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翌週、今度はザックスの部屋に行くことになった。 あの部屋は凄い事になってるからな、そんな事を思いながらそこに向かったクラウドだったが、驚くべきことにその日その部屋はとても綺麗に片付いていた。 部屋に入った瞬間にその様子を目にし、クラウドはついついこう口にしていた。 「どうしたの、何かあったの?」 性格上こんなに綺麗に片付けするようには見えないんですけど、などと言いながら足を踏み入れると、ザックスは髪をかき上げながら「失礼な奴!」などと言って笑う。 「俺は元来綺麗好きなの!でもサボリ癖がついてるだけ」 「何だよ、それ。さぼり癖ついてたら片付けられないじゃん」 「んー。お前は時々痛いトコつくなあ」 「…あのね」 何だかこなれた会話を繰り広げながら、とにかく近くのソファになど腰掛ける。 ザックスの部屋はそこそこ広くて、一応キッチンなんかもついている。そこはほぼ使用されていないようだが、とにかくその他にも何部屋か用意されていて、ザックスの場合はその一つが日常的に使用されている部屋で、その他は荷物置き場と化していた。しかしその荷物というのも服などというよりかは、大体がトレーニング器具だった。 神羅から支給されている書物はどこかに追いやられているらしい。そういう辺りはザックスらしいな、などと思う。 やがてザックスが冷えたジュースを持ってきて、それを手にすると、ザックスの方もやっと近くに腰掛けた。ザックスの手の中にあるのはビール。クラウドも未成年とはいえ飲める方だったが、何故かザックスはそれを阻止していた。別に良いのに、と思うのに何だか妙なところでこだわりがあるらしい。 「でさ」 プシューなどと音を立てて缶を開けながら、ザックスは何気ない顔でそう切り出した。 「最近のクラウド君について俺から質問あんだけど」 「質問?」 何を突然言い出すのだろうか。 そう思いながらも自分も缶を開けて飲み始めると、最初の一口を味わった後のザックスの口から、その続きが発せられた。 「そ、質問。何だか最近のクラウド君は、俺の前でボーッとしてるような気がします。…気になる、どした?」 「あ…そ、ゆ事か」 確かに最近、話してる間に考えゴトをしていることが多かったなと思う。大体それは、例の好きという気持ちに関してだったけれどそれを細かく説明するのも難なので、クラウドは簡潔に、ごめん、と謝ってからこう答える。 「考え事してたりして。…何となく」 「何となくって何だよ。俺といる時間って、そんなにつまんないか?」 サラッとした口調とはいえそんな重い言葉を放たれて、クラウドは一気に焦ってしまった。まさか、つまらないなどという事はない。それどころかザックスのことを考えているというのに。 「違うよ。ただ何か、気付くと考えちゃってるんだ」 反論だなと思いながらもそう言うと、ザックスはいかにも納得いかないふうな表情をして、へえ、などと言う。その感じが何だか冷たい気がして、クラウドはこの空間の温度が段々下降していくような気がした。それは、想いという名の。 煙草に火をつけながら、ザックスは「それは」と切り出す。 「それはどういうことを考えてるわけ」 「どういう…って…それを言わなきゃ駄目なのかな」 まさか過去好きだった彼女の話をすることはしないが、それにしても考えを話すというのはいかにも難しい。これがもし仕事の話であれば簡単だったが、今二人の間にある恋愛ごとについて話すのはちょっと、恐い。 言えないのか、そう切り替えされて、クラウドは落ち込むように考えこむことになった。 一体――――――それを言って何か変わるというのだろうか。 何も変わるはずがない。 だってもう、これ以上もこれ以下も無いのだ、二人の間には。 「俺さ…」 仕方無しにそう話し始めたクラウドは、言葉を選びながら続きを口にする。そうしている間にも何だか不安は募っていった。別段、別れ話でも何でもないのに。 ただ考え方の相違がハッキリしてしまったら、もしそれが理解されなかったら、何か壊れてしまうような気がして。 「この前ザックスが言ったこととか考えてて。例の女の子の話とか…別に俺と比較してどうこうってことじゃないよ。たださ、ザックスが言ったみたいに、女の子は基本的に違うだろ。好きって気持ちがなくても、それだけで良いんだ。それだけで俺もザックスも男だから守りたいとか…そういう気持ちが出てきて」 「ああ。…で?」 「でも俺達はそうじゃないし、もう好きだって分かり合ってるから、それは“守りたい”じゃなくて“守らなきゃいけない”になるんだろうなあって…そう思って、さ」 「それはいけない事なのか?」 