Gift

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「愛しています、ルーファウス様」

暗がりの中、いつも通りの甘い言葉が響く。

もう何度目だろうか、そんなふうに囁かれたのは―――――――――…?

ツォンは、いつでも自分の側にいる。側にいて、そんなふうに甘い言葉をくれる。

それは愛されている証拠であるはずだった。

「ツォン…」

曝け出した肌を重ね合わせる夜、それはいつだってルーファウスを陶酔させる。その甘美な雰囲気の中で、ルーファウスはツォンのくれる快楽だけを貪った。その快楽は勿論のこと、愛情の証である。だからそれを貪ることは、愛情を貪ることと同意だった。

ベットの上に投げ出した二つの体は、波打つように揺れている。

重なるようにして重心を預けていたツォンを受け止めながら、ルーファウスはその肩をぎゅっと掴む。掴んだそこには熱が篭り、それはまるで繋ぎとめる錨か何かのようにしっかりとそこを占有する。

「んっ…う、っ!」

きつく目を瞑る中、ルーファウスの耳にはツォンの吐息交じりの言葉が鳴り響いていた。

――――――――愛しています、

――――――――いつまでも貴方を、

――――――――ずっと側にいます、

…と。

その言葉の渦巻く中ルーファウスは、言い表しようの無い、充足とは違う感情を淀ませていた。しかしそれが何であるかを確実に探るのは嫌で、ルーファウスはそれをかき消すようにただ、この場に一番相応しい言葉を脳に焼き付けた。

 

 

 

ずっとずっと側にいて。

どうかこのまま――――――――……。

 

 

 

 

 

その男が初めて家にやってきたのは、確か17の頃だったと記憶している。

何の分別もできぬ年という訳でもないし、立場上その年令の頃には既に体裁というものを弁えていた。だからその男の存在にも、腹を立てずに黙す。

しかしそれでも尚拭い去れないものは存在していた。驚愕や虚しさというようなものは、多分、存在していたのである。

男の名は何といったか。

今ではもう忘れてしまったが、確か普通のありふれた名だったように思う。その上ルーファウスは彼を名で呼んだ事が無かったから、更に記憶は希薄極まるところである。

ともかく彼の名などというのはどうでも良いに等しかったが、ただそれでも彼の存在が小さいに止まらなかったのは、彼とルーファウスの間にある関係故だった。

―――――――“異母兄弟”。

世間ではそう呼ばれるらしい関係。

それが、二人の間にある関係である。

この事実がもし生まれながらにしての知識だったらばまだ楽だったのだろうが、元凶とも言える父親はそれを避けた。この17という歳になるまで隠し続けられ、そして、17という歳になって突然知らされた。しかもそれは突然の訪問と数日の滞在という形で。

理由は―――――――――――…「後継者問題」。

 

「いつになったら帰るんだ、あいつ……」

そう漏らしたルーファウスの隣には、静かに佇むツォンの姿があった。

ツォンはルーファウスの何気ないその一言に一種強い感情を認め苦笑などをする。

彼は多分気付いていないのだろう、実際は酷く辛く悔しいと思っている自分を。

この後継者問題は神羅の未来を決断する…いわば世界の未来を委ねる、重大な問題である。その重大な問題を今迄当然の事として考えてきたルーファウスにとってみれば、これまでずっと自分がそれになるという前提であったのに、この歳になって突如現われ名乗りを上げた新参者など許せない存在に違いない。まるで自分の価値を下げた、あるいは自分を否定されたと同等の侮辱的存在である。

彼が何故、突然現われたか―――――――その理由は、歴然だった。

「今時、妾腹の子だなんて……笑えるよな」

そう言ってツォンに同意を求めたルーファウスは、正に言葉通りに笑った。

ツォンは苦笑を返すだけに止めたが、しかし内心ではどこでそんな言葉を覚えてくるのだか、と嘆息するを免れない。

しかし確かにルーファウスの言うことは尤もで、突然現われたあの存在は世間的に認められない妾腹の子に違いなかった。

こういったことが起こるのは当然の如く父親の浮気が原因である。

しかしこの世俗的極まりない浮気という行為について、世間一般の常識があの父親には通用しなかった。例えばそれは、誰もそれを口頭で罵りもせず黙認すること、そして今此処で正妻の息子たるルーファウスさえその未来の地位を剥奪されるかもしれないこと、などに表われている。

故に、誰もこの異様な後継者問題の場に疑問符を打たない。

しかしそれでも世間と同じであったのは、その浮気を父が隠していたこと、そしてそれによって傷つく者があるという事実だった。

「ルーファウス様、そろそろお時間が」

「嫌だ、いらない」

「それではいけません。召し上がらないと」

例の彼が来てから、ルーファウスは物を口にしない。

いつもより僅か豪華な振る舞いが何だか許せないのもあったが、それよりかは精神的ダメージが大きい。数日前だったか、父親がこう言い出した時には驚いたものだ。

“お前には異母兄弟がいる。私の跡を継ぐべく副社長に就任するのは…お前か、その子だ”

信じられなかった。

迂闊だったと思った。

副社長という地位…いや、ゆくゆくは社長の椅子までもだが、それらは絶対的に自分の物だと確信していたのに、まさかそんな選択肢があっただなんて。

本来―――――地位などどうでも良かったのだ。

欲しいとだなんて思っても無かったのだ。

それでも、あの父親が自分に与えてくれる唯一の物だったからそれは自分が手にいれるべきだ、と思っていた。何しろあの父親はそれらしきことを一度でもしたろうか。父親らしきことを。…そんな記憶などない。

