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ツォンが与えられたマンションの一室で、久方ぶりに身体を重ねあった。 あの荒れた日以来の触れ合いだったと思う。あの時とは格段に違う優しい手つきの中で、二人は眠りについた。 しかし問題は今。正にこれからのことだった。 今までのしがらみが全て清算できたとしても、これからがある。役職についてしまったツォンとルーファウスにとって、その上であるあの企業は望むものではない。ツォンが危惧していたこととルーファウスが危惧していたものはぴったりと一致し、結局二人はある結論に至った。 神羅の二の舞どころか、あれは神羅の冒涜だという考え方もある。憎き場所でもあり、でも神聖な場所でもあった神羅は、崩壊しても尚、こんなふうに過去の過ちとして名を上げられる。それはそれとしても、神羅を叩きながら自分を上げようとする体制や、結局やりたいことの中身などは、どうしても頷けるものではなかった。 そもそも未だに不備があんなに多くて、何をどうやっていこうというのか。 夜中に目を覚ました二人は、そんなことを静かに語り合っていた。 「あそこに…残るつもりなのか、ツォン?」 珈琲などを出されて、それを飲みながらルーファウスはそんなふうに聞く。ツォンどころかルーファウスの方が今まさに始まりという状態だったが、それでも身分の部分からいえばそちらのほうが重要だった。 「…いえ、元々そうやる気があるわけではなくて。ただ、少し関わってしまったからあんなことになっただけですよ」 「けど、今更お前の立場で引けるのか?それにまた逆戻りだぞ?」 今企業として立ち上がったあの組織の中にいれば、生活は十分保障される。ルーファウスはともかくとして、である。 しかしツォンは、そんなことはどうでもいいというように笑った。本当に、それは望むところではなかったから。 「私は何でも良い。貴方が一緒にいてくれるなら、それで良いんです」 それが分かったから今此処にいる。珈琲などを飲みながら。 それを聞いてルーファウスも安心したように笑った。 「…結論は一つだな。あんな忌々しいものとはお別れだ。そうだろ?」 「そうですね」 「でも最後に一つだけしたいことがある。俺にはできないけど、ツォンならできる」 「何でしょう?」 耳を貸すように手招かれ、ツォンはルーファウスの口元に耳を寄せた。そしてそこから囁かれた言葉に、ゆっくりと微笑む。 一つ頷いて了承すると、 「やりましょう」 そう答えた。それを見て、ルーファウスも一つ頷く。 「でも…これでまた1からやり直しだ。仕事は探さなくちゃならないし…きっと大変だぞ」 しかも今度は互いに職を失うことになる。 だがツォンは、そんなことを言ったルーファウスに、こんなことを言った。 「良いじゃないですか、本当に始まりだと思えば。5年前のあの日のように」 それは神羅が崩壊した年、共に職を失い、しかも前職を隠し名前を隠し、初めて違う世界に踏み出すことになった例の時のこと。 あの頃は本当に全てが始まりで大変だった。その頃とまったく同じ状況である。それでも今がまだ安心できるのは、一つ山を乗り越えた後だからだろうか。 とにかく神羅の影を引き摺って、それを必死に拭い去ろうとしながら疲れ果てていた頃とは違う。あれからそれなりの成長はしたのだろう、例えそれが目に見えないものだったとしても。 「いつだったか…ルーファウス様が言った、あの生活に戻りましょう」 「…ああ、そうだな」 今のままで良い、このままで良い―――――そういった生活。 それは見失わない生活。時間がなくて疲れ果てている生活というわけではなくて、お互いが絶対である生活。 「…ツォン」 「はい?」 「今の…世界は綺麗かな?」 ふっとそんなことを聞き出したルーファウスに、ツォンは微笑み、答えを出した。 綺麗に決まってますよ、と。 その答えはもうずっと出ている。神羅の時代にも、後悔したつい最近にも。しかもそれは全て同じ答えである。 あのフィルにとってそれは意味の無い質問だったなということを思い返しながら、ツォンはルーファウスを直視した。ルーファウスはその質問を躊躇いも無く口にする。他の誰かはそれを疑問にも思わず口にも出さない、そしてそんな言葉すら浮かばない。 その違いは、きっと先ほど耳打ちされた言葉にあるのだろうと思っていた。 綺麗だと思うのは、汚さを知っていたから。 ツォンのいきつけの店の彼女もそんなことを言っていた。違うものを飲んでみると、いつもの味がどういうものかが分かる、と。いつも綺麗なものに囲まれていると、それが綺麗かどうかなど気付きもしない。それを知らない人間にルーファウスと同じ質問をしたのは間違いだったな、などとツォンは後悔した。 汚い世界を知っていたから、だから今は何をすれば綺麗といえる世界が見えるか分かる、だからルーファウスは先ほどの提案をした。