出逢いの場所

------------------------------

 

 

 

「大丈夫か?」

そう言って差し出された手を、グッと掴んだ。

手の先に見えた顔は、とても綺麗だった。

そして、とても素直に笑っていた。

だから、いつかそれに何かを返さなければならないのだと思っていた。

だから懸命に愛してきた。見つめてきた。守り続けてきた。

けれど―――――――それももう時効だろうか…。

 

 

 

邸宅に、重役を招待したんだ。

そう言ったルーファウスは、ツォンにその付き添いを頼んだ。重役は神羅内の人間でもあるし、どこかの企業のお偉いさんでもある。

プレジデント亡き今、その邸宅に住むのはルーファウス一人であったが、それは一人で住むにはあまりにも大きすぎた。

だからなのか、ルーファウスは度々その邸宅をそういったことに使用するようになっており、ツォンは以前からの付き合いと役職の関係でその度にその邸宅に足を運んでいる。

その日は、ちょっとした食事を交えての会議。

会議と銘打ってはいるものの、それは堅苦しいというほどのものもない。

招待される重役達は、時の支配者の眼の中に入り満足そうにしていたが、その影では、何かを企んでいるのでは、と噂をしていた。

だからそれは、表面上を繕った、騙しあいのような場所でもあったのだ。

 

午後9時を回る頃、クラシックの流れる中、決して上品とはいえない談笑が響く。それと共に、カチャカチャと鳴るナイフやフォークの音。

その部屋の外に立ち、ツォンは暗くなっていく空を眺めていた。

こうして呼び出されはするがそれはツォンにとって仕事の一部でしかなかった。何故ならその部屋の中にツォンは呼ばれないからである。だから黙って部屋の外のドアに背を向けて空を眺めるしかない。

丁度ツォンの視線の先には窓があり、そこからは豪華な庭が見えた。庭の右側には廊下が続いており、その先がかつてのルーファウスの部屋だった。そのかつての部屋には何度か足を踏み入れたことがあったが、今ではもう使用していないのだとルーファウスは言っていたはずだ。だから今は、もぬけの殻。今現在ルーファウスがこの邸宅のどこを使用しているのかは良く分からないが、とにかくあの部屋ではないらしい。

今この邸宅には、かつてと違う住人がいる―――――――まるでそんな感じだ。

そんな事を頭の隅のほうで考えていたツォンは、少しした後に耳に届いた音に、慌てて身をそらした。

背後から、ドアをノックする音。

普通なら部屋の中からノックするということは考えられないことだったが、こういう場では特殊にもこういうことが起きる。例えばちょっとした用事を頼まれるときなどがそれである。ルーファウスは、このドアの側にツォンが待機していることを知っているのだ。

「何でしょうか」

そっとそう問いかけると、ドアは開かないままで、その中から返答があった。

『悪いが、ワインを2、3持ってきてくれるか』

「ワイン…ですか。今日はまだ続きそうですか」

腕につけた時計を見遣りながらそうツォンが言うと、ルーファウスの声は僅かに機嫌を悪くしたように、

『早くしてくれ』

そう放たれる。

どうせこういう回答だろうとは思っていたが―――――そう思いながら苦笑いをすると、ツォンは「分かりました」と答え、それを実行するためにその場を離れた。はっきり言ってしまえば、これはまるで使用人のような扱いだったが、それでもツォンが文句を漏らすようなことや拒否するようなことは無かった。

それをルーファウスは良く知っている。

仕方無いと思いながらツォンは、ワインが貯蔵されている場所まで足を運んだ。場所についてはもう十分すぎるほど理解している。何故かといえば答えは単純、もう何度もこういうふうに物を頼まれてはそれに応えてきたから……しかしそれとて、好きでやっているわけではない。言ってみれば、いつの間にか形成されたもの、である。

「予定では9時には切り上げると言っていたが…」

確かルーファウスはそんなふうに今日のことをツォンに告げてきたはずである。しかし時は既にその時刻を過ぎていて、更にルーファウスはワインを追加する予定らしい。

これは深夜に及ぶかもしれない。

そうとなれば、今度は重役の面々を送るだとかという話になってくるわけで、はっきり言ってしまえば面倒なことになる。とはいえ、それもいつもの事かと思うが。

数百とあるワインの中から、今日の主役となっているワインを探し出す。やっとそれを探し当てた時、どこかホッとしたのか、つい――――――。

手が、滑った。

ガシャン…

「…あっ」

ワインは床に落ち、そして衝撃で粉々に砕け散った。それは貯蔵庫にカンと響き、その余韻だけをツォンに伝える。

年代物の赤い液体は、みるみる内に床をしめらせていく。やがてそれがツォンの靴の下まで流れ着き、そして全てを覆って背後までに至る。

どんどんと広がっていく染み。

何故かそれを片付けるという所まで頭が回らず、ただ黙して見つめていた。暗い貯蔵庫で、広がっていく染みを。

 

 

何だか、ふと――――――悲しくなった。

 

 

意固地になってつき従うのも、過去においての責任や義務も、全てが間違っているような気さえした。今まで何の疑問も持たずにいたのは、本当は、それを疑問と捉えてはいけないという自分が自身にかけた制御だったのではないだろうか。

本来なら今日のようなことも、ちゃんとそれ専門の人間がいる。この家には昔ながらの使用人もいる。自分がそれをこなす必要性などどこにもない。

どんなに個人的な付き合いが昔からあったとはいっても、それが今も同じかといえばそうではない。

それは、違う。

 

 

 

“大丈夫か?”

