CLEAR WARMTH –ALIVE-
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ドクドクドクと何かが体を駆け巡っている。 それは体を循環する血液だったか、それとも鼓動だったか。 それとも――――また、予感? 嫌な予感はもうたくさんだ、そう思う。思うけれど、そういった胸騒ぎからはもう、逃れることが出来ないのだと、そうも思える。 思い出すのは、あの時確かにあった体温。側にあって、唯一自分が自分になれる場所にあった体温。 その手が――――その体温が欲しい。 それが唯一の生きる糧だったから。 それが唯一の“本当の自分”だったから。
神羅内を駆け回る社員達の動きは、その日激しさを増した。 セフィロスを追うレーダーと、全世界に張り巡らされた膨大な情報網。 そこから割り出されるその位置は、常に移動を繰り返し、たまに点滅などをして混乱を生じさせていた。結局はその情報の採取される時間と、それの確認に要する時間のずれで、結果的な判断は難しくなる。それは社員達に大きなジレンマを感じさせており、それでもそういった情報の監視は二十四時間の万全体制で行われていた。 その情報から割り出され、ようやく実行に移されたのが、“古代種の神殿”。 それでも結果は最悪の事態を呈した。 確かにそれで何もかもが終わるなどという期待は誰もしていなかった。誰しもがそれは長い計画の一部という刹那的なものだと分かっていたし、それの為に動員された人間もそれは十分承知していた事柄だった。 とはいえ、その為に失ったものは確かに存在している。しかしそれは神羅が抱える膨大な社員達一人一人に何らかの感慨を与えるものではなく、それはこと神羅の膨大さを示していた。 ―――例えば、誰か一人の命がどうであれ、それがどうとでもないというように。 結局失敗に終わったその任務の為に、更なる情報展開を余儀なくされていた人間たちは、とにかく社内を緊迫や焦燥といった雰囲気に掻き立てる。 「社長は?」 「いや、まだ安静にとの事だ」 「そうか」 そんなやりとりが聞かれるのも、少なくはなかったろう。 今や神羅カンパニーの社長として存在しているルーファウスが、その責務全般を執り行えないほどに衰弱しているとなれば……。 医者は診断した。 「過労」、と。 確かに就任からこれまでを奔走してきたルーファウスに休みは無かったし、ストレス的な要素が無かったとは言い切れない。 誰しもがその若い社長の事を、過労で倒れた、と表現していた。仕事のせいだ、と。 けれど――――――その心の内を知る者が、一体どこにいるというのだろうか。 有能で、切れ者で、冷酷で、感情の欠落を感じさせる表面的な仮面……その下の素顔を、誰が知りえただろうか。 そうして仮面を脱ぎ捨てる場所さえ、この巨大なコンクリートの塊の中には無いというのに。 けれど、そう決断したのは彼自身だった。自分自身が決断したその結果に、自分自身が飲み込まれていく。 そして逃げ場は失われ、そこに残ったものは―――何だった?
