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Borderline --------------------------------------------
もう立ち上がりなさい。 寂しい顔などしないで、涙を拭いて。 本当はもっとずっと側にいてあげたいけど、どうやらそれは叶わぬようだから…だから。 自分の足で立って、自分の足で歩いて。 隣に誰もいなくても、くじけずに前を向いて。 貴方が貴方であるように。
ごく親しい友と、恋人との境界線は何処にあるのか。 昔はそれをキッパリと分けていて、こういう態度や言葉が発生するならば恋人、そうでなければ友であると自分に敷いていたものがあった。 大概そういうのは他人からの認知度で明白になるものだが、こと全てが秘密のものであるとなると、その境界線は当人同士で引くしかない。 かつての明白なそのラインでいけば、今自分は友という存在だった。 一度、上司という壁を越えたその人と、今は固い関係に戻ることなく、友となった。 暖かな時間を共に過ごした人は、自らその安らぎを絶って、そして今こうして友になることを望んだ。 始まりはあまりにも自然で、終わりはあまりにも不自然で、その格差にあの時はショックを隠せなかったものである。 “お前が、好きだな” そう言われて、私も好きです、と自然に返して。そして自然に始まり、その暖かい関係は長らく続いていた。 だから――――あまりにも長かったから、崩れることなどないと思っていたのだ。 それが崩れ、失った時の空白。 その日を境に、自分とその人の関係は恋人ではなく“友”になり、そして離れてしまったわけでもなく側にいた。かつての恋人があまりにも近くにいつも居るというのはとても厳しいしものではあったが、その反面何かが救われるような気がした。 全てが全て、失くなってしまった訳ではないと、そう言えるような気がして―――…。
“何が欲しいですか” そう聞いて答えたのは… “そうだな。タイが良い” 誕生日プレゼントにしてはやけに味気ないと思っていたが、希望通りタイを贈った。 横に一つだけのボーダーと、半透明に見えるペイズリー柄の。 公式の場には使えないなどと笑って言いあっていたその人は、今もそのタイをしめて側にいる。たまに夕食でもと言われ共に赴くとき、そのタイが目に入ると少なからず悲しくなったものだが、大半はホッとした。勿論それを今もつけている事に大きな意味など無いのかもしれない。それはもう、一つの物体として見に付けているのかもしれないのだから。
「それで…どう思う?」 そう聞かれて、ツォンはハッと我に返った。 どうやらいつの間にか自分の世界にでも迷い込んでいたらしい。 「ああ…ええと、何の話でしたでしょうか?」 そう聞き返すと、目前のルーファウスは少し困ったような顔をして、聞いていなかったのか、と漏らした。 それからもう一度、同じ会話を繰り返す。 「だからな、辞めたというのはどう思うかって事だ。優秀な社員は会社の財産。それを失うのは宜しくないという話、だが」 「ああ」 そういう話か。そう思ってツォンは、 「そうですね。それは勿体無い」 と、そう言った。 ルーファウスの話は、とある社員が辞表を出したという類のもので、ルーファウス自身はどうもそれを芳しく思っていない。というのもその社員はいわゆる“デキる男”だったからである。つまりルーファウスのいうところの“財産”である。 「何故そのような事に?理由は?」 そう聞くと、ルーファウスはこれまた困ったように顔を傾けてこう言った。 「単純な話だ。俗だと思うがな…女らしい。その女の故郷で暮らしたいからという話だった」 「なるほど」 そういう事か。 「そういうのはどう思う?」 ルーファウスがもう一度その言葉を繰り返したので、ツォンは今度こそ自分の言葉で己の意見を述べることとなった。 どう思うか、というのだから己の考えをそのまま述べれば良い。だから。 「悪いこととは思いませんが。そういう事もあるでしょうし、本人がそれを望むのならば。ただ会社にとっては少し辛いですが…ね」 「ああ、そうだ。―――しかし私が思うのは、どうしてわざわざ社を辞めてまで…いや少し違うな。つまり神羅は今や一流企業だ。入社困難だというのは周知の事実で…それを放るというのは少し解せない気がするが」 ルーファウスの言う事は一般的には尤もなことだった。折角入社できた神羅。それを捨ててまで選んだ相手。 神羅にいれば生活は確実に保障されるしその相手を養うにしてもとても簡単な話である。加えて仕事が出来るのだから重宝される。それだというのに、これからの仕事を選び恋人を選んだ。 生活水準が下がるのは目に見えている。 楽に快適にと唱えるならば、確かにそれは解せない話であった。 しかし“何が一番大切なのか”。 要はその問題である。 生活水準や世間体やプライドや…そういった表面的なものを取るか、若しくはいつ壊れるとも知れない曖昧な感情を取るか―――――要はそういうものである。 その男は後者を選び、それを選ぶに於いて邪魔になるものを切り捨てたに他ならない。 「――――そうですね。解せない」 ツォンは、目前のタイを眺めながらただそう呟いた。 “解せない”そう言うその人の胸に下がるタイこそ解せないのではないか、と。勿論嬉しいし、それは安心すらする。 けれど、自分たちの中で引いた境界線の中でそれはタブーに近い行為だった。 何故今もそのタイをつけ、何故今もこうして向かい合っているのだろうか。それを考えることはしても今まで一度としてその疑問を当人にぶつけたことがツォンには無かった。実際それを聞いて何かが壊れるわけではない。何せもう既に壊れているのだから。 それでもそれを聞けなかったのは少々の恐怖心があったからだろう。それは今迄無意識に抑えられてきたものだったが、その時なぜかふっとツォンの心に何かが過ぎった。 ―――――――――もし、離れたら? もしこのまま、この“友人”としての立場すら無くなったらば…果たしてどうなるだろうか。 そんなことをふと考えて、ある疑問が浮上した。恋人としての二人が崩れても尚、今此処に二人でいることの意味。 ―――――――――どちらが必要としている…? お互いがお互いを必要とするならば別れなどなくて良いはずだ。だが別れは訪れてしまった…そして、今。 自分がルーファウスを必要としているのか。 ルーファウスが自分を必要としているのか。 前者については、はっきりNOといえない部分がある。ただ、一旦別れというものを振りかけられた時点で、ある程度の決心というものはもっていたのだ。それはハッキリしている。 だがルーファウスは? 事実別れを切り出したのはルーファウスの方だったはずだ。その意図は。その理由は。 そう――――――出会い、始まり…それはあまりにも自然で、別れはあまりにも不自然だった。 そのギャップが今も延長線上で続いている。 一体、何故?
数日後、例の男は退社した。 会社の財産というその男は、会社から姿を消していった。 ルーファウスは、その時にはもう何の反論も無かった。 “最も大切な道を進むといい” そうとすら言って、笑ってその男を送り出した。 男は―――――微笑みながら、財産としての自分を捨てていった。 社会ではなく、自らの幸せの為に。
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