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GARDEN ------------------------
目前には、咲き乱れる花が見える。 その中でも貴方の笑顔は劣ることなく輝いている。 寂しそうな顔は似合わないから、もっとずっと笑っていて欲しいと願っていた。 私は此処で、貴方の側に生きているから。
“花が咲かないのは、つまらないな” ―――――――そうですね。けれど、いつか絶対に咲きますよ。 貴方がそう望むなら、いつでもこの視界には咲き乱れる花が見えるはずだから。
少し震える手つきで、冷たい頬に触れる。 手に力が篭らないのは仕方無い、傷ついた箇所から滲む痛みはどうしてもどこかにブレを作ってしまう。手を伸ばした先のその人が、この震えに気付かなければ良いのに、そんな事を思いながらそっと微笑む。 「そんなに悲しそうな顔をしないで下さい」 今までで一番優しい微笑みかもしれないと、自分自身でそう思った。証拠に目前の人は微か震えながらも笑ってみせてくれる。それがいかに無理をして作ったものかが分かってしまうのは少し辛いが、それでも悲しい顔などしないで欲しかった。 こういうのを、我侭というのだろう。 けれど、優しい我侭なら少しくらい良いだろう。 「休暇…届けを、出してくる」 震える声で、その人はそんなことを言った。こんな時になんて現実的な言葉を出すのだろうとツォンは少しおかしくなったが、彼の考えそうな事だとも思う。そう、そういうのが迅速な対応とでもいうのだろう。けれど、今はそれも後回しにしたいと思った。だからそう言った口をそっと唇で塞いで、それは後にしましょう、と言う。 「時間は平気なのですか?」 時計を見ると、時刻はまだ昼過ぎだった。 本社ではそれなりに人が込み合っている時刻である。 「ああ、平気だ」 そう言って頷いた…ルーファウスを見て、ツォンは少し悲しくなったが、それは顔には出さないようにする。 まさか、その言葉通りに平気なはずなど無かった。それはツォンも良く知っている。もう何年も勤めているこの会社のことを、ツォンが知らぬはずがない。この時刻だと、午後の勤務が始まり、大体様々な処理に追われているころだ。 今この場にルーファウスがいるということはつまり、社長室はもぬけの殻だということである。今頃その社長室では電話が鳴り続けていることだろう。相手はさぞイラ付いていることだろうが、今日くらいそれは許して欲しいものだと思う。 本社の中の、仮眠室―――――それは本来、多忙時の為にあるものだったが、その中の一室は今やツォンの専用の部屋と化している。 先日、大きな負傷をした。 それはかなり酷い傷で、一時は命までも危険かと言われていたが、それでも何とか持ち直したツォンは、今はこうして話などできるほどまでになった。脅威の回復力だと驚かれたものだが、実際それは回復力だとかそういう問題ではないのだと思う。多分、気力だろう。気力で何とか笑ってみせたりできるが、震える手を止めるまではできない。なるべく細かい動作は人前でしないようにしているから、それほど気付かれないのだろうが、ツォンにはそれが分かっていた。 単なる仮眠ではなくツォンの場合は負傷であるから、たまにこの部屋には医師がやってくる。医師はツォンの容態を聞いたりするが、特に往診などはしなかった。その理由もツォは理解している。 命に別状があればきっと医師も必死で対処していただろうが、今はそうではないのだ。つまりそれは裏を返せば命に危険はないということであり、良いことのように思う。しかしそれは実際には違う。それが証拠に、この部屋はもうツォンしか使用できないくらいに改良されていた。それがどういう意味か…少し考えればすぐ分かるというものだ。 命に問題はない、けれど部屋があくことはない。 この意味――――――。 つまりはもう、元のように仕事に戻ることは期待できないという事に他ならない。 多分目前のルーファウスはそれを知っていて、だから微笑みのどこか滲んでしまうのだろう。口には出さないがお互いがそれを知っている以上、これはもしかすると嘘の付きあいなのかもしれない。 それでも、悲しい顔などして欲しくはなかった。 「少し、話をしませんか?」 穏やかな顔でツォンがそう言うと、ルーファウスは少し躊躇ったあとに小さく首を縦に振る。先ほど口に出したように、ルーファウスとしては休暇届を出したいのだろうが、それも実際には意味のないことである。どうせ一生休暇になってしまうのならば。 ツォンは自分が身を沈めているベットの脇を少しあけると、そこにルーファウスを誘う。そうされてその場に腰を下ろしたルーファウスはやはり少し沈んだ顔をしていたが、ツォンが放った話題に少し表情を変えた。 その話題は確か、以前にもした話題である。 このミッドガルという土地には、花というものが咲かない。 それは気候のせいなどではなく、そういう環境をも奪ってしまったせいで、その原因といえばこの会社に他ならなかった。しかしそれを言ってしまったら何もかも無意味になってしまう。例えば日々の多忙さにグチを零すことすらナンセンスになってしまうのだ。だからそこは暗黙の了解で口に出すことはしない。知らぬ振りで、花が咲かないのも悲しいものだなどと口にしてみる。 そんなふうな話題をした時が、かつての二人にはあった。 春の麗らかな日々だというのに、その特徴ともいえる花が咲かないのはやはり少し寂しい。そもそも、そういう自然の華やかさがこのミッドガルには足りないのだ。大体その時期になると花見などというものをしたりするが、悲しいことにミッドガルでそれをすることはできない。だから大体の人は遠くに出かけてそれをすることになる。中には休暇をとって花見などをするものもいたが、ツォンやルーファウスにはそれほどの休暇を取る暇は無かった。だからいつも二人でいる時は、近場の店などになる。そんなことばかりが続いていたので、たまにはそんなふうに思ってもおかしくはなかった。 