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我侭な教師 -----------------------------------------------
「こら、余所見してんなよ」 ゴツ、そう頭を小突かれてクラウドは渋い顔をする。 けれど、そうした先にある顔は全く怒ってなどいなくて、むしろ可笑しいというように笑っている。 だからクラウドは、ちょっと考えてから本音を告げた。 「だって…勉強なんか嫌いだもん」 大方の人は好きじゃないだろうにそんなことを言ったクラウドは、そう言った後にもう一度教本に眼をやり、うっ、と唸る。 視界いっぱいに映る文字。 何だか頭が痛くなりそうだ。 「バカ。だからってサボってちゃ駄ー目!折角俺が見てやってるんだからさ、頑張らなくちゃ」 「うん…分かってるんだけどさ」 分かってるけどヤル気はでない。 それが何でかといえば、その理由は勉強が好きではないというだけではなかった。それ以外にも実は、大きな問題がある。 それは、言わずとしれた目前の人…それが原因。 クラウドはチラとザックスの方を見遣ると、相変わらずにニコニコしているその顔にちょっとばかり息をついた。 一体この顔を横にして、どこをどうしたら集中できるというのだろうか。 もし此処にいるのがザックスじゃなければ少しは集中できたかもしれないけれど、幸か不幸か現実そこにいるのはザックスである。ということは集中などできるはずもないじゃないか。 何しろザックスはクラウドにとってとても仲の良い友達でもあったし、更にいえばそれ以上の関係でもあった。そういう人が隣にいては集中できるものもできないというものである。 「…やっぱ無理!」 クラウドは少しばかり努力したもののそれをすぐに諦めるとそんなふうに言う。ザックスはそれに対して「おいおい、駄目だって」と制裁を加えたものの、やはりそれはどこか穏やかだった。 だからクラウドは、これは一生マトモに勉強なんてできるはずがないな、とそう思うほかないのだった。
ザックスがクラウドの勉強に付き合うことになった経緯には、こんなことがあった。 「俺、バイトしようかな」 ある日ザックスは、そんなことを言ってクラウドを驚かせた。 バイトといっても一体何の、というのも疑問だし、そもそもソルジャーがバイトだなんて聞いたこともない。一体どこでどうやってバイトをするのだろうと思ってクラウドが聞いてみると、それにはどうやらこんな答えが返って来た。 要は家庭教師みたいなもんだよ、と。 ザックスが家庭教師だなんていかにも不似合いだと思っていたクラウドは、そんなことが簡単に出来るはずがないと口にした。ところがザックスは、もうオファーは来てるなどと言って、何枚かのメモ紙をヒラヒラさせたりする。そのメモ紙に書かれていたのは電話番号で、それはいかにも連絡を取り合っている証拠のように思えた。 それを見てようやくそのザックスの言葉が本当なのだと理解したクラウドは、何故だか唐突に焦り出したものである。よく考えると何をそこまで焦る必要があるのだか良く分からないのだが、ともかくザックスがそのように家庭教師まがいのことをするのは何だか嫌だったのだ。 だからクラウドは、すかさずこう言った。 「だったら俺が、それ頼む!」 ――――――――…こんな経緯。 結局ザックスは、クラウド以外のそのオファーは全て蹴ったようだった。それはそれでクラウドはホッとしたものだが、しかしその家庭教師という部分についてはかなり疑問を感じざるを得ない気がする。 何故って、ザックスはちっとも勉強を教えてはくれない。 “教える”のではなく“見ている”のだ。 正に言葉そのままにじっと見ているだけで、これといって「ここはこうだ」とか「この問題はこうやって解けば簡単だ」とか教えてくれるわけじゃない。だからクラウドは、ある意味自分が頼んで良かったのではないかと思っていた。もしこれが他の人だったら絶対にザックスは詐欺に違いない。 とはいえ、クラウドはそうそう文句も言えない立場だった。 というのも、ザックスは元々バイトをしようと企んでいたわけだから勿論それはバイト代という名目でのお金が目的であるに違いないのだ。それなのに、その相手がクラウドに決まったことから、ザックスはそれを0にしてくれたのである。 つまり―――――――これはバイトになっていない。 いわばボランティアみたいなものだろう。 そんなわけでクラウドは、それが少々後ろめたかった。
