独白

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私はもう、上手く笑う事が出来ない。

貴方の前で上手く笑う事、それがもう、今の私にはできないのです。

笑顔で話しかけてくる貴方を、私は愛しているはずなのに。

こんな私を、貴方は愛してくれているのに。

その心の通じ合いは大切で、私はそれに感謝せねばならないと分かっているはずなのに、それでも尚私はもう、上手く笑うことができない。

この奇妙な笑顔を見て、貴方がどう思うかくらい分かっているはずなのに。

――――――ごめんなさい。

 

 

 

かつて私は、ルーファウス様を愛していた。

いや、愛していた、というのはおかしな表現かもしれない。何故なら今も私達はその関係を持続しているのだから、「愛している」という現在進行形が正しいのだろう。それに私は、ルーファウス様を嫌いになった事実など無い。

しかしそれでも私は、変化していく何かの中で、その人との間の溝を徐々に埋められなくなってきていた。

それには多分、薄々気付いていたのだ。

あまりに好きで、その人のどんな希望をも私は叶えてきた。そう、例えそれが困難な事であろうと、その人が喜んでくれるならと思えば何だって可能だった。どれほど忙しい時であっても寂しいと言われれば車を飛ばすことなど容易なことで、心情的にもそれは難解な事などではなかった。

しかしそうして過ごしてきた私がある日起してしまった行動は、その後の方向を決定付けるに至ってしまったのである。

思えば何故あんな事をしたのか―――――――そう後悔が巡る。

しかし今の私は、それについて後悔すると同時に、心のどこかではそうなって当然だったとも思っているのだ。もし此処でルーファウス様を愛している事実を並べ立てたなら、あるいは後悔だけが巡るのかもしれない。しかしそれはあくまで自分の心にそう思い込ませているだけであって、本心ではいつも「仕方が無かった」とそう思っている事…私はそれに気付いている。

 

あの日―――――…

 

 

 

ルーファウス様が欲しがっていた小さなペンダントを買った私は、それを不意打ちのプレゼントとして渡そうと考えていて、約束の時間まで少しだけ幸せな気持ちでいた。これを渡したら、きっとルーファウス様は喜んでくれるのだろう。そう思い彼の喜ぶ顔を想定していは、私は無意識に笑顔になっていたものだ。

約束の時間が来てルーファウス様に会うと、私はそれを直ぐに渡すことはせずに、まずは決まった通りに食事などをした。その間の会話といえば他愛もなく、それでもそんな事で笑い合えるのが幸せで、私はそういう食事の時間がすごく好きだった。普段それほど気にもしない食事が、こういう時ばかり美味く感じられる。それはルーファウス様がいるからこそ覚えられる感覚だったのだろう。

「ツォン、この前の会議の事を覚えてるか?」

「ええ、覚えています」

先日行われた会議の事を持ち出された私は、記憶の中からその会議の事を掘り起こし、そうして頷く。

そんな私に、ルーファウス様は満足そうに頷いた。

「あれは酷かったな。さすがに私も呆れ果てた。ほら、覚えているだろう?親父の言った事を」

そう言われて私は、ルーファウス様が指し示すものが何であるかに突き当たり、直ぐには納得できなかったものの取り敢えずは同意を返す。しかし実際、私はそれに同意などできるわけがなかった。

ルーファウス様が言うのは、彼の父親の論のことである。

それはかつてからルーファウス様の政論とは正反対に近い所に位置しているもので、ルーファウス様は事あるごとにそれに批判をしていた。持論と正反対なのだからルーファウス様にとっては当然という所だが、実は私にとってはそうではない。

私はプレジデント神羅という社長の論には少なからず納得している部分があり、また、ルーファウス様の論には少なからず反対の意見を持っていた。尤も、どちらの論に於いても100%納得するということはできず、私はいつもその一部分に賛否を示しているに過ぎない。

だからこんなふうにルーファウス様に同意を求められる場合にもそれは、反対である事もあったり賛成である事もあったりという曖昧な状態だった。

がしかし、私は大抵の場合は取り敢えず頷く、という事をしてきたのである。

それが果たして社交辞令と映っているか本心と映っているかは分からないが、ともかく私がそうする度にルーファウス様は、父親への批判と持論の正当性とを熱をもって語った。ごくたまに私が反論めいた事を口にすると、必ずと言って良いほど「それは違う」と更なる反論が飛び出してくるものだから、私はそう言うとき結局肯定を返す他なくなるのが普通だった。

それは、はっきり言ってしまえば自分の意見を折っているのと同じことだ。

例えルーファウス様を愛していたとしても、自分の考えでさえ放棄しているのと同じ事なのだ。

その事実はいささか私を苦笑させたが、それでも私は彼を愛していて、そんな自分の放棄すらどうでも良いと思っていた。例え自分の意見すら放棄したとしてもその人が納得をするならばそれで良いと、その人が笑顔でいられるならばそれで良いと、私はそう思っていたのである。

だから私達二人の会話の中では、ルーファウスさまの意見が通らないということはまず有り得ない話だった。

「まあいつかは私が政権すら握るんだからな、さして問題でもない。その時はお前も協力してくれるだろう?」

「ええ、当然です」

「その時にはきっと、ツォンももっと高いポストに就くだろう。…いや、違うな。きっと、というより絶対だ。何せ私の時代が来るんだからな」

そう言ったルーファウス様に、私は笑って答える。

「では、楽しみにしています」

しかし心の中では、特別ポストなど望んではいなかった。

 

