本当はそれは、間違った行動だったのだろう。

そう思ったからといって、その身体を包むようなことは、多分間違っていたのだ。

それは確かに暫時的な対処で、それ以外の意味など含んではいなかったけれど、そうすることで何かが狂ったのかもしれない。

 

幼さの残る唇に口付けをして、

冷たくなった身体を重ねて、

何も考えられないように快楽の淵に落として、

もう寒くはないでしょうと囁いた。

落ち着きを取り戻したその人に、もう一度だけ口付けて。

 

それが多分、ルーファウスの逃げ場所になったのだ。

そしてその逃げ場所は、いつの間にか意味を変えてしまった。

“逃げ場所”ではなく、

“真実の場所”に―――――――――。

 

 

 

それからルーファウスは何度かそういった間違いを起こした。

意味もなく引き金を引き、意味もなく人を殺す。

それはふいにやってきて、その度にルーファウスを恐怖感に貶めた。

何故それが繰り返されるのか、そう思いツォンは胸を痛めたが、もっとツォンが胸を痛ませたのは、そういう行動を起こした後に必ずルーファウスが求めてくるようになったことだった。

あれは単なる暫時的なもの…そう思っていたのに、それはいつの間にか習慣づいた行為に変わっていたのである。

理由は歴然だった。

ルーファウスの中に恐怖感があったからである。

人を殺したという恐怖感から、その逃げ場所としてツォンを求める。その温かさに触れてやっと落ち着く。その循環で、それはなかなか直りはしなかった。

ツォンが注意を促してもそれは繰り返され、正に悪循環といえただろう。だが、ツォンはそれをただ受け止めていた。ルーファウスがそれを繰り返す理由も何となく分かっていたのだ。

恐怖感と隣り合った、複雑な快楽。

それは征服という名の快楽。

それに少しづつ傾倒していっているのだろう。それでもまだそれに対応しきれていない良心がこうした恐怖感を生み、結果的にツォンに頼ることとなる。

その悪循環を止めろといっても、もう無理だと分かっていた。

それは多分、あの何も知らなかったルーファウスにその重みを確認させた時から―――。

多分、分かっていたのに。

 

 

 

しかしその行為は、ある時期になってすっと止んだ。

それは正に、ルーファウスの始まりだった。

 

 

 

副社長の座を手に入れて、いつの間にか余裕の笑みすら板についたルーファウス。

部下になったツォンに、彼が初めて言った言葉は―――。

『私は悪くない』

その言葉を聞いて初めてツォンは分かったのだ。

ある時期を越えてルーファウスが己を求めなくなったのは、別に間違いを起こさなくなったからでは無かったのだと。

そうではなく、ルーファウスは失くしてしまったのだ。

恐怖感と、良心を――――。

もう既にツォンという存在は逃げ場ではなかった。恐怖感と良心を失ったルーファウスにとってそれは、最早“真実の場所”だったのである。

もう逃げる必要すらないのだから。

 

“残忍な、殺しのプロ”

 

いつしかルーファウスは、ツォンをそう称するようになった。

ツォンはそれに対して何も答えはしなかったが、それでも心の中ではそうかもしれないと思っていた。

言葉で、殺してしまったから。

その人を思って言った責任転嫁の言葉。

それが、その人に逃げ場を与え、間違いを起こしても救いがあると教えてしまったのだ。

そうして罪を重ね、それは最大の罪になる。

恐怖感と良心を殺したのは、自分だったかもしれない。

たった、たった一つの言葉で―――――。

 

 

 

 

 

ふと呼ばれた気がして、ツォンは思考を止めて振り返った。ゆっくりとしたペースで歩いていたせいか、まだ廊下の突き当りにも届いていない。

振り返ったその先には、部屋を出てきたばかりらしいルーファウスが立っていた。

「ツォン」

今までの回想の中のルーファウスと重なり、一瞬だけ戸惑う。けれど目に映るルーファウスからはどう考えてもあの頃の様子は窺えず、これが現実だとまざまざと思い知らされる。

「ツォン、期日は守れ」

そう一言言ったルーファウスに、ツォンは思わず口の端を上げて、はい、と答えた。

嬉しいわけではない。

ただ、何となく思ったのだ。

“残忍な、殺しのプロ”――――――それが、視線の先にいるその人物でもある、と。

ツォンがあの一言でルーファウスの心を殺したように、ルーファウスもまた同じ事をしていたといえるだろう。

こうして過去を振り返り、あの頃のルーファウスを思い返す。

その心は、壊れていく。

その心を壊すのは、今のルーファウスでしかない。

同罪だ、そう思ったのだ。

「お任せを」

そう一言だけ言うと、ツォンは会釈をした。それを見届けてルーファウスは何も言わずに反対の方向へと去っていく。

ゆっくりと顔を上げたツォンは、その後姿をいつまでも見つめていた。

 

 

 

―――――――できるなら、もう一度……貴方を殺したい。

 

―――――――貴方を、血の海に染めて。

 

―――――――この心を、もっと黒く染めて。

 

 

 

貴方がもっと狂ってしまう前に。

私がもっと狂ってしまう前に。

 

 

 

END

 

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