「容態はどうだ?」 そう言ってさも冷静そうな顔をするが、それには少しばかり無理があった。 そんな様子のルーファウスの瞳の中には、戦いに敗れた漆黒の髪が映し出される。 無菌の部屋の中で、そうですね、と神経質そうな顔を向けた医者は、その横たわる体を見ながら、それと同時に体から繋がった幾多の管を見つめた。 その先には、色々な液体がぶら下がっている。それはポトリポトリ、と小刻みに滴り、その先に繋がった管を伝って、横たわるその体の中へと入っていく。 「今は点滴で何とか。けれど芳しくはありません。…時間の問題でしょう」 「時間は…どのくらい?」 そう問うルーファウスの声は震えていたかもしれない。しかしそれに返ってきたのは事務的なものだった。 「その答えは難しい。問題解決の糸口が無いわけではありませんから。今の状況として、問題は臓器です。運び込まれた時にも言いましたが、彼の体の損傷は大部分に及んでいる」 「ああ、見れば分かる」 上半身に巻かれた白い包帯は広範囲に渡っており、それは戦いの跡をまざまざと見せ付けている。 「心臓は微弱ながら何とか維持できそうですが、何分…肝臓が。肝機能の低下が著しい。このままだと血液の循環がうまくいかずに、肝機能は止まることになります」 そうすれば、心臓がどうのという問題ではなくなってしまう。自ずと答えは見えてくる…その先に待ち受けるものが、死である事に。 そう考えて、ルーファウスは胸が痛くなった。締め付けられるような痛みを感じる。そしてどういうわけか自分の鼓動が聞こえる気がした。 「さっき言っていた、解決の糸口というのは?」 まるで賭けかの何かのようにルーファウスはそう言うと、自分の鼓動を抑えるように胸の辺りを押さえた。 実の所、ルーファウス自身の体調もあまり良くは無かった。此処のところ疲れが溜まっていて、ろくに家に帰ってもいないし、まともな食事も取っていない。小さなビタミン剤を口に放り込むだけで、それがちゃんとした効能を奏しているかとかそんな事も考えず、ただ気休め程度に口に含んでいるだけだった。 それでも休むなんて事は出来るはずも無い。 そんな中で今回の出来事はルーファウスの心に大打撃を与えた。 セフィロスを追う為にその地に向かわせたツォンが、瀕死の状態―――――。 その報告を受けた時は、一瞬、心臓が止まるのではないかとまで思った。それでもその後に神羅に運び込まれたツォンは、何とか生命を維持し、今に至っている。 時間にすれば46時間。約二日である。 その間にツォンの意識は戻ったり戻らなかったりという曖昧な状況が続いていた。意識が戻るとはいってもそれは薄目を開けた程度のもので、その目に映るものをしっかりと理解しているかどうかは定かでない。 それでも、生きている。 当初は出血多量で手を施しても見込みはないとまで言われていたが、それでも敷かれた管理で何とかそれを押さえ込むことに成功していた。 ただし、回復の見込みはかなり薄く、さっき医者が口にしていたように肝臓機能の低下が顕著になってきている。 ほっとしたのも束の間とはこの事だな、そんなふうにルーファウスは思っていた。それと同時に、やはりあの予感は当たっていたのだ、と思う。 ツォンがその地に行く前日―――いや、セフィロスが敵として存在してからずっと感じていた予感。 それは嫌な予感で、その正体が何だかはずっと分からないでいた。それでもツォンがその前日に自分の元を訪れたときにその予感が強くなったのを考えると、それはやはりこの結果だったのかもしれない。 結果とは、計画が失敗したことなのか、それともツォンがこういう状況になったことだったのか―――それは今でも分からない。 確かなのは、今の自分の胸の痛み。 それだけである。 あの日、自分はツォンに「行くな」と口にした。それは自分の立場からいえばご法度であって、そういう事をツォンは良く理解していたのだ。だからなのか、ツォンはわざとその言葉を打ち消すようにルーファウスを誘導した。 それは、間違いだというように。 つまりは、ルーファウスは“命令の主”なのであって、そういった感情的なものを口にすることは許されなかったのだ。 ツォンは―――それを許さなかった。 ――――――その結果が、今、目の前にある。 ルーファウスの言葉に反応した医者は、少し考えたような顔をした後にこう呟いた。 「…移植」 「移植?」 「そうです、臓器移植です。私も医者です、相手が誰であれ患者ならば、命を繋ぐ方法を考えます。その答えがそれです。…肝臓はまもなく停止する。けれど肝臓移植をすれば、もしかしたら回復も可能かもしれない」 そう言う医者の眼は強く、ルーファウスも自然と口を結んだ。 ツォンが助かるかもしれない方法が、目の前にある。それは方法としては大掛かりで、だがそれしか無いといっていい。 「―――失敗すれば?」 「死。それしかありえない」 「確率は?」 勿論、成功の方だ、とルーファウスは付け加える。 「確率は臓器によります。当然ながら鮮度も関係がある。加えて問題なのは適合か不適合か、という部分。…今の段階では移植は研究段階に他ならないのです。だからそれは賭けともいえるでしょう」 「それでも確率はゼロじゃない?」 そうしつこいくらいに質問を浴びせるルーファウスに、医者は初めて笑った。 「あとは、腕、でしょう」 しかしそれは、苦い笑いだった。