その後、ルーファウス様を自宅まで送り届けた私は、ルーファウス様に誘われるままその家に上がった。何度か足を運んだことのあるその家はいつでも変わりなく綺麗で、ルーファウス様が住んでいるという気配さえ感じさせない。しかしそれでも慣れた手つきでその中を進むルーファウス様は、私に向かって椅子を勧めると、やはり慣れた手つきで珈琲メーカーに手をつける。

やがて珈琲メーカーから香ばしさが漂ってきた頃、私はそろそろと思いある物体を取り出した。

そう、例のペンダント。

ルーファウス様が欲しがっていた、あのペンダントだ。

何の記念日でもないこんな日に突然プレゼントだなんて笑われるかもしれない。そう思って俄か緊張が走ったが、それでもずっと想像してきた彼の笑顔が早く見たくて、私は頃合を見計らって声をかける。

ルーファウス様、そう声をかけた私に躊躇いも無く振り向いた彼は、これから私が何をするかにも気付かぬ様子で「何だ?」などと返してきた。だから私は、徐にその身に近付いて、なるべくギリギリまで気付かれぬように真面目な顔をして「実は」と切り出す。

まるで役者にでもなったみたいに素知らぬ振りをした私は、その数秒後、突然のように彼の手の中にプレゼントを贈った。

手で包んでいたからそれが何かなんて見えない。

ただ、何かがあるという感覚だけが広がっていく。

「ツォン…?」

その妙な感覚に首を傾げたルーファウス様は、暫く不思議そうに私の顔を眺めていたが、その後その視線を手元に落として驚いたような顔をした。

私はそんな彼を見て、何だかとてつもなく幸せな気分になる。

「これ…もしかして、あのペンダント…?」

「開けて見てください」

箱に入っていたペンダントは、例え中身が見えなくとも、直ぐにそれであると分かってしまう状態だった。何しろ箱にはブランド名が書かれており、それはルーファウス様が欲しがったあのペンダントのブランドでもあるのだ。既に中身を見るまでもない。

しかし敢えてそれを勧めた私に、ルーファウス様は素直にそれを実行してくれた。

私の目の前でその箱を開け、上品そうに包まれていたペンダントを見詰める。

アンティーク色をしたそのペンダントは細かなクリスタルの埋め込まれていて、ちょっと見では分からないもののかなりの高価品だ。しかし当然私は、そのペンダントの高価という部分を掲げたいわけではない。そうではなく、あくまでそれがルーファウス様の欲しがっていたものだからそれを買ったというだけである。

そして何より――――――喜ぶ顔を見たかった。

「ツォン…ありがとう」

ルーファウス様は、私の顔を見て、静かにそう言う。

言葉こそとても静かなものの、その表情は私が望んだ通りの穏やかな笑顔で、私はそんなルーファウス様の様子に心から幸せを感じた。

こんな何でもない日のプレゼント。

ただ私が、私の満足を得たいが為だけに買ったようなプレゼントだが…しかしそれでも、私はそうして良かったと思った。特別大きな事でもなくこんな物でしかないが、それでも喜んでくれる人がいる。そして私はそれを見て幸せになれる。

そういう事が、私にとってはとても大きな満足だった。

「本当に…ありがとう。これは大切にする」

「…はい」

私は幸せの中で、そう頷く。

そのペンダントがルーファウス様にとって大切なものになれば良いと、そして私にとっても大切なものになれば良いと、そう思いながら。

――――――――でも。

「こんな突然嬉しいことが起こるなんて思ってもみなかったな」

ルーファウス様は嬉しそうにそう言いながらペンダントを首に回した。そうして私のプレゼントはルーファウス様の首に下がり、ゆらゆらと揺れる。

私はそのペンダントの揺れを幸せの中で見詰めていたが、次の瞬間、その揺れを目に映したまま固まる事となった。

それは、幸せや喜びが生んだ…いわば悲劇ともいうもの。

「そうだ、ツォン。お前も直属の上司ともうすぐ離れられるはずだ。そうしたら一緒にいられるな。どうとでもなるんだ、あの男さえいなければ。早くそうなると良いのに」

嬉しそうに笑ったルーファウス様が投げた言葉はそんなものだった。

私はその言葉と、そしてルーファウス様の嬉しそうな表情の間に、何か大きな溝のようなものを感じて戸惑う。

「そ…れは…一体どういう意味ですか?」

隠せない戸惑いをそのままにそう問うた私に、ルーファウス様は何の躊躇いもなく答えた。恐らく私にとって、あってはならない言葉の一つを。幸せそうな、顔で。

「どうって…当然ヴェルドの事だ。親父は彼を信頼すると共に疑っている。まあ珍しく私と利害の一致がある部分だ」

「ヴェルド主任を…?い、一体何故…疑ったりなど…」

訳が分からない。ヴェルド主任はかねてからタークスにいた人だ。社長の信頼も厚いと聞いているというのに何故そんな話が出てしまうのだろうか。

私には全く理解できなかった。

…が。

 

 

 

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