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山積書類をまた社に戻した翌日、ルーファウスは眼に留まった業者の姿に首を傾げた。 何だか見慣れない業者がいるが、一体何事なのか。 そんなふうに思って近くの社員に聞いてみると、どうやら工事が始まったのだとかいう。そこまで聞いてルーファウスはやっと、ああ、あの工事か、などと納得をした。 そういえば以前、PCの総入れ替えをするから配線工事と兼ねて改装をするというような話が出ていたのだ。しかしそう言い出した父親は、その提案だけほのめかしてその後に出張だ何だといって姿をくらませてしまい、最近になってやっと帰ってきたという具合。 そしてどうやらこの様子だと、間髪いれずに工事を入れたようである。 「何だよ。一言もなしに…」 一般社員が知っている内容を、まさか副社長である自分が知らなかっただなんて、全くとんだ笑い話である。しかし此処最近の自分の多忙さを考えると、確かにそういう動きには意識がいかなかったというのもあるが。 しかしルーファウスがそんな文句を言っていられるのも少しの間であった事は言うまでも無い。何故って、その改装工事によって一部の部署が仮設社屋に移動になったなどという話を聞いたからである。 しかもその移動が――――――…。 「たっ…タークス!?何であいつらまで移動になったんだ!?」 一般社員より大幅に遅れてその事実を知ったルーファウスは、思わず我を忘れてそう叫んだ。 いつも通り自室で書類を片付けていたルーファウスは、たまたまそこにやってきた社員の男に思い切りそう声を張り上げる。その男にとってみればとんだ災難だったろうが、しかし男としては事実は事実として告げるしかない。 「いえ、どうやら工事の区画に入っていたようで…彼らも仮設社屋に移動しているそうです。連絡はメール便というふうになっているらしいですから、特に問題は無いかと…」 「バカ!大問題だ!」 ぴしゃりとそう言い切ったルーファウスは、目前の男には全く非がないというのに顕著に苛々を表した。そうされた男の方は、自分の事でもないのにいきなり怒鳴られたわけでどうして良いか分からないといった様子である。 しかし幸か不幸か、そう叫んだ後のルーファウスは突然のように考え込み出しすっかり黙り込んでしまったので、それ以上怒鳴ることはなかった。だから男はその隙に、恐々その部屋を後にしたものである。 そうして独りきりになった部屋の中、ルーファウスは深刻に考え込んでいた。 もう既に事態は変わっているわけなのだからこれ以上何を考えたところで何も変わりはしないのだが、しかしそれにしてもあまりにショックで考え込まざるを得ない。 「本社にいないなんて…」 要は、それが問題なのだ。いや、問題というよりショックなのである。 勿論ルーファウスがそれを問題視する理由は―――――ツォン。 今迄同じ本社にいても会うことなど早々無かったし、約束をしたってそれすら守れていなかった。だから結局のところどこにいたって結果は同じなのだが、それにしても実際に場所が離れるとなると心持が随分と違う。 例えば今迄なら、ちょっとした隙に出向いてみようか、などと考えることは可能だったのだ。実際それを実行したことは無かったけれど、それでもそれはやろうと思えば可能なことで、それが出来なかったのは単に自分の問題である。 しかし今度はそういうわけにはいかなくなってしまった。 何しろ聞くところによればその仮設社屋というのは随分と場所が離れているらしいから、ちょっとした隙に出向く、なんていうふうにはできないのである。それこそ、用事があるからといって出かけるくらいの距離なのだ。 「…限界かも…な」 チラ、とデスクの上の書類を見ながらルーファウスはそんなふうに呟く。 この山積みの書類、そして距離――――――――全てが全て憎らしく思える。鞄の中に入りっぱなしの手帳を開けばそこにはスケジュールが詰め込まれていて、それもやはり憎らしいと思う。 ただでさえ仕事の疲れが溜まっているというのに、ツォンとの約束をキャンセルするたびにやはりストレスのように何かが溜まっていく。そして今度は距離まで出来てしまったわけで、これでは本当に疲れ果ててしまう。 会いたい、そう思うのに…会えない。 ――――――何だか、疲れる。 「…もうダメだ」 そう呟いたルーファウスは、視線の先にあった書類の山をグイと掴むと、それをサッと別の場所に追いやった。それから即座に手帳を開くと、スケジュールなどを確認する。 今日の日付に書かれていることは、ある人物との食事。 それは勿論ツォンとではなく仕事上で関係のある人物とのもので、食事といったって詰らない食事に決まっているのだ。話すことといったら専ら仕事の話でちっとも疲れなど取れやしない。むしろ疲れる。 「ツォンは…」 ツォンは何をしているだろう――――そう思って管理しているスケジュールを見てみると、今日はツォンも本社にいることになっていた。