臓器が必要だと思い始めたのは、それを聞いてから大して時間も経たぬ内の事だった。とにかく臓器があれば何とか生命を維持できる、それだけでも構わない。そう思う。 けれどそれは非常に困難なことであって、研究段階でしかない臓器移植に対して誰かが自分の臓器を提供してくれるとは考えられなかった。 かといって、そういった方面の権威に当たってみても、それは良い答えを得られない。 どうしたら良い―――ツォンを、生かす方法はそこにあるのに。 それなのに、自分は何もできない。 とても―――――とても無力だと思う。 ルーファウスは今までの人生で、欲しいと思うものはほぼ全て、難なく手に入れる事ができた。人はそれを羨望の眼で見てきたし、だからといってそれを振りかざしてきたつもりは無い。自分の背には、神羅という巨大な権力があって、その権力の中で自分は常に守られていた。けれどそれは、ルーファウスの中に壁を作らせるだけで、何一つ与えてはくれない。 本当に欲しいと思うものさえ、そこでは生まれることがなかった。 それなのに、今こうして「どうしても手に入れたいもの」ができた。 それは困難で、どうしようもないもの。 神羅取締役の権力を行使したところで、それだけはどうにもならないのだ。 何だ、と思う。 この肩に乗っかっているものは、一体何なんだろうか? たった一つ、手に入れたいものすら、手に入れられない――ただそれだけの小さな肩ではないか。 この膨大な社員を要さなければ何も出来ない、何の意味も無い、小さな肩。 その肩にそっと触れて、包んだ男が―――。 死に向かっている。 確実に。
自分の為に。 自分を、置いて―――。
ふと内線で連絡が入り、ルーファウスははっとした。すぐさま受話器を取ると、迅速に対応をする。その時は既に社長としての顔に戻っており、そんな自分が何だか可笑しくなった。 電話の相手はツォンについている医者で、その声はやはり落ち着いている。 「どうした?」 絶対にツォンに関わることだと判断し、声が急激に低くなる。ツォンの容態はあまり芳しくない状態が続いていたが、それでも意識の戻る率が高くなっていると聞いていた。そんな矛盾した状況があるものかと思ったが、それはツォンの生命力の問題だろうと返された。 科学では説明できないこともあるのですよ、とそう言われると納得せざるをえない。 『社長。主任の意識回復の方が、良い状況になってますよ』 「…本当か?」 思わずルーファウスは胸の辺りを強く握った。それと同時に何故かズキン、と心臓が痛む。 『ええ。…しかし、その…意識はともかく体力的な部分は変わりません。実際には…やはり落ちているのです。それなのに、意識だけが妙にクリアなようで』 「話…話ができる状況なのか?」 『ええ、まあ。できないこともなさそうですね』 「そうか」 そう答えながらルーファウスは、はあ、と息をついた。胸が苦しい。それは病気とかそういうものではなく、もっと何か違うような感覚だった。あの時の胸騒ぎに似ているような気もする。 しかしそれを抜かせば、やはり心は束の間とはいえ安心していた。 確かに体の内部は破壊されたままであって、決して助かったという表現はできない。それでも意識があるならばまだ良い。 医者がいつか言ったように、“科学で説明できないことがある”というならば、このままその状態が維持できれば良いのに、と思う。 それでも臓器提供者を探すのは諦めきれないことだったが。 「…すぐ向かう」 結局それだけの言葉を返すと、ルーファウスは受話器を置いた。ズキン、とまた胸の痛みが酷くなり、思わずデスクの中に忍ばせてあった薬瓶を取り出す。それはいつものビタミン剤で、やはりその時も気休め程度にその中の一粒を口に放り込んだ。 やけに鼓動が早いのは、緊張のせいだろうか―――。 ツォンに、会える。 ツォンと、話せる。 いや、そこに生命を感じられるなら―――それだけで良い。 生きていてくれるなら、それだけで。
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