そんな後ろめたさと、ちっとも勉強に身が入らないというある意味での苦しさとを持ちながらその時間を過ごしていたクラウドは、ある日ザックスにこう切り出した。 それは……。 「ザックス、もう家庭教師してくれなくても良いよ」 「え?」 それは、バイト…ではなくボランティア終了を促す言葉だった。 このままではザックスは割に合わないのだから、やはり他の誰かを相手にした方が良いに決まっている。最初はそれこそ、他の人に決まったらその人が可哀想だとかなんだとか思ったものだが、それでも考えてみるとザックスにとってはそちらが良いはずだ。 そう思いなおしてクラウドはそんな進言をしてみたのだが、目前のザックスはといえば、何だか渋い顔をしている。 いかにも不満といった感じで。 「何だよ、そりゃ。そんなに俺じゃ不満か?」 「違うよ!そういう意味じゃなくって…」 いや、ある意味ではそうだったかもしれないが、それを説明するのは少し難しい。 だからクラウドは正直に、自分の思うところをザックスに告げた。 「俺が生徒じゃ、ザックスの目的果たせないから」 「目的?」 不思議そうな顔をするザックスにクラウドは、だってお金が稼げないでしょ、と実直に言葉に出す。その言葉にザックスはなるほどと納得をしたふうだったが、それでもその後にはそれと正反対の言葉を放った。 それは、クラウドをビックリさせる。 「俺の目的は、金じゃないんだけどな」 金が目的じゃないバイトなんてありうるのだろうか。というかそれではボランティアではないか。 クラウドはそう思ってそれをそのまま口に出そうと思ったが、その前にザックスの言葉が響いた。それは、クラウドがまだ口にしていない疑問への、その答え。 勉強をするためといって選ばれたその部屋はとても静かで、その静かな部屋の中でザックスは意気揚々と声を響かせる。それは何だか、緩やかな空気に活気を与えるかのような感じだった。 「俺がバイトしようかなって言ったのには訳があるんだ」 「訳…って、何?」 「ええと…それはな、クラウド」 話せば簡単なんだよ、そんなふうに続けたザックスは、生き生きした声でその簡単らしい話をし出す。それは勿論ザックスがバイトをしようかなと言い出したその理由だったが、その背景にはどうやらもっと別の展開があったらしい。 それは。 「ちょっと前の任務で一緒だった兵士が言ってたんだ。前の任務で一緒だったソルジャーは散々自分をバカにしたとか何とか…で、その理由が結局ソルジャーになれないからってことだったらしいんだ。中にはそういうソルジャーもいるんだよな、実際。だから俺は決めたんだ、そういう奴らがいるくらいなら俺は逆に皆に協力しようってな」 「え…じゃあそれって、ソルジャーになれるように協力しようって…そういう理由?」 「そ!それだけ」 「それだけって…」 それではやっぱりボランティアじゃないか、そう思ってクラウドはきょとんとしてしまった。しかしザックスがそうして、ある兵士のたった一つの言葉で動いたことは、何だかすごく嬉しい気がしてしまう。ソルジャーなんていったらそんなヒマなど無さそうだし、何しろただの兵士に個人的に協力するなんて普通考えられない。 これがもし親しい友人となれば分からないでもないが、ザックスの場合は多分、普通の兵士全員を対象に言っているのだ。 そんなザックスを、クラウドは単純に凄いなと思う。それは多分、ソルジャーだからとかそういう問題じゃなくて、人間性の問題なのだと思う。ザックスがザックスだからこそそう思ったに違いないのだから。 しかしそう感心すると共に、クラウドは何だか疑問に陥ってしまった。 だって…何でザックスみたいな人が、自分の側にいるんだろう。 勿論クラウドもそれなりに向上心はあるつもりだけれど、それでもザックスのそれとは比にならない気がする。自分の為には頑張れるけど、他の人の為に頑張れるかどうか、それはちょっと分からない。 「凄いね、ザックスって」 自分の事を考えると少し気後れしてしまって、クラウドは何となく困ったような笑いを作ると、それとは正反対にザックスへの賛辞を述べた。 しかしそんな曖昧な表情を浮かべたクラウドに、ザックスはこんな事を言う。 「凄くないって。別に良いことをしようなんて思ってないからさ、俺は」 どこからどう見ても良いことだろうにザックスがそんなことを言うものだから、思わずクラウドは首を傾げてしまう。これが別の人の言葉だったら確実に謙遜だろうと思っただろうけれど、ザックスの場合は違う。いかにも本心といった感じ。 「でも、普通そんな事出来ないよ。人の為に動くって、やっぱり凄いよ」 「そうか?でもコレは別に人の為じゃないんだぜ。これはあくまで俺の為にやりたいって思ったんだし」 「ザックスの為??」 一体その行動のどこが自分の為なんだろうか。クラウドにはさっぱり理解不能である、まるで勉強なみに。 そんなクラウドの眼には、ニッコリ笑ったザックスの顔が映っていた。 「そう、俺の為!だって腹立つだろ、そんなこと言われたらさ。その話聞いたら俺も何かこうムカッときちゃったんだよな。だから俺もそんな事言った奴を見返したいわけ。そうしたら気分晴れるじゃん?」 「…それって」 それは所謂、感情移入みたいなものだろうか。 確かに端に聞いていても腹立たしいけれど、ザックスはソルジャーだからその兵士とは同じ立場ではない。そうすると普通はそれほど懇意になんて思わないところだろうに、何故だかザックスはその兵士と同じ気分になって同じ怒りを覚えたわけである。 兵士が思っただろう“見返してやりたい”という気持ちを、全く同じようにザックスも心に持ったと、そういう事だ。 だからザックスは、自分がそう言われたも同然だとそう思っているんだろう。
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