特にルーファウスは多忙に多忙という状況になってしまったので、その疲労もあってそう言ったのだろう。 “花が咲かないのは、つまらないな” 花見は遠くまで出かけなければできないとツォンが言ったらば、確かルーファウスはそんな言葉を返した。それはつまり、ミッドガルでも花が咲けばすぐに花見ができるのに、という意味である。 “仕方無い事です。今はそんなことをしている場合ではないですし” “そんなことだなんて、酷い言い様だな” “しかし事実です。午後からは会議も入っています” “分かってる” そんな現実味を帯びた会話をして、結局それは終わったように思う。ルーファウスはそれに少し不満そうにしながらも仕事に戻っていったが、その時のツォンはそれどころではなかった。ルーファウスと共に時間を過ごすのは良いが、しかし時間には限りがあり、大体にして時間で動いている人間としてはそうそう夢物語のようなことに時間をさいている暇は無かったのだ。 それを思い出して、ツォンは一言こう述べる。 「あの時は…あんなことを言ってしまって、すみません」 そんな昔のことを今になって笑顔で謝るツォンに、ルーファウスは小首を傾げる。皮肉なものだが、今はルーファウスの方がそれどころではないといったふうで。 「別に謝る必要は無い。それよりお前…」 「いいえ。もっと夢を見ていた方が良かったと、後悔しているのです」 ルーファウスの言葉を遮ってそう言うと、ツォンはすっと目を閉じた。 「あの頃の私には余裕が無くて…貴方への配慮が足りませんでしたね」 今更遅いけれど…でも、まだ謝る余地はある。目前に謝るべき人がいるのだから。 今のままでいけば、いつかツォンは神羅から切り離される。それは退職だとかそういう書類上の問題ではなく、必要とされなくなるという意味合いであったが、そうなれば当然ルーファウスという人の存在は遠くなるに決まっているのだ。 そうなる前に――――――謝っておかなければならない。 言っておかなければならない。 別段命が無くなるわけでもないのに、ツォンはそんなふうに思っていた。 「そんなふうに…言わないでくれ、ツォン」 ツォンの顔を見つめていたルーファウスは、小さくそう言って、まるで泣き出しそうな顔をする。 「あれは私の我侭だった。それで良いじゃないか」 それどころではないといった様子でそんな事を言ったルーファウスは、ゆっくりとツォンの肩にもたれた。顔を埋め、目を閉じる。それと同時に目を開けたツォンは、自分の肩にかかった重みを受け止めながら、ルーファウスの金の髪を優しく撫でた。 そう――――確かに我侭だったかもしれない。 花の咲かない土地で、花が咲かない事に腹を立てる。そんなのは確かに間違っている。けれどツォンは、そこではなく別の部分に対して謝罪をしたのだった。 ミッドガルは花が咲かないと知っていながらそんな言葉を放ったルーファウスが求めていたものは、そんな背景のある時間だったから。花などという、普段の自分たちに似つかわしくないものを求め共有する時間を欲しがったその人に、よりによってあんな配慮の無い言葉を放った自分はやはり許せない。 しかしそれは、そのときには分からなかったのだ。 今だから、こうして意味を失ってしまった自分だから、それが分かるのである。 時間に追われ、愛する人を想う気持ちすらすり減らしていた自分は、もし仮にそこに花があったとしてもそれを見る資格もなかったろう。そんな暇があるなら、仕事の一つも終わらせるのが先だと思って日々を過ごしていた、そんな自分には。 けれど今、そういう追われる時間が消え去り、ツォンは何だか色んなことが見えてきたような気がした。今だその時間の中で生きているルーファウスを前にそんなふうに思うのは失礼かもしれないが、それでも。 時間には限りがあるというそれは、今でも変わりない。 けれど―――今まであれほどまでに切り詰めていたのは何故だったろうか。 特別好いているわけでもないこの職に、執拗なまでに責任を感じそれを果たそうとしたのは何故だったのか。 辛いと何度も思ったが、それでも乗り越えられたのは何故だった? そういう全ての疑問の答えは、今この肩にかかる重みなのではないかと思う。この人の存在があり、この人が上に立っていくだろう場所だったから、自分はそこで身を削ってまでも守ろうとしていたのではなかったか。切り詰めた時間もこの人のためだった気がする。 しかし追われすぎた時間の中でいつしか自分は、それすら忘れ、目前にある課題しかクリアしようとしなくなっていた。その人が求める安らかな時間すら切り詰めていたのだ。 真っ当に働いてきた人間がそれを奪われると脱力するというが、ツォンにはまだ残っているものがあり、それがルーファウスという存在である。 想いが、残っている。 「では今度は私が我侭を言いましょうか?」 指に髪を絡ませながら、ツォンはルーファウスの頭上でそんな事を言った。優しげなその声は、ルーファウスの顔をふっと上げさせる。 それを見て、ツォンは続きの言葉を口にした。 「種を買いましょう。花の、種」 「種?…どうして?」 「いつか咲くかもしれないでしょう?そうしたら今度は本当にこの場所で一緒に見れるかもしれないじゃないですか」 ―――――――――この土地では、花は咲かない。 そんなのは知っている。知っているけれど、夢を見るのは悪くない。 それに、これ以上何もできないというなら、せめてその人の為にその人が見たがった花を育ててみたいと思う。 勿論それは、ほぼ不可能に近いことだったけれど。 「…うん、そうだな」 ルーファウスは少し躊躇っていた様子だが、結局最後にはそう答えた。勿論ルーファウスも、それが不可能に近いことだと知った上でその言葉を口にしたのである。 こういうのを、本当の我侭というのだろう。 ほぼ叶わないものを、欲しがるのは。
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