守らなくちゃいけないのは当然の話だろうと言わんばかりの様子でそう言うザックスを見ながら、クラウドはどう切り返せば良いか考えあぐねる。別段悪くはない。だけどそれはあまりにも純粋からかけ離れすぎていて、ただ、悲しい気がするだけの話で。 「いけなくはないけど…何ていうか。何で想い合ってるのに、それだけじゃ駄目になっちゃうんだろう…それだけを伝えることって、難しいよね」 好きと、ただそれだけを最高値まで伝えること。 それができれば、それだけできれば、それだけを感じ取ることができれば、どんなに幸せだろうか。けれど実際はそれ以外のことを考え、こうして会っている瞬間にさえ他のものが邪魔をし、純粋というものとは段々とかけ離れていく。 好きになればなるほど、想い合えば想い合うほど、それは余計なものを連れてくるのだ。 それは今だから分かることで、過去には分からなかったこと。 そのクラウドの言葉を受けて、煙を吐いていたザックスは「具体的な話をしろよ」と言い出した。確かにあまりにも抽象的で分かり難い。 クラウドは散々悩んだ挙句に、その全容を話すのじゃなく、その引用として過去の彼女の話をし始めた。 本当は―――――そんなこと、話したくはなかったけれど。 「俺、ちょっと前まで好きなコがいたんだ。そのコが好きで、そのコの為って言っても良いほどの理由で俺は此処に入って。…でもね、その頃の俺は全然そのコに近くなくって、とにかく近付きたかったんだ」 好きだなんて言えないほど、その女の子は遠くて。 「告白なんてできないまま別れてきたけど、その頃の俺は多分…そのコに“好きです”って言えればそれだけで満足できたような気がするんだ」 「そりゃ満足だろう。普通じゃないのか」 「ううん、そういう事じゃなくてさ。だって今は、きっとそれだけじゃ満足できないでしょう?好きと言ったらもっと色んなことを知りたいし、好き合ってるなら一つ一つのことが気になったりするじゃん。でもそれって、ただ好きってだけなのと違う気がするんだ。何ていうか…綺麗じゃないよ、ね…」 特に沈む話ではないはずなのに、段々と気分が沈んでくる。 ついつい俯きがちになって相手の顔すら見れなくなると、急に何故か後悔が襲ってきた。何でこんなことを言ってしまったんだろうか、と。そんなことはただ胸に仕舞っておけばよかったのかもしれない。例え こんな話ができる雰囲気になったとしても、言わなくても良いことだって沢山ある。 それなのに、つい―――――――口は、それを語っていて。 もしかしたら、もう相違が生まれてしまったかもしれない。そう思うと、つい涙目になってしまう。けれど涙なんて流すのは変だし、そんなのは見られたくなくて、とにかくクラウドは下を向いたまま唇をかみ締めていた。 そんなクラウドに対してザックスが言った言葉は。 「―――――そういうのが、本当って奴じゃないかな」 静かな部屋の中で、そのザックスの言葉は何だか響いていた。 “本当”――――――それは。 「…俺は別にお前を責めてるわけじゃないぜ」 すっと浸透するような言葉を口にしながら、ザックスは後ろに倒れこむように上体を反らした。後ろ手で身体を支えながら天井を見上げると、少し距離のあるところにいるクラウドに、まるで別の世界の話をするかのように言葉を発する。 「世の中綺麗じゃないよな。それって俺たちだって全然綺麗じゃないってことなんだと。昔どっかの誰かさんが言ってたんだけどさ、この世ってのは俺たちみたいな人間で構成されてんだから、綺麗じゃない奴ら集まってできてる世界なんて汚いってことだ、ってさ。まあ分からないでも無いって思ったな」 だから、そう言ってザックスはやっとクラウドの方を見遣った。 「だからさ、俺たちがこうして恋愛なんかしてることだって、決して綺麗じゃないってことなんだ。っていってもソレは汚いって訳でもない。だって俺は本当にお前のこと好きだし、お前だってそうだって、俺は信じてるからさ」 そう言ってニッと笑うのを、クラウドはただ黙って見つめている。 ザックスが言わんとしていることが何なのか、少し分かり兼ねて。 責めている訳ではないと言うし、確かにそうだと分かるけれど、どことなくその言葉は悲しいような気がしてならない。 「もし俺とお前が完璧にお互いのことしか見てなかったら、ハッキリ言ってオカしなことになるんだろうな。例えばだぜ、俺はこの前みたいに他の女の子の話なんてしないし、お前は他のこと考えたりしないわけだ。そりゃいかにも純粋って感じで良いだろうけどさ、だけどそれだけじゃ“本当”にはなれないんだろって、そう思う」 「何で?」 100%好きと伝えることができるなら、それでも良いとさえ思うのに、ザックスはそんなふうに言う。それではまるで50%やそこらの好きだけでも良さそうで何だか嫌な感じがする。 しかしザックスが言うのは、そういう事ではなかった。 