といっても今は仮設社屋にいるのから本社にはいないのだが、それでも外には出ていないということである。 「……」 少し考えた後、ルーファウスはさっと電話を手にした。 もう限界、もう駄目――――――そう思ったのは嘘じゃないのだから、きっとこうすることだって正しいはずだ。 そう…突然電話をして、今日は会おう、と言ったって。 詰らない食事を一回くらいキャンセルしたって。 それは許されることではないけれど、それでも自分の気持ちからすれば正しいに決まっている。 そう思い電話を操作し始めたルーファウスは、その少しの間にこんな事を考えていた。 それはかつて自分の秘書をしていた女性社員のことである。彼女は今はもう寿退社などをして此処にはいないし秘書でもなんでもなかったが、それでも彼女の言った言葉にとても印象的なことがあった。 “私、この仕事が好きです” 退職間近、彼女はそんな事を言っていた。これから退職するというのに仕事が好きだなんて豪語するそんな彼女が、ルーファウスには良く分からなかった。仕事が好きだというならば結婚などせずに仕事をすれば良いし、結婚しても仕事を続けるという方法だってある。それなのに彼女はそんな矛盾したことを言うものだから、ルーファウスは思わず首を傾げてしまったものだ。 だったら仕事を続ければ良いじゃないか、ルーファウスがそう言うと、彼女は言った。 “でもこの仕事よりももっと私を必要としてくれる場所があるんです”、と。 それではまるで私が秘書を必要としていないみたいじゃないか、となじると、何ということか彼女は「その通りですよ」なんて言って笑った。 そして、 “だってルーファウス様は、私が…秘書がいなくてもご自分で何でも出来ますもの” そんなふうに言う。 何だか府におちない、そんな気持ちになったルーファウスだったが、その彼女の言葉の真意に気付くと、ああ、そういうことか、と納得ができた。 彼女は言ったのだ。 ルーファウスは秘書である自分がいなくても何でもできるのだと、だから自分は此処で仕事をしなくても良いのだと。けれどそんなルーファウスであっても、何でもできるという状況が崩される場合があるのだという。絶対に必要な何かがあって、それが無くなってしまったら例えルーファウスであろうともダメになってしまう。 今ルーファウスが仕事を上手くこなせているのは、その絶対に必要な何かがちゃんとそこにあるから―――――――そしてその何かは、自分ではないのだと、そう彼女は言ったのである。 “私の好きな人にとってはね、ルーファウス様。私の存在こそが絶対に必要なものなんです。それは私にとっても同じことなんです。だから必要なものを満たし合う為に、私は神羅を辞めるんです” そう宣言した時の彼女は何だか幸せそうだった。それを見てルーファウスも、何だか少しだけ幸せなような気持ちになったものである。 しかしそれでもルーファウスにとって疑問は残っていた。それは、自分にとって絶対に必要なものというのは何だろうか、ということである。 その答えは、彼女の最後の笑顔と共に出された。 “あるじゃないですか。いつも苛々してるルーファウス様が、優しそうな顔をする時が” ――――――――ああ、そうか…そういう事だったんだ。 そう思った。 そしてそれは、今この瞬間にも思ったことだった。 いつも忙しくて、好きな人にも会えなくて、疲ればかり溜まって、苛々している。 それでも彼女がいた頃の自分は、ツォンとも普通に会っていて、時折は優しそうな顔をしていたのだろう。そういう頃は、たった数分であってもツォンと会えれば満足できて、仕事もそれほど苦にならなかった。勿論忙しさの度合いが今とは違う、という事実も関係しているが、それでもそのたった数分が大きなものだったんだろうと思う。 今は忙しさのあまり僅かでも会えなくて苛々してしまい、その結果、更に仕事で苛々してしまう。少しでも優しい顔などする場面もなくて、そんな表情は一体どうすれば作れるのだろうかと疑問に思うくらいである。 そう思うと―――――――――…きっと、会わねばならないのだ。 “今日はもう少し仕事をするから”、などとは言わずに。 “今日はまだ帰れないんだ、今日はダメになった”―――そんなふうには言わずに。 もしかするとこれはとても傲慢な考えかもしれない、そう思う。 けれどルーファウスは、思っていた。 自分の気持ち故ではなく、それが絶対に必要なことだから「会いたい」のだ、と。
プルルル… 電話が繋がって、久々に声を聞く。 何だか一気に安心する。安心しすぎて、何を言っていいのか分からなかった。 マトモに喋れているのかどうかもあやしかった。 それでも本心だけはちゃんと伝えよう――――そう思ったから…だから、口にする。 “会いたい”
二つの言葉が、交差する。 二つの心が、交差する。 それはやがて、完璧に重なり合う。
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