、無い。

そうして貴方の求める見返りに応えている間、私は何度も自分に言い聞かせたものだ。

いつか――――――いつかきっと、救われる日が来るはずだ、と。

こんなにも想いながら何かを与える。それは時間であり労力であり、色々な形であったが、とにかく貴方に対する愛情である事に変わりはなかった。自分自身が、自分の行動に対して「これは愛情だから」と思える時は良かったが、たまにふっと不安になるときも勿論あった。そういう時は、深い溝にはまったような気になってしまう。

もしかしたら、あの夜すら貴方にとってはどうでも良かったのではないか。

面倒でも、見返りを得るためだけにただ従っただけ…それならば、今あるこの状態は酷くおぞましいものである。

金を払って買春をするが如くに、命を賭けた上での労力や時間の提供をして、あの日貴方を抱いた。

そういう説明をした方が余程納得がいってしまうのは、あまりにも悔しい事実だと思う。それでもその可能性を否定すらできず、私はただ黙々と貴方の望みを叶えていく。

思えばおかしな話だ。

一回のセックスに対し、狂うような多さの見返り。

果たしてそれはイコールの関係なのだろうか。

いや―――――――果たして、私と貴方はイコールの関係なのだろうか…?

何度も狂うような疑問に悩まされ、幾夜も幾夜もそのことを考えた。

貴方が望むもの、そして私が望むもの。

ギブ&テイク。

見返り。

欲、利益。

そうして端的な言葉にまで分解し始めたとき、ふと思ったのは自分自身のことだった。

貴方は確かにはっきりと言ったのだ。この世は利益と欲で出来ていて、そういう物の考え方を貴方は肯定し正とし生きてきた、と。そして私達の関係においてすらそれは見返りが無ければならず、利益がなくてはならないと。

そうはっきり言った貴方に対して、一体私はどうだったのだろうか。

その図式に当てはめれば、私は貴方からの愛情というものを見返りとして、貴方に従っていることになるのではないだろうか。勿論その契機を作り出したのは私の方で、それは当初あまりにも純粋だった。貴方を愛しているといって、その気持ちを伝える為に私は貴方に何かしらの提供をした。その提供というのは些細な金銭だったり時間だったり、つまるところ“誘い”のことだ。そして貴方がそれを受け入れてくれたように思えたあの夜、私の願いは叶ったように感じられた。

その時点で私のギブは“純粋な愛情”で、テイクは受動態の“感情への返答”だったはずだ。

しかし今、それは形を変えてしまっているではないか。

今の私のギブは“命を賭けた愛情の誓い”であり―――――…そして。

そしてテイクは…。

―――――――――そこまで考えて、ようやく分かったのはそれだ。

そう、今の私には“テイク”が無いのだ。貴方の言うところの“見返り”や“利益”が存在しない。貴方はあの二度目の夜に、セックスの見返りとしてというふうに現状を選択した。しかしそれは時間に換算するとあまりにも格差がありすぎる。

二時間やそこらのセックスと、永遠に続くかのような誓い。

重みに換算しても格差がありすぎる。

体と、命。

 

 

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