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「おっはよ!」 やたら明るい声が響いて、俺は思わずビクリとした。恐る恐る振り返ると…やっぱり、思った通りの顔がある。 俺は半ば呆れながら、その顔に取り合えず「おはよう」と返しておいたけど、内心はとてもそんな気分じゃなかった。 「またサボってんのかよ?いかんなあ」 そんなふうに言うザックスは、やはりいつも通りに笑っている。 俺は何だかその笑顔に少しモヤモヤして、ついザックスに向かって、 「あのさ」 と言葉をかけた。 俺が話しかけるのがあんまりにも珍しいせいか、ザックスは何だか張り切って「なになに!?」と答えてくる。 そんなに張り切られても困るんだけど、と思いながらも俺は今日こそキッパリと言ってやろうと手を握りこんだ。 「あのさ、何で俺につきまとうの?」 「何でかって?」 ザックスは俺の言葉に不思議そうな顔をしながら、うーん、と何やら考え込む。それから、こんなふうに返してきた。 「何でだろ?」 「――――はあ!?」 俺は唖然とした。やっぱり何を考えてるのか、さっぱり分からない。自分の事だろ、と俺は心の中で突っ込む。そんな俺の心の内なんかどうでも良いみたいに、ザックスはやっぱり、すっきりした笑いを見せていた。 でも少しすると、そうだ、と思いついたように手を打つ。 それから、ずいっと近付いて、俺の目の前で人差し指をピン、と立てた。 「な。俺をモデルに絵、描いてくれよ。折角アトリエ通ってんだしさ」 「絵…を?」 まさかザックスと絵の話をすることになるとは思ってもみなくて、何だか変な感じがする。 けれど、それは嫌な感じではなかった。 だって俺は、此処にいるんだから。 此処は絵を描く場所で、それは理屈にかなってるから。 俺は少し考えた後に、苦手と思う相手をモデルに、絵を描くことを決心した。 「分かったよ」 その返答に、ザックスは満足そうに頷いた。
俺は――――――何をぐじぐじしてるんだろう?
俺が本当にしたいことって、本当はこれだったはずなのに。
それさえ、忘れていた気がする。
此処がアトリエだということも、忘れかけてたのかもしれない。
ゼロが無くなっても、クーズに通ってる理由は…?
絵を描きたかったからだろう……?
イーゼルに画板を立てて、真っ白な紙の上にザックスを描く。 視線の先にいるザックスはいつもとは違って真面目な顔つきをしてて、その目は真っ直ぐに俺を見ていた。 その輪郭をそっと映し出して、形を明確にしていく。こうして何も無かった白い空間に、命が生まれる。それは最初はぼやけていて、徐々に生気を持っていく。 何かが生まれる瞬間だ、と思う。 作り出す瞬間だ、と思う。 本当に久々にこうしてデッサンなどをしているような気がして、俺はいつの間にか真剣になっていた。 でも、真剣になる中にも過去の傷が蘇ってくる。 こうして絵を描いて、笑っていた頃。 “いいセンスだな、クラウド” そう言って柔らかく笑ってくれた、あの人。 “お前の配色は面白いな。個性的で俺は好きだけどな” 髪を撫でてそう言ってくれた、あの人。 そうして絵を描くことにとても大きな意味を与えてくれたあの場所と、あの人。 俺はそれにしがみ付いているだけのような気がした。 「クラウド」 ふと声がかけられる。 「ん?」 「お前さ…」 ザックスは真面目な顔つきをそのままにして、いつもより低い落ち着いた声で俺に言う。 「失恋でも――――――したのか?」 「……」 ズキン、とする。 失恋…。 「……になるのかな」 あれは失恋だったのか、俺には分からない。普通一般的に言われてる失恋とはちょっと違う気もするけど、それで俺の心は終わってしまったから、だからきっと“失恋”には変わりないんだろう。 あまりにも曖昧すぎて、切な過ぎて。 少し手が止まった俺に、ザックスは体勢を崩さずにゆっくりと言った。 「良かったら―――話してくれないか?」 もうあれから一年、経つ。 失恋も、時効だよね―――――? そう自分に言い聞かせながら、俺はそっと口を開いた。心を整理して、忘れたくても忘れられなくて今まで心に燻っていた気持ちを吐き出すみたいに。 あの人の顔がふっと浮かんだ。 それは、笑っている顔だった。 「前通ってたアトリエに……好きな先生がいたんだ」 本当に本当に、セフィロスはすごい人だった。素敵な人だった。 太陽みたいな人だったんだ。 「俺、本当にその人が大好きだったんだ…本当に、大好きだった」
その気持ちが膨らみすぎて、どうしようもなかった。優しく笑って、パワフルで、センスがあって、自由なその姿が、心を捉えて離さなかった。 すっかり時間を過ぎた夕暮れ時になってやっと一枚の絵が完成したその日、もう部屋にはセフィロスと俺しか残ってなかった。 アシスタントとしてヴィンセントは残っていたけど、事務処理をするといって大体は時間が過ぎると階下に降りていってしまう。 なかなか良い出来だな、褒めてくるセフィロスに、俺はドキドキしていた。その日が綺麗な夕焼けだったことも味方してたかもしれない。セフィロスの顔の影はほんのり赤づいていて、それを見ながら俺は震えそうになる唇で呟いた。 「…俺…先生が好きです…」 俺の絵を手にしていたセフィロスは一瞬驚いた顔をして俺を見たけど、すぐに笑顔を見せてくれた。 けど、ホッとしたのも束の間だった。 微笑んだだけで、その口から返答は何一つ無かったんだから。 結局俺の気持ちに対する回答は得られなかった。得られないままに次の日もまた同じ部屋に足を運んで、絵を描いて、セフィロスを見つめていた。 でも、その日は遂に俺の気持ちへ答えがでてしまった。 出たというか……もう最初から意味なんて無かったんだろう。俺の気持ちに対して答えることも、応えることもできるはずなんてなかったんだ。 だからその判断を下したのは、俺だったとも思う。 やっぱり時間過ぎまでゼロに残っていた俺は、事務的な内容で相談があるからと階下に降りた。勿論それはヴィンセントに会うためだったんだ。 ヴィンセントが事務処理をしているその部屋の前に差し掛かって、俺は気付いた。 薄くドアが開いている。 どうせ用件もあることだし、その部屋に入る事になるっていうのに、俺はその隙間からチラリと部屋の中を覗いたりした。 それが俺の気持ちに終止符を打つとも知らずに――――――。
――――部屋の中で、二つの影が重なっていた。 そして、声が聞こえた。それは酷く甘く、優しい声音で。 『好きだ……ヴィンセント…』 『ん…セフィロス…』 目を見張るしかできなかった。 目の前で唇を絡ませて、そのまま倒れこむ二人―――俺はそれ以上を見てられなくて、それでも何とか足音を立てないようにその場を去った。
空しかった。
大好きなセフィロスと、いつも優しいヴィンセントが……そんなふうな関係だったなんて。全く知らなかったし、とにかく辛くて、何も考えたくなかった。 その時、俺はセフィロスへの気持ちに終わりを悟ったんだ。 気持ちを返してくれるはずがない。だってもうあの人には、大切な人がいるんだから。 そう思った。 けれど次の日、―――――セフィロスは姿を晦ましてしまった。 好きだと告げたヴィンセントにさえ何も言わずに、自分の自由な夢のために。
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