そう言って差し出された手を、グッと掴んだ。

手の先に見えた顔はとても綺麗で、とても素直に笑っていたから。

だから、いつかそれに何かを返さなければならないのだと思っていた。

それが、懸命に愛する事であり、懸命に見つめる事であり、守り続ける事だった。

 

けれどそれは一体、いつになったら終わるのだろう?

 

いつになったら、“何か”が“返る”のだろうか?

 

懸命に愛しても、何も返らず、

懸命に見つめても、何も返らず、

懸命に守り続けても、何も…何も返らないというのに。

 

 

 

 

春も麗らかな日々。

プレジデント神羅宅では、少し砕けた会議が行われていた。妻の手料理だが、などと言いながらプレジデント神羅は朗らかに笑う。

そこに集まったのは、神羅の重役と、そして某企業の重役だった。

神羅台頭の時期、その某企業はまだ新進状態であった。その二つの企業による話し合いとなれば、それは少し意味深なものである。戦争用に兵器提供をしてきた神羅と、そして魔晄という自然エネルギーを魔晄路という特殊な機械によって供給する状態まで持ってくることに成功した某企業。しかしその魔晄の調査及び研究は神羅の援助を伴っていたので、魔晄路による収入の幾%かは神羅に還元されなければならなかった。

合併を…そんな話もでたが、頑なに権利を主張する某企業に対して強行突破するようなことを、プレジデント神羅はしなかった。

ならば上手い具合に付き合っていく必要がある。手を取り合って、共同という形で。

そんな思惑が巡らされたその話し合いの外では、プレジデント神羅の息子ルーファウスが友人を呼び寄せて遊んでいた。

あまり友達というものを作る機会がないから、ルーファウスにとってその友人は親友というレベルの人間だった。

プレジデント宅はとても広くて、庭だけでも恰好の遊び場である。庭にはプールもあるし、池などもあるし、頼めばそれなりの遊具だって取り付けて貰える。それはその親友にとっても、勿論ルーファウスにとっても満足できる環境だった。

「今日は会議があるんだ。だから庭で遊ぼうか」

「そうなんだ」

色々大変なんだね、そんなふうに言ってくれる友人が、ルーファウスはとても好きだった。それは建前とか羨望からではなく、本当に心からそう思ってくれていて出た言葉だと分かっていたから。

彼は、ルーファウスとは全く違う環境に生まれついた、いわば“普通の子供”だった。片親が早くに死去したという境遇ではあったが、心根も優しいし、とにかく普通に接してくれる。それはとてもルーファウスにとってありがたいものだった。

じゃあ庭で、そんなふうに話をしてから、いつものように庭で遊んだりする。しかし、いつも同じように二人で遊んでいるせいか、そのバリエーションもそろそろ乏しくなってきていたのは言うまでもないことで。

誰かもっと人がいれば良いけれど…そう思うが、じゃあ友達を連れてこようかと言った親友に、ルーファウスは頑なに拒否をした。だって、親友のその友達がどんな人間か…そう思うと、大体は想像がついてしまう。彼のように理解してくれるかどうかは怪しいものである。だから、そこから関係が広がるということはまず無かった。

しかしその日、丁度面白い事が起こったのである。

会議の途中で抜けてきたらしい社員の一人が、ふらりと庭で煙草に火をつけていたのだ。まだ若いその男は、二人の少年が遊ぶ姿を見て、何を思ったのか声をかけてきた。煙草をふかしながらなので、イマイチ良い感じではなかったかもしれないが、それはルーファウスにとってはとても珍しい“関係の拡大”だった。

「何をしているんです?」

優しげにそう声をかけてきた男に、ルーファウスは怪訝そうな顔をする。が、その友達の方は、にこりと笑いながらそれに返答をした。

大人にも普通に打ち解ける親友をチラリと見ながら、今度はその男をチラリと見遣る。そんなに悪い大人じゃなさそうだな、そんなことを思いながらルーファウスは二人のやりとりを見つめていた。

二人にとっては“見知らぬ大人の一人”。

けれど男にとっては“二人の少年”というより、“プレジデント神羅の息子と、その友人”という、そんな見解だった。それはこの会議の席では当然の見解である。

だからか、男はどちらかというとルーファウスの方を見ていた。

「ルーファウス様、ですか?」

そう問われたのに対し、うん、と頷く。何かものを言う気はしなくてただ頷いたというのに、男は親しみを込めて話をしだしたりする。年の離れた人間に何をそんなに話すことがあるのだろうかなどと思いながらもそれを聞いていると、男はふいにこんな事を言い出した。時計を見遣りながら。

「私だけ少し休憩中なんですよ。良かったら仲間に入れて下さい」

はっきりいって、ルーファウスは驚いて声が出なかった。

だって、今までそんな事を言い出す大人などいなかった。知らなかった。父親でさえ遊ぶのに付き合ってくれたことなど一度もないし、大体の人間は話しをした後にすっと去ってしまうものだ。

なのに。

「良いよ!ね、ルーファウス」

「え…ああ、良いけど」

すっかり打ち解けている親友の方は、にこやかに笑いながらそんな事を言い出す。ルーファウスの対して放たれた言葉に、その親友の方が返答するのは何だか変な話だったが、了承してしまったことには仕方無い。

結局そこからは、妙なことに、少年二人、大人一人という状況で遊ぶことになった。

 

 

back next