「何で、か。…じゃあまずな、さっき俺がお前に“最近ボーッとしてるけど、どうしたんだ?”って聞いたのは何でかって話さ」 「?…何でそれとこれが関係あるんだよ?」 いやだからな、と言いながらザックスは笑う。クラウドが真剣に悩む中、まるでそれを楽しんでいるかのようなその表情は、その割に嫌な感じがしない。 「考えてみろよ、クラウド。もし超が付くほど純粋に相手のことしか見えなかったら、さっき言ったみたいに、多分俺達は他の事をしてなかったわけだ。他の奴の話したり、考え事したりってやつだ。そういう事が起こらなかったら、俺がお前に“どうした?”なんて聞く必要なんて全くないだろ。ってことは、今話してるような会話だって無かったわけだ。でも実際はこうして話してる。…つまりだぜ。俺たちは…っていうか誰しも、そういうふうに隙があって完璧になれないから、今みたいな話ができる。こういう話をしてると知らなかった部分とか見えたりする」 「…うん」 まあそれが良いことなのかどうかは分からないけどな、そう続けながらも、ザックスの態度はそれを認めているようだった。 「どんな奴だってさ、相手の全てなんて知ってるはず無いんだ。だって俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。悲しいなって思うことあるけど、どんなに一緒に居たって、どっかのそれこそ夫婦だって、表面上の癖とかそういうの100%理解してても、心の中までは知り尽くすことなんて出来ないって話さ」 もしも純粋に相手を見、それだけを考えるならば、そこには擬似の完璧が生まれる。しかしそれはいつまでも擬似でしかなく本物ではない。 恋は盲目。 よくそんな言葉を聞くが、それも同じ話である。 不完全である事実や隙が全く無かったとしたら、今以上に相手を知る機会は減っていってしまう…だから。 「だからな。俺たちはさ…お互い不安になったり、ムカついたり、ヤキモチ焼いたり…そういう事繰り返して近くなってくんだと思う。そういうのって、本当だなって。な」 「そ…っか」 難しい話なんかしたら頭痛くなった、そう良いながらザックスは笑い、ビールを流し込んだりする。そういうザックスを見てクラウドは、何となく思っていた。 自分は間違ってなかったんだ、と。 いつも明るくて、誰とでも仲良しで、女の子だって好きで、そういうザックスだけど、きっと他の人とはこんなふうに話したりしないんだろう。そう思うと、こういう話ができたことのキッカケ…つまり自分が落ち込んだり考え込んでしまったことだって、何だか一つのステップだったような気がしてしまう。 勿論それは、ザックスという人に近付くための。 でも多分それは、この空間に100%の愛情があるかどうかという尺度とは別次元の話である。クラウドがかつてから思っていたそういった考えの尺度でいえば、やはり今だってこの空間には100%の愛情なんて無いような気がする。 それはやはり、少し悲しかった。 だけど――――――……。 「じゃあさ。俺はいつまで経っても、好きって気持ちを100%伝えきることはできないんだね。だって俺、完璧じゃないから」 クラウドはそっとそう言う。 そしてザックスは、そっとこう返す。 その答えは何だかあまりにも単純で、だけど何だかホッとしてしまうようなものだった。 「ああ、そうだ。だからお前は50%で良い。そんで俺も50%。二つ合わせれば100%だろ。お互い不完全な存在でも、二人でいるって事自体は完璧だぜ」 そう言った後、少ししてザックスはその言葉に訂正を加えた。 “やっぱり俺が70%でお前が50%にしとこう”、と。 そんな事を言うものだから、クラウドはつい笑ってしまったのだった。
どれくらい好きといえば伝わるんだろう、そう思っていた。 どれくらい好きといえば心の中の全てが伝わるんだろう、そう思っていた。 この切ない距離の中で、そんな事を考えて、考えて、考えていた。 だけどその答えは、好きと伝えたい相手が教えてくれた。 …それは無理なんだって、こと。 だけどきっとそれは悲しいことじゃない。相手が存在しているから、お互いが完璧じゃないからそう思うだけのことで、悲しむことじゃない。 100注いでも、50の受け皿しかない。 その溢れてしまったものが、何だか切ない距離を連れてくるだけの話だったのだ。 でも溢れ出したものは、お互いの中に入らずとも、その空間には留まってくれるから、だから、今はそれをどんどん溜め込んでしまいたいと思う。
きっと今、この空間にはそんな気持ちが溢れている。
数日後、例のノートはゴミ箱の中で眠っていた。
END
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