そしてツォンもルーファウスもあの企業を受け入れられなかったのだ。 「…ツォン」 「はい?」 「俺は最後の人なんだって、言ったな」 「ああ、言いました」 それがどうかしましたか、とツォンが質問すると、ルーファウスはふっと笑って、 「それは死ぬまで側にいることだ」 そんなふうに口にする。 そう言われてツォンは、それはそうだ、と頷く。 最後まで側にいて欲しい、最後に側にいてほしい。それは最期も同じことかもしれない。 「…寂しかった」 ふっとそう呟き、ルーファウスは俯いて目を閉じる。 「ツォンがいなかった時期、寂しいと思ったんだ。すれ違ったときも同じだった。結局、寂しさが…いつもあったんだ」 「…そう、ですね」 それはツォンも同じことだったが、ツォンは敢えて口にはしなかった。今、ルーファウスは何かを打ち明けようとしていて、それを曲げてはいけないと思うから。 「自分でも気付かなかった。いなくなって、それが初めて分かった気がする。ずっと…ずっと一緒にいたから、そんな世界は知らなかった。…あれだけのことを言ってきたのに、今更こんなふうに言うのは狡いかもしれないけど…な」 「…いいえ、そんなことは」 「神羅のことも――――今思うと、何だか頑張りすぎたのかもしれない。捨てようと努力して、それが絶対で…ツォンとの事にもそれを引っ張ってた。でもそういう事じゃなかったのかもしれない。本当はもっと…本当は凄く引き摺ってきたのかもしれない。自分の中にこびりついてたから、必死に捨てようと思ってきたのかもしれない…そう思うんだ。本当なら自然に薄れるものだろう、過去は。それを自分から消そうとするのはきっと、俺の中で消せないことだと、本当は知っていたからなんだろうな」 無理矢理にでも消し去らなければならなかった。新しい生活を送り、それになじむために。そして自分自身が選んでもらえていることを証明するためにも。 けれどそれは本当に少しの考え方の違いと言うだけで、実はいつでも守られてきたものだった。 それに気付くことはひどく難しくて。 だってあまりにもあの華やかな世界は眩しかった。 汚い言葉にまみれても、それでもあの過去は本物だった。 今は世界のどこを探してもありはしないけれど、確かにそこに存在していた自分。 それを背負いながら生きていくことはきっと、この先も辛いことだろう。それは良く分かっている。 でも、その隣にいてくれる人がいる。 辛い道でも、綺麗な世界を見せてくれる人がいる。 きっとこれからも寂しさは付き纏うだろうけれど、それをも超えていける自信を与えてくれる存在がある。 その人は言ってくれるから。 死ぬまで、側にいてくれるのだと。 「また…一緒に生きていこう」 そう小さく言って笑ったルーファウスを見ながら、ツォンはそっと手を差し伸べた。 そして驚いたことにこんなことを言う。 「ええ、ずっと一緒に。けれどその前に、涙を溜めるのは身体に悪いですよ」 「…?」 目を見開いたルーファウスに、ツォンは優しく告げた。 すっと抱き寄せながら。 「涙を溜めると、悪いものが身体に溜まっていくんです。だからたまには思い切り泣くと良い。そうすれば全て悪いものは流れていくから。……涙を堪えてまで笑う必要は無いんです、私の前では」 「…そうだな」 そう言われて、それでもルーファウスは少し笑った。 あまりにも鋭く見抜かれてしまって、それがとても嬉しかったから。 何だか妙な気分だった。 涙は流れるけれど、心はとても嬉しくて。 ああ、此処にも理屈では説明ないものが在ったと、そう思う。 過去は忘れ去られてしまうのだろうか、そう思って一人泣いたときがあったけれど、それも今となっては懐かしかった。もうあの日の痛みを思い出すことはできない。過去のどの時間の痛みも喜びも、記憶に残るだけでしっかりとした感情を伴っては思い出せない。 けれど、今感じるものだけははっきりと分かる。その連続が過去であって、今であって、そして未来となるのだろう。 やがて過去になる未来が、思い出したときに華やかなものであるようにと思う。 その時も側には、愛する人がいることだろう。 どの時間を思い出してみても。
今また「さよなら」を言うべきだろうか。 流れる涙の中にある悪いもの、全てへ。
数日後、始動したはずのシステムは破損した。 それを修復するためにあたふたする人間が数人いたらしいが、そんな姿を見て誰しもがその期待のかかったシステムと、その責任を持つ人々に落胆の色を見せた。 きっと、誰も完璧な修復などできやしない。 何しろ、修復するにも新しいシステムを作ろうとするのにさえ、その機械の群れはあるものを要請するのだ。
PASSWORD?
そこには、5年前の知られざるパスワードが敷かれている。 かつて守れなかったものを、今度こそ守るかのように。 世界を守るための秘密、透明な道標。
それは、世界で二人だけの秘密。
END |