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CRYSTAL LIFE ------------------------------------ - ONLY -
小さな家の寄り集まった、小さな町。 昔あった巨大な都市に比べたらとにかくそれは小規模で、これから何か発展があるとは思えない。しかしそれでもそこは平和だった。 静かで、平和で、皆が皆同じレベルで生活をしている。かつてに比べたら、よほど平等な世界といえるだろう。 その土地の中にもやはり、小さな商売は点在している。企業というほどの大きいものではないとしても、それなりに生活を担うレベルの金銭の移動はあるわけで。 その中の一つ、どちらかというと力仕事に近い仕事を、彼は生活の為にしていた。普通より少しくらいは厳しいものだったかもしれないが、体外の男ならこなせる程度のことであり、本来は問題ない。 しかし、彼にとっては大きな問題があった。 神羅崩壊から3年ほど経ったろうか。 今ではその期間を数えるのも面倒で、しかも心苦しいことだったが、とにかくそれなりの時間は流れている。 一命を取り留めた神羅の社長のその後を、誰も知りはしない。 だからか、噂だけが色々と飛び交っていた。それはどれも信憑性の薄いものではあったが、あの惨状からして誰しもがその話に納得してしまう。 あの妙な攻撃で、神羅は全ての機能を失った、と。 その機能と言うのは、世界を手に握る完璧に近いシステムであり、最高権力の象徴であった社長という肩書きを持つ人物の存在でもある。とにかくそれを失った神羅は、この世から去ったと思われていた。それはある意味では正しいことである。 が、ある一点では正しくなかった。 誰も知りはしなかったから――――――――ルーファウスが生きていることなど。 誰もその人と知らず、彼に接する。 彼は自分の存在を隠しながら生きている。 だから、ルーファウス神羅という神羅の社長は、この世から失われてしまったのだ。しかし彼は生きていた。戸籍はないが、存在だけがある。そんな状態でも、システムのない世の中では十分生きていくことができるのである。 小さな家で、ささやかな生活ならば。 しかし、ルーファウスにとってその生活は非常に慣れないものであった。まさかこの期に及んで屈辱的だなどという言葉は吐けなかったが、それでもその生活に順応するには幾分かは苦労が伴った。しかしそれをも乗り越えて、彼は生きていた。 小さな家の寄り集まった、小さな町で。 自分の身を隠しながら。 かつての、栄光の地で。
足が棒のようだ。 身体は疲れきっていて、何か思考することすらもどかしい。 疲れたんだと思う。 ただ、疲れているんだろう、と。 そんなふうに毎日は過ぎていて、それでもルーファウスが何とか自分を保って毎日を送れていたのは、側にツォンがいたからだった。 神羅崩壊からその後、神羅社員の半分ほどは死去したことが明らかになった。名前を把握しきれていない部分は詳細が分からないが、幹部であった人間は生存が確認できている。しかしその彼らと連絡を取るようなことを、ルーファウスは望まなかった。 もうそれは良いのだ。 彼らは彼らなりに、これから新しく生活をしていくのだろうから。 そう思って、タークスの連中とも会っていない。かつての関係から、ツォンだけが側にいるというだけの状態で、かつてはとても考えられなかったことだが、今では一つ屋根の下に暮らしている。ツォンはツォンなりに仕事を持っており、その詳細は把握しきれていなかったが、ルーファウスはそれでも良かった。というより、そういう事まで回らない状態だというのが正しいだろうか。 今まで指示を与え続けてきたルーファウスが純粋に労働者になったことは、それほど大きいことだったのである。 それでも側にいて、一緒に生活ができる。 隣で生きていける。 それだけが本当に、救いだった。 何もかもが真新しい世界の中では。 「…ツォン?」 日の出と共に家を出て、日付が変わる頃に帰宅する。それが今の生活。かつてもそんな生活をしていたときがあったが、疲労は驚くほど倍増した気がする。それでもそれが今の生活で、それを否定することはできず、それを受け入れるしかない。 その生活の中で、この帰宅する瞬間が一番ホッとする。 ほんの少しだけだが、ツォンと会話をして、たまには寄り添って…そんな素朴な生活。その時間が、とても大切なものだった。 「ツォン、帰ってないのか?」 暗いままの部屋に向かって、棒のような足を頑張ってあげながら、そう声をかける。しかし返答はなく、部屋は暗いままであった。 まだ帰ってないのか、そう思ってルーファウスは小さく溜息をつくと、よたよたと自室に向かう。小さな家ではあるが、それなりに自室がそれぞれあり、寝室だけが一緒になっている。大体帰宅が遅いので、この自室という場所は物置と同じ状態で、着替えくらいにしか使わない。すぐに寝に入ってしまうのだから当然だろうか。 一応ツォンの部屋も覗いてみたが、やはりそこは真っ暗だった。 仕方なくルーファウスは、服を着替えた後にリビングへと向かった。最近はめっきり大衆むけの発泡酒などを飲むのが普通になっていて、それをいつものように取り出して開けると、ぐっと飲み込む。 疲れた身体にはそれは良くきき、何だか頭すらボーッとする。 それでもそういう循環を止めることはできなかった。 かつての部下が見たら、堕ちた、と言うことだろう。しかし幸いにもそんなことを言うような人間は誰一人としていない。そういう生活こそが、今の生活の中では“普通”であり、“標準的”なことだったから。ツォンもまた、何も言わない。 木造の椅子を幾つか並べて、その上に薄い毛布を敷く。簡易的なソファができあがると、ルーファウスはその上にゆっくりと横たわった。 木造の椅子は、疲れた身体には固い。 ちっともゆっくり休めない。 それでも寝室にいかずにそこで一休みすると、今度はゆっくりと目を閉じる。 ぐらり、とする。 疲れたんだ、きっと。 そう思いながらも、段々と深い場所におちていく。
