Energy

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今日はもう少し仕事をするから。

今日はまだ帰れないんだ。

今日はダメになった。

 

“――――ごめん”

 

もう何度かそんな言葉を聞いた。いや、最近ではそんな言葉しか聞いていないような気もする。先日などは、久々の約束だったのにも関わらず緊急の用事というのでダメになってしまい、だからもう二ヶ月ほどはマトモに二人の時間を持ってはいない。

まあ、仕方無い。

そんなとき、必ずそう思う。

仕事だから、忙しいから、こんな事態は承知だったはずだ、そう何度か繰り返して窓の外を眺める。窓の外に映る夜の街は何だか綺麗で、けれどその綺麗さも独りだけでは何だか妙に切なく感じられたものだ。

しかしそれでもツォンは、ただひたすらに久々の時間というのを待ち続けていた。どれほど「久々」になっても良いから、いつかゆっくりと二人で過ごす時間が来れば良いと、そう思って――――夜の街を、眺めていた。

 

 

 

会えない時間が愛を育てるだなんて良くいったものである。

確かに時間と言うのは思い出を綺麗な物へと変えて行く。だから、会わない時間が増えれば増えるほど、会っている時間は輝かしいものへと変化する。

その理屈は分かるし、確かにその通りだとも思う。

けれど時々、そんなことは綺麗事だろうと思うこともある。

例えばそれは、こんな時。

「工事が入るんだぞ、っと。だから暫くはメール便だってさ、報告」

「そうか…」

神羅本社に見かけない人間が入り込んでいるのはその所為か、そう納得したツォンは、今しがた最新の情報を得てきたレノの報告を受けてそう返答した。

見慣れない部屋、見慣れないデスク。

その場所でもう見飽きた書類に眼をやっていたツォンは、コーヒーカップを片手に溜息などをつく。レノの情報は神羅本社の事務の女の子からの情報なのだそうで、これは確かなものであるはずだが、それにしても一番影響を受けている自分たちに直接の説明が一切無いとは困り者だと思う。

神羅本社の工事、それは以前から提案だけはされていて、その事実に関してはツォンも勿論知っていた。何でもPCの全面入れ替えをするから配線工事に便乗して整備をするということだったが、そういう話が出ているにも関わらず始動は全く見受けられず、だからツォンもすっかりそのことなど頭から離れていたのである。

ところが先日辺りから神羅本社に見慣れない人間の出入りがあり、それがどうも気にかかっていた。しかしどうやらそれは、業者であったらしい。

つまり工事の為の業者達が、その作業をするべく神羅に立ち入っていたのだ。

「まったく…何で俺達が移動になんなきゃいけないのかな、っと」

ドン、と派手に椅子に座り込んだレノは、大きく足を組んだりしながら「やれやれ」と頬杖などをつく。

レノがそんな態度を取る理由は分からないでもない。何故って、その工事に関して一部の部署は仮設社屋に移動させられたからである。それはあまり大幅な移動ではなかったが、しかし幸か不幸かタークスは丁度その区画に位置していており、正に一番打撃を受けたのだ。

だから今ツォンとレノがいる場所は仮設社屋である。この仮設社屋は本社とはかなり離れた場所にあり、兵舎とも遠い。同じ会社とは思えない距離だから、何だかいまいち神羅という気がしない。それでもタークスと同様に一緒に移動になった部署の人間と話の一つもすれば気が紛れないこともなかった。

「まあ、仕方無い」

ツォンはそうして、もう何度も心の中で繰り返したことのある言葉を口に出すと、その言葉とは裏腹に溜息を漏らす。

本社はいかにも遠い。窓の外を見てもそれはいつもと違う景色で落ち着けもしないし、何だか独りでいるような感覚になる。勿論隣にはレノがいるわけだから独りではないのだが、何だか本社と遠いというだけでそのような気分になるのだ。

そう思ってしまうその理由は、分かっている。

もう二ヶ月もマトモに二人きりで過ごしていない、あの人―――――――その人は本社にいる、そう思うと何だかあまりにも辛いから。今迄同じ本社にいても尚話す機会に恵まれなかったというのに、今度は本当に距離が遠くなってしまったのだ。だから、そう思わざるをえない。

会いたいのに会えない、その事実が、段々と忍耐力を落としていく。

最初は思っていたのだ、会えなくてもそれは仕方無いことなのだと。そもそも最初から頻繁に会うことなどできないと知っていたのだし、それを承知で付き合い始めたのだ。だから何かを望むということ自体が間違っている。そう思う。

そう思うのに何故だか、やるせない。

こうして実際に距離が離れてしまうと、今迄心だけは絶対に側にあると思っていた事でさえ、まるで霞がかってしまうようで―――…。

そんなふうにツォンが思っていたその時、隣でレノが実にタイムリーな話題を振る。

「こっちに移動になった男と付き合ってる事務のコが言ってたんだぞっと。これじゃ遠距離恋愛だ、ってね」

「遠距離恋愛か。まあ、そうだな。そうかもしれない」

ふっと笑いながらそう答えたツォンは、そう口にしながらも煙草に火を点けた。そうしてからそっと視線を窓の外にやると、見慣れない景色をじっと眺める。

あの人は―――――――どうしているだろうか。

窓の外を眺めたりして、いつもと変わらない景色だな、などと思うのだろうか。

自分は、こんなにも見慣れない景色に心が落ち着かないでいるというのに。

 

 