得られなかった愛情の代わりというにはあまりにも冷たいが、自分が自分であるという意味合いでもそれは必要に思える。

そんな心情を無意識ながら蓄積していたルーファウスは、ある晩に切り出されたその言葉に大きく揺れた。そして思ったのだ、絶対に手に入れる…、と。

「でしたら私が此処まで運びましょう」

ルーファウスの巌窟な態度に、ツォンは溜息がてらそんなふうに提案をした。

今に始まったことではないからもう慣れている。給仕のようなことをするのにさえ躊躇いは生まれない。

が、一方のルーファウスには躊躇いが生じたらしい。慌ててこんなふうに言う。

「嫌だ。ツォンはそんなこと言うな」

「しかし…」

運びでもしなければ餓死寸前まで食べもしなそうなルーファウスのこと、そんなふうに拒否されても困ってしまう。

そんなツォンの態度はどうやら表情に如実に表れていたらしく、ルーファウスはとうとう自分の意見を折ることになった。それは実に三日目のことで、例の存在がこの邸宅にやってきてから四日目のことである。

「分かった。行く…」

渋々そう言ったルーファウスにツォンは思わずホッとした。

勿論それは自分が給仕せずとも良いという事への安堵ではなく、ルーファウスの体への心配心への安堵である。そしてルーファウスの立たされている立場への心配心でもあるか。とにかく四日ぶりにかの存在と顔を合わせ食事を喉に通すことを承諾したその人に安堵しないはずはなかった。

しかしそうして安堵する自分に、ツォンは苦しみを感じざるを得ない。

何故、それほど心配なのか。

何故、それほど――――――…この人を。

 

四日ぶりの食事の席、そこには父親とルーファウス、かの存在と、その母親がいた。

この母親というのは無論、浮気の相手そのものである。

この異様な空間にツォンが引きずり込まれたのはルーファウスの一存で、本来SPとして室外に立つ予定だったものを何故だか親類か何かのように席に就いていた。

席はルーファウスの隣である。

久しぶりに顔を合わせたその場で、ルーファウスは相手の顔をチラリとみやった。

――――――――何度見たって同じ、間の抜けた顔だ。

とても精悍とは言い難いその男の顔は、母親とそっくりである。

二人は共に穏やかそうな顔の作りをしていたが、母親の方はこの問題に疲れを感じているのだか少しやつれている。穏やかそうな顔がやつれているものだからまるで覇気が無い。息子の方はまだマトモだったがルーファウスとは比較にならぬほど意志が弱そうだった。

そういう雰囲気の二人が脅威となっている事はいささか心外ともいえたが、しかし現状それは拭えない圧力に違いない。

「やっと出てきたか」

プレジデント神羅はそう言ってルーファウスを見遣った。

生まれてこの方、一緒に暮らしてきたとはいえそんな言葉は一度足りとも聞いたことがない。やっと、だなどと待たれた記憶も無ければそう望まれた記憶もなく、つまり今迄どうあがいても自分は“どうでも良い存在”だったのだ。

それがこの状況にして一変だなど、可笑しいことに違いない。

「……」

ルーファウスが口を噤んでいると隣のツォンがフォローなどをした。

「ルーファウス様は体調が勝れないとかで」

「ふん?」

その言葉はまるで信じられていなかったようである。が、かの存在は存外にもそれを鵜呑みにしたらしく、善人なのか善人面なのか分からないが、大丈夫ですか、などと心配気に声をかけてきた。

だからルーファウスは、ああ、と答えながらも―――――かの存在を、睨む。

その様子を見ていたらしいプレジデントはすぐにルーファウスに制裁を与えるべく一喝したが、そうされたからと言ってあの善人面が許せるはずなど無かった。例え本当の善人であったとしても、それは同じである。

「取り敢えずはこれで食事もできる」

一呼吸置いた後にそう言ったプレジデントは、食事の合図であるかのようにまずは自分がそれに手をつけた。祈りの言葉など無いこの家では、そういうふうに静かに食事が始まる。

カチャ、カチャ…

鳴り響くシルバーの音。

話す声は、無い。

ルーファウスはこの異様な空間に於いて、隣に座らせたツォンだけが安心できるような気がしていた。本来ならそれは間違ったことかもしれない、何せツォンだけが何の繋がりも無いのだから。しかしそれは心の近さという意味では当然のような気がする。

同様に、他者にとってもルーファウスは遠い存在でしか無いのであろうが。

しんと静まる部屋の中。

響く金属音。

そして……交錯しあう思考。

親子で肩を並べて座っている二人は、俯き、まるで生気を失った人間のように見えた。それをチラリと見ながらもルーファウスは父親の視線を注視しる。

それはまるで心の内を探り合うかのような視線だったが、何故だかルーファウス以外の人間はある特定の人間を見つめており、それは実に様々だった。

父親はかの息子を見遣っている。

その息子は先程からチラチラとルーファウスを見遣っていたがこれは無視をした。

その隣の母親は、何故だかツォンを見遣っている。

そしてツォンは……。

―――――――――ツォンは、自分を見ていた。

 

 

 

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