ふと、頬に冷たい感覚があって、ルーファウスは目を開けた。 「大丈夫ですか」 そんな声を聞きながら、ただ縦に首を振る。少しして腕を上げると、その腕を近くにあった肩にかける。その肩は冷たくて、その人がたった今外から帰ってきたことを伝える。 「ツォン…おかえり」 そう言って笑ってみたものの、それがどこまでマトモな笑みだったかは分からない。体中がだるくて、とても疲れているから、どこかぎこちなかったかもしれない。 「お互い様でしょう」 そう言って、近くにあった顔は笑う。それと同時に固い椅子にもたれていた身体はヒュッと宙に浮き、そのまま冷たい胸に抱き寄せられた。 「ちゃんと眠った方が良い」 「…ああ」 ぐったりとしたまま全てをツォンに任せると、そのまま寝室に運ばれ、あの椅子よりかは柔らかいベットにそっと身体をおろされる。 寝室にはベットが二つあるが、部屋自体がそう広くないので距離はそんなに遠くはない。朝起きたままの状態のベットはあまり綺麗ではなかった。けれど、何となくホッとする。 ツォンは手際よく毛布をかけ、それからルーファウスの額に小さくキスをした。 「お休みなさい」 そう言って柔らかく笑う顔に、ルーファウスは笑い返すことはしなかった。というより笑い返すだけの気力が消失してしまったのだ。 別段普通の顔をしていたつもりだったルーファウスだが、それはどうやら外から見ると違う表情に見えたらしく、ツォンは笑った顔を徐々に解き、その代わり曇った顔を作っていった。 「どうしました…」 「え?」 「表情が、暗いので」 「…そうか?」 そんなつもりはないのに。 そう思ったけれど、もしかしたら無意識にそんな表情をしていたのかもしれないと思い直し、ルーファウスはゆっくりと首を振った。 勿論、横に。 「何でもない。気にしないでくれ」 迷惑をかけまいとしてそう言ったつもりだったのに、それは逆効果となってしまったらしい。先ほどよりも曇った顔になったツォンが、ルーファウスの眼の中に映る。 ああ…今の言葉は、今の表情はいけなかったか。 そう思ってみても、もう既に遅かった。 「もう辞めても良いんです、仕事なんて。全て私が工面いたします。貴方がそんな辛いことなどする必要はないのですよ」 さも当然のようにそんな言葉を、ツォンは口にする。その言葉はいつも聞いている言葉で、ルーファウスがこんなふうに明らかにダウンしている日には必ずツォンが口にする言葉だった。 確かに昔なら、それが通用しただろう。 けれど今は駄目だ。 頼っていては。 この数年でルーファウスが得た答えはそれだった。かつてのような立場ならばそれが当然で、そんな言葉を口にさせずともそう命令していたに違いない。けれど今は違う。今の自分には何もなくて、普通に暮らす市民と同じで、だからそういう事があってはならないのだ。主従という関係は、今は無いのだから。 しかし、ツォンの中ではそれは継続されているらしい。それは言葉遣いや態度でも理解できる。それを止めろといってもツォンはずっと止めずにいるし、今更それを変えろという方が実は厳しいのかもしれないと思うと、ルーファウスもそんなに強くそういうことを口にはできなかった。 だから結局、それは未だに継続されている。 そういう残った部分が、こういう会話を発生させるのだ。 「駄目だ、それは」 ルーファウスがそうキッパリと言い放つと、ツォンは困ったように反論の言葉を口にする。 これもお決まりのパターンだ。 だからルーファウスも同じことを繰り返す。 「良いんだ、ツォン。今のままで、良い」 今の生活の中には確かに何もないような気がするけれど、それは過去という比較対照があるからだ。今の生活しかなければ、それが当然になる。そして過去は既にこの世から姿を消してしまったのだから、今はこれが正しいに決まっているのだ。 その説明に対してはツォンも頷いてくれるが、それでも何かがしっくりこないのか、完全に晴れた表情を見せることはない。それはきっと過去が邪魔しているからだろう。 華やかな世界にいた、ルーファウスの姿を知っているから。 「そういうのを後遺症っていうんだろうな、ツォン」 神羅カンパニーに囚われて、それを引き摺ること。それは危険だと分かっているのに。 けれどそんなツォンの事を、ルーファウスも否定はできなかった。それはきっと、ルーファウスの心の奥底にもまた、拭い去れない小さな種があったからであろう。 だから今は、その種が膨らんで花を咲かせないように、願っている。 枯れてしまうように、願っている。 小さな町の、小さな家で。
そんな日々が続いていく。 当然というように、続いていく。 相変わらず足が棒のようになり、身体は疲れきったままで。
それでも生きていけるのは、この場所でこの生活を続けていけるのは、側にいてくれる人がいるから。 たった、それだけ―――――――――。
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