独りきりの部屋に帰宅したツォンは、やはりいつもと同じように夜の街を眺めていた。いつもその夜景を眺めながら思うことは、今は仕方無いだとか、いつかはきっとだとか、そういった事だったのに、何故だか今日は少し違うことが頭を巡る。

あれはいつのことだったか…確かルーファウスと共に社内で話をしていた時だったと思うが、そこに女性社員がやってきて気さくにルーファウスに話しかけてきたことがあったのだ。まさかルーファウスの立場を知っていてそこまで気さくに話しかけれるだなんて、そう思ったがどうやらその女性社員は「特別」であったらしい。

何故なら彼女は、一時期ルーファウスの秘書をしていた女性だったから。

その女性社員は今はもう寿退社というものをして神羅には籍がないのだが、ともかく彼女はルーファウスにこんなふうに言っていた。

『ルーファウス様、何だか優しい顔してる。いつもと違って』

ルーファウスはその最後の「いつもと違って」という部分に大いに怒っていたが、しかし彼女の口にした言葉はひっそりとツォンを満たしたものである。

だって、その時ルーファウスはツォンと一緒にいたのだから。

といってもその時に何か艶のある会話をしていたという事実はないし、むしろ堅苦しい仕事の話なんかをしていたと思う。しかしそれでも尚その時のルーファウスは、“いつもと違って”優しそうな顔をしていたわけである。

それに気付いたとき、ツォンは思ったのだ。ああ、こういうことなのだ、と。

恋愛というものにあまり縁が無かったツォンは、こういう事態になってやっと「ああ」と納得できることがあり、多分それもその一つだったのだと思う。そういうふうに何でもない時間でさえ側にいるそれだけで緩やかになる表情…そういうものを自分が作れるということ。その事実は、あまりに大きい。

抱き合ったり、キスをしたり…そういう事はやはり幸せだと思うけれど、それ以上に大切なことは、もしかするともっと単純なことなのかもしれない。

だから―――――…。

「会いたいんですよ…ルーファウス様」

独りきりの部屋の中、ツォンはそう呟く。

もしあの女性社員が言ったように自分という存在がルーファウスの表情を優しくできるならば、そうしたいと思う。会いたいと思うのは、何も自分の感情の為だけではない。そうではなくて、ルーファウスの為にできることがあるのだと思うと、そうして会いたいと望むことも悪いことではなくて、むしろそう望む事こそ本来の姿であるように思う。

“仕方無い”、ではなくて。

“仕事だから、忙しいから、こんな事態は承知だったはずだ”――――そうではなくて。

もしかするとこれはとても傲慢な考えかもしれない、そう思う。

けれどツォンは、思っていた。

自分の気持ち故ではなく、ルーファウスの為に「会いたい」のだ、と。

 

 

 

 

 

仕方無いことですから。

仕事ですし、多忙は仕方無い。

このような事態は最初から承知でしたし。

 

“――――では、また…”

 

もう何度かそんな言葉を聞いた。いや、最近ではそんな言葉しか聞いていないような気もする。先日などは、久々の約束だったのにも関わらずルーファウスの緊急の用事が元で結局当日キャンセルとなってしまい、だからもう二ヶ月ほどはマトモに二人の時間を持ってはいない。

約束をキャンセルする理由は大体いつも決まっていて、それは必ずといって良いほど仕事の用事だった。

今日はもう少し仕事をするから、今日はまだ帰れない、今日はダメになった。

そして最後に必ずこう言ってきた――――ごめん、と。

しかしそう繰り返せば繰り返すほど、ルーファウスは心に何かが溜まっていくような気がしていた。大体約束の日になるとどこか気分が軽くなるのだが、約束の時間までの間に必ずといっていいほど用事が入り、そういう用事が現れた瞬間にルーファウスはほとほと疲れを感じてしまう。会えなくなったという辛さもそうだけれど、また断らねばならないというのも何だか辛い。そして何より辛いのは、ツォンが物分り良く「仕方無いですね」などと言うことだった。

どんな理由であれ約束を破ったのだから少しは怒れば良いのに―――時々はそんなふうに思う。実際それをされると切り返しに困ってしまうわけだが、それにしたって少しは我侭を言ってくれればまだ気が楽なのに、ツォンは絶対そんなふうにはしないのだ。

しかしそういうツォンの態度が、ルーファウスを思ってのことだというのは、ルーファウス自身も良く理解している。

ツォンは、自分の為にそうして「仕方無い」と解決してくれているのだ。

そういうことが分かっているだけに、ルーファウスは何も言えなくなってしまう。ごめんと言って約束をキャンセルする時でさえ、本当は会いたいんだ、という本音を告げられなくなってしまうのである。

そう、本当は―――――会いたい、と思う。

しかしそんな事を口にしたらツォンは思うんだろう。会えないことは承知の上で始めた関係で、仕事が多忙なのは仕方ないことだから…だからそうして「会いたい」と口にするのも“せめてもの”気遣いなのだろう、と。そして多分ツォンならば、そんなふうに気遣わなくても良い、とさえ言うんだろう。

「会いたいのに…な」

ふう、と息を付いた後にルーファウスはそっとそう呟く。

しかし視線の先には山積の書類。それは先ほど社から持ち帰ってきた書類の山だったが、これからまたこの紙束と付き合わねばならない。だから本当はツォンのことを考えている余裕などはないのである。

しかしこうして独りきりの家に帰ってきて、それでもまだ仕事などをしていると必ずといって良いほどツォンのことが頭を過ぎるのだ。そして、こんなふうに思う。

今頃ツォンは何をしているんだろうか――――――――、と。

 

 

 

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