|
アカマルカレンダー ----------------------------
今日泊まっても良いかな、そんな事を言われてツォンは快諾、首を縦に振った。 泊まっても―――まあ悪いことはないけれど、何故わざわざ? この疑問が沸かないわけがない。 しかしそこはグッと堪えて、ツォンは珍しく最後まで同じ道をルーファウスと帰ることとなった。 独身男性一人暮らしにしては広すぎる家――これはツォンに限ったことでなくルーファウスも同じことだったが、ことルーファウスに関してはその他諸々の理由があって頷けてしまう。しかしツォンになると、やはりこれは空間を持て余している感がある。 実際ツォンは、数部屋ある内の、二部屋ほどしか使用していなかった。 という訳で。 「お好きな部屋をどうぞ」 ――――という事になる。 訪れたツォン宅を物色していたルーファウスは、ああだこうだ言いながらも最後にその言葉に対して、それはどういう意味だと毒づいた。 「お前なあ…人が折角来てやったっていうのに、それは無いだろう?」 「来てやったって…」 別に頼んでないし―――とは言えないのが悲しい。 しかも、その道中隣で寝てたでしょうが、とも言えないのはもっと悲しい…。 それはともかく、じゃあどうするんだ、という所が問題である。倍はある部屋でいつも過ごしているルーファウスにとっては、一部屋まるまる貸すくらいが妥当だろうと思っていたツォンは、じゃあどうした方が良いんですか、と首を傾げる。 そんなツォンにルーファウスは、顔をしかめながら、 「お前の部屋はどこだ」 と、一人暮らしのツォンに向かってそんな事を言った。…ちょっと変な感じである。 しかしとにかくそう聞かれたので、ツォンはいつも自分が使用している部屋を案内してみた。そこは数ある部屋の中では狭い方で、他の部屋がガランガランなのに対して、その部屋にだけ物が一編に詰め込まれたような感じである。とはいっても実際に置かれているものはそんなに多くは無かった。衣類は普段見えないように全てしっかりと仕舞われているし、小さなデスクの上は綺麗に片付いている。 それを見て思わず納得してしまったルーファウスは、納得した後にこんなことを言った。 「じゃあ俺は此処」 「は…此処で良いんですか?」 「ああ」 何だか納得いかないがルーファウスがそう言うので仕方無い。じゃあ自分は普段使用していない部屋で過ごすか、とそんな事を思いツォンが出て行こうとすると、ルーファウスはすかさずツォンの腕をとって、首をふるふると振った。 「何で別の部屋にいなくちゃいけないんだ。お前も此処だ」 「でも此処で二人というのはいかにも…」 「―――――お前って…鈍感だな」 「は?」 頭の上にハテナマークを点滅させつつそんなふうに言うツォンを、ルーファウスは渋い顔で見つめている。何となく分からなくもないリアクションだが、それにしても相当…渋い。 しかしそれも暫くして解けると、ルーファウスはツォンを引っ張って、ツォンの使用している部屋に腰を据えるべく入り込んだ。 しかし、そこからが問題である。 普段、仕事から帰って誰もいないこの部屋に戻るツォンとしては、このような非常事態には遭遇したことがないわけで、さてどうしたら良いものかが良く分からなかった。まさか正座し合って湯飲みを片手に、今日は茶柱が立ってないですね、などという会話をするわけにもいかない。というか茶柱など立たないという話である…いや、その前に茶すらない。 自分には対処できない状況としてルーファウスの出方を伺っていたツォンは、上着を脱ぎ出したルーファウスに気付いて、すかさずハンガーなどを用意した。 「どうぞ」 「ああ、悪いな……って。何か違わないか?」 「は?どこがです?」 「いや…だからな」 またもや渋い顔をしたルーファウスは、まずそこに座れ、と他人の家にいながらも、その家主にそう命令した。家主はそれに文句も言わずに座ると、これで何とか間が持つ、と別のことに安心などしながらルーファウスの言葉を待つ。 さて、そこから説教のような時間が始まった。 「良いか、ツォン」 ビシイイ、と指を突き出してルーファウスはまずそう言う。 「仮にも俺がお前の家に来たんだぞ?しかも今は俺とお前の二人だけだ…っていうかそれ以外に誰かいたらオカシイけどな。まあ良い、とにかくそんな状況で、しかも丁度良い具合に、コレ!コレがあるじゃないか!」 そう言いながらルーファウスは、部屋の隅に置かれていたベットをバンバン、と叩いた。 しかしその動きを見ながらツォンは首を傾げると、 「もうお休みになりたいんですか?」 と訳の分からないことをいってルーファウスの顔を更に渋くさせた。 「違ーうっ!!お休みはお休みでも、違うお休みだ!お前だって大人なんだからそのくらい分かるだろうが。夜だぞ、一つ屋根の下だぞ、ベットがあったりするんだぞ、どうなんだこの状況は?」 「さあ…別に普通じゃないですか?」 「普通〜!?」 顔面に岩石が飛んできたような表情を浮かべたルーファウスは、重くて落っこちそうな溜息をつくと、 「ちょっと待ってろ」 そう言ってすっと部屋を出て行った。 その後姿を見ながら、ツォンはやはり首を傾げていた…。
部屋を出たルーファウスはすかさず携帯電話などを取り出すと、さくっと電話帳を開きさくっとある所に電話をかけた。 何コールかした後に、さくっと電話口でこんな声が響く。 『俺なんだぞ、っと』 “俺”の部分に自分の名前を入れろ、と突っ込みたいのを我慢したルーファウスは、とにかく今は用件だと早速のように話を始めた。 「ああ、レノ。俺だ、全然駄目だ、効果ナシ」 そんな端的な言葉だけで何の話題かを悟った電話口の向こうの相手…レノは、ああ、などと言いながら笑いを堪えている。どうやらどういう状況かを直ぐに飲み込んだらしい。それはそれで話が早くて嬉しいが、しかし笑うとはどういう事だ、と腹立たしい気分にならないでもない。 しかしそれでも今は用件が先だった。 「お前が言うから来たんだぞ。それなのに全然効果ナシなんてどういう事だ」 『あー…そりゃもう仕方無いな』 「仕方無いって…無責任だぞ!」 『って言われてもなあ』 そう――――実はこの日ル−ファウスがツォン宅を訪れたのには、ある作戦が含まれていたのである。 その作戦とは至って簡単。 あまりに恋愛気質とかけ離れているツォンを、少しでも目覚めさせようという、かくも危険で豪快な作戦だったのだ。 というのも発端はルーファウスの一つの溜息だった。 何だかツォンと恋人という関係になったらしいルーファウスだったが、時々それをすっぽりと忘れる時があり、それが何故かと考えると、あまりにもそんな感じがしないからだということに気付いた次第。しかし何故そんな感じがしないかと考えると、それはどうやらルーファウスではなくツォンの方に原因があるのではないかということに行き着いたのだ。 そう……良く考えるとキスすらマトモにしていないではないか。 ということは。 何故に恋人? …そう疑問になるのも当然である。 そもそもどうして恋人という関係になったのだろうと振り返ってみたが、どうもその辺が良く思い出せない。となると、本当にそんな関係かどうかも怪しくなってくるわけだが、それを今更本人に「ところで恋人だったっけ?」などと聞けるはずもなく。 あまりに馬鹿馬鹿しいのでこの際そういう関係だということを前提に、こうしてルーファウスはツォンに誘いをかけてみようと思い始めたのだった。 しかしそれは一向に空回りをするばかりで、なかなかどうして成功しない。何故かというとそれは、ツォンが鈍感だからだった。仕事ではあんなに素晴らしいのに何故こうなんだと不思議に思うばかりだが、そ ろそろそんな可愛いことでは済まされなくなっていたルーファウスであった。 そこで、一つの計画。 女にはちょっとうるさいらしいレノなどに相談などしてみたところ、こんな提案がされだのだった。 “じゃあ、いっそ家におしかけてみれば?” それを聞いた時、それはナイスアイディアだ、とルーファウスは目を輝かせた。そういえば今までは社内でのことだったし、だからツォンは素っ気無かったのかもしれない。確かに人目は気になるだろうし、安心はできない。 なるほどなるほど――――――そう思ってルンルンで今回の計画を遂行したルーファウスだったが、やはり結果はこんな具合だったわけである。 嗚呼、無残。 「何か方法はないのか?このままじゃ、アレだ。普通に寝て普通に朝がきて普通に出勤…あ〜こんな馬鹿な話があるか!?」 在り得ない。というか、在り得ないで欲しいけれど、ありそうな予感…。 そんなルーファウスの嘆きに、電話の向こうのレノは、 『あ、分かった。じゃあいっそ、押し倒してみれば?』 ……とうとうそんな事を言い出した。 計画を遂行している割に、ルーファウスは目を丸くする。 「お、押し倒す??」 『そうそう、そのくらいしないと。もしかしたら待ってるかもしれないんだぞ、っと』 「そうは見えないが…」 ご尤も。 『超至近距離で迫ればその気になるって』 「そうか〜?」 何だか疑わしいが、それもやってみる価値はあるかもしれない。 『そうそう。何でもやってみた方が面白…いやいや、やってみた方が良いんだぞっと』 「そうか…分かった」 そんなものかな、などと妙な納得をしつつも電話を切ったルーファウスは、さくっとツォンの待つ部屋のドアを開け、さくっとその中へと帰っていった。
部屋に戻ると、そこにはツォンがさっきの状態のまま座っていた。それを見た瞬間に、今の会話も無駄だったのでは無いだろうかと思ったルーファウスだったが、まあとにかくやるだけはやってみようかと思う直すと、やはり先ほどと同じようにツォンの近くに腰を下ろす。 「仕事ですか、大変ですね」 そんなふうに言うツォンにルーファウスは、さくっとこう答えた。 「ああ、仕事だから仕方ないな」 どこが仕事なんだ、と心の中で自分に突っ込みを入れるのは忘れない。 「そんな多忙なのに私の家などでは落ち着かないのでは…。あ、やはり私は別の部屋に…」 「行かなくて良いって!」 そそくさと別の部屋へ向かおうとするツォンを抑えながらそう叫んだルーファウスは、やはりこれは難しいかもしれないと思わずにはいられなかった。 しかし、此処から何とか誘い込まなくてはならない。 レノが言うには…そう、確か至近距離で迫るなどと言っていた。ということは、まず至近距離に入らなくてはならないということだ。 ではまず、そこから。 ルーファウスは頃合を見計らってツォンに擦り寄ると、自分でも噴出しそうなくらい真面目な顔つきで相手を見遣った。これは完璧…二重丸である。 一般的にこの状況を「見つめる」と表現したりするわけだが、そうならそうでいくら鈍感な人間でも何か気付くはずだ。 「…ルーファウス様」 いかにも良い当たりであるかのような雰囲気で、ツォンはそう呟く。 これは―――――きた、な…。 ルーファウスがそう思ったのも無理はない、だってツォンの顔はいかにも“それらしい”様子だったのだから。 このままいけば順調にキスなんてものをして、更に順調にベットにもつれ込んだりなんかするのだろう…それこそルーファウスの計画なのだから、非情に望ましい状況である。 が、しかし。 バシイイイイ!!! 「痛―――っ!!!」 そう思ったのも束の間、数秒後にルーファウスは頬を押さえながらそんな叫び声を上げていた。何故かといえば、いきなり頬に痛みが走ったからである。 しかもその原因は――紛れも無くツォンだった…。 「何てことするんだっ!」 甘い雰囲気になるならまだしも、何故に叩かれなくちゃいけないんだ!? そう思ったルーファウスがそう抗議すると、ツォンは別に何も悪いことはしていないといった具合に「これが」と言って手の平をルーファウスにかざした。 その手の平には……。 「……蚊??」 「そうです。最近の蚊はタチが悪いので、つい…」 「―――ちょっと待て」 「はい、待ちます」 「待たなくて良いっ!」 「いや、でも今“待て”と仰ったではないですか」 「だ〜か〜ら〜!」 ほとほと疲れてきたルーファウスは、ツォンの側から離れ、それから重い溜息をつく。 何故に蚊なのか? それはそう、蚊に血を吸われるのは宜しくない。宜しくないけれど、あの状況であの至近距離で、まず何が優先されるかということを考えると、蚊を潰すのはこれまた宜しくない判断である。何しろそれはつまり、甘い雰囲気より蚊の方が勝ったということなのだから。 これはハッキリ言って「恋人」だとかなんだとか言う以前の問題である。もしかしたら友達以前の問題、知り合い以前の問題かもしれない。 ルーファウスもそれほど恋愛に敏感な人間ではなかったが、まさか自分を上回る人間がこんなに近くにいたとは思わなかった。しかも最上級、100点満点をあげたいくらいのシロモノである。 「…あのな、ツォン。お前にはもっとこう…何ていうか、それらしい雰囲気ってものが無いのか?」 これはもう聞いた方が早いのではないか、そんなふうに思って直にそう言ったルーファウスは、そう言ってから後悔をした。 何故って、ツォンは。 「それらしい、とはどういう事ですか?」 ―――――ルーファウスの肩がずり落ちたのは言